06 こっそり特訓に出かけたら
主人公は10歳
よろしくお願いします。
時刻は2時と半刻を過ぎ。
パチリと目を覚ます。まだ真夜中ではあるが、今から特訓に出かけるので俺にとってはこの時間帯が起床時間。特訓の内容的な問題で確実に痴態を晒すので、誰にも見られないように皆が寝静まった時間に行う。ここ4年間ほどは毎日この生活リズムだ。最初はキツかったが、最近は慣れたのか意外にも苦にはなっていない。むしろルーティンと化してるからやらないと身体が落ち着かなくなるくらいだ。
さてとそれじゃあ抜け出すとしようか……ん?
布団から出ようとしたところ、ふいに誰かが俺の背中にギュッと抱きついてきた。背後なので、それが誰なのかは見えないが予想はつく。だってそんなことするのは一人だけだし。
「ムニャムニャ……エムくん……おいしい? ……すぴぃ、すぴぃ──」
そう、スイ・フラメラことスイちゃんだ。
夢に俺が出てるのかな。
スイちゃんは俺の性癖が露呈してしまったあの忌まわしき事件以降、めちゃくちゃ懐つくようになった女の子。まだ俺と同じく、10歳と幼いが、その整った顔立ちはさながら空を舞う天使のごとく美しく、そして可愛い。いや、超可愛い! いつも親にくっつく子供パンダみたくギュッとして甘えてくるんだけど、こんな可愛い女の子が甘えてくるとか控えめに言っても最高すぎるだろ、と言うほかない。
そんなスイちゃんだが、今のように結構な頻度で俺が寝ている布団の中に潜り込んでくる。なんでも本人曰く、「エムくんと一緒だと心がポカポカしてくるの」とのことらしい。そんな心の拠り所みたいに言われたら惚れちゃいそうになる。いや、もう惚れて──おっと、これ以上は事案になってしまう。俺、前世含めるともうアラフォーだしね。あ、でもそれは精神年齢的な話で今は子供だから別に……まあそれはさておき。
スイちゃんからギュッと抱きしめられているという最高に美味しい状況を自ら手放すのはすこぶる勿体ないけど、そろそろ出発しないと特訓する時間がなくなってしまう。名残惜しみながらもスイちゃんを起こさないように慎重に布団から抜け出した。
それじゃあスイちゃん行ってくるよ、と心の中で呟いた後、物音を立てないように寝室を後にする。寝室を出たところから左奥にある部屋に向かう。目的は裏口用のカギだ。何かと物騒な世界だから戸締りはちゃんとしておく。部屋を入ってすぐを右側にある引き出しからカギを取り出してポケットに入れ、育児館の裏口へ。よし行こうか。裏口のカギをガチャっと開け、こっそりと出ようとしたところ──
「ねえエムくん、こんな真夜中にどこ行くの?」
「──ッ⁉︎」
急に澄んだ声が聞こえてきた。
慌てて声の主の方へと振り向くと。
「ス、スイちゃん……⁉︎」
そこにはさっきまで隣で穏やかな寝息を立てていたスイちゃんがいた。肩にかかるくらいの長さの綺麗な水色の髪を小さく揺らしながらこちらに近づいてくる。そして目を見開いて驚いている俺を尻目にスイちゃんが再び口を開く。
「で、どこに行くの?」
や、やばい……まさかスイちゃんにバレるとは予想外だ。というか、ほんの数分前まで寝てたのに、いったいいつの間に……。今まで誰にもバレないように動いていたのに。しくじった! はてさて、どうしようかなあ……。俺のド変態スキルである──究極完全体マゾヒストが暴走しないように制御をするための特訓だなんてアホみたいなこと口が裂けても言いたくない。
どうにか誤魔化さねば……!
「え、えっと……そ、そうだ! 急に夜風を浴びたくなってさ‼︎ そ、それだけだから‼︎ ちょっとしたら、すぐに戻るから‼︎」
「……エムくん、そんな慌ててたら嘘ってすぐにバレちゃうよ……」
光の速さでバレた。早すぎ。どうしたらいいか……いや、もう素直に特訓に行くって言おうかな。俺、嘘つくとすぐに顔に出ちゃいから苦手だし。それに特訓の内容さえ言わなければバレないだろう。よし、そうしよう。
「……皆には内緒して欲しいんだけど、今から特訓に行くんだ。近くの森までね」
「なら私も一緒に特訓する!」
「えっ……」
やばい、墓穴を掘った!
完全に選択肢をミスった。このままだとスイちゃんが特訓について来てしまう。そうなると特訓内容がバレる──つまり俺がモンスターに蹂躙されながら「んぎもぢいいいいいい〜‼︎‼︎」とか奇声を上げているあられもない姿を目撃されることを意味する。それは不味い! どうにかしてスイちゃんを止めなければ……‼︎
「夜の森はゴブリンやスライムみたいな弱いモンスター以外にも、オークやカマキリーみたいな結構強い個体も出てくるんだよ。もしかしたら怪我をするかもしれないし、下手をすると命も……なんてこともありえる。それでもついて来るの? 一応、俺はもうこの特訓を4年間以上してるから慣れてるけど、スイちゃんは初めてだし不安じゃない……?」
遠回しに危険だからついて来ないでと伝える。どうにかこれで引き下がってくれればいいが……。
「そんなの覚悟の上だよ! 特訓ってそういうものでしょ‼︎」
その声音からは確固たる意志を感じる。俺を見つめる瞳も真っ直ぐだ。これはもう絶対についてくる気なのだろう。でもそうなると俺の変態チックな姿を見られるから困るんだよな……よし、ちょっとアプローチを変えてみよう。
「ゴキブリールとかイモムシールとかの昆虫型のモンスターも出るんだよ?」
女の子は絶対に嫌悪感が湧くであろう昆虫型モンスターとエンカウントがあるかもしれないと言えば、スイちゃんも来るのを止めるだろう。実際、俺が特訓に使っている、あの森は結構湧いてくるし。それはスイちゃんにとっては辛いだろう。そういう意味でもついて来るのはオススメできない。
「えっ、私、別に昆虫型モンスター苦手じゃないよ」
「えっ、そうなの⁉︎」
やべ、万策尽きた。もう上手いことついて来ないように誘導できる策はない。俺の変態ぶりを見られたくはないけど、もはやどうしようもないか。それにこれ以上、問答を繰り返していたら特訓の時間がなくなるし。……いや、でも、スイちゃんはモンスターとの闘いに慣れてないだろうからそう言った意味でも連れて行きたくないな。万が一のことがあったら後悔で死にたくなってしまう。とはいえ、スイちゃんの様子を見る限り、ついて来るのは必須。仮にダメと言っても、後からこっそり追ってくる気がするしなあ。それなら目の届く方がいいか……でもなあ、うーん、どうしたものか……。
そんなことを長々と悩んでいると、スイちゃんが特大の爆弾を投げ込むんできた。
「──じゃ、じゃあ お尻ペンペン してあげる! こ、これならどうかな⁉︎」
「えっ、今なんて言ったッ⁉︎⁉︎」
やや顔を赤らめながらも、凄まじいことを言い放ったスイちゃんに聞き返す。
い、今のは聞き間違いか? ……い、いや、聞き間違いだよな? だって、こんな可愛い女の子の口からそんなアブノーマルな言葉が飛び出すなんてありえないし。た、たぶん今のは俺のマゾヒストたる欲求が生み出した幻覚なんだろう。やばいな俺……完全に末期症状だよ。病院行こ。
「だから、特訓について行くのを許してくれたらエムくんのお尻をペンペンしてあげるの‼︎ パチンパチンって! は、恥ずかしいから二度も言わせないでよ、もう‼︎」
やばい、聞き間違いじゃなかった。
お尻ペンペン──それはお尻を平手やらムチやらで痛めつけるSMプレイの一つであり、業の深い行為だ。普通の人は嫌がる。だが、悲しいことに俺はマゾヒスト──しかもその中でも最上級クラスのマゾヒストだ。こんな可愛い女の子から、そんな魅惑的なことを言われたら……溢れ出る欲求を抑え込むことができない‼︎
そして──
「はい、お願いします」
気がついたら頷いてた。
この後、めちゃくちゃお尻ペンペンされた。
な、何というか、その……すごい、良かったです……。
お尻ペンペンはアブノーマルな言葉? 自分で書いててよく分からなくなりました。以上です。
ありがとうございました。