目的は?
「やっぱり万能薬って美味しいわよね」
ハリエットが動揺して動けないでいる傍ら、ベルニエ夫妻は楽しそうに会話をしていた。
「でも、万能薬って匂いがしないのが難点だよね。どうせなら香りも楽しめればいいのに」
「あら、じゃあ、これなんかどうかしら? 美味しくなーれ!」
「はは。リデリアがお茶を淹れた後に、いつもやっているあれか。でも、確かに心なしか良い匂いが……」
「あ、あの、娘さんは……」
やっとまともに頭が働き始めたハリエットは、我に返って尋ねる。今更のように、彼女に下した処分は見直す必要があったのではないだろうかと思い始めたのだ。
(ただのお茶から万能薬を生成できるなんて、とんでもない事だわ。恐るべき才能よ。もっと早くに知っていたら、南棟の魔法薬調合室にでも缶詰にしておいて、朝から晩まで薬を作らせてたのに……!)
万能薬が量産できれば、それを他の冒険者たちの任務に持って行かせる事も出来る。
万能薬を携帯した上での任務が失敗などするはずがないから、どんな困難な依頼でも成功間違いなしだ。そうなれば、このギルドの評判もさらに上がり、団長である自分の地位も揺るぎないものになるに違いない。
ハリエットは野心に満ちた表情が表に出ないように取り繕いながら、夫妻に金の卵を産むリデリアの行方を尋ねた。リデリアをクビにした事に関しては、この際謝ってやってもいいとさえ思っていた。
だが、夫妻は予想もしなかった答えを返す。
「ええ。元気でやっていまして?」
「はい?」
逆に尋ねられて、ハリエットは間の抜けた声を出した。
「この三か月というもの、便りの一つも寄越さないんですから。私たち、何だか心配になって」
「まあ、便りがないのは元気な証拠でもあるのでしょうけどね」
夫妻の言葉にハリエットは目を白黒させる。もしかして、二人はリデリアがクビになった事を知らないのではないだろうかと思った。
ハリエットは、二人は娘の処分を不服として文句を言いに来たに違いないと推測していたのだが、どうやらそんな事はなかったらしい。では、一体何のためにこのギルドに赴いたというのか。不可解に思いながら、ハリエットは尋ねた。
「そう言えば、まだ今回のご用向きを伺っておりませんでしたね」
「何、娘の顔を見に来ただけですよ」
ローデリヒが軽く笑った。
「ちょうど用事があって我々は王都へ呼ばれていましたからね。そのついでです」
「ご用事?」
「ええ、近衛隊長様から、我々の力で陛下をお元気にして差し上げられないだろうかと依頼されまして」
まさかの発言に、ハリエットは息を呑んだ。声が震えるのを意識しながら、「そ、それで……」と恐々口を開く。
「陛下、どうなりましたか?」
「あまり芳しい結果は上げられませんでしたね」
マデリンが無念そうに言った。
「一応色々と試してはみましたが、どれも大した効果はなくて……。お役に立てず、申し訳ない限りです」
「あら、まあ……」
ハリエットは安堵のあまり力が抜けそうになった。
王が寝たきりになってしまったのは、自分と大臣たちが結託して呪いをかけたからだ。
もちろんそれが本来の目的ではなく、ハリエットたちが画策したのは、王を自分たちの良いように操って、国を乗っ取る事だった。
しかし、それをあの王宮大魔導師のアレス・ガルシアが邪魔をして、結果的に王を衰弱させてしまったのだ。
野心家で非情なハリエットは、王が臥せってしまった事に少しも心は痛んでいなかった。それに幸いにも王は口も利けないほどに弱ってしまったので、自分たちの事を話してしまう心配はないと安心してもいた。
それに、想定外の形にはなってしまったものの、結果的にハリエットたちは『国を陰から乗っ取る』という本来の目的を遂げる事は出来たのだ。寝たきりの王に政務などが務まるはずもなく、その状況を利用して王宮内で存分に幅を利かせる事に成功したのである。
問題なのは、自分たちが計画を実行している場に居合わせてしまったアレスと、騒動を聞きつけて乱入して来たラッドヤードだった。
あの二人は真実を知っている。それが明るみに出る前に消さねばならないとハリエットと大臣たちは考えていた。
それにしても近衛隊長が王を治せそうな者を連れて来ようとしたのは盲点だった。
今までハリエットたちは、自分たちは事件に関わりがないという振りをするために、医術師を王のもとに何人も送り込んだ。
しかしそれはその実ハリエットたちの息のかかった者ばかりだったのだ。だから、絶対に王の病状が良くなる事はないと高を括っていた。
大臣の一人が、「陛下の事は私に任せておいてほしい」と城の者に言い渡していたので、誰かが勝手に医術師なり大魔導師なりを連れてくる事はないだろうと安心してもいたのだが、お節介な者もいたようだ。
これからは、そういったところにも気をつけねばなるまい。