勇者誕生秘話
「それだけじゃないんだよねー」
リデリアの怒りももっともだと言いたげに頷きつつも、ラッドヤードがさらにその先を話す。
「俺、アレスをここに連れてきてさー。苦手な『癒し』の魔法を駆使して頑張って治療したんだよねー。アレスは『癒し』の魔法の適性がないって言うから、仕方なくなんだけどさー。で、何とかそれが終わった頃に、よせばいいのにアレスが「団長たちに話をつけてくる」って言いだして……」
「仕方ないだろう。本当の事を知っているのは私と君だけなんだから。黙っておく事なんて出来なかったんだ。王宮に犯罪者が出入りしているんだぞ?」
「まったく、真面目なんだから……。そんなの、匿名の告発文か何かを出しちゃえば済む話じゃん? 握り潰されるかもしれないけど、そっちの方が安全だしー。なのに本人たちに直接話をしたいって……」
ラッドヤードが顔をしかめた。
「で、あいつら、アレスのその真面目さを利用しようとしたんだよー。あっちが手紙で指定した場所に、ハリエット団長が小隊を差し向けてきたんだ。こっちは言われた通りにアレス一人だけで行ったっていうのにさー。薄々嫌な予感はしてたけど、俺もついて行けばよかったよー」
「その小隊っていうのは……」
「ナーシルが隊長をしていた部隊だよー。これが例の『魔王退治』の真相ね」
どこまで卑怯な真似をすれば気が済むのだとリデリアは怒りを通り越して呆れ返ってしまった。
ナーシルは今でこそ『勇者』だが、かつては『盗賊』だったのだ。隠密行動や奇襲を得意とする役職である。
ハリエットは元からアレスをだまし討ちにするつもりでナーシルを隊長に任命したのだろう。こんな事をして恥ずかしくないのだろうかと、リデリアはその神経を疑った。
「ナーシルさんたちは知ってるんですか? アレスさんが無実だって……」
「知らないんじゃない? ハリエット団長が、そうそう自分の秘密を他人に話したがるとも思えないしー。それでも万が一本当の事が分かっちゃった時のために、ナーシルに『勇者』の称号を与えたんだと思うよー。口止めのための保険ってやつ? 他の小隊のメンバーにも、ご褒美とかあげてたみたいだしねー」
「だが、彼が強かったのは本当だ」
アレスが無念そうに言った。
「お蔭で団長たちに攻撃された時よりもひどい怪我をしてしまった。逃げ延びる事が出来たのが不幸中の幸いだ。まったく疲れ知らずのあの動き……今思い出してもゾッとする。それこそ万能薬でも飲んでいるような……」
「あっ……」
アレスの例え話を聞いた途端に、リデリアはある事を思い出した。それは、ナーシルが『魔王討伐』の極秘任務に行く前の事だった。もちろん、『極秘』なのでこうして思い返してみるまで、リデリアはあの出来事がそんなタイミングで起こっていたとは全く気が付いていなかったのだが。
その日、リデリアは久方ぶりに休みをもらって、ギルドの中庭でお茶の用意をしながら、のんびりと日光浴をしていた。そこにナーシルが現れたのだ。
彼はいつも通りにリデリアをからかった後、「そう言えば俺、『お茶汲み聖女』のお茶、まだ飲んだ事なかったなー」と言いながら、リデリアが持ってきた茶を全部飲み干してしまったのだ。
「ごめんなさい、アレスさん……。アレスが大怪我を負ったの、多分私のせいです……」
リデリアが淹れた茶は万能薬になるのだ。万能薬には、戦闘能力を格段に引き上げる力もある。ナーシルが茶を飲んでからすぐに任務に向かったのだとしたら、まだ万能薬の効果は続いていたはずだ。
ナーシルは、自分が飲んだのが万能薬だったなんて恐らく気付きもしなかっただろう。だが、事実彼はリデリアの作った魔法薬によって、いつも以上の力を発揮してしまったのだ。そして、アレスに重傷を負わせたのである。
「やっぱりリデリアちゃんの万能薬、凄いんだねー」
「そうだな。……リデリア殿、気にしないでくれ。それは事故みたいなものだ。君は何も悪い事はしていない」
リデリアがあの日の事を話すと、二人は特に怒るでもなくそう返してくる。お前のせいだと言われたら何も返す言葉がないと感じていたリデリアはほっとした。
そうして不覚にも大怪我を負ったアレスを助けるため、ラッドヤードは奔走したのだ。
団長たちに襲われた時よりもアレスの怪我は大きく、ラッドヤードも「これ以上はお手上げ」と言っていたし、自分の手には負えないと感じていたのだろう。だから、自分に代わってアレスを助けられる人を探していたのだ。
そして、万能薬を作れるリデリアに目をつけたのである。