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悪役令嬢の不在  作者: 木口 困
本編・第2学年編
9/17

エピローグ

「仲直り出来たようでなによりです」


初めて授業をサボり、そのまま自習室でスキロと語り合ったアナリシアは、顔の熱が引き授業が終わった頃を見計らい教室へ戻った。

いざ報告しようと意気込み、椅子の向きを考慮するのも惜しいとばかりに自身のみ隣席に全身を向ければ、その友人から先に声を掛けられ出鼻を挫かれてしまった。


「ありがとう。シフィーのお陰だよ!それでね……あのね、シフィー、あたし達、実は結婚の約束してたんだって!」

「はい、星降りの夜に永遠の誓いを交わした仲だそうですね」

「うん、両想いだったんだって。……ちょっと待って、なんで知ってるの?」


慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、心得ているとばかりに相槌を打つナリシフィアに、秘密を打ち明けるつもりで声を潜めていたアナリシアは、怪訝な面持ちになった。


「割りと有名な話ですよ。同じ村から二人も平民が来ることなどまずないですからね。シアとスキロ様が入学された時は、それはもう注目の的でした。それでいてシアは自分が見られているのも気付かないようですし、スキロ様はそんなシアにずっとついて歩いて過保護ぶりを隠そうともしませんでしたし。牽制されて面白くない他の平民や貴族の子息が、スキロ様に“風紀を乱すな”と苦言を呈したようですが、スキロ様が星降りの夜の話をされ、お互いの両親が公認してのことだから問題ない、とあっさり追い払ってしまわれたのです」

「え、なにそれ知らない!ていうか、何から質問していいか解らないくらいツッコミどころがいっぱいだよ!」


驚愕と混乱に忙しく、常より倍の速さで瞬きを繰り返すしか反応を返せないアナリシア。

ナリシフィアは微笑みはそのままに、まぁ、と困ったように首を傾げて見せた。


「シアは鈍いですからね。自覚がないようですが、シアは可愛いですよ。明るくて、前向きで、芯が通っていて、思いやりがあって。そうですね、以前に聞いた“おとめげーむのひろいん”という人みたいですね」

「え、嘘だー。ないない、マリアちゃんみたくハイスペックで可愛くないし。そんな誉められたら全身痒くなっちゃうよー」

「まぁまぁ。シアはスキロ様のことを、能力は高いけれど身分が低いから傍目から見たら狙い目、と話していましたが。ご自分もそうだ、というご自覚はありますか?」


高い魔力を求める下位貴族の令息にとって、魔力の高い令嬢となれば必然的に身分も高く、おいそれと手を伸ばせない高嶺の花となる。その点、魔力が高い平民の女性は身分を笠にきて近付きやすい格好の相手であった。

しかしただでさえ常識に疎く、チートのないモブであることをコンプレックスとしているアナリシアに、自覚など芽生えるわけもないのだった。


「へ、まさか」

「シア。殿下と同じ組割りになっているのですよ、自覚しましょう。1年では基礎学習なのでただバラバラに組割りをされますが、2年以降は応用もあるので優れた者は優れた者同士で組割りされるのですよ。ですからこの組に属している以上、シアも優秀なのです」

「え、うそ!バランス取るための平民枠でしょ?」

「ばらんす?……ええと、均衡のことでしたね。いえ、純粋に能力別です。単純に魔力量には限らず、魔力の扱いや知識、発想に至るまで、優良の判断をされた者のみが属すのです。ですからシアも傍目から見れば、婚姻相手として狙い目の相手なのですよ」


初耳である。

もう2年も終わりに近付くこの時期に、思ってもみない事実を知ってしまった。

いやしかし、ならばなぜ、自分より魔力量の多いはずのヒロインのマリアが、同じ組に居ないのだろう。

魔力の扱いや発想が悪いのだろうか。

ナリシフィア曰く、隣の組は魔力量は多いが扱いがあまり得意ではない者が属しており、アマリリス・コートマール公爵令嬢等上位貴族が多い、とのことだった。

アナリシアの記憶が確かなら、マリアは隣のクラスに居た。

なるほどとは思ったが、また別の釈然としない思いがむくむくと沸き上がってくる。


「でも今までそんな、その、恋人になりませんか、みたいなお誘い全然無かったよ?」


ナリシフィアの思い違いの線が濃厚ではないだろうか。

アナリシアは強固に、自身を目立たないモブだと主張する。

子供の頃は、自分は周りより可愛いくて賢いんじゃないかと少し思ってみた時期もあったが、隣に男の癖に自分より美人で優秀な幼なじみが居たため、それは気のせいなのだと早々に目を覚ました。

今でこそ硬質な空気を纏う男らしい外見のスキロだが、幼少期は美少女のようだったのである。

遠い目をするアナリシアには、ナリシフィアの笑顔が苦笑に変わったことに気付けなかった。


「それは、あれだけスキロ様が周りを牽制し、お互いの仲の良さを見せつけられれば、誰も声を掛けようがありませんよ。まして星降りの夜の誓いをされているとのことですし。乙女の憧れですからね」

「その、星降りの夜の誓いって、もしかして一般常識なの?」

「まさかシア、知らないのですか?」

「うん、あたし子供の頃チート発見に情熱傾けてたから。一般的な知識より違うことに興味があって」


黒歴史と言っても良いかもしれない行いの数々は伏せるが、アナリシアが偏った知識しか持っていない原因を明示すると、友人は得心がいったようだった。

しきりに頷き、ポンと両手を胸の前で打ち合わせる。


「まぁ、それでスキロ様とすれ違っていらしたのですね。見ていて大変もどかしかったのですが、お二人にも何か事情があるのかと思い、黙って見守るしかなかったのですよ」


教室は賑やかであったが帰宅を始める者が出始め、生徒は疎らになっていく。

スキロはまだ前の方の席で他の生徒と談笑しており(スキロは無表情で淡々としているが、相手がニヤニヤと楽しげな様子だった)、まだ帰る様子はない。

ナリシフィアと話す余裕はありそうだと安心し、また、こんなに無知なアナリシアに呆れもせず付き合ってくれる友人の存在が有り難かった。


「星降りの夜というのはいつ起こるか解らない上、数多の星が降る神秘的で特別な夜ですね」

「ふんふん」

「そのような夜に想いあう男女が、偶然にも一緒に居られるということが、まず運命めいたものを示唆しています。その上で、ずっと一緒に居るとか、これからも側に、といった生涯離れることはないという誓いの言葉を送り、了承された暁にはそれが永遠の誓いであることをお互い確認しあう、というのが星降りの夜の誓いです。古くは、建国の際トヴァヒコル神様より降嫁された女神ナタースヒリア様に対して、初代皇帝のザヴァンサイド様が行われたという、建国神話の一節が元になっているのですよ」

「そんな由緒正しい誓いだったの!?」

「はい、そうなりますね。ですから、そういった条件が揃うことも難しく、本当にそういう誓いをされる女性は稀なので、乙女の憧れなのです。実際にそういう誓いを交わされたという男女にお会いしたのも、私はシア達が初めてですよ」

「うわぁ、そうとは知らずあたし、子供の頃凄い気軽にサクッと返事しちゃったよー。だって9歳だよ!」

「まぁ!その歳で星降りの夜の誓いを把握し、実行しているスキロ様の手腕には驚かされますね」


感心したように頷くナリシフィアに、やはりスキロがおかしいのだと確信したアナリシアであったが、同時にそんな希少な体験をしたのが自分のようなモブであることを申し訳なく思った。


「次の星降りの夜って、いつかな」


なにより、当時真剣だったのであろうスキロに対して一番謝りたい。


「仕切り直そうなんて、思わなくて良いからな」


突然会話に加わってきた背後からの男声に驚き、弾かれたように振り向けば、そこにはすっかり帰り支度の整ったスキロが立っていた。

何故わざわざ背後に居るのか。正面からまっすぐ来てくれれば視界に入るはずなのに。

それにどうして、少しの会話からアナリシアの意図を察してしまえるのか。

二重の意味で驚かされて恨みがましい目をするアナリシアに、悪びれずスキロは弁解する。


「ちょっと話があって教室から出たんだよ。すぐ終わったから、別の入り口から戻ってきた」

「もしやまた、生徒会からのお誘いですか?」

「ええ、いつものことなので断りましたが」


所属しなくて良いから短期雑用をしないか、と度々スキロは勧誘を受けているようだった。

おそらく、卒業後の進路も見越して取り込みたいのだろう。

生徒会は皇太子殿下を頂点として、その将来の側近達で構成されている。

平民といえども成績優秀者の上位に常に名を連ねているスキロは、もしかすると将来城勤めを期待されているのかもしれない。皇太子殿下の覚えがめでたいようでなによりである。

しかしそうされては、せっかく両想いと判明したスキロと離ればなれとなってしまい、アナリシアとしては歓迎できない。


「さすが、“はいすぺっく”ですね」

「まさかナリシフィア様が自発的にシア語を話す日が来ようとは」


沸き上がる不安を理由に会話に参加出来ないアナリシアの代わりに、ナリシフィアがスキロと益体もないやりとりをする。

スキロはただ苦笑を溢してチラリとアナリシアを見やり、優しげな手つきでその頭に2回手を置いた。

すぐ離れていった手の感触を確認するように、アナリシアも自分の頭に手をやった。

俗にいう、頭ぽんぽんであった。

それだけで何故だか不安が払われた気がして、アナリシアはそうか、と気が付いた。

今まで無条件に、スキロは遠くに行かないと信じられた理由。

きっと腐れ縁が続くだろうと楽観視出来た理由、その安心は、スキロによって築かれたものだったのだ。

彼の接してくる仕草が、向けてくれる視線が、選ぶ言葉が、すべてアナリシアの為のもので。彼はずっと1人で、9歳の頃に交わした誓いを守り続けていたのだ。

それを知ると、アナリシアの中にぐっと込み上げてくるものがあった。

それは言葉では言い表せない、愛しさのような、嬉しさのようで、申し訳なさや、切なさのような、ともかく今すぐスキロに感謝を伝えたくなった。


「日々の学びの賜物ですね。シア、使い方はあっていますか?」


何かを察しているのかもしれないナリシフィアが、軽い調子の会話ではまず見られない、ひたすら優しい微笑みで覗き込んでくる。


「うん、大丈夫だよ」


いつもの賑やかさのない柔らかな肯定を、スキロは不審に思わなかっただろうか。

背後が気になったアナリシアだったが、反応を見る為に身体の向きを変えようとは考えなかった。

このまま振り向いて、今の自分の顔を見られたくなかったのだ。


「ふふ、良かったです。あら、迎えが来たので、私はそろそろお暇致しますね。シア、スキロ様、また明日お会いしましょう」


友人の視線の先を辿ると、いつも放課後だけ姿を現すナリシフィアの侍女の姿があった。戸口に立ち、整った姿勢で綺麗なお辞儀をしている。

アナリシアとスキロから帰りの挨拶をそれぞれ受け取ると、ナリシフィアはおっとり優雅な足取りで侍女の元へ向かっていく。

気が付けば教室内に取り残されたは、アナリシアとスキロの2名だけとなっていた。


「俺たちも寮に戻ろう。送るぞ」


いつものように素っ気ない誘い方に、今日お互いに話し合ったことは夢だったのではないだろうかと、疑いたくなるアナリシアである。

それでは困るが、アナリシアはチートがなくてもスキロに喜んで貰える方法を知ったのだ。

それが夢だったとしても、自分がやっと気付けたありのままの気持ちを伝えたら、きっとハッピーエンドに繋がる自信を得ていた。


「スキロ、ありがとね」

「なにがだ?」


突然の感謝に、幼なじみは困惑した様子だった。

送り迎えは当たり前のようにいつもしていて、習慣だった。わざわざ感謝を表明される理由としては、弱いと思ったのだろう。

アナリシアの背後、至近距離に感じる気配は身動きもせず、彼女の言葉を待っている。


「ずっと守ってくれて。それから」


前触れなく背後に倒れ込むと、慌てたようにスキロがアナリシアの両肩に手を置き、自身の身体全体を使って体重を受け入れ、支えてくれた。

安心感と安定感に満足しながらスキロの顔を見上げたアナリシアは、その表情が驚きから一気にしかめつらしいものへと変わり、顔色が赤面としか表現出来ないほどに変化する瞬間を堪能出来た。

照れているのだ。

そうでなくては困る。アナリシアだってスキロの愛情表現に気付いた瞬間から、顔がだらしなく緩んでしまうのを抑えられずにいるのだから。


「大好き」


呼吸を詰める音がした。

視線の先には、困ったような泣き出しそうな顔。

しかしその表情は迷惑そうではなく、アナリシアの唐突な告白に対処が追い付いていないだけのようだった。

肩を支えてくれていた手は、いつの間にかアナリシアの胸の前で交差していて。

逃がれられないように囲われている気がしたが、決して不快感や恐怖は涌いてこない。

安心しきってその腕にそっと手を添え、全身から力を抜くアナリシア。


「お前は」


少し苛立ったような声音だった。

何か怒らせるようなことをしただろうか。スキロの身体を背もたれ代わりにしているのがいけないのだろうか。

ゆっくり瞬きをし、再び見上げようとする前に聞き慣れた声が降ってくる。


「俺の理性を試してるのか?また無意識か?無防備にもほどがあるだろ、なに安心しきってるんだよ。せっかくお子様なお前に合わせて付き合い方を調整してんのに、お前は一気に飛躍させたいのか?それともまだ自覚がないのか?」

「スキロ、なんか怖いよ」

「誰のせいだと思ってんだ」


スキロの腕に力が込もる。

浮かべているのは笑顔だったが、妙にキラキラして凄みがあった。

アナリシアはなんとなく危機感を覚えたが、今逃げ出そうとすれば幼なじみを傷つけると思い、相手を落ち着かせるべく触れている手をポンポンと優しく叩き、へらりと笑って見せた。


「スキロといると安心できるのは本当だから、つい頼っちゃったり、締まりがなくなっちゃうんだけど、これからはもっと緊張感とか持って、1人で何でも出来た方がいいかな?」

「別に、そうは言ってない。なんでお前はいつも斜め上の発想をするんだ」


苦々しげな顔をするスキロだったが、先刻までの物騒な雰囲気は霧散していた。

何故だか幼なじみに呆れられている。そうは思ったが、いつものことなので特に弁解するつもりはなかった。


「じゃあこれからも、スキロを頼りにしていいのね?」

「ああ」

「おばあちゃんになっても?」

「当たり前だ」

「あたしのことも頼ってよね」

「あんまり頼りにならないな」

「そんなことないよ、やる時はやるよ!」

「はいはい」

「信じてないでしょー?失礼なっ」

「はいはい」

「扱いが適当過ぎる!」


昔からのじゃれあいに安心感を、背中から伝わる熱に胸の高鳴りを覚えながら、アナリシアは屈託なく笑う。

せっかく乙女ゲームの世界に転生したというのに、全く知識を活かせないどころか、異世界転生お約束のチートもない。

それでも自分は幸せだと思った。

平凡万歳。そう思える日が来るなんて、思ってもみなかった。

でもこれでいいのだ。

ヒロインの波瀾万丈学園生活も存在せず、悪役令嬢もいない。

乙女ゲームのキャラクターはちゃんと居るが、みんなどこかしら違っている。

ゲームでは見かけなかったが、素晴らしい人柄の、味のある人物だっていた。

ただゲームをしているだけでは気付けなかった、知ることのなかったものばかりだ。


「これからも、ずっとよろしくね、スキロ」


画面の向こうの神々しい攻略対象の1人としてではなく、身近な存在として幼なじみの名前を呼べる。

誰に気兼ねなくスキロと共に居られる嬉しさを、じっくり噛みしめるアナリシアだった。





─終─

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