検証
その日から、リデリアの隠れ家での暮らしが始まった。
この隠れ家は、今から何年か前、ラッドヤードが魔法で作り出した空間らしい。
最初は住んでいる人も少なかったが、入れ代わり立ち代わりを繰り返しつつ、今ではちょっとした村のような人口を誇っているようだった。大体、白鷲団の所属人数と同じくらいといったところだろうか。
だが、住んでいるのは、白鷲団の団員とはまったく性格の異なる者たちばかりであった。
ここにいるのは、かつて辛い境遇で過ごしていた者ばかりだ。そのため、誰もがもう二度とそんな環境を再現したくないと考えているらしかった。
それを実現するための努力として、隠れ家の住人は、他人を誹謗中傷する事もなく、他の住民たちとは、会う度に会釈を交わす心地のいい隣人のような関係を築く事に腐心していた。
リデリアにとっても、その距離感は快いものだった。誰一人として、リデリアが何故ここで暮らす事になったのかとか、今までは何をしていたのかなど、根掘り葉掘り聞いてこないのである。
ギルドでの暮らしに関して、暗い自虐しか話せそうもないと思っていたリデリアにとっては、それはとてもありがたい事だった。
そうやって新しい生活に慣れていく一方で、リデリアはラッドヤードたちと共に、着々と『お仕置き』の準備も進めていっていた。
隠れ家に来てから三日目。リデリアは、アレスと一緒にキッチンの一角を占拠していた。
「うーん……。これはただの水だな」
リデリアが沸かしたお湯に試験薬を数滴垂らし、その色の変化を観察しながらアレスが言った。
リデリアとアレスは、ある事を検証している真っ最中だったのだ。
「じゃあこれは?」
「……これも水だ」
リデリアが川から汲んできた液体の入ったコップをアレスに渡すと、彼は試験薬を投入してすぐに返事を寄越した。
リデリアとアレスは、リデリアが一体いつ茶を万能薬に変えているのか確かめようとしていたのだ。
と言うのも、今回の『お仕置き』には、大量の万能薬が必要になってくる事があらかじめ分かっていたからだ。
効率よく万能薬を作る事ができるのならそれに越した事はないというのが、リデリアたちの見解だった。これは、そのための実験なのだ。
「恐らくだが、君が万能薬を作る事が出来るのは、茶を淹れる手順に従った時だけなんだろう」
実験結果を書いた紙とにらめっこしながらアレスが言った。
「君が『お茶』と認識していないと駄目なんだろうな。ジュースを作った時は万能薬にならなかった」
アレスの手はインクで真っ黒だ。そこら辺には、仮説や複雑な理論が書かれた紙が散らばっている。リデリアは、何となく実家にあった両親の研究室を思い出した。
「例えば、魔法陣を描いたり、杖を振ったりする、いわゆる『魔法を使う前の予備動作』がリデリア殿にとっての『茶を淹れる事』なんだろう。……と言っても、これは推測の域を出ない話だが」
アレスは独り言を呟きながら唸り声を上げた。邪魔をしては悪いかなと思いつつ、そろそろ彼も疲れてくる頃だろうと考えて、リデリアは声を掛ける。