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本日付けの辞令

(それにしても、団長、一体何の用なんだろう……)


 リデリアが最後に団長に会ったのは、『異動』を言い渡された時だ。もしかして、今回も前と同じ用件だろうか。


 運が良ければもう一度冒険者部門に戻れるかもしれない、とリデリアは密かに期待した。せっかく冒険者ギルドに入れたのに、厨房でお茶ばかり淹れているのは、どうも張り合いがなかったのだ。


 異動になってからもずっと魔法の練習は続けていたし、あまり成果は上がっていないものの、その努力が認められたのかもしれない。団長はリデリアの眠った才能に目をつけてここに入れてくれたであろう人だから、そんな影の奮闘も評価してくれたに違いないと、リデリアは胸を高鳴らせた。


「じゃあ、俺はこの辺でー」


 リデリアは食堂を出たところでラディと別れた。彼はリデリアの事を馬鹿にしない数少ない人物である。何でも、「俺は弱いものの味方だから」だそうだ。軽薄な性格に見えて、根は良い人なのだろうとリデリアは好感を持っていた。


 リデリアは中央棟に向かった。この白鷲団の敷地には大きく分けて三つの建物があり、北棟、南棟、中央棟と呼ばれている。北棟と南棟はそれぞれ下級冒険者と上級冒険者の詰め所になっていて、その二つの建物を繋ぐ中央棟には団長室などがあり、ギルドの運営に携わる者たちの職場になっていた。


 リデリアが働いている北棟は下級冒険者が集まるところなので、食堂の客もまだ経験が浅かったり実力がイマイチだったりする冒険者ばかりだ。


 リデリアは客たちによく冷やかされるが、彼らはそうする事によって、「下級冒険者の自分たちより情けない奴がいる」という優越感を感じているのかもしれない。


 リデリアは長い渡り廊下を抜け、中央棟に入った。北棟よりも豪華な装飾が並ぶ廊下を歩き、奥まった場所にある団長室へと辿り着く。リデリアはノックの後に入室した。


 団長室は広々とした部屋だ。その室内の一番奥に据えられた席に、ずんぐりとした女性が座り、その傍らには彼女と対照的な痩身の男が立っている。女性の名前はハリエットで、男性の方はヴァルターだ。このギルドの団長と副団長である。


「来たわね」


 ハリエットはリデリアが部屋に入るなり、厳格な声を出した。胸の前で組んだ手の隙間から、ピカピカしたいくつもの勲章が見える。王家から送られた褒章だ。


 白鷲団は王城からの御用を達するギルドという側面も持っており、立地にしても王宮の敷地内という破格の待遇を受けている。代々の団長は王家の者や高級官僚とも親交があり、それはハリエットも例外ではなく、毎日何かしらの用事で王宮に赴いているほどだった。


「早速だけど、用件を言いましょう」


 リデリアが「何の御用でしょう」と尋ねる暇もなく、ハリエットは本題に入った。


「リデリア・ベルニエくん。本日付けで君はこのギルドを解雇されます」

「えっ……?」


 唐突な話にリデリアは我が耳を疑った。団長と副団長の顔を交互に見つめながら、「ええと……」と混乱する頭を必死で静めようとする。


「か、解雇、というのは……」

「クビという事だ。そんな事も知らんのか」


 副団長のヴァルターが小馬鹿にしたように説明してきたが、リデリアだって『解雇』の意味くらいは分かっている。知りたかったのはもっと別な事だ。


「ど、どうしてですか? 急にそんな事を言われても……」

「これは驚いたわ。何も自覚がないのね」


 ハリエットが片眉を吊り上げた。


「面の皮もここまで厚いと芸術ね。標本にでもして飾っておくと良いわ」

「質問に答えてください!」


 つまらない冗談を言うハリエットにリデリアは詰め寄った。ハリエットはリデリアの事を道端のゴミを見るような目で眺め、「では聞きましょう」と逆に質問をしてきた。


「君の現在の業務は?」

「……食堂でお茶を淹れています」

「そこよ、問題は」


 ハリエットとヴァルターは顔を見合わせ、肩を竦めた。普段は犬猿の仲とも称される二人だが、今回に限っては彼らの意見は一致しているようだ。


「君は失念しているようだけど、『お茶を淹れる』のは誰にでもできる事なのよ。私たちは君を冒険者としてこの白鷲団に迎え入れた。でも、その冒険者に唯一できるのが『お茶を汲む事』? お話にもならないわ」


「た、確かに今はあんまり役に立てていないかもしれませんけど……」


 リデリアは痛いところを衝かれたなと思った。


「でも、団長は私の力を信じてくれたんでしょう? だからこのギルドに……」

「君をスカウトしたのは、君があのベルニエ家の娘だったからよ」


 ハリエットは取り付く島もないくらいにあっさりと言ってのけた。


「ベルニエ家は大魔導師を何人も輩出してきた名門だもの。だから君も……と思ったんだけど、どうやら見込み違いだったみたいね」

「私の両親は、私の力がいつか覚醒するだろうって言ってくれています!」


 ハリエットが期待していたのは『リデリア』ではなく、『ベルニエ家の血』だったという事実に少なからずショックを受けたが、それでもリデリアは粘った。


「私の両親は大魔導師です。ですからきっと、その言葉は正しいと……」

「君、それは親の欲目というものだよ」


 ヴァルターが口を挟む。


「娘可愛さにいい加減な事を言ったに決まっている。もっとも、君のご両親は大魔導師でありながら王宮に仕えるでもなく、屋敷に籠って魔法の研究ばかりしているそうじゃないか。長い間外の世界に触れていなかったせいで、魔導師としての勘が鈍ったのではないかね?」


「お父さんとお母さんの悪口言わないで!」


 両親を侮辱されたリデリアは、一瞬相手が誰であるのかも忘れて声を荒げた。しかし、ヴァルターの白けたような顔に我に返り、「すみません」と小声で謝る。


「そんなに引き籠りのご両親が好きなら、早く実家に帰るのが君のためでもあるでしょうね」


 ハリエットは、もうリデリアの相手をするのさえも面倒くさそうだった。


「決定は覆らないわ。君はクビよ。何度も言うけど、役立たずはうちには要らないの。今はただでさえ王都近郊の赤の森に魔王が潜伏しているって噂があるんだから、それへの対策だの何だので費用が嵩んでいるのよ。穀潰しをこれ以上雇っておけないの」


「私、ここで働き始めてから一度もお給料をもらってません……」


 リデリアは虚しい気持ちで反抗した。自分の事だけでなく、二人はリデリアの大切な人まで馬鹿にしたのだ。もはや『クビ』という事実にも何の感慨も覚えず、ただ胸の中でモヤモヤしたものがくすぶるような感覚を覚える。


 先ほどまでハリエットの選別眼に期待したり、『冒険者部門に戻してもらえるかも』と希望を抱いていた自分が馬鹿みたいだ。


「お茶汲みしかできない子が生意気な事言わないで」


 リデリアの不満が籠った言葉に、ハリエットは心底驚いたようだった。「まったくだ」とヴァルターも頷いた。


「金がないのなら物乞いでもするんだな。さあ、もう出て行け」


 ヴァルターは懐から杖を出した。それを軽く一振りする。団長室の扉が空き、リデリアは部屋の外に吹き飛ばされた。


「……っ!」


 リデリアは無様に廊下の壁に叩きつけられた。団長室の扉が閉まる音がする。こちらを拒絶するようなその音に、リデリアはもう自分の居場所はここにはないのだと察した。

 

(ああ……)


 開かない扉を見つめながら、リデリアは唇を噛んだ。


 これは当然の処分なのだろうか。名門の血を引きながら、それに見合う才能が全くない自分。誰の期待にも応えられず、挙句の果てには『お茶汲み聖女』などと不名誉なあだ名がついてしまった自分。


 そんな自分には、こうして捨て犬のように放り出されるのがお似合いだとでも言うのだろうか。


 違う、と言いたかった。だが、そんな台詞を『お茶汲み聖女』が吐くなんて、いかにも滑稽だ。彼らの言う通り、自分はお茶を汲む事以外では、まったくの役立たずなのだから。


 そんな無意識の内に気が付いていた――それでも認めたくなかった事実が、今こうして『クビ』という目に見える形となって突きつけられたのだ。そうなってしまえば、リデリアはもう、自分がどこまでも無力な存在であると認識せざるを得なかった。


 床にうずくまるようにして座るリデリアを、通りがかった団員が不思議そうな目で見ている。リデリアはいたたまれなくなって、すぐさま立ち上がると、その場を急ぎ足で立ち去った。

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