野望多き副団長
「これは大変な事になったぞ……」
夫妻とハリエット団長が食堂で交わしていた会話をこっそりと聞いていた者がいた。白鷲団の副団長、ヴァルターである。
ヴァルターも、ベルニエ夫妻がギルドへやって来たという話を小耳に挟んでいた。きっと二人は娘の処分を不服として抗議しに来たのだろうと判断し、自分の身に火の粉が降りかからないように話に加わろうとしたのである。
放っておいたら、ハリエットが自分がその場にいないのをいい事に、責任を押し付けてくるかもしれないと思ったのだ。
だが、ハリエットたちが交わしていた話の内容にヴァルターは驚愕し、中へ入っていくのも忘れて食堂の外で立ち尽くしてしまっていた。
(『お茶汲み聖女』が万能薬を作ったなど……。信じられんような話だ)
しかし、それは紛れもない事実なのだ。あの液体を飲んだ時のハリエットの顔を見れば、一目瞭然である。
(団長は何かを企んでいるようだ。きっと、万能薬を王に献上し、褒美か何かをもらうつもりだろう。だが、そうはさせんぞ……)
ヴァルターは、ハリエットが王を弱らせた真犯人の一人だという事をまったく知らなかった。そのため、ハリエットが夫妻の話を聞いて慌てたように見えたのは、リデリアを利用して手柄を立てようと考えた末の事だろうと結論付けていた。
(団長よりも先に、私が王の病を治すのだ。そうすれば、私が白鷲団の団長になれるかもしれん)
ハリエットとヴァルターは同期だった。そして、激しい出世争いの末、ヴァルターはハリエットに負けて副団長の地位に甘んじる羽目になってしまったのだ。
その事をヴァルターは未だに根に持っている。ハリエットも自分が勝者だという事実を鼻にかけて威張り散らしており、そのせいで二人は犬猿の仲だった。
(これはあいつを見返すチャンスだ。私が団長となった暁には、あの女をたっぷり顎で使ってやろう)
暗い笑みを零しながら、ヴァルターは資料室に入り、棚から一枚の大きな魔法の地図を取り出した。
ヴァルターはその上に杖を寝かせる。そして、リデリアの顔を思い浮かべながら厳かな声で尋ねた。
「リデリア・ベルニエはどこにいる?」
杖がゆっくりと光りだし、自立する。その切っ先は、地図上のある一点を指していた。
「ふん。赤の森か」
位置探査魔法はヴァルターの得意とするところだ。相手が上位の防衛魔法を心得でもしていない限り、誰がどこにいようとすぐに見つけてしまえる。
「では、次期団長のこの私が直々に迎えに行ってやるとするか」
ヴァルターは棚に地図をしまうと、自分が白鷲団のトップに立てる日を夢見ながら資料室を後にした。