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悪役令嬢の不在  作者: 木口 困
本編・第2学年編
8/17

大事な約束と素直な気持ち

1階の奥にあるそこは陽当たりの良い自習室で、魔力練度を高める為に自主練習する為の場所だ。

魔法具による結界が張られ、生徒が魔力暴走を起こさないよう環境を整えられている。

使用するにあたって申請用紙の提出を義務付けられており、常時開放されているものの、申請なく利用すれば魔力を関知した教師が飛んでくることになっていた。

今は学期末であり、昼休みが終わりに近付いていることもあり他に使用者はいない。

もちろん魔力を練って魔力量を向上させようという、本来の用途に沿った意図もないため、教師が駆け付けてくる予定もなかった。


「……シアにとって、俺は特別か?」


部屋に入ってすぐ、アナリシアに向き合い束の間沈黙していたスキロが、真剣な面持ちで問うてくる。

両目には今までにない熱が宿っていて、アナリシアをたじろがせた。


「なに当たり前のこと、言ってんの」


答える声が掠れそうで、アナリシアは自分の喉の渇きに気付いた。

スキロの緊張が伝播してきたのだ。

彼は何か、今から大事なことを口にしようとしている。

そんな予感がした。


「じゃあ約束は覚えてるか?」

「約束、どれ?」

「あの、星降りの夜にした」


スキロとした約束はいくつもあった。

困った時は自分だけで抱え込まないで、必ず声を掛け合うとか。

遠出する時には報告するとか。

どんなに忙しくても弟君達との時間を大切にするとか。

二人でおばさん(スキロにとってはお母さん)を元気にできる発明品を作ろうとか。

小さいものまで挙げていけば数えきれないほど。

そのどれもをアナリシアは覚えている。

チートではないなら、せめて誠実であることを自分のチャームポイントにしようと、約束を守る事を信条にしているからだ。

それらの中で一際印象深い流星群の日のことを持ち出されて、アナリシアは深く頷いた。

アナリシアの考えたものを、スキロがこの先もずっと作ってくれると約束してくれた日だ。


「覚えてるって、スキロが永遠の誓いだって言ってたやつでしょ?あたしにとっても大切な約束だもん、忘れるわけないでしょ?」

「覚えてるなら良い。じゃあどうして、あんなことを言った」

「あんなことって、昨日スキロを怒らせちゃったやつだよね?」

「他に何がある」


顔をしかめ思い出したくもなさそうな様子の幼なじみに、アナリシアはどう説明したものかと首を捻った。

先ほど謝った時に全て伝えたつもりだが、それでは伝わらなかったということだろう。しかしそれでは、どう説明すれば解ってもらえるのか。スキロの方が賢いのだから、上手い伝え方を代わりに考えほしいものだ。


「まさか殿下に懸想したわけじゃないよな?」


うーと軽く唸りながら頭を悩ませるアナリシアに焦れたのか、スキロが思いもよらぬ穿った見解を披露した。

代わりに考えてほしいとは思ったが、伝えたい内容はそうじゃない。やはりムチャ振りは良くなかったのだ。

甘えてごめんなさいと反省しつつ、アナリシアはすかさず否定した。


「違うよ!皇太子様は観賞用イケメンって言ったじゃない!そもそも攻略対象の中でもメインヒーローだよ!神々しすぎ!畏れおおすぎ!頼むからあたしみたいなモブとは無縁のところで恋愛して、あわよくばあの名場面の再現を誰かと繰り広げて、あたしを楽しませてくださいって思ってる!!」

「はぁ?」


前世でのアナリシアは、ゲームは主人公になりきるタイプではなく、あくまでクリアを目指して第三者目線で楽しむ方だった。

それは今も同じで、例え攻略方法が解っているからといって、自分がヒロインにとって替わろうなどと、分不相応な思考に至るわけもなかった。

ナシーリアに生まれ変わっていたら張り切ってサポートをしたかもしれないが、幸いにも名前も出ないモブである。その他大勢の一人として、不用意に攻略対象には関わらず生きていくのだ。

スキロには幼少の頃から転生のことは告白していたし、入学してから此処が乙女ゲームの世界と気付き、興奮してその詳細を説明していたので、今更言葉を選んで釈明する必要はなかった。

いつもアナリシアの前世話には生返事のスキロだったが、今はアナリシアの勢いに押されたのか、常になくただただ唖然としていた。

だがやはり事前知識があるためだろう、話が理解できず混乱しているといった様子はなく、理解した上でゲンナリしているようだった。


「じゃあなんで、いきなり殿下に興味を持ち出したり、無理にナリシフィア様と俺を縁付かせようとしたんだ」

「え、昨日は、アマリリス様は諦めず突撃し続けて凄いね、なんでかな?ってシフィーに世間話の一環として話を振って、たまたま皇太子様の話になっただけだよ」

「……そうなのか?」

「うん。あとシフィーの事情とかあたしは知らなかったから。学年一清楚で美人でお淑やかで優しくて賢い自慢の友達を、攻略対象なのにヒロインと出会いイベントが発生しなかったスキロにオススメして、スキロの闇を救ってもらおうかと」

「待て、俺の闇とはなんだ?」


訝しげに眉根を寄せ、只でさえ柔らかい印象とは程遠い目付きを更に悪くし、スキロはアナリシアを睨み据えた。

自然と身が縮こまり、アナリシアの声は弱々しくなる。


「え?いじめとか、受けてない?お貴族様達に、お前生意気だぞって感じで」

「いや、まったく」


隠し事はないと自信を持っているのか、ピクリとも表情を変化させずスキロは言い切った。


「えーと、じゃあ、お金の為に伯爵家の養子になったりなんかは、するつもりない?」

「バカにしてるのか、あるわけないだろ。俺が居なくなったら、弟達はどうなる。お袋だって本調子じゃないのに、家を離れる理由もない。2年の始めに打診があったがすぐ断った」

「え、そうなの?」

「それよりお前、なんで伯爵家なんて具体的なこと知って……、まさかそのゲームとやらと、俺を混同してるのか?」


さすが優秀さを売りにしている攻略対象なだけあって、察しが良かった。

アナリシアのお節介の原因となった核心を容赦なく突いてくる。

アナリシア自身は混同しているつもりなどなかったが、確かにそう指摘されてしまえば思い当たる節もあって、二の句が次げなくなってしまった。

それはまるで、ちゃんとスキロ自身を見ていないのではないかと、本人から非難をされているような気がして、居たたまれなくなった。


「自分の信用の無さが悲しくなってくるな。ゲームの俺がどうかは知らんが、いくらなんでも結婚の約束をした相手がいるにもかかわらず、他の女にうつつを抜かすと思われてたなんて」


疲れきった様子で両目の間を揉みほぐし始めたスキロに、アナリシアは勢いよく顔を上げ驚嘆の目を向けた。

いつも一緒に居たというのに、スキロにそんな相手が居たとは初耳だ。

それなら今までの心配やお節介は本当に全て余計なことで、無意味だったのだ。

スキロに特定の相手が居たと知って、胸に広がるのは何故だか安堵ではなく痛みだったが、そんなことには構っていられなかった。


「スキロ、そんな人居たの?いつの間に!?」


教えてもらえなかったのは悲しいが、スキロが望んだ相手なら祝福しよう。まずは相手の確認が先決だと意気込むと、幼なじみは不可解そうに見返してくる。


「なに言ってんだ、今その話をしたとこだろ?」

「へ?」

「星降りの夜に永遠の誓いを交わしたんだ。俺と結婚するのはお前だろ、シア」

「嘘……!」


これ以上ないほど目を見開き言葉を無くすアナリシアに、スキロは苦虫噛み潰したような顔をした。


「なるほどな、通りであっさり快諾されたわけだ。お前、意味解らないで返事してたんだな」

「え、スキロ、えぇ?あれ、まだ9歳の時だよ?まだ子供だよ!?」


流星群の日、二人はアナリシアのチート発見の為に外で魔法の特訓をしていた。

この国では魔力は魔法具や宝具を動かす為の動力源でしかなく、魔法や魔術というものが存在しなかった。

その為、何かの魔法を開発したらきっと凄いと考え、その日は暗闇を照らす光を出す魔法(イメージとしては照明弾)を開発しようとし、あえなく撃沈したのであった。

消沈するアナリシアにスキロは空を見るように促し、流れ星が幾つも飛び交う夜空に元気を得た所で、あの言葉を掛けられたのだった。

当時はただ言葉通りの意味に受け取り、無邪気に喜んだアナリシアだったが、家の窓から漏れ出る光に照され薄暗がりの中で交わした約束は、幼い二人にとって非日常的な、とても特別な瞬間だったと記憶に刻んでいた。


「まさか子供の頃の約束だから反故にする、なんて今更言わないよな?」


横柄な態度とぶっきらぼうな口調とは裏腹に、不安そうに揺れる瞳はすがるようにアナリシアの姿を捉え、離そうとしない。

そんな目を向けられるのは初めてのことで、胸がギュッと締め付けられるような心地がした。


「え、いや、そんな理由では約束破らないよ!けど、あれじゃない?スキロ、あの頃より選択肢拡がってるんだよ?もったいなくない?ハイスペック攻略対象なのに、わざわざあたしみたいな何の取り柄もないモブなんか選んで後悔」

「しない。するわけない」


動転してネガティブキャンペーンを始めたアナリシアに最後まで言わせず、スキロは言葉を被せてきた。

妙にきっぱりと言い捨て、只でさえ遠くはなかった距離を更に縮めてくる。

真剣な眼差しに気圧され、アナリシアは自然と後じさっていた。


「取り柄が何もないわけないだろ、シア。お前はいつも前向きで、うちの家族のことも気にかけてくれて、優しい」

「ど、どうしたのスキロ、いきなり」

「ずっと思ってたが、お前は調子乗りやすいから黙ってた。丁度良いから今言う」


態度はいつも通り横柄と受け取ったとしても差し支えないものだ。その割りに言葉は丁寧に、向けられる視線は優しく、そのギャップは十分にアナリシアをたじろがせ、ゆっくりと追い詰め始めた。


「お前は、親父が居なくて、お袋も具合悪くて不安がる弟達を、いつも抱きしめて宥めてくれた。下手くそだった料理も努力して上手くなったし、チートとかよくわからん物を発見する為に色々していたが、いつも失敗ばかりして、それでもへこたれなかった。家のことで村の連中に同情されまくってた俺達兄弟に、可哀想なんかじゃない、立派で凄いんだって言ってくれた。一緒に、お袋を元気にする発明をしようって言ってくれた」


今まで口にすることの無かった想いを告げられながら、一歩一歩距離を詰められ、一緒に後退するも大して距離を稼げない内に、アナリシアの背中はとうとう壁と接触した。

無意識に逃げ場を探して壁伝いに手を這わせ、賛辞に囲まれる気恥ずかしさに慣れず、何処かへ隠れたい衝動に駆られる。

心臓が音を立てて騒ぐ。

顔に、耳に、首に、熱が登ってくるのがわかる。

そんな普通ではない自分を見せたくなくて、顔を覆ってしまいたくなったが、スキロの姿が見えなくなってしまうのは惜しいと、


なんとか思い止まり、僅かに俯かせるだけで耐えた。


「魔力測定の後、今まで俺達を遠巻きにしてたくせに、掌反したようにすり寄ってきた連中に怒ってくれた。いつも変わらない態度で、笑顔を向けてくれた。思いもよらない行動を起こしては、些細なことなんか気にならなくさせられた。自分の方が世話を焼かれてる癖に、変にお姉さんぶってて笑わせられた。思い立ったら勢いですぐ行動に移すし、常識に疎くて鈍いけど」

「ねぇ、後半ディスられてるよね、あたし」


笑い含みの楽しそうな声に、スキロの意図を測りかねてジト目になる。

さっきまでの緊張を返せととばかりに、抗議のためにまだ熱の引かない顔を上げれば、思わぬ至近距離に整った顔があった。

反射で上がりそうになった悲鳴を飲み込み、真剣さを崩さないそれに見入る。


「そんなシアが、俺達にとって、俺にとって特別じゃないわけない」


一瞬見えた穏やかで眩しそうな微笑みは、ふわりと優しい温もりに包まれた途端に視界から消えた。

抱きしめられている。

気付いた時にはいつもより過剰な接触に抵抗も出来ず、発熱している時のように全身が熱を持ち、のぼせたように身体の自由がきかなくなっていた。

ふわふわして、自分に起きていることなのだと実感が伴わない。


「お前はモブなんかじゃないし、俺も攻略対象なんかじゃない。シアは俺が好きになった普通の女だし、俺はずっとお前だけが好きな普通の男だよ」


耳にかかる吐息と、甘さを含んだ艶のある低音に、アナリシアの余計な思考は働かなくなる。

自分のようなチートもない転生者がとか、攻略対象に対して畏れ多いとか、そんな思いは、転生者であることに拘っていた自身の劣等感は、今は忘れられた。


「スキロ……」

「なぁ、シア。俺じゃ不満か?約束は守る女なんだろ?俺との結婚は嫌なのか?」

「嫌じゃ、ないよ」


劣等感さえ消えれば、素直に想いを口に出来た。

アナリシアだって、見た目に反して世話好きで、冷たく見えて実は熱い、そんな苦労性なスキロを、出来れば自分が幸せにしてあげたいと思っていたのだ。


「じゃあ、お前の考えたものはずっと俺が作り続けるから、これからも一緒にいてくれるか?」


思わず息を飲んだ。

それは9歳の時に、流星群の夜に聞いたことのある問だった。

あの時は会話の流れで自然に紡がれた物だと思っていたが、今なら意図的なものだとわかる。


「うん、わかった。お願いね、スキロ」


昔と同じように答えたつもりなのに、あの頃には無かった緊張感が声を震えさせた。


「これは永遠の誓いだ。絶対に、大切にする」


耳元での囁きは、同じ台詞の筈なのにいつかの記憶の声より低くなっていて、幸せを噛み締めるように声音が甘くて、初めて聞いたもののように新鮮だった。

今は顔が見えない幼なじみは、あの時のように嬉しそうに笑っているだろうか。

肩口の重みに恥ずかしさより満足感を覚えて、アナリシアはやっと、チートじゃなくてもスキロの幸せに自分は役立てたのだと、誇らしく思えた。


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