卑劣な命令
「陛下の事は本当にお気の毒でしたね」
ハリエットは、自分が事件に関与しているなどという気配は微塵も見せずに渋面を作ってみせた。
「早く治るとよいのですが……」
心にもない台詞を吐く。事件の真相など知らない夫妻は、「まったくです」と同意した。
「とは言え、陛下のご病気を治す目処はもう立ちましたがね」
「えっ……」
ローデリヒの言葉に、ハリエットの緩んでいた気が一瞬で引き締まった。
「この万能薬ですよ」
マデリンが空になった二つのカップを見ながら微笑んだ。
「これがあればきっと陛下はお元気になられますわ。ねえ、そうは思いませんか?」
「あっ……」
ハリエットは凍り付いた。確かにマデリンの言う通りだ。万能薬の力をもってすれば、呪いによる後遺症などたちまちの内に治ってしまうだろう。
「これを飲んだ時、私、真っ先に陛下に万能薬を作って差し上げる事を思い付いたんです。とは言え、簡単にはいきませんけどね。調合は恐ろしく難しいですし、今年は材料に使ういくつかの薬草が不作でしたし……」
「ですが、どうやらリデリアは容易く万能薬を生成できる力に目覚めた様子。これはあの子の力を借りない手はありませんな。……して、娘は今どちらに?」
「そ、その……」
喉の奥がカラカラになりつつも、ハリエットは素早く計画を練って、答えを口にした。
「海辺の洞窟の辺りまで、薬草取りの任務に出ていたと思います。帰ってくるのは、もう少し後でしょうね」
心臓の音を耳元で聞きながら、ハリエットはありもしない話をでっち上げた。
「帰ったら、私の方から話をしておきましょう。陛下のために……薬を作る様に、と」
だが、もちろんそんな事をさせる気はハリエットにはなかった。リデリアが薬を作り、王の病が治ってしまえば、自分は身の破滅だ。それだけは絶対に回避しなければならない。
それからしばらく雑談を続けた後、ベルニエ夫妻は帰っていった。彼らを門まで見送った後、ハリエットは急ぎ足でギルドの中に戻る。
その道中、勇者のナーシルと会った。これ幸いと、ハリエットはナーシルに怒号を飛ばす。
「ナーシルくん! 団長直々の命令よ!」
「は、はい?」
ハリエットの剣幕に、ナーシルは何事だろうという顔になった。
「リデリア・ベルニエを今すぐ捜し出して抹殺しなさい! いいわね!」
「ま、抹殺……!?」
突然飛び出てきた不穏な言葉にナーシルは目を剥いた。その呑気な反応が、どうしようもなくハリエットの神経を逆撫でする。
「返事は『はい』よ! それ以外は聞かないわ!」
ハリエットは言いたい事だけ言うと、戸惑うナーシルを置いてその場を立ち去った。