やって来た人
「団長、ベルニエさんがお見えですよ」
早朝。ハリエットが団長室で書類に目を通していると、入室してきたギルドの受付係がそう告げた。
「ベルニエくんですって?」
ハリエットは読んでいた書類を置くと、リデリアの顔を思い出して眉をひそめた。
役立たずの『お茶汲み聖女』をクビにしたのは、つい五日ほど前の事だった。
せっかく、かのベルニエ家の娘だからとスカウトしたのに、まったくの期待外れだったあのリデリア。まさか今になってギルドが下した決定に不満を持って異議を唱えに来たのだろうかと、ハリエットはしかめ面になった。
「追い返しなさい」
ハリエットは太い指で犬を追い払うような仕草をした。
「あの子が何を言ったって、もう決定は覆らないの。粘るようなら水でもかけてやりなさい」
「は、はあ……」
受付係は少々面食らったようだ。「失礼します」と言って出て行こうとする。
だが、退出する直前、何かを思い出したように付け加えた。
「あの、いらっしゃったのはローデリヒ・ベルニエさんとマデリン・ベルニエさんなのですが、それでもお水をかけてよろしいのですか?」
「何ですって!?」
ハリエットは再び書類に落としていた視線を高く上げると、甲高い声で叫んだ。
「どうしてそれをもっと早く言わないの! それで!? 今はどこにいるの!?」
「あの、娘さんの職場が見たいという事で食堂に……。お茶も出しておきましたけど……」
「せめて応接室に通しなさいよ! そういう事は私の確認を取ってからするのよ、この馬鹿が!」
ハリエットは受付係を押しのけると、太った体を揺らしながらドスドスと廊下を進んだ。
ローデリヒ・ベルニエとマデリン・ベルニエは、リデリアの両親だ。大魔導師でありながら国に仕えようともせずに屋敷に引き籠って研究に没頭している二人がわざわざ王都までやって来た理由なんて、ハリエットには一つしか思い浮かばなかった。
(あの小娘、両親に泣きついたのね。クビになったのは自業自得だっていうのに、見当違いもいいところだわ。ベルニエ夫妻が騒ぎ立てる前に、あれは正当な処分だったって分かってもらわないと……)
大魔導師には大なり小なり発言力があるのだ。あの二人に誤解されると、何かと厄介な事になる。
(三か月は試用期間よ。だから三か月目でクビにしたのは本採用にしなかったっていうだけで、別におかしな事じゃないわ。それに、お茶汲みなんてボランティアみたいなものなんだから、お給料やお休みをあげる必要もないし……。……よし、こちらには一切非はないわね)
頭の中で素早く言い訳を構築しながら、ハリエットは北棟にある食堂へと辿り着いた。