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悪役令嬢の不在  作者: 木口 困
続編・第3学年編
16/17

新ヒロインの不在

どうしよう!とアナリシアは混乱していた。

まさかスキロと喧嘩してしまい、別行動を許してしまうとは。

こうしている間にも、世界からの強制力が働いてスキロが新ヒロインと出会ってしまっていたらどうしたら良いのか。

スキロを追いかけたとしても、向こうは取り合ってくれない可能性が高い。

何をすべきか思い浮かばず、ただ気持ちだけが急いてしまうが、ふとアナリシアの頭に「いつでも頼ってくださいね」という友人の言葉が浮上した。

その瞬間アナリシアの視界が開け、希望の光が目一杯射し込んできた気がした。

困った時のナリシフィア頼みである。

頼りになる友人に事情を話し、どうしたら仲直り出来るか助言をもらおう。

なんといっても第2学年の時だって、スキロとのすれ違いが発生した時にアナリシアを前向きにさせて解決に導いてくれたのは、彼女なのだから。


「迎えに来ましたよ、シア」


狙いすましたようなタイミングで現れた友人に驚き、アナリシアは目をしばたく。


「シフィー!?」

「まぁ、泣いていたのですか?こちらへいらしてください、まずは涙を拭きましょうね」


困ったような顔をしながらも、優雅な動きは損なわずに素早く近づいてきたナリシフィアは、自身の絹のハンカチを取り出してアナリシアの目元に優しく当てた。

その思いやり溢れる手つきに安堵を覚えて、知らず強ばっていた体から力が抜ける。


「シフィー、どうしよう!あたし、スキロと喧嘩しちゃったっ」

「存じておりますよ。さぁ、ここではいつ人が来るかわかりませんので、場所を移しましょうね。養護室へ参りましょう。早く目元を冷やさないと、腫れてしまいますよ」


安心させるように慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、ナリシフィアは背中を(さす)ってくれた。

手渡された上等の絹のハンカチを握りしめながら、アナリシアは素直に頷くのだった。



養護室には養護教諭が居たが、ナリシフィアが事情を話すと席を外してくれ、部屋には2人だけとなった。

ナリシフィアは「短時間だけならと許可をいただきましたので」と内鍵をかけ、アナリシアに奥のベッドへ腰をおろすよう促した。

ナリシフィアが手ずから濡らしてくれたハンカチで目元を冷やされ、高位貴族の令嬢だというのに甲斐甲斐しく面倒を見てくれる友人に、やはり彼女は学年一素晴らしい美しい心根の持ち主に違いない、と場違いにアナリシアは感動を覚える。


「落ち着いてきましたか?」

「うん、ごめんね、シフィー。ありがとう」


いえいえ、と微笑みながら隣に座り、ナリシフィアは優しく背中を撫でてくるだけだった。

何があったかを無理に聞き出そうとするでもなく、関係のない話題で気分を変えさせようとしてくるでもなく。ただ寄り添って、安心させるように隣に居てくれるのだ。

アナリシアはその穏やかさにつられて次第に心が落ち着きを取り戻し、ポツリポツリと自分の思いを口に出した。


「もしかしたら今頃スキロは、新ヒロインに出会ってるかもしれない」

「新ひろいん、ですか?」

「そのヒロインと世界の強制力に負けて恋に落ちちゃって、相思相愛になるんだ」

「シア以外と……相思相愛に?」

「それで卒業する時にざまぁされちゃって」

「ざまぁ?初めて聞きますね……」

「それで卒業したらスキロは伯爵になっちゃって、元のストーリーに戻っちゃうんだよ」

「まぁ、スキロ様が伯爵?」


ナリシフィアはおっとりと首を傾げ、片手を頬にあてた。

再び熱くなる目頭にハンカチを押しあてながら、アナリシアは無言でコクコクと頷いた。


「スキロ様が、伯爵になりたいとおっしゃっていたのですか?」

「そんなことないけど、けど、新ヒロインの子が、スキロは伯爵になるんだって言うから」

「それは1週間程前に、シアが呼び出されたお相手のことですか?確かサフィニア・ドリニアード様、ですね」


その名前が友人の口から出てくるとは予想していなかったアナリシアは、吃驚した拍子に涙もひっこんだ。

目を見開きナリシフィアへ目を向けると、彼女はおっとりした微笑を浮かべたままアナリシアを見ていた。


「なんで知ってるの?」

「それはダナフィシア様から報告を受けたからですね。それを受けて通報しましたので、彼女達は今スキロ様とシアに対して接近禁止令が出ているのですよ」


ダナフィシアとは呼び出しのあった日に伝言を受け、アナリシアに声を掛けてきた級友の名前だった。

あの時彼女は、アナリシアを心配して助言までしてくれていた。

その彼女が、ナリシフィアにそのことを報告していたというのだ。

しかし接近禁止令とは何だろうか?

アナリシアは耳慣れない言葉に(せわ)しく(まばた)きを繰り返す。


「え、なんで?」

「校則違反だからです。シア本人からの被害届けが出れば、停学処分も申請できますよ?」

「え、そんな大袈裟な!どうしてそんなことに?」

「貴族として恥ずべき行為に及んだからですよ。守るべき国民に対して模範とならなければならない貴族が、1人の平民を複数で取り囲み、脅し、卑下する言葉を浴びせるなど、許されることではございません。ましてや、国から招集され義務として学園に通う生徒相手にそのような真似をするなど、貴族のいい恥さらしというものです」


そんな校則があるとは知らなかったが、考えてみれば乙女ゲームでも悪役令嬢はいつも単独で現れて嫌味を言ってきたりしていた。

取り巻きが居ないか、もしくは本人の性分なのかと思っていたが、どうやら校則が理由のようだったのだと、今初めて知った。

確かに、義務で呼ばれているのに貴族達からよってたかって責められたら、冗談じゃないと思う。勉強どころじゃないし、理不尽だと感じる。アナリシアならすぐに退学申請することだろう。

そうしたら義務が果たせなくなるので、わざわざ魔力の高い平民を招集した国としては困るのかもしれなかった。

つまりはそういうことのないように、対策を講じてあるのだろう。


「えと、じゃあ、向こうが悪いってことなの?」

「私から見ても、そう思いますけれど。サフィニア様はまだ第1学年なのでお解りにならないのかもしれませんが、明らかな校則違反ですからね。ダナフィリア様も後悔しておいででした。校則違反の片棒を担がされるなんて、と」

「そうなんだ……」


というか、あの貫禄(かんろく)でまだ第1学年だったとは驚かされる。

それではアナリシアは年下相手にムキになり、ラブラブ大作戦に全力を出していたことになる。勝負の世界に年齢を持ち込むのは無意味だが、少し悔しい気持ちになってしまう。

それ以前にどうやら新ヒロインはアナリシアを呼び出した時点でもう、スキロに接触して相愛になる機会を逃してしまっていたようなのだ。接触禁止がいつまでのものなのかは不明だが、会いにこれないというのなら当然、知り合うことすら出来ないではないか。

ではアナリシアの今までの努力は一体何だったのか、解らなくなってくる。あまりの事実に愕然とするしかない。

ナリシフィアはそんなアナリシアを労るように見つめ、言葉を紡ぐ。


「その為にシアが怖い思いをしスキロ様から離れられなくなり、安心を得るためにより一層甘えているご様子と思い、夜組の皆様は心配しておられます」

「へ?」

「スキロ様から引き離され、さぞ嫌な言葉を浴びせられ、不安になられたことでしょう。そのことがあってからというもの、時々ふらつかれたり少しお顔の色も優れないご様子なので、あまり眠れていないのでしょう?その話題に触れてしまうことで、また不安を呼び起こしてはいけないと思いまして。皆そっと見守っていたのですよ」


という私達の心配も実は見当違いのようでしたが、とナリシフィアは穏やかに微苦笑する。

アナリシアは申し訳なさに縮こまるばかりだった。


「そ、そうだったんだ」

「ですからね、シア。もう心配はないのですよ。サフィニア様は現れませんし、呼び出されても応じる必要はないのです。それにスキロ様も、独自に動いていらっしゃるようですし」

「スキロが?」

「ええ、後で直接ご本人から聞いてくださいね」

「でも、しばらく話せないって……」


不安に表情を曇らせ、別れ際のスキロの顔を思い浮かべる。

何かを堪えているような表情で離れていく幼なじみの姿を思い出すと、とても胸が痛んだ。

どうやら完全なるアナリシアの勘違いと思い込みで、彼には迷惑ばかりをかけてしまったのだ。合わせる顔がない。


「大丈夫です。お互い冷静になるまでの間を設けたいだけだそうなので」


それだというのにナリシフィアの穏やかな声を聞くと、その痛みも薄れるのは何故だろう。

不安より安心の方が満ちてくる理由は、きっと彼女の自信に裏付けされた、どんな時も落ち着いている態度の為ではないだろうか。

それにナリシフィアがゲームとは全く関係のない人物だからこそ、だとも思う。例え何が起きても、彼女はゲームのシナリオに左右されることがないだろう。その確信がアナリシアの心を安らかにしてくれる。

彼女の言葉は簡単にアナリシアの内に入り込んできて、ストンと胸に落ち着くのだ。


「先ほどはスキロ様に頼まれましたので、シアを迎えに行ったのですよ。今は自分が目の前に居ると余計に興奮させるから、一旦離れるしかなかった、と。廊下で話し合える内容ではないので、落ち着いたらまた2人で話し合いたい、そうおっしゃっていましたよ。シアが2人で話すのが嫌なら、私に同席してほしいとも頼まれております」

「別にもう、2人きりが嫌とか言わないけど。……会ってくれるかな」


一緒にいられないとすら言われてしまったのだ。

そんなに簡単に、前言を撤回してくれるだろうか。

今のシアならきっと大丈夫ですよ、とナリシフィアがアナリシアの肩に労るように手を置いた。その手に背中を押された気がして、気持ちも前向きになってくる。


「ごめんね、シフィー。もう、大丈夫だから」

「お気になさらないでください。シアは午後の授業は休みましょうか。ひどい顔色ですよ。ゆっくりお休みになってください」

「でも、いいの?」

教師(せんせい)には私から言っておきますので」

「ありがとう、シフィー」


変わらない優しい微笑みに見守られながら、アナリシアは勧めに応じて素直にベッドに横になった。

暫く苛まれていた不安感が軽減した為か、ベッドに入るとすぐに微睡みはやってくる。

目が覚めたら、スキロにちゃんと向き合おう。

1人で怖がって、世界の強制力に怯えるのはもう終わりだ。

だって新ヒロインは実は居ないのかもしれないから。存在が不確かなものに怯えていたなんて、自分はなんてバカだったのだろう。

自分の行いを素直に反省して、アナリシアは意識を手放したのだった。





「おはよう」


目が覚めてすぐに視界に飛び込んできたのは、穏やかな表情の見慣れた幼なじみの顔だった。

怒っている様子も一切なく、これは夢の延長なのかとさえ思う。


「よく眠れたか?最近、意地になってたろ。寝たらスッキリしたか?」

「スキロ……」


続けるべき言葉が出てこない。

もしこれが夢の続きなら、ここで謝罪の練習をしなければ本物相手には声すら出せなくなっているのではないか。

アナリシアはあまり働かない頭を必死に回転させ、まずは何から話したらいいのか考える。


「顔色も大分良くなった。表情も穏やかになったし、大丈夫そうだな。もっと早くナリシフィア様に頼めば良かったのか」


だというのにスキロはその焦りが解らないとでもいうのか、優しい手つきでアナリシアの額にかかる前髪を払い、自嘲気味に口の端を持ち上げる。その目は確かに後悔の光を宿しており、アナリシアまでも一緒にしょげてしまいたくなるほどだった。

それで目の前の人物が、夢などではなく本物なのだと理解した。


「スキロ、しばらく会わないって……」


しばらくとはどれ程か。想像もつかなかったが、こんなに早く再会できるなんて思ってもみなかった。

ベッド横の椅子に座り見下ろしてくる幼なじみの姿を、アナリシアはまじまじと見上げる。


「あぁ、お互い冷静になるのにもう少しかかると思ったんだけどな。ナリシフィア様から、シアはもう大丈夫だから俺も覚悟を決めるように言われて、来た」

「覚悟?」

「自分の内側を晒す覚悟。シア、もし大丈夫そうなら、今話し合おうか」


その提案に否を唱える理由はない。

コクリと無言で頷き、了承を伝えて起き上がった。


「ごめんな、シア。気づけてなくて」

「え」


先に謝罪してきたのはスキロだった。

謝らなければならないのは自分の方だと思っていたアナリシアは、出鼻を挫かれてしまい困惑する。

自分の行いに振り回されていたはずのスキロに、果たして謝る理由があっただろうか。


「お前が転生者だってこと気にしてたなんて、考えてもみなかった。いつも前世のこと楽しそうに話してるし、チートじゃないのを嘆いてても、何か出来るかもって常に前向きだから。普通に考えたら、世界中に自分1人しか居ないなんて状況は、不安だよな」


気遣わしげな視線を受けて、アナリシアは不覚にも涙が出そうになる。

それは自分でさえあまり意識したことはなかったものなのだ。スキロに思いをぶつける際に咄嗟に口をついて出たことで、アナリシア自身もその時に、思いの外孤独感に苛まれていたのだと気づいたようなもので。

もしチートだったら、もっと気楽でいられたかもしれない。

何があってもどうとでも出来るという自信さえあれば、たった1人の転生者だからといって不安なんか湧いてこなかっただろう。

しかしアナリシアはモブだから。新ヒロインが現れてしまったら、対抗出来ないと思い込んでしまった。

相談できる相手もなく、自分が混乱していることにも気づけないで突っ走るしか出来なかったのだ。


「スキロ……あたしの方こそ、ごめんね。スキロを伯爵にするって断言されて、乙女ゲームのシナリオ通りにするために新ヒロインが現れたのかと思っちゃったの。でも、それをスキロに言っちゃったら、傷つくかと思って。協力してって頼めなかった」

「協力?シア、まさかとは思うが。ここ最近やたらとくっついてきてたのは、その新ヒロインとやらに対抗するためか?」


ごめんなさい、と縮こまり掛け物を引き上げ口元を隠すと、スキロはいつものように呆れた顔をするのではなく、困ったように苦笑いを浮かべた。


「それは残念だな。いよいよシアも俺と愛を深めたくなってきてくれたのかと、ちょっと期待したのに」

「期待?迷惑だったんじゃないの?」

「誰がそんなこと言った」

「言ってはないけど、だって……よくそっぽ向いたり、不機嫌そうにしたり、怖い顔してたでしょ?」

「不機嫌だったのは、シアが悩んでる癖に何も相談してくれなかったから、自分が不甲斐なくて。シアと結婚したいって思ってるのに、頼ってもらえない自分が情けなかったというか、悔しかったというか。後半は意地でも自分から相談させてやるって、ちょっとムキになってた」


格好悪いだろ、と自分を責めるような笑い方をするスキロに、そんなことないとアナリシアは首を横に振った。

いつも余裕そうなのに、全部察して解っていますというような顔をしているのに、そんなことを考えているなど思いもしなかった。

もしかしてスキロにも、苦手なことや出来ないことがあるのだろうか。そうだとしたら、なにか自分にもしてあげられることがあるのではないかと思えるから、少し嬉しい。そんなことを考えながら、アナリシアはふふっとこっそり笑った。


「あと、シアの方をなるべく見ないようにしてたのは、あんまりシアが可愛いことばかりするから、一旦冷静になろうとしてただけだ」

「?」

「シア、最近よく甘えてくるだろ?お前からそんなことしてくるなんて、滅多になかったのに。いきなり毎日そんな真似をされると、すごく理性が試される」


なるほど、ラブラブ大作戦はスキロから見れば甘えられていると受け取られたのか。

確かにアナリシアも、大好きだという気持ちを隠さず全力で挑んだ。それが新ヒロインへの牽制に繋がると信じて、真剣だった。

今思うと恥ずかしいので、同じことをずっと続けるように言われたら難しいと感じてしまうが。

しかし恥ずかしいことなら、スキロだって時々してくるのだ。たまにはアナリシアだって、してみても良いのではないだろうか。


「スキロ、いっつも平気で触ってくるのに」

「俺がする分にはいいんだよ。シアからしてくることなんてまずないし、目立ちたくないんだろ?それなのにいきなり人前でだけ(・・)甘えだすし、こっちは耐性が培われてないってのに。何の拷問かと思った」

「それは、ごめんなさい」


とりあえず謝ってみたものの、理性を試すようなこととは何なのだろうかと、首を傾げるアナリシアである。

その全く理解できていないという様子が正確に伝わっているのか、スキロは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「シア、俺は言ったよな。お前と結婚したいと、何回も言ってる」

「うん、あたしもだよ!」


突然の確認に、アナリシアは元気よく頷いた。

これは仲直りというやつで、お互いの気持ちを確認しあう行為なのかと思い、照れながらも笑顔を浮かべる。


「……俺は子供も欲しいと思ってるんだが?」

「あたしも!3人は欲しいなぁ。最初は女の子がいいかな、男の子でもきっと可愛いよね!」


未来構想にまで考えが及んで、いよいよ楽しくなるアナリシアであった。

一人っ子で淋しいとまでは思わなかったが、やはりスキロの妹や弟達の存在は羨ましかった。賑やかで楽しいし、子供は多い方が良い。夢が膨らむばかりだった。


「…………シア、まさか子供は天から降ってくると思っていないだろうな?」


まだ見ぬ我が子と戯れる空想を打ち消したのは、スキロの震え声だった。彼にしては珍しい声である。

まるで信じられないものを見るように、疑わしげに目を向けられ、アナリシアはカチンとくる。

そこまで常識知らずと思われていたとは、いかに幼なじみといえども、いや、ずっと一緒にいた幼なじみだからこそ失礼というものだと思った。

ましてや前世の知識だってある。保健体育に関しては、小学校高学年でも既に教えられることなのである。


「失礼な!ちゃんと知ってるよっ、お父さんとお母さんが、その、……共同で、あの…………言わせないでよっ!スキロの破廉恥!」

「言ってくれとは頼んでないだろ。というかシア、知ってたのか。知っててそれなのか」


ちゃんと知っているのだと証明するため、堂々と説明を開始しようとしたアナリシアだったが早々に挫折した。

はたと気付いたのだ。これは口に出すには恥ずかしいどころの話題ではないということに。

真っ赤になって掛け物を頭まで被り、ひとしきり悶えるアナリシアである。

スキロは少し疲れたような声をしていたが、透視能力のないアナリシアには表情は伺えなかった。


「どういう意味よっ!」

「破廉恥なことしないと子供は授からないだろ。つまり俺は、お前とそういうことがしたい」


重々しく告げられたが、内容が内容だった。

あ、そうだったんだ!と気軽にはお返事でるものではない。

思わず掛け物をはねのけ、涙の滲む目で睨み付けた。


「は、破廉恥だよ!スキロはそんなんじゃないと思ってたのにっ」

「まさか。俺も健常な一般男子なんだ。これでも苦労して理性を働かせてる」

「あたしの中のスキロのイメージがゲシュタルト崩壊してるよ!」

「なんだそれは。初めて聞く言葉だな」

「意味はいいの!ともかく、近寄らないで!」

「やっと危機感を持ったか。因みに、ここ最近無駄に公衆の面前で、俺の理性を試しにかかってきた不埒な幼なじみが居るんだが。そういう真似を軽率にはしないようにさせるには、俺はどうしたらいいと思う?」


ニッコリ良い笑顔で距離を詰めてくる幼なじみに、アナリシアは恐怖を覚えベッド上で可能な限り後ずさった。


「ひぅっ!大丈夫だよ!その幼なじみはちゃんと反省してるよ!スキロが何もしなくても平気だよ!」

「本当か?ちゃんと理解出来てるか、ものすごく不安なんだが」


何が原因なのか、顔を彩る微笑みを妖艶なものに変え片膝をベッドに乗り上げさせるスキロに、壁際に追いつめられ、そこに背中を貼り付けさせたアナリシアは一生懸命首を縦に振って大丈夫であることを示した。


「平気、平気だからっ!意地悪しないで!」

「……シア、そういう言葉の選び方がな……。悪気がないから(たち)が悪い」


とうとう壁に片手をついて、至近距離からアナリシアを見下ろす体勢となったスキロ。その口は面白そうに口角を上げているのに、両目は忌々しそうに細められていた。

恐々と見上げてそれを認識したアナリシアは、涙で潤む視界に映る幼なじみの姿に言い様のない腹立ちを覚えた。

確かにアナリシアにも悪い所はあったが、こんなに怖がらせなくても良いではないか。いつもの優しい彼はどこに行ったというのか。


「スキロのバカっ。あたし、初めてはこんなとこじゃやだ」

「は?」


虚を突かれたような顔をしたスキロからは、先ほどまでの妖しさは霧散していた。

しかしだからといってアナリシアの不満は治まらない。

こうなったら、言いたいことを我慢せずに言ってやるのだ。


「もっとロマンチックなとこがいいの!ファーストキスもまだなのに!」

「ロマンチック、あぁ、時々シアが言ってるやつか」


少し思案するような顔がいつもの幼なじみに戻った気がしたアナリシアだったが、そんなことでは言葉をひっこめる理由にならない。

自分だけの中に気持ちや言いたいこと、心配事を収めておくのはろくなことにならないと学んだのだ。

言える時に言って、スッキリした方が良い。これからずっと一緒に居るためにも。

スキロだって滅多に教えてくれない胸の内を、ちょっと恥ずかしいようなことでも、何を考えているのか言葉にして教えてくれた。2人はそうして、幼なじみだった関係からちょっとずつ変わるのだ。


「スキロの(けだもの)!変態!破廉恥!意地悪!」

「酷い言われようだ」


おかしそうに、くくっと喉を鳴らして笑うスキロに、やっと訪れた心の平穏を感じながらも、まだ気の治まらないアナリシアは頬を膨らませる。

新ヒロインは結局目の前に現れなかったし、どうやら今後も来ることはないらしい。

在学中はまた、スキロが乙女ゲームの攻略対象だったことが気にかかり、不安になることがあるかもしれない。

そうなったとしたら、今度からはちゃんと話そうと決めた。

例え世界の強制力が働いたとしても、負けないようにするために。アナリシア1人ではなく、スキロと一緒に立ち向かうのだ。

スキロの手が伸び、アナリシアの頬をいつものように押す。

こんな当たり前のような触れあいを、これからもずっと続けられるように。

閲覧、ブクマ、評価、ありがとうございます。


ありきたりな話になると予告したにも関わらず、思ってもみない多くの方の目に触れたようだったので、投稿するのが少し躊躇われました(お恥ずかしくて)。

しかし完結させないわけにもいかないので、腹をくくります。

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