新ヒロイン撃退方法
登校途中に世間話のように、最近急接近してきた令嬢はいないか確認してみたが、スキロはそんなものは居ないと断言してくれた。
まだ新ヒロインが現れていないようで一安心だと、胸を撫で下ろす。
いつもより周りからの注目を集めながら登校を果たしたアナリシアは、達成感に満たされながら席に着いた。
これだけ目立てば、例え新ヒロイン本人がアナリシア達のことを見ていなくとも、誰かの噂で耳にしたりするだろう。
「おはようございます、シア」
「おはよう、シフィー」
隣席に座るナリシフィアから声を掛けられ、アナリシアは上機嫌に返事をした。まずは第一目標をクリアしたことで、アドレナリンが大量放出されている自覚がある。
「今日は変わった登校風景が見られたのですが、何か問題を抱えているのではありませんか?」
ナリシフィアは侯爵令嬢という立場なのだが、平民のアナリシアに気安く接してくれ、第2学年で同じクラスになってからというもの親しくさせてもらっていた。第3学年になっても同じ組になれたので、その関係は継続している。
いつも気遣いをしてくれる優しさと、異変を察知する気付きの鋭さを併せ持つ、アナリシアにはもったいないくらい素晴らしい友人だと思っている。
そんな彼女だが、最近は色々とやることがあるようで忙しくしていた。
少し前に皇太子殿下の好きな人を探すように、とかいう無茶振りを本人からされたようで、その相手探しやら何やら、ともかくアナリシアには関わりようのない、貴族ならではの用件が色々と立て込んでいるようなのだ。
ここでアナリシアまで厄介事を相談して、迷惑をかける訳にはいかない。
「大丈夫だよ、シフィー!見守っててね、あたし、絶対負けないから」
「シア……」
心配かけまいと力強く宣言してみせたのに、逆効果だったのか一層心配の色を濃くしてナリシフィアは名前を呼んでくる。
「女には、やらなきゃならない時があるんだよっ」
更に固めた決意を表明して、打倒新ヒロイン!と闘志を燃やしていると、聞き出すことを諦めたのかナリシフィアが小さく溜め息を吐いた。
「そう、ですか。どうかご無理はなさらず、いつでも私を頼ってくださいね」
「うん、ありがとう!すっごく心強いよ!シフィーも探し物?頑張ってね!」
「……はい、ありがとうございます」
全く心配が薄れない様子でナリシフィアは眉尻を下げ、困ったようにスキロの背中を一瞥する。
アナリシアが暴走しないかと危惧しているが、スキロが付いているからと自らを納得させようとでもしているのかもしれなかった。
昼休憩では最近、ナリシフィアとは別行動となってしまったが、スキロとアナリシアは相変わらず弁当持参を続けていた。
以前は2人だけなら食堂を利用していたのだが、弁当の習慣を案外スキロが気に入ってくれたようなので継続して行っている。
そんないつものように始まった昼休憩、アナリシアは本日の昼食の場所決めで、予想外に幼なじみからの抵抗にあっていた。
「今、なんて言った?」
「だから、今日は前庭で食べようって」
「本気か?」
「本気だけど?」
「目立つぞ。お前、嫌じゃないのか?」
「大丈夫だよ、きっと。言うほど目立たないよ」
「いいや、そんなことはない。本当にシア、どうしたんだ?」
スキロはいよいよ不審な顔をし、アナリシアの額に手を宛て熱を測ろうとしてくる。
前庭は人気の庭園で利用者も多く、ベンチ等の休憩スペースもある。
しかしそのベンチはそんなに広いものでもないので、2人で利用しようとすればなかなかの至近距離となるのだ。
男女で一緒に利用している者はまず居ないので、目立つことは受け合いだ。
日頃のアナリシアならちょっとでも目立つことは敬遠したがる。モブの自分が目立つなんてもっての他と思っているはずのアナリシアが、その信条に反することをしようとしている。不審に思われて当然である。
「あたしは、スキロと一緒に楽しくお弁当が食べたいの。それとも、スキロはあたしと一緒に食べるの、もう飽きちゃった?」
「飽きるわけないだろ。そういうことを言ってるんじゃなくてだな」
「スキロ、早く行かないと昼休憩終わっちゃう!話は行く途中で聞くから!」
苦しい言い訳をしても、言いくるめることはやはり出来なかった。その為アナリシアは、まだ言葉を重ねたそうにしているスキロを遮り、弁当を持つとさっさと歩きだしてしまった。
結局幼なじみを単独行動させられないと判断して、スキロも素直に後をついてくるしかないのである。
なんのかんのと言いながらも、スキロはアナリシアに甘い。
気付けばアナリシアの要望通り前庭のベンチの1つを2人で陣取り、村でもしたことのない至近距離での食事態勢で弁当を囲むこととなっていた。
「よし!それじゃあスキロ、あーん」
「は?なんでいきなりそうなる。弁当こっちに寄越せ」
やる気満々でおかずをスキロの口元に運んだアナリシアだったが、彼は実に冷静にアナリシアの手を横にいなし、弁当を受け取ろうと手を伸ばしてくる。
意外にノリが悪いなと思いながら、まさか断られるとは予想していなかったアナリシアはあからさまにションボリとした。
「え、ダメなの?」
「あのなぁ、日頃そんな真似しないだろうが。なにをいきなり、当たり前のように食べさせようとしてくるんだ?」
呆れ顔をしながらも、幼なじみを消沈させてしまったことは悪いと思っているのか、スキロが理由を訊ねてきた。
まさか本当のことを言うわけにはいかない。新ヒロインを撃退するためのラブラブ大作戦だなんて、スキロを余計に呆れさせるだけだ。
それだけなら良いが、第2学年で揉めた時は「俺に信用がないからだな」といったようなことをスキロに言わせてしまい、彼を悲しませてしまったことがある。これ以上、不用意に悲しませたくはない。
まして新ヒロインの存在を知らせることで、それがネックとなり、本当に2人が出会う機会を作ってしまうかもしれないのも嫌だった。
なのでアナリシアは、あらかじめ考えておいた理由で応戦することとする。
「だってこれは、日頃の感謝の気持ちだから」
「は?」
「いつもスキロに色々してもらってるから、今度はあたしが何かしてあげたいなって。ダメ?」
「……そういうのはいいから。別のにしてくれ」
「スキロ、あたしのこと嫌いになっちゃった?」
「それはない、絶対」
「じゃあ、あたしの愛を受け取ってくれるよね!はい、あーん」
やや強引に話を持っていき、まだ納得出来ていないスキロの口に豚肉の塊を放り込む。
釈然としないながらも、迫ってくるおかず相手に口を開けない訳にはいかなかったスキロは、素直にそれを咀嚼し飲み込んだ。
「おいしい?」
「あぁ、いつも通り、うまいよ」
「よかった」
微笑んで見せれば、彼は一瞬企むような顔をした後、珍しく極上の笑みを浮かべた。
「弁当貸せ」
差し出された掌とスキロの笑顔を交互に見比べ、アナリシアは奪われたりしないよう弁当を彼から遠ざける。
「え、なんで?あたし、もっとしたい」
「……俺ばっかり不公平だろ?今度はシアに食べさせてやるよ」
「え、いいよー」
せっかくの申し出だが、そんな真似をされるのは恥ずかしい。きっと心臓がもたないに違いない。
簡単に自分の心境を想像できたアナリシアだったが、スキロの口から聞いたことのある台詞が飛び出すと、抵抗を諦めざるをえなかった。
「シアは俺の愛が受け取れないのか?」
「っ!わかった。じゃあ、お願いします」
「ほら、口開けろ」
まさか先ほどのアナリシアの言葉をそのまま転用してくるなんて。
不覚だわ、と唸りながらも素直に口を開き、奪われたフォークによって入れてこられた食物をモグモグごっくんと飲み下した。
「うまいだろ?」
「うん、ありがと」
アナリシアは恥ずかしさで顔に熱が集中しているのが解ったが、言う通りにしたらスキロがとても優しく微笑んでくれた。そのちょっと楽しそうな、年齢より幼く見える少年のような笑顔を目にして、アナリシアも嬉しくなりつい顔が緩みまくってしまう。
やっぱり好きだ。可愛い過ぎる。
予想通りの胸の高鳴りに、きゅうっと甘やかな締め付けも加わって、少し息苦しく感じてしまうほどだ。ふへへっ、と締まりのない変な笑い声が漏れ、ついつい相手の顔に見いってしまう。
「……っ」
反対にスキロはすぐに難しい顔をしてしまい、アナリシアから視線を逸らしてしまった。なんとなくだが、目元が紅潮しているようにも見える。
今日はやけに目を合わせないように逃げるな、と思いながらもアナリシアは気にせず次のおかずをフォークで刺した。
「はい、あーん」
今度は拒否することなく粛々と口を開き、アナリシアの行いを受け入れてくれたスキロだったが、ゆっくりと咀嚼を終えて口内の物を飲み込む頃には肝が据わったのか、少し目付きを険しくし、じっと見つめてくるのだった。
いや、険しいと評するのも少し違う。いままでアナリシアが向けられたことがない類いのものなので表現しようがないのだが、敢えて言うのなら獰猛そうな、ちょっと危険性を孕んでいる目だ。
幼なじみの目を何に例えたら良いのか思案していたアナリシアだが、ふと故郷の村で時々見かけた野生の肉食獣が思い浮かび、いやいやと慌てて首を振り打ち消した。
こんなにアナリシア想いの幼なじみが、そんな危険なものに例えられるわけがない。
「シア、主食は?」
「パンがあるよー」
「そっちは食べさせてくれないわけ?」
思わぬ提案に目をしばたく。
いきなりそんなに協力的になってくれるとは、有り難いがどうしたことだろうか。
「え、あたし素手で触っちゃっていいの?」
「気にしない。それとも、もうやめにするか?」
「しないよ!じゃあ、はい。スキロも口開けて」
せっかくやる気になってくれているのなら、願ったり叶ったりというものだ。
アナリシアはパンを食べやすく一口サイズに千切ると、スキロの口元まで持っていった。
「ひゃうっ」
途端に、アナリシアは手を引っ込めた。
パンは滞りなくスキロの口内に消えている。
「どうした?」
「い、今、な、舐め」
「気のせいじゃないか?偶然あたったんだろ。すぐに指を引っ込めないからだ」
そんなバカな。
慌てて引き寄せた指先に、一瞬触れた熱と濡れた感触が生々しく残っている。あまりの衝撃と恥ずかしさに、思わず涙がにじんだ。
素知らぬ顔でパンを飲み込んで、スキロが意地悪く笑う。
何故だか色気が駄々漏れになっており、それだけでアナリシアは気圧されそうだった。
「降参か?」
「うぅ、そんなことない。ちゃんと最後まで、するんだからっ」
「……お前、その発言は……際どいな」
難しい顔になり自身の口元をさりげなく隠す幼なじみに、訳も解らずアナリシアは首を傾げた。
「なにが?」
「いや、いい。こっちの話だ」
「むぅっ。次、いくよ!」
「おい、なんでちょっと喧嘩腰なんだ?」
「そんなことないよ!はい、あーん!」
勝負をしている相手はスキロではないはずなのに、どうしてこんなに負けている気がしてしまうのだろう。
アナリシアは悔し紛れに、ラブラブ大作戦の続行をしようとする。顔の熱は引かないが、どんな状態になろうとも、一度やると決めたことは最後までやりきらなければならない。
そんな彼女を、スキロは意味ありげに流し見て呼び掛けてきた。
「シア」
「なに?」
手を止め、普段とは違う雰囲気を醸し出すスキロを怖々見返す。
この居たたまれない空気の正体はなんだろうかと、少し震えながらも幼なじみの言葉を待つが、彼はそのまま言葉を発したりはしなかった。ただでさえ近い距離を更に詰め、アナリシアの耳元に唇を寄せてくる。
「あんまり可愛いことしてると、弁当じゃないのが食べたくなるんだけど」
耳元で囁かれた瞬間、背筋が粟立った。
恐怖とは違う、なんだか恥ずかしいような甘い雰囲気に、気が遠くなりそうになる。
何を言っているのかわからない。
わからないが、空気感はとても、昼下がりののどかな庭園に相応しくないものになっている気がする。
すぐには反応できず、はくはくと口を開閉させた後、距離を元に戻したスキロにバクバクと五月蝿い胸の拍動を気付かれないように深呼吸して、やっとアナリシアは疑問を口に出来た。
「えっと、じゃあ、何食べるの?」
「……」
スキロが答えてくれることはなく、ただ目を逸らされた。
アナリシアの疑問が解消されることがないまま、昼休憩は過ぎていく。
閲覧、ブクマ、評価ありがとうございます。
よくあるお約束展開だと思いながら書いたのですが、なかなか恥ずかしかったです。