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悪役令嬢の不在  作者: 木口 困
続編・第3学年編
14/17

経過良好

「シア、そろそろ起きろ。教室に戻るぞ」

「ん」


スキロの穏やかな声が至近距離から聞こえ、アナリシアは目を覚ます。

最近考え事が多く眠りが浅かったせいか、いつの間にか眠ってしまったようだ。

本日も昼食は前庭のベンチで摂り、恒例となりつつある(未だにスキロからは始める前は抵抗を受けている)食べさせあいを終えると、2人並んで他愛のない話しをしていた。

知らない内に枕に借りていた肩から頭を持ち上げ、軽く伸びをする。

高さが丁度良いためか、首も痛くない。


「ごめんね、重かったでしょ?」

「いや。眠れてないのか?」

「そんなことないよ」

「本当か?」

「うん」


大丈夫だよ、と微笑んで幼なじみを安心させようとするも、彼は心配そうに覗き込んでくるのをやめようとはしない。

アナリシアの髪を優しい手つきですき、無理はするなよと釘を刺してくる。


「弁当が負担なら、作らなくてもいいんだぞ」

「なんで?あたしが作りたいんだよ、スキロに喜んでほしくて」

「そうか……ありがとな」

「えへへ、こっちこそ」


感謝の言葉に思わず照れて、スキロの肩口に額をグリグリと押し付けた。

結構な力で押しているつもりなのに、彼の体はびくともしない。

これが男と女の差なのね、と密かに幼なじみの成長と程よい筋肉がついた逞しい身体を賞賛し、こっそりとアナリシアは赤面している顔を肩口に埋めた。こんな顔を見られては恥ずかしいので隠したいのだが、幼なじみはそんなアナリシアの心境をきっと解っているはずだ。

顔は隠せても、感情は隠せていない。

少し経てば首から上の局地的な熱も落ち着いてきた。気付かれないようにそうっと顔を上げたつもりだが、ばっちりスキロと目が合ってしまう。

少し不機嫌にも見える引き結ばれた口と、眉間に寄せられた皺。

これは何かを(こら)えている時によくする顔だなと考えながら、もしかしてずっと同じ姿勢で居させてしまったので疲れているのかもしれない、早く退()かなければとアナリシアは無防備に笑いかけた。


「ごめん、今どくね」

「いや、構わない」


すいっと目を逸らして明後日の方を向くスキロ。

アナリシアは立ち上がると彼に手を差し出し、じゃあ戻ろうか、と呼び掛けた。

最早習慣となった恋人繋ぎで手を取り合い、2人は教室へ歩きだしたのだった。



ラブラブ大作戦は現在も継続中だ。

恋人繋ぎ登下校作戦に、仲良しお弁当作戦。

相も変わらず続けてもう1週間になるが、それが功を奏しているのか新ヒロインは一向に接触してこない。

順調な滑り出しにアナリシアはご満悦だった。上手くいきすぎて怖いくらいだ、と自分の前世の知識を活かした作戦を密かに自画自賛したりしていた。

だからといって警戒を緩めるつもりもない。

ヒロインというものは、いつもちょっと驚かされるような出逢い方を攻略対象とするものなのだ。

例えば、木の枝から落ちたのをたまたま下にいた攻略対象に受け止められたり、階段から足を踏み外してたまたま通りがかった攻略対象に助けられたり、たまたま廊下の角で攻略対象とぶつかり険悪になり、それが切っ掛けで仲良くなっていったり、たまたま攻略対象が人に見られたくない事をしている時に通りがかって秘密を握り、会話の糸口を掴んだり。

ともかくお約束ながら、バリエーションは豊富なのだ。

新ヒロインがどんな出逢い方をしてこようとも、全て防ぎきってみせる!そう決意はしているものの、最近のアナリシアはダレてきている自覚があった。

打倒新ヒロイン!を掲げたものの、肝心の新ヒロインが現れる気配すらないのだ。

出会いイベントらしき状況もない。

それはそうだ。アナリシアは寮に居る時以外は四六時中、スキロと共に居る。さすがに御手洗いは別行動だが、ともかく隙を作らないようにしているのだ。

そしてラブラブ大作戦も、いつも同じことばかりなのもどうかと思うのだ。

どうせなら楽しく、そしてスキロに喜ばれるようなことがしたいと当初は燃えていた。

それだというのに、アナリシアの頭にはこれ以上のラブラブ演出が思い浮かばない。娯楽の国の日本出身だというのに、由々しき事態だった。

なんでそんなことも簡単に思い浮かばないのか、何のための異世界転生なのだと、少し自分のボキャブラリーセンスの無さに残念さも覚えた。こういう時の為に、異世界の知識があるはずなのだ。斬新で、この世界にはない発想が物を言うはずなのだ。

自分のチートのなさを嘆くばかりだ。

そんなわけでアナリシアは、破廉恥にはならずに、もっと仲の良さをアピールできるものはないだろうかと、毎日睡眠時間を削りながらも悩んでいる。

おかげで朝はふらついてしまい転びかけたが、いち早く察知したスキロに支えてもらうことで事なきをえた。

なんだかスキロがいつにも増して不機嫌そうだった気もしたが、特に本人も何も言ってこなかったので、アナリシアもわざわざ指摘はしなかった。

ただし、スキロの存在の有り難さを噛み締めていた。持つべきものは優秀な幼なじみである。ハイスペックで優しくて、おまけに気遣い上手だ。

アナリシア以外にはちょっと雰囲気が冷たい時もあるが、新ヒロインが惚れてしまうのも解るというもの。そんな素敵なスキロを、姿を現さないからといって彼女が、たった1週間で諦めてしまうとは思えない。

いつまでこの警戒態勢を続けなければならないのか見当もつかないが、改めて気を引き締めなければならないと決意を固めるのだった。



教室に戻り席に着くと人はまだ疎らで、隣席のナリシフィアも戻ってはいなかった。

いつでも頼ってほしいと言われていたので、いよいよ頼ってラブラブ大作戦の新たな案を募ってみようかとも思っていたのだが、まだ居ないなら仕方がない。また後で改めて聞こうと結論を出す。

ふと、そういえばスキロ本人に、したいことは無いか聞いてみたことがなかったと思い至る。

午後からの講義には時間もあることだし手早く確認してみようと、アナリシアは別れたばかりのスキロの元へ向かった。

彼は次の講義の教科書を出し、筆記用具の準備を整えていた。


「ねぇねぇ、スキロ」

「どうした、シア」


いつもならすぐに視線を上げ優しく笑いかけてくれるスキロだったが、ここ最近は不自然に視線を逸らされたり、あまりアナリシアを直視しないようにしてくることが増えてきたように思う。

避けられているとか、嫌われているような感じではないのだが、どうにも掴み所がない。何せ頭を撫でてくれたり、甘やかに微笑んでくれたりといったこともあるからだ。

今は特に視線をこちらに向けることなく、次の授業準備に集中しているという風情だった。しかし意識はアナリシアに向いている。

幼なじみのことなのだ、彼の言葉に頼らない気持ちの表出はちゃんとアナリシアにだって伝わってくる。


「あのね、そういえばスキロに大事なこと聞いてなかったなって思って」

「なんだ?」


怪訝そうに流し見てくる幼なじみに、アナリシアは微笑んでみせる。面と向かって言うのは少し照れ臭くて、はにかむような笑みが浮かぶ。


「今までは、“あたしがスキロにしてあげたい事”をしてきたけどね、スキロはないの?あたしにしてほしいこと。なんでもいいよ?」

「……なんでも?」


うん、と相槌を打つと、窺うようにアナリシアの両目を見つめ、思案する素振りを見せるスキロ。

これでますますラブラブ大作戦は強固なものとなるのだと、期待にワクワクしていると、彼はポソリと(こぼ)すようにそれを口にした。


「じゃあ、卒業後すぐ結婚したい」


伏せがちな瞼と、引き結んだ口。赤く染まった目元に、少し恥じるように背けかけられた顔。

まじまじとそれを視界の中心に捉え、言葉の意味をゆっくりと咀嚼して頭の中で理解すると、アナリシアは真っ赤になることを回避出来なかった。


「え!は、早くない?」

「別に早くない。嫌か?」

「いやじゃ、ないけど」


お互いぼそぼそとやり取りし、アナリシアは白昼の教室での突然の告白にもじもじするしかなかった。

恥ずかしくて、嬉しくて、現実ではないように体中がふわふわする。


「じゃあ決まりだな」

「う、うん!」


素直に喜んでしまう。

今アナリシアは、新ヒロインにスキロを取られないよう、世界の強制力に負けないよう、一生懸命戦っているのだ。

もしかしたらそれに対するご褒美なのだろうか。

そんな約束を今してくれたということは、新ヒロインはもう撃退しきれたのではないだろうか、とすら思った。

無意識ににやけてしまうのを止められようはずもなく、更にアナリシアの体は感動のままに勝手に動いてしまう。


「スキロ、大好きっ」


目の前の頭にぎゅうっと抱きつき、愛情を示さずにはいられない。

アナリシアは立ったままだったので、必然的に自分の胸に彼の横顔を埋めてしまうことになったということなど、今の彼女には気づけなかった。

自分はこんなに幸せでいいんだろうかと浮かれていたからだ。


「お2人さん、夫婦仲良いのは充分わかってるから、イチャイチャは他所(よそ)でやってや。またお貴族様から破廉恥って注意されるで」


そんなアナリシアの幸福な時間に水を差しにくる者が現れた。恋人同士の空気全開で、端からは近寄りがたいこの2人に声を掛けてくる猛者は、なかなか居ない。


「やだ、夫婦なんて。まだこれからだよー」

「あー、そこ食いついちゃったか、シアちゃん。頼むから頭ん中お花畑にならんといてな。オレあほの子は嫌いやないけど、空気読めん自己中はお近づきになりたないで」

「悪かったな、ルジノス」


スキロの2つ後ろの席から声を掛けてきたのは、同じ平民であるルジノスという少年だった。

東の方の国境の町出身であるため、独特の方言を使っている。

アナリシアは出会った当初、前世の記憶から「関西弁だ!」と感動を覚えたのだが、この感動を分かち合える相手が居なかった為に、ひっそりと胸の内にその思いを仕舞ったものである。

東方の町は他国からの人間の出入りも多く商業を中心に栄えており、ルジノスの親もまた商人だった。

彼も第2学年から2人とは同じ組割りとなっていたので、教室の中ではそれなりに親しい方の付き合いだった。


「あー、お前には同情するわ、スキロ。連日の生殺し御愁傷様」

「黙れ」

「生殺し?なんのこと?」

「シアちゃん、頼むからもう、その思わせ振りにくっついて寸止めするの止めたげて。同じ男として涙出てくるわ」

「余計なことは言うな」

「え、あたし何か悪いことしてた?」

「シアは気にする必要はない」

「出た、過保護!」


貴族相手では出来ない、率直な物言いの軽快なやりとりをしながら、アナリシアは自然とスキロから手を離してルジノスを見た。

顔立ちは平凡だが薄緑色の髪は珍しく、水色の瞳は寝起きなのか気だるげに見える。

彼はよく、教室で昼寝をしている。授業中そうしていることもあるが、不思議と夜組に所属出来ているので、真面目に授業を受けなくとも余裕なほど優秀なのだろう。

彼も義務としてこの学園に通っているだけで、卒業後は父の仕事を継ぐと言っていた。在学中は貴族とは付かず離れずやり過ごすつもりだとか。

そんな彼はスキロとしても気安く話せる相手であることは確かなのだが、今は苦り切った顔で後方のルジノスを睨み付けている。


「言うとくけど、お前がそんな囲って甘やかすから、こんな天然あざとい危機感足りんシアちゃんになったんやと思うで。スキロの好みなんかしらんけど。ここ1週間でちょっとは過保護を反省したんやないか?」

「うるさい、黙れ」

「後で苦労するで。いや、今しとるやろ」

「ねぇねぇ、ルジノスさん、もしかしてあたしのせいでスキロ何か困ってるの?あたしちゃんと危機感あるよ!警戒心と危機管理対策の塊だよ!」

「あー、はいはい。そうやんな。シアちゃんは今後も絶対、保護者とナリシフィア様から離れたらいかんでな。わかったな?」


実際に新ヒロイン接触の危機からスキロを守り通しているという実績を持つアナリシアなのだが、ルジノスからは全く取り合ってもらえなかった。

不満に思うが、確かにナリシフィアを頼りにはしているので、反論も出来ない。

悔しく口を閉ざしているアナリシアを差し置いて、憮然としたスキロと眠そうなルジノスが会話を続けている。


「調べてくれたか?」

「んー、結構簡単にわかったで。後で教えたるわ」

「頼む」


おー、とやる気なく片手を振り、また机に伏せルジノスは寝る態勢になろうとする。

もうすぐ授業が始まるのに、良いのだろうか。

注意すべきか首を傾げて思案するアナリシアに向けて、スキロは真剣な表情で提案した。


「シア。後でいいから、2人だけで話がある」


閲覧、ブクマ、評価、ありがとうございます。


スキロにもちゃんと友達が居ることを示す機会に恵まれました。

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