表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の不在  作者: 木口 困
続編・第3学年編
12/17

悪役なんかになりません

その日の朝、アナリシアは決意のもといつもより早起きをし、気合いを入れて弁当を作った。

本日は栄養バランスを考えながらも、スキロの好きな物ばかりを用意した。

身だしなみもいつもより念入りに整え、鏡の前で変な所はないか何度も確認し、「よし!」と自分を鼓舞するために声を上げる。

そこそこ可愛い、いや、自分は充分可愛い。だって可愛いは作れるから、早起きして準備もして、今日の自分は完璧だ。

そう自身に言い聞かせ、緊張に高揚するのをなんとか宥めようとする。

大丈夫、自分はできる。ちゃんとやれる、と。

昨日の放課後、知らない令嬢達に呼び出されてよく解らない話をされた後、アナリシアはろくに彼女達に返事もせずに帰り、寝る前の時間じっくりと考えた。

アナリシアには前世の記憶がある。

その記憶の1つに、『ログランテ魔法学園恋愛革命~宝具は真実の愛にのみ輝く~』という乙女ゲームの知識があった。

アナリシアの通っているこの学園こそが、そのログランテ魔法学園であり、言わずもがなここはその乙女ゲームの世界だった。

幼少の頃には気付かなかったが、アナリシアの幼なじみであるスキロはその乙女ゲームの中で攻略対象の1人であった。

彼は魔力量も多く優秀な平民で、最終的には伯爵家に養子入りし伯爵位を継ぐということになるのだが、度重なる嫉妬やいじめにより性格が歪んでいた。それをヒロインと相思相愛になることにより矯正され、ヒロインに支えられながら立派に貴族の仲間入りを果たすようになるという役処(やくどころ)であった。

あくまで、ゲームの話である。

現実のスキロは全く性格に歪みもなく、ヒロインと出会うこともなく、更には子供の頃にアナリシアと結婚の約束を果たし、その思いをずっと貫くほど一途な青年となっていた。

ゲーム通りの優秀さはそのままに、ただただ国から課せられた義務として学園に在籍しており、他の貴族を蹴落とそうという野心もない。つまり、貴族になることに何の魅力も感じていないので、2年の始めに貴族の方から「養子にならないか」と打診があったのを、すぐに断ってしまっていたというのだ。

そこでスキロは既にゲーム通りの動きを放棄している。

だが今回、声を掛けてきたのは伯爵家の令嬢で、自分の家の爵位を継ぐのはスキロだと断言してきた。

これはもしかしたら乙女ゲームの強制力が働き、何がなんでもスキロを伯爵にしようという世界からの圧力ではないだろうか。

さながら婚約者であるアナリシアは悪役令嬢ポジションである。

だからといって、アナリシアは世界の思惑に乗ってなるものか、と考えた。

悪役なんかになる気はない。

新ヒロインとして選ばれたサフィニアには悪いが、アナリシアはスキロの思いを優先することにしている。

スキロは言っていたのだ、村に帰らなければ家族が心配だと。家族皆で、今まで通り暮らすのだと。

その為には、新ヒロインとの恋愛を成就させるわけにはいかない。出会った瞬間に強制力が働いて心変わりするかもしれないが、要は出会う隙を作らなければいいだけだ。

幸いサフィニアとはクラスも違うようであるし(見たことがないのでそう判断した)、休憩時間はスキロを1人にしないようにすればいい。

それに作戦も考えたのだ。物理的にも精神的にも隙を作らず済むように、完璧な方法を編み出した。

そして前世で乙女ゲームをしていた時はなんとも思わなかったことだが、今自分がこの状況に直面して思うのは、例え婚約者の性格が悪かろうが、ヒロインと真実の愛を見つけようが、先に婚約していた方にこそ正統性があるのだ。

後からノコノコ出てきて二人の関係に横槍を入れる資格など、ヒロインといえども本来ならないはずだ。


「絶対に負けない!新ヒロイン(あなた)の付け入る隙なんかないってこと、わからせてあげる!」


(こぶし)を握りしめて高らかに宣言し、アナリシアは戦いの火蓋を切った。




寮の玄関に出ると、いつものように幼なじみが待っていた。

一緒に登下校するのは学園に入学してからずっと続いている習慣で、広い敷地内でアナリシアが迷子にならないようにという、彼からの配慮だった。


「おはよう、スキロ!」

「あぁ、おはよう、シア。今日はやけに元気が良いな」

「そうかな?そんなつもりないけど」


作戦決行の為に(はや)る気持ちが滲み出ていたのか、スキロから指摘されてしまい、アナリシアは慌てて誤魔化した。

これは秘密の作戦なのだ。スキロには察知されないようにしなければならない。

特に引っかかりもせずアナリシアの言葉に納得した彼は、緑の目を眠たげに細めてから頭をがしがしと掻く。焦げ茶の髪が乱れて跳ねるが、アナリシアはさりげなくそれを手櫛(てぐし)で直してやった。

朝のスキロは良い。

いつもは硬質で近寄り難い雰囲気の彼だが、寝起きから間もない為か少し気だるげで普段より色気がぐっと増しているのだ。間違いなくイケメンに分類される男らしく整った顔立ちが、少しだけ無防備になり、動きも少し緩慢(かんまん)さが見られて大人のような余裕を醸し出している。

登校途中にはっきりと覚醒していくのか、そんな姿を見られるのは僅かの間だが、彼のこんな表情を知っているのは自分だけだと想うと新ヒロインに対して優越感が湧く。

昔は「朝弱いのね」としか思えなかったアナリシアだが、スキロへの想いを自覚した後では見方が変わった。

眠気を押してまで迎えに来てくれるとは、なんて自分を大切にしてくれているのだろう、とても(いとお)しい。


「スキロ、手を出して」

「ん」


何も考えてなさそうに右手を差し出した幼なじみは、何か貰えると思ったのか手のひらを上に向けていた。

アナリシアはその手に自分の手を重ねると、いつものような幼なじみの手繋ぎではなく、互いの指と指を絡めて隙間をなくす繋ぎ方をした。


「よし!」

「……なにをしてるんだ?」

「恋人繋ぎだよ!」

「……お前、良いのか?登校時間は目立つから、手は繋げないっていつも言ってただろ」


放課後なら生徒の下校時間がまちまちとなり、人が疎らになるのだが、朝はだいたいが皆同じような時間に登校するため人が多い。

それだけ大勢の目に触れるということは羞恥以外の何者でもないが、背に腹は変えられない。今日は「きっと自分はやれる!」と自身を鼓舞してまで、作戦の決行を決意してきたのだ。

スキロの為にも、新ヒロインに対抗する為にも、ここはアナリシアが勇気を出す必要があるのだ。


「他の人に破廉恥って言われるかもしれないからね!」

「いつもより繋ぎ方があれだが、言われたらどうするつもりだ?」

「その時はこう言うの、魔力を高めあうための自主練習中ですって」

「……苦しいだろ、その言い訳」

「なんで?スキロ、あたしと手を繋ぐの嫌なの?」

「嫌じゃないけど」


恥ずかしいのはアナリシアだって同じなのだ、嫌ではないなら協力してほしい。

羞恥で真っ赤になりながら(少し涙も滲んでいる)も、必死で見つめて頼み込めば、スキロはふいっと目を泳がせて視線を逸らしてしまった。


「じゃあ、いいよね!あたしはもう、覚悟はできてるから大丈夫」

「何の覚悟だよ。お前、何を始めるつもりなんだ?」

「人聞きが悪いよ。あたしは単に、どれだけあたしがスキロのことを大切に思ってるか、大好きかっていうのを表現したいだけ!」

「……そうか」


スキロは空いている方の手で口元を覆い、力説するアナリシアから完全にそっぽを向いてしまった。

耳が赤い。やはり彼も恥ずかしいのだろう。

そう判断して、アナリシアは幼なじみの協力に感謝した。

絶対新ヒロインなんかに負けないからね!

心の中で、強く決意表明もする。


「じゃ、行こっか!」


題して、『ラブラブ大作戦』。

スキロとアナリシアがいかに仲睦まじいか見せつけ、新ヒロインに諦めさせるという、従来の悪役令嬢とは違う嫌がらせの仕方だ。

この作戦で、彼女に思い知らせてやるのだ。婚約者の居る男性に手を出すことが、どれほど虚しいことであるかということを。

そしてスキロに近づけることなく、自発的に諦めさせるのだ。

完璧な作戦である。負ける気がしない。

アナリシアは恥ずかしさを上回る対抗心で高揚しながらも、勝利への一歩を踏み出したのだった。

閲覧、ブクマ、ありがとうございます。

あまり長くはないので、結末まですぐにいけると思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ