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悪役令嬢の不在  作者: 木口 困
本編・第2学年編
6/17

友人の助言

「断られた」


弁当二つを両手に提げ、意図せず潤む視界に嫌気がさした。

自業自得なのだから泣く資格はないと、緩む涙腺に力が込められることを期待して「涙ひっこめ!」とアナリシアは必死で念じた。

同時に、自覚している以上に自分がショックを受けているのだと気付かされる。

スキロをこんなに怒らせるのは初めてのことだった。取っ付きづらい見た目に反して優しい幼なじみなのである。

アナリシアはそんなスキロに甘えさせてもらっていたのだと、自覚せざるをえなかった。

昼休み、謝罪とお詫びの気持ちを込めた弁当を受け取ってもらうべく、一目散にスキロの席に駆け寄り名前を呼んだが、「今日は食堂で食べるから」とアナリシアには目もくれず、彼はするりと遠ざかってしまった。

じゃあせめて、一緒に食堂で食べよう。と提案する暇もなかった。


「ええ、そうなるでしょうね」


冷静な相槌に、ますます気分が落ち込む。


「なんで?謝らせてもくれないの?」


敗戦兵のようにヨロヨロと力なく戻ってくる友人に、席に座るよう促し、ナリシフィアは弁当を取り出し始めた。


「何故怒られているのか、わけもわかっていない相手から、ただ表面上の謝罪など貰いたくはないのでしょうね」

「うー、スキロが言いそうな言葉だー。優秀な人はみんな考え方が似てるんだー」

「シアだって、適当な口先だけの言葉に謝罪としての意味などないことは、理解しているのでしょう?」


教室に残る生徒はまばらで、自己学習に勤しむ者や睡眠に時間を費やしている者など、二人とは遠い席に数人が居るくらいだった。

もし貴族の子息なら、このような場所で寝るなどという無防備な姿を晒すことはないが、どうやら寝ているのは平民の生徒である。

国からの招集を受ける平民は存外多く、毎年各学級に2~3名は均等に配される。

それでも保有魔力量でいったら下位貴族の平均より少し上、程度の生徒が大多数であり、アナリシアもそちら側だった。

スキロやヒロインのように上位貴族並みの魔力保有量を誇る平民は、ほんの一握りで。本当に自分は、特別でもなんでもないのだと実感出来た。


「あたし、本当に悪いと思ってるよ?口先だけじゃないよ?シフィーにも悪いことしたなって思ってる。ごめんね」

「私は良いのですが。……何故、私に悪い事をしたと思われるのですか?」


心当たりがないのか首を傾げる友人に、アナリシアは身を縮こまらせながら告げる。


「だって、シフィーの肩には国の未来がかかってるんでしょ?シフィーにも都合があるのに、勝手にあたしの期待を押し付けちゃった」

「期待ですか?」

「うん、シフィーになら、スキロをハッピーエンドに出来るんじゃないかなって。スキロを救ってくれるんじゃないかと、思ったの。ごめんね、勝手なこと言って」

「はっぴーえんど?……ああ、シアはスキロ様に、幸せになっていただきたいのですね」


耳慣れない言葉があるとナリシフィアは「それはどういう意味の言葉ですか?」と確認してくる。

そして会話の中でまたその単語が出てくると、該当単語を繰り返し呟いて自分の記憶と照らし合わせるようだった。

一度意味を把握するとしっかり覚えてくれ、話しの腰を折らないように会話に繋げてくれる気遣いの人だ。

本来ならアナリシアの方が変な事を口走らないように気にしなければならないのに、かえって気を遣ってくれるナリシフィア。彼女は周囲から淑女の鑑という評価をされているようだが、寧ろそれでは足りない。聖母という表現の方が適当なのではないかと、アナリシアは常々思っていた。

そんな見る者の心を清浄化してくれる、おっとりとした微笑みを向けられて、アナリシアは気恥ずかしさや申し訳なさを取り繕うこともせず、素直に返事ができた。


「うん、大事な幼なじみだしね!」

「それを、スキロ様に言ったことはありますか?」


とんでもないことだった。

思ってもみない質問に、アナリシアは勢いよく首を横に振っていた。


「えー、言わないよ恥ずかしい!何年一緒に居たと思ってるの。今更言えないよ、そんなこと」

「それをスキロ様に言えば、多分仲直りの糸口になると思うのですが」

「え、ウソ!?」

「間違いないと思いますよ」

「本当に?」

「ええ」

「絶対上手くいく?」

「思いやりの言葉を口にされて、嫌な気持ちになる方は奇特と思われますよ?」


至極当然のことを述べているのだと言わんばかりに、重々しく頷くナリシフィアの姿はなんだか説得力がある。

しかし、だからといって踏ん切りはつかない。

その言葉は、自分のようなモブが軽々しく口にして良いものだろうか。

しかも畏れ多くもハイスペックな攻略対象様に向かって。


「そっかー、でも恥ずかしいなぁ」


何か理由をつけて言わずに済むようにしたい。

他の仲直り方法はないものかとチラチラとすがるような目を向けるも、その気持ちを察していないはずはないナリシフィアは、変わらぬ慈愛のこもった微笑みで応じてきた。


「ですがシアの今までの行いは、スキロ様を幸せにする為だったのでしょう?シアが、スキロ様を幸せにしたかったのですから、その事実を伝える必要があります。仲直りするにはまず、悪感情はなかったと解ってもらい、誤解をとかなくては」

「うー、なんか丸め込まれてる気もするけど…………。わかった、言ってみる」

「それでこそシアです。頑張ってください」


常に学年10位以内を保持している成績上位者の貴族令嬢相手に、逆立ちしたって口では敵わない。

いや、口どころか何一つとして勝てる気はしない。

そんな彼女相手にいくら食い下がっても事態は都合よく動いてくれないと察して、アナリシアは立ち上がった。


「ちょっと、食堂行ってくるね!」


決意が鈍る前に早めに取りかかった方がよい。

どちらにしろあまり食は進まなかったのだ。胸のつかえが取れるよう、少しでも行動しなければならない。

友人の穏やかだが心強い笑みを受け、アナリシアは食堂へ足を向けた。


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