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悪役令嬢の不在  作者: 木口 困
続編・第3学年編
15/17

作戦に立ち込める暗雲

「シア、どうして逃げる」

「逃げてないよ!全然、そんなことないからっ」


優しい笑顔を浮かべているが妙に凄みのある幼なじみから必死で視線を逸らして、アナリシアは何か良い案はないかと頭を絞る。

いかにして、2人きりにならないようにしようかと。


スキロから結婚の時期について提案があり、喜んで受け入れたのは昨日のことである。

これで2人の平穏な未来は守られた、と幸せに浸りながらひとしきりニヤニヤしたアナリシアだったが、寮に戻ってからはたと気づいた。

何故もう新ヒロインをバッドエンドにさせたつもりでいられたのだろうか。スキロはまだ彼女に出会っていないのだから、世界の強制力も働きようがなく、彼は自分を好きなままでいてくれるのだ。

万が一彼女に出会ってしまったら、まだどうなるか解らない、と。

もともとのシナリオにはなかったが、これはもしや転生者であるイレギュラーな自分に対するざまぁフラグではないだろうか。

今はとても幸福感でいっぱいな悪役婚約者(アナリシア)だが、見せつけるようにベタベタしていた癖に、新ヒロイン(サフィニア)登場の途端にスキロに心変わりされ、「あれだけ必死にすがりついてたのに、みっともない」とより大勢から嘲笑われるという事態になってしまうのではないか!

ルジノスだって言っていたではないか。空気の読めない自己中とは仲良くしたくないと。

わざわざアナリシアに向かってそういうことを言ってきたということは、あれはきっと警告なのだ。ルジノスには既にそういうようにアナリシアが見えていて、これ以上醜態を晒すなよ見苦しいぞ、と釘を刺されたのかもしれない。

これは良くない傾向だ。幸せの絶頂に押し上げられた上で、叩き落とされて「ざまぁ」になるのだ。なんて恐ろしい!

アナリシアは身震いした。

考えてみれば、2人で話がしたいと敢えて言ってきたスキロのことも気になる。話があるならいつでも出来るはずだ。

登下校だって昼休憩だって、いつも一緒なのだ。

だというのに、「2人で話がしたい」というのだ。いつもの流れでは出来ない、特別な話なのだろう。

なんだか聞くのが怖くなってくる。

結局幸福感は一転して不安に変わり、アナリシアはまた眠れない夜を過ごしたのだった。

朝迎えにきたスキロがあからさまに眉をひそめ、どうしたのか訊いてくるが、アナリシアには答えられない。

転生者でもないスキロに、ざまぁのことや悪役令嬢の末路なんて説明しても意味が伝わるか自信がなかった。ましてやそれを説明することは、スキロの愛情を疑っていると捉えられかねない。

それが原因で彼を悲しませたくはなかった。

結局スキロには、大丈夫、なんでもない、で押しきるしかなかった。


そんなスキロだが、今日はやけにアナリシアと2人きりになりたがるのだ。いよいよ話しというのをしたいのだろうが、アナリシアにはそれを聞く覚悟がまだ決まっていない。

それに昨日の内に不安に気付いてから、まだ新ヒロインへの警戒を緩めないと決めたアナリシアなので、当然ラブラブ大作戦も継続することとしていた。

ラブラブ大作戦は目撃者あってこそ成り立つ作戦なので、2人きりになってしまっては意味がない。その為断固拒否しているわけだが、そうするとスキロは不機嫌になり「お前は本当に何がしたいんだよ」とアナリシアを睨んでくる。

ラブラブ大作戦にはなんだかんだ協力姿勢でいてくれたというのに、いきなり不機嫌になってしまう幼なじみに、アナリシアは警戒してしまう。

まさかまだヒロインが現れてもいないのに世界の強制力が働き出したのか。

それとも言うとおりにしないから、愛想をつかされそうになっているのか。

どうしたら良いのだろうかと頭を悩ませ唸っていると、スキロは諦めたように溜め息をついた。


「シア、もう我慢も限界なんだが」

「何が?」


ギクリとして、アナリシアは幼なじみの顔を見上げる。

前庭での昼食を済ませ、教室に戻る途中。

本当は2人で話がしたいからと誘ってきたスキロから逃げ、アナリシアが勝手に教室へ向かいだしたのを、しぶしぶ幼なじみが追いかけてきたのが現状である。

嫌な予感が的中したのかと不安げな顔をするアナリシアから視線を逸らし、スキロは眉間に皺を寄せて口を引き結ぶと、頭を軽く振った。


「最近、やたらシアから触ってくることが増えたな」

「迷惑だった?ゴメン、悪気はないんだけど!でも、これもあたしとスキロの円満な未来のためだから!」

「円満な未来のため、ね。そう思うなら、お前が何をしてるのか、何を悩んでるのか、説明するつもりはないのか?」


咎めるわけではなく、あくまで穏やかに呼び掛けてくる幼なじみに、アナリシアは安堵した。

冷たくされるわけでもないし、怒ってもいない。これなら心を込めてお願いすれば、なんとかなりそうだと。


「ゴメン、スキロ。言えないの」

「なんでだ?」

「えっと、ちょっと説明が難しいというか、一言では言い表せないというか」

「構わない。ゆっくりでいい、ちゃんと聞くから」


廊下の端に寄り、根気強く聞き出そうとするスキロを遠慮がちに見上げ、アナリシアは考えた。

こんなに気遣ってくれているのだ。話してしまいたい、と心がぐらつきそうになる。

新ヒロインのこと、スキロが奪われてしまうと思い絶対負けないと決意したこと、今日までずっと頑張っていたこと。

言ってしまえばきっと、アナリシアは楽になる。

しかしそれでは、聞かされたスキロはどんな反応をするだろうか?

なんで今まで言わなかったんだと呆れられるだろう。

それから、言ってくれたら協力したのにとか、新ヒロインを自分でどうにかしてみせたのに、といった事を言うかもしれない。

しかしそれ以前に、今まで言われなかったのは自分に信頼がないからだと自嘲(じちょう)しそうな気もした。

なにより、新ヒロインの存在を知ることで、これが彼女とスキロとの出会いイベントの切っ掛けになってしまうのは一番嫌だった。何が楽しくて、恋敵の存在を自分から知らせなければならないというのか。

スキロを渡す訳にはいかない。言えるわけがない。


「……無理、だよ。やっぱり、言ったらスキロ、あたしのこと嫌いになっちゃうかもしれないし」


スキロが新ヒロインを好きになるかもしれないなんて、そんな事は考えたくもない。しかし世界の強制力は侮れない。

ここぞとばかりにアナリシアの悪い所に目を向けさせ、嫌われるように仕向けてくるかもしれないのだ。

しかしそれを説明したら、スキロを傷つけてしまう。自分の想いを信じられないのか、と悲しむだろう。

スキロの悲しい顔など見たくない。

昨日はあんなに幸せだったというのに、一晩経ったら一転してこんなに苦い気持ちになるなんて。

自分でもどうするのが正解なのか解らずに、唇を噛み締めるアナリシア。黙っていたら、きっといつものように穏やかに「言いたくないなら仕方ない」と察してくれるはずだ。

いつもその優しさに救われてきた。スキロは賢いから、直接アナリシアから聞かなくても自分で答えを見つけて、何とかしてくれていたのだ。

それなのにスキロは何故か、アナリシアがあんなに見たくないと思っていた悲しげな顔をして見せた。


「シアはやっぱり、俺のことが信用できないんだな」

「そんなこと、ない!」

「あるだろ。俺はちゃんと意思表示したろ、結婚したいって。シアもする気あるんだよな?だったら、悩みや不安は共有するものじゃないのか?」


もっともな主張に、うっと言葉に詰まりアナリシアは情けない顔をする。

確かにそうなのだ。スキロの為とはいえ、こんなに秘密が多くては妻としては信用ならないだろう。家庭も安らげないものとなってしまうのかもしれない。

それではスキロは、アナリシアと結婚しても幸せになれないのではないか。

その可能性に気付いて、ゾッとした。


「シアが何かを不安がってることは解る。だから気が済むまで、何でも付き合ってやろうと思った。一緒に居ることで不安が紛れるなら、ずっと一緒に居たいとも思った。それなのに、日に日にやることは重篤化(じゅうとくか)していくし」

「あたし、何かスキロを困らせること……してたの?」


スキロがこんなに気を遣ってくれているというのに、アナリシアにはそれに応えることが出来ていない。

一方的に助けられて、困らせて、疲れさせている。

それを確かめたくて恐々(こわごわ)訊けば、彼は苦い顔をして嘆息した。


「まさか自覚がないのか?あれだけ無防備にひっついてきて」

「あたし、」


そんなつもりじゃなかった。

言い訳は喉の奥に貼り付いて、言葉にはならなかった。

スキロを守っているつもりだったのだ。それだというのに、彼にとってはただの迷惑行為だったなんて。

付き合ってくれていたのも、アナリシアが不安がっているのだと思ってしぶしぶだったのだ。案外楽しそうにしていると思っていたのだが。そういえば最近、よく顔を背けられたり視線を逸らされることが増えていたのだ。

そんなに迷惑だったのか。どうして気づけなかったのだろう。

アナリシアが後悔に(うつむ)くと、その決定的な宣言は成されてしまった。


「シア、しばらく距離を置こう」

「なんでそんなこと言うの?」

「今の状況はお互い良くない」


勢いよく顔を上げ、まじまじと幼なじみの曇り顔を見つめる。

アナリシアに対する嫌悪感はない、まだ間に合うはずだと思った。


「俺も冷静じゃいられないし、シアもらしくない」

「なにそれ。あたしはいつも通りだよ」

「そんなわけがあるか」

「ダメだよ、スキロ。お願い、一緒にいて!」

「聞き分けろ、シア。頼むから」


人通りがなくて良かったとアナリシアは場違いにも、神に感謝した。

こんなの修羅場にしか見えない。

もしこれが目撃されてスキロとアナリシアの仲が悪くなったと思われたら、新ヒロインが嬉々として現れ、目の前でスキロをかっさらっていくかもしれない。

想像した途端に涙腺が刺激されて、鼻の奥がつんとした。

負けないと決めたのに、新ヒロインに。なのに、スキロが離れていってしまう。取られてしまう。

そう思ったら、混乱して訳もわからず口走っていた。


「ひどいよスキロ。スキロには、この世界で唯一の転生者になっちゃってるあたしの不安なんて解らないんだ」

「……なんだって?」


(いぶか)しむスキロを気遣うことも出来ず、1度不安を口に出したら止められなくなってしまった。


「スキロには解らないかもしれないけど、個人の気持ちだけではどうにもならないこととかあって、あたしは前世でそういうことも見てるから思い付いちゃうし、スキロのことは信じてるけど、けど世界が意地悪してくる可能性だってあるから安心できなくて!あたしにしか解らないこととかいろいろあって!でも全部理解してもらおうとか、そんなの難しいって解ってるから、だから黙ってるの!あたししか解らないなら、あたしだけで何とかするしかないの!ともかく、いろいろ可能性が思い浮かぶんだもん!スキロのこと好きだから、余計心配になるんだもん!」


関西弁にしたってそうだ。

この世界にはそんな単語は存在しない。

だけどアナリシアだけが、あの方言がそう呼ばれている世界があるということを知っている。

普通に考えたら頭がおかしいのだ。傍目から見たら、自分が変人に見えることだって知っている。説明して理解が得られるとは思わない。

だから前世の記憶を行動原理に使っているなんて、おおっぴらに言えるはずもない。

今までは幼なじみの優しさに甘えていた。何を言っても受け止めてくれるから、異世界の前世の記憶を1人で抱え込んで苦しい思いをしないで済んだ。

だけど今回、そのいつも受け止めてくれる幼なじみに関わることだから、言えなかった。可能性を本当にしたくなくて。失いたくないという恐怖と、新ヒロインに対する嫉妬心もあるから、余計に。


「シア……」

「スキロ、お願い。距離を置くなんて言わないで。その隙に、新ヒロインが来ちゃう!」

「お前また、俺を攻略対象とかいうやつ扱いしたのか?言ったよな、前に。俺はそういうのじゃないって」

「でも、スキロを伯爵にするって、言ってたから。乙女ゲームのシナリオに戻そうと、世界が動き出したんだよ!」


とうとう言ってしまった。

ここまで隠してきたのに。

せっかく内緒で、新ヒロインを遠ざけていたのに。

スキロは苦り切った顔をして、アナリシアから一歩引いて距離を開けた。


「シア、やっぱり今はお互い冷静じゃないな。今日はもう話は終わりだ」

「スキロ!」


袖を掴もうと伸ばした手は、あっさりと避けられた。

いつもは逃げないのに。

髪だって撫でさせてくれるのに。

それが明確な拒絶だと感じて、アナリシアの目からとうとう涙がこぼれ落ちた。


「悪いけど、シアとはしばらく話せない。一緒にもいないことにする」


(きびす)を返し1人で教室へ向かうスキロの後ろ姿を呆然と見送り、アナリシアは悟った。

これでスキロは、新ヒロインの存在を知ってしまった。これから出会いイベントが発生してしまうのだと。

閲覧、ブクマ、評価、ありがとうございます。


お互い余裕がなくて平静ではありません。

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