プロローグ
呼び出された先はありきたりに学園の裏庭で、そこに待ち受けていたのは4人の少女達だった。
くすんだ金髪と緑の目の気が強そうな少女を先頭にして、後ろに控えるように3人の少女達が一塊になってこちらを睨んでくる。
はて、と首を傾げながらアナリシアは記憶を探る。
少女達の姿に見覚えはなく、おそらく初対面だと思うのだが。何故か彼女達からは敵意を感じた。
呼び出された理由にも心当たりはなく、伝言を託された級友も何の用かは知らないと言っていた。
その級友はひどく面倒臭そうにそれを伝えてきたが、その時「本当は1人で来いって言っていらしたけど、あなた言うこときく必要ないと思いますわよ。スキロさんかナリシフィア様に相談なさってからにしてはいかが?」と心配げに助言までしてくれた。
いつも一緒にいる幼なじみは丁度席を外しており、信頼する友人は調べものがあるとかで最近忙しそうにしている。級友の助言は有り難かったが、行って帰ってくるだけで済むことにわざわざ2人を巻き込まなくても、と甘い考えでアナリシアは言われてすぐホイホイ指定の場所に姿を現したのである。
用があるから来てほしいというのなら、きっと面識のある人だろう。1年の時同じ組だった子か、同じ平民の女子か。そう当たりをつけて応じたのだ。
ところが来てみれば全く知らない少女達が待ち受けており、決して友好的ではない雰囲気を醸し出している。
何故自分のように目立たないモブに、敵意のようなものを向けているのだろうか?
キョトンと少女達を眺めていると、先頭の少女が口を開いた。
「遅いですわよ!このわたくしを一体いつまで待たせる気ですの、平民の分際で!」
「えーと、どちら様でしょう?人違いじゃないですか?あたし、お貴族様の知り合いなんて同組の人くらいしかいないですし、何の用でしょう?」
突然威嚇するように甲高い声を上げた少女にちょっとビックリしながら、アナリシアは前世の用語をうっかり口にしないように注意しながら返事をした。
当然意識はそちらの方に向いているので、相手の発言内容については深く意識せず耳を通過していくだけだ。
「まぁ、なんてふてぶてしい態度でしょう!謝りもしないなんて!」
「せっかくサフィニア様がお声を掛けてくださっているのに!」
「たかだか平民が図々しいですわ!」
金髪の少女の後ろにいる取り巻き達が、一斉にアナリシアをなじり始める。
訳がわからずポカンとするアナリシアに対して、サフィニアと呼ばれた少女は優越感たっぷりに見下した視線を寄越してくる。
「あなた、スキロ様の許嫁とかなんとか仰ってるそうね?」
「あ、はい。子供の頃、星降りの夜に誓いあったので」
少し照れて赤面しながら、アナリシアは俯きがちに肯定した。
幼なじみのスキロは、何を隠そう将来を誓いあった仲だった。
誓いを交わした幼少の頃は全くそんなことは解らず、スキロのプロポーズに肯定の返事をしたアナリシアだったが、2年の後期にちょっとしたすれ違いがあり、それをキッカケに2人で改めて話し合うことで誤解も解け、アナリシア自身も彼に対する気持ちを自覚できた。それからはお互い両思いとして日々穏やかに、充実した日々を送っていた。
以前と同じように幼なじみの延長という関係は維持しているが、以前に比べてちょっとスキンシップが増えた。
アナリシアとしては、なんとなくスキロの発言の糖度も上がった気がして、恥ずかしいながらも幸せを感じずにはいられない毎日なのである。
思い浮かべてつい、両手を頬にあて「きゃー」と1人で悶えていると、苛立ったような怒声を浴びせられた。
「あなたごときが、彼と結婚などできるわけはないでしょう!平民の分際で、身の程を弁えなさい!」
はっ!と現実に返ってきたアナリシアだったが、またしても原因のよく解らない怒りを向けられて目をしばたかせる。
あなたごときとは言うが、スキロもアナリシアもご近所で育った同じ村出身の平民で、卒業後は2人で村に帰って家の畑を世話したりスキロの弟や妹と一緒に家事をしたりしながら、あの楽しくも穏やかな生活に戻る予定なのだ。何が彼女の気に障るというのか。
時々スキロに一方的に好意を寄せてくる少女も居たが、大抵スキロ本人から「興味ない」とバッサリ切り捨てられているし、アナリシアに言いがかりをつけてこようとする者も居るが、前世の乙女ゲームの知識に照らし合わせながら「もしヒロインだったらもっと酷いイジメとかにあってたんだよね。モブで良かった!」と明後日の方向に考えているのである。
実は転生者で前世持ちであるアナリシアは、女の嫉妬ややっかみを娯楽として捉えることのできる精神構造を兼ね備えていた。なのでスキロを巡る女同士の争いに時々巻き込まれる時もあるが、特に精神的ダメージを受けたことがない。
スキロに大事にされている自信もまた、彼女に心のゆとりを与えていた。
そんなアナリシアが、目の前の少女の言っていることが理解出来ずに途方にくれるしかなくなっている。
自分以外で突飛なことを言う相手に初めて出会したのだ。咄嗟に対応が思い付かない。
そんなアナリシアを更に見下して、サフィニアはニタリと嫌な笑い方をする。
「あら、知らないのね。じゃあ教えて差し上げるわ。スキロ様は我がドリニアード伯爵家の正統な後継者なのよ!行方不明となったナナミティア叔母様の忘れ形見!我が伯爵家を継ぐために、わたくしと結婚することが運命づけられているの!」
「はい?」
「お祖父様も政府に正式に申請をしているわ!あの緑の瞳はドリニアード家の証!例え平民の安っぽい血が混ざろうとも、あの魔力量!有能さ!美しさ!どれをとっても我が家の血筋が色濃く出ているわ!彼はわたくしの夫となるべきなのよ!」
「えぇ?」
「あなたなんか、お呼びじゃないのよ!」
ふんっと鼻息荒く、勝ち誇って高らかな宣言をするサフィニアを、後ろで少女達が「さすがです!」「素敵です!」「その通りですサフィニア様!」と囃し立てる。
呆然としながらも、アナリシアの頭の中は混乱を極めた。
いやいや、ナナおばさん死んでないから。
ナナおばさんってナナミティアって名前だったの?
伯爵家の養子フラグは折ったんじゃなかったの?
様々なツッコミや疑問が頭の中を駆け巡り、そしてアナリシアは思った。
恐れていた事態が起きてしまった、と。
これは乙女ゲーム通りに進行させようとする、世界の強制力が働いたのではないか。
攻略対象のスキロにハッピーエンドを迎えさせるため、きっと世界が動き出したのだ。
第3学年となり学園生活も終わりに近づいてきた。何がなんでも伯爵家を継がせてスキロをハッピーエンドにして、つまりストーリーを終了させるために、世界から横槍が入ってしまったのだ。
自然と頭から血の気が引き顔色を悪くするアナリシアに、勝利を確信して少女が高笑いしてみせる。
その笑い方、悪役令嬢みたい。
そうボンヤリ思ったが、しかし世界にとっての悪役令嬢ポジションは、おそらくアナリシアなのだ。
ヒロインは婚約者からも、軽々と攻略対象を奪ってしまうものなのだ。
そしてアナリシアは平民なので、令嬢などと言われるたまではない。
悪役令嬢なんか居ない。
居はしないが、まさか自分が恋の障害になるなんて。ただのモブに戻りたい。
滲んでくる涙をグッとこらえてアナリシアは、負けないという意思を込めて力強く前を向くしかなかった。
こうなったらヒロインをバッドエンドにさせてやる!と、決意を込めて。
閲覧ありがとうございます。
謀略系片思い王子の話に注力していたら、切なさばかりが募ったので、ライトなノリのラブコメが書きたくなりました。
あまり難しくなく、さらっとしたありきたりな話になると思いますが、もしよろしければ、読んでいただけましたら幸いです。