お茶汲み聖女の稀有なる才能
「これは素晴らしい!」
「ええ、本当に」
人気のない食堂の薄汚れたテーブルには、上等なローブを着た二人の男女が座り、仲良く茶を飲んでいるところだった。
二人に飲み物を出したと思しき給仕係の女性がその向かいに座って、テーブルに肘をつきながら「そんなに美味しいですか?」と首を傾げている。
「それ、リデリアが作ったんですよ。って言っても、最後のなんですけど。なんかまだポットに残ってて……」
「おどき!」
ハリエットはペラペラと喋る給仕係を外に摘み出した。目を丸くする夫妻に対し、ハリエットは先ほどまで給仕係が座っていた席にドスンと腰掛けながら作り笑いを浮かべる。
「初めまして、ベルニエさんですね? 私、この白鷲団の団長をしております、ハリエット・ファーブルと申します」
「おお、あなたが団長さんですか」
男性――ローデリヒが目を見開いた。彼の妻のマデリンも「娘がいつもお世話になっております」と頭を下げる。リデリアの優しげな顔立ちは父親から、癖毛気味の髪質は母親から、それぞれ受け継いだようだった。
「いえいえ……」
クビにしてから五日も経っているのに、嫌味な女だ、とハリエットは内心で辟易した。二人とも穏やかそうな雰囲気をしていはいるが、油断ならない性格に違いないと気を引き締める。
「団長さん、あなたには感謝しなければなりません」
「感謝?」
「ええ、あなた方は、娘の才能を充分に引き出してくださって……」
「それはそれは……」
とんだ茶番である。早く本題に移ってくれとハリエットがイライラしていると、夫妻は思ってもみなかったような事を言った。
「うちの子には才があると信じ続けて十六年。やっとその日が来ましたね。まさかこんな魔法薬を調合できるようになっていたとは……」
「魔法薬?」
何の事なのかさっぱり分からずに、ハリエットは小首を傾げた。マデリンが、「もう、とぼけないでくださいよ」と上品に笑う。
「これですよ。これ、娘が作ったものなのでしょう?」
マデリンの視線の先にあるのはカップに入れられた茶だ。そして、次にマデリンの口から飛び出してきたのは、ハリエットが予想もしなかったような衝撃的な言葉だった。
「まさかあの子が万能薬を作れるようになっていたなんて……」
(万能薬!?)
ハリエットはもう少しで声を上げるところだった。
一瞬何の話をされているのか分からなかった。『お茶汲み聖女』が最上級の調合難易度を誇る魔法薬である万能薬を作ったというのは、一体どういう事なのだろうか。
ハリエットは、二人が思い違いをしているのだろうと真っ先に考えた。これだから親馬鹿は困るのだ。
「それ、私も少し、いただいても?」
しかしながら、何となく不安なものを覚えていたハリエットは、モヤモヤする気分を静めようと、何気ない仕草でカップを指さした。あれが万能薬ではなく、ただのお茶だという事を自分の舌で確かめて安心しようとしたのである。
「ええ、どうぞ」
夫妻は快く頷いて、マデリンが自分のカップをハリエットに渡してきた。残り少なくなった液体を、ハリエットは一気に飲み干す。
その瞬間、ハリエットは稲妻に打たれたようなショックを受けた。舌を喜ばせる甘美な味わい。コクがありながらも、あっさりとした喉越し。そして、胃の腑で優しく渦巻くような温かさ。
何もかも万能薬を飲んだ時の感覚と一致していた。ハリエットは驚きのあまり声も出ない。背中をじっとりと汗が伝う。
(こ、これをあの『お茶汲み聖女』が……!?)
にわかには信じ難い。しかし、あの給仕係は確かに「これはリデリアが作った」と言っていた。彼女の勘違いだと思いたかったが、もしそうだとするならば、こんな下級冒険者が集う食堂に万能薬がある事の説明がつかなくなってしまう。
(これが、あの子の『才能』……?)
リデリアは、いつか自分の才能が開花するはずだと言っていた。しかし、ハリエットはそんなものはただの希望的観測にすぎないと感じ、彼女の意見を一蹴した。
だが、その時にはすでにリデリアは、稀有な魔法薬を作る力を持っていたのだ。