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悪役令嬢の不在  作者: 木口 困
過去編
10/17

星降りの夜

女の甘ったれた声は耳障りだ、とスキロは常々思っていた。

特に同年代の少女に至っては、まだ仕事も家事も見習いの半人前な癖をして、態度だけは一丁前に女として振る舞うものだから(たち)が悪いと感じる。

この日も、大した用もないのに自分たちの持ち場から離れて声を掛けてきた少女が何人かいたが、スキロは忙しいので到底相手をしたい気持ちが湧かなかった。にもかかわらず彼女達はなかなか立ち去ろうとせず、スキロの手を止めさせベタベタと触ってこようとするのだった。

一緒に森に行こうだの、たまには遊びに来てほしいだの。一方的な都合を述べる彼女達に、心底嫌気がさす。下心の見える接触をされ、吐き気をもよおしそうだった。

頃合いを見計らって適当な方便を言い、なんとか少女達を追い払ったものの、1人で畑仕事に勤しんでいると毎回このようなことが起こる。かといって幼い弟や妹を引き連れてきたとしても、事態は好転しないだろう。

何故なら彼女達がそんな真似をしているのは、スキロの魔力が高いせいだからだ。

8歳で全国民の義務として行われる、魔力測定がある。スキロはその測定で村一番の魔力量を有していると判明してしまったのだ。

それからというもの村中の人間が、感心するほど鮮やかに掌返しをした。それまでスキロや家族達を貧乏人と蔑んだりからかっていたりした子供達が、そうやってスキロ達をバカにするのを止めてすり寄ってきたり、「顔は良くてもお金がない人は嫌、将来苦労させられるから」と勝手にスキロを評していた少女達が、「魔力量高いなら、付き合ってあげてもいいのよ」と頼んでもいないのに恋愛対象として名乗りを上げ始めたのだった。

いい迷惑である。

それというのも、この国が魔力を動力源とする魔法具や宝具といったものを扱うことで繁栄し、生活をより便利にしたりしており、魔力量が多いことは仕事に活かせたり出世したり出来る、という国柄だからだ。

トヴァヒコル神によりもたらされた宝具が、この国の支えであり信仰の対象なのだ。その宝具を動かせる可能性のある魔力量を有した人間の地位も、将来は保証されたようなものである。

少女達は勝手にスキロの将来に希望を託して、薔薇色の未来を想像しながら色目を使ってくるし、少年達はおこぼれに預かろうといきなり友人関係を築こうと馴れ馴れしくしてくる。

大人はそれほどあからさまではないが、スキロに親切を押し売りして恩を着せようとしてくる。何かの折にスキロの魔力をアテにするためだ。

そういった村人達の姿が好きになれず、スキロは毎日苛立ちを覚えていた。

家へと帰る道すがらそれらを思い浮かべ、解決策の見えない問題に溜め息が堪えきれなかった。


スキロの家はナタースヒリア皇国の田舎にある。

村に住む平民は誰もが決して裕福といえる立場になく、その中でも特にスキロの家は貧乏呼ばわりされていた。

病床の母の為に父親が出稼ぎに行き、その稼ぎは薬代に消えていたからだった。

母は病弱で滅多に寝台から起き上がれない。もともと村の出身じゃないこともあり、なかなか姿を現さないことで口さがない村人からは何かと難癖をつけられがちだ。貧乏人呼ばわりも、スキロの父が突然余所(よそ)から身元の解らない母を連れてきて結婚したことで、面白くないと思った大人達が父に言いがかりをつけたのが始まりだったらしい。

実際には隣家の助けもあり、困窮した生活は一切送ってはいなかったが、村に定着したスキロの家に対する蔑みはなかなか消えるものではい。

母ももともと病弱であったわけではなく、出産後から体調を崩しがちになってしまっただけで、それまでは馴れない手つきで畑仕事をポツポツしていたそうなのだ。

どうやらスキロの母は農民生まれではないらしかったので、村の常識が解らないらしかった。その為に村の女性達と話が噛み合わず、同性から敬遠されがちになってしまったところもある。容姿が平民らしからず整っているせいもあるだろうが、ともかくおっとりとして少し浮世離れしていた。距離も置かれようというものだ。

その点、隣家の家族はスキロ達に優しかった。分け隔てなく付き合ってくれ、スキロの母のことも「友達だもの、ほっとけないじゃない」と以前から常に気にかけてくれていたのだ。

家事や畑仕事を手伝ってくれるのも、一度や二度ではない。数えきれないほどの恩があり、父親不在のスキロ達家族の面倒を見てくれているのは彼らだと言って過言ではなかった。

スキロ達家族が家長不在の家に取り残されても、不安を感じず穏やかに過ごせるのは、きっと彼らの助けや優しさが精神的な支えになっているというのが大きいだろう。


「にいちゃーん!」

「おかえりなさーい!」


家が見えてくるとまろびつつ駆け寄ってくる小さな人影が2人分、スキロに向かって声を張り上げ、あるいは手を振りながら、視界に入ってくる。


「ただいま、スタック、ナミフィリア」

「にいちゃんきいてよ、シアねぇちゃんがまた、りょうりにしっぱいしたんだぜ!」

「こんどは おいしいけーき、つくってくれるって いったのにねー」

「ふわふわしたの、たべさせてくれるって いったのになぁ」

「ぺちゃんこー」


ふふふ、と2人は可笑しそうに笑いあいながらスキロの腕にまとわりついてくる。

9歳となり少し身長も伸びてきたスキロに対して、まだ3歳と4歳の妹と弟は顔を見上げながら一生懸命に報告をしてくる。

2人の髪色と目は焦げ茶髪と黒に誓い灰色というおそろいで、面差しもよく似ているのでまるで双子にも見える。いつも仲良く手をつなぎ何をするにも一緒で、とりわけ隣家の少女を交えて一緒に遊ぶのが特にお気に入りのようだった。

またか、と呆れつつスキロは家に入った。


「あ、おかえりスキロ。早かったね!」

「ただいま。今度は何を作った」


焦げ臭い匂いに顔をしかめつつ質問すれば、テーブル近くに居た、スキロとそう身長の変わらない少女が悪びれずに笑う。


「ケーキ、のようなものよ!」

「それは前に言ってたやつか?」


テーブルの大皿の上で、所々焦げ目を晒している平べったくて黄色い物体を見つめながら確認する。

それは以前に彼女から話に聞いたことのあるお菓子の名称だが、その話に出てきたものとは似ても似つかない姿で皿の上に鎮座していた。


「そう!甘くてふわふわで、食べたら幸せになるやつ!」


だというのに、少女は得意気に胸を張って自信満々な様子を崩しもしない。


「小麦粉はどうした?」

「お母さんが勿体ないからって、お芋しかくれなかった」

「卵はどうした?」

「鶏の産みたてを1つ、たまたま拾ったんだよ!」

「たまたま、ね。牛乳もないだろ?」

「お水で代用したよ!」

「砂糖は?」

「もともと甘いお芋だから大丈夫!」

「それはただの芋焼きだ」

「そんなばかな!」


材料が芋と卵と水だけで、どうやってふわふわにさせるというのか。

呆れて少女を見れば、ぷくっと両頬を膨らませてスキロを睨んできた。

明るい茶髪は背中の半ば程長く、まっすぐに伸びている。瑠璃色の瞳は生命力に溢れて輝き、肌も片田舎の平民とは思えないほどすべらかで、比較的色白ではあるが健康的な色味だ。こんな村に相応しくないほど、整った可愛らしい顔の造形をしているのだが、黙っていればただ絶賛されそうなその美点を帳消しにするように、賑やかで行動が突飛で、言動が変わっていた。

スキロはそれが全く気にならないどころか、割りと気に入っているのだが、他の村人達に彼女の良さは伝わっていないらしく、遠巻きにされていた。

それが少し面白く、彼女の家族以外では自分達家族だけが、彼女のことを正しく捉えられているのだと思えて優越感さえあった。

この幼なじみ、アナリシアの良さは自分達だけが解っていれば良いのだ。そうすれば、いつまでも彼女を独占していられる、そうスキロは思うのだ。

膨らんだ頬を両手で軽く挟み空気を抜くと、彼女は不本意そうに唇を尖らせる。


「味は良いはずなの、食べてみてよ!」

「ああ、芋は上手いからな」

「ねぇねぇ、シアねぇちゃん、ふわふわはー?」

「これぺったんこじゃん?」

「うっ、また今度ね!今度こそは上手くやってみせるから!」

「やくそくー」

「ほんとだよ、シアねぇちゃん!」

「任せて!きっとあたし、チートが何か目覚めるはずだから!そしたらお姉ちゃんが、みんなの生活を楽にしてあげるからね!」

「お前それ、5歳の頃からずっと言ってるけど、いつになったら実現するんだよ」

「うぅ、だって転生してるのに何もないわけなんかないんだもん!きっと異世界に生まれ変わったことも、意味があるはずなの!」


少し怯みながらも少女はめげずに言い張り、やれやれとスキロが肩を竦める。

賑やかに笑う幼いナミフィリアとスタックには、父親不在の悲壮感など微塵も感じられない。

いつもアナリシアから聞かされる別の世界の話を、創作物語として楽しんで聞き、アナリシアの突飛なチート発見の研究を手伝ったり眺めたりしては目を輝かせ、淋しさを思い出す暇もないのだ。

アナリシアは自分のことを、今の人生の前に別の世界で生きた記憶がある、とスキロ兄妹達にだけは打ち明けていた。きっと素晴らしい能力を目覚めさせるか、発明をするか。どちらかにはなるはずだから、信じて手伝ってほしいと(そそのか)してきたのだ。つまりは、発明の助手として。

スキロとしては仕事があって幼い弟達の相手もあまりできないので、面倒を見てもらえていると思えば助かってはいたが、だからといってこの3人だけに任せるのも心配で、時々研究とやらに混ざらざるをえないのだった。結果、8割方スキロが作業をやらされたり、何かよく解らないものを作らされたりしたこともあった。

なんだかんだでアナリシアは不器用なようで、思い付いたものを思い描いた通りに作れないのだ。

この日も、「前世で食べたふわふわのスポンジケーキを作りたい」とか言っていたはずだが、有るもので代用した結果、なんだかよく解らないものが出来上がったようだった。

いつものことなので、その失敗を笑う気はない。

別にアナリシアも遊んでばかりいるわけではなく、家の手伝いを終わらせた後、スキロの家の家事を手助けに来てくれたりしているのだ。スキロの母と話し相手をしてくれたりもしている。

前世云々のおかしな発言さえなければ、実に良い娘だった。


「今度はね、魔法を開発しようと思うの!」

「魔法?」

「うん、魔法具がなくても、魔力だけで色々できるようにするんだよ!」

「いや、それは無理だろ」


魔法具なしで何をするというのか。話で聞いたことしかないが、魔力が暴走することもあるという。そんなことになったらどうするというのか。

冷静に否定すると、ムッとしたようにアナリシアが言い募る。


「無理じゃないよ!やる前からどうして諦めるの?やってみなきゃ解らないんだからね!」

「きょうの よる、いっしょに かんがえるんだもんねー」

「にいちゃんは るすばんな!」


アナリシアに左右から抱きつきながら援護する弟達の言葉に、無視できないものを見つけてスキロは待ったをかけた。


「待て、夜に何をするんだ?」

「にわでね、まりょくを ひかりにできないか、そうぞうするんだってさ」

「ピカッてさせるの!」


ピカッを両手を挙げて跳びはねながら全身で表現するナミフィリアの頭に手を置き、しゃがんで目線を合わせながらスキロは釘を刺した。


「ダメだ。庭とはいえ、夜に出歩いちゃいけない。にいちゃんは許さないからな」

「えー、なんでー?」

「危ないからだ」

「でも、ぼくたち いっしょじゃないと、シアねぇちゃんひとりだけじゃ しんぱいじゃん」

「え、あたしの心配してくれるの?嬉しいけどなんか釈然としない!」


弟達のもっともな意見にスキロも同意した。

アナリシア1人では何をしでかすか知れたものではない。絶対研究の時は1人にしてはおけない。


「シア、夜はダメだ。中止しろ」

「あー、タッくんとフィーちゃんは、おやすみなさいしていいよ?確かにまだちっちゃいし、せめてあたしくらい大きくならないと危ないしね」


自分も子供だというのに大人ぶった言い方をするアナリシアに、弟達が口々に羨ましそうに「ずるい、ずるい」と合唱した。

スキロは溜め息をついて宥めにかかる。


「シア、お前もだ。中止しろ」

「え、やだ。今日はなんか出来そうな気もするし、思い立ったら吉日ってね!」

「意味がわからん。ともかく、1人ではダメだ」

「じゃあ、スキロおいでよ。あたしを助けて」

「俺は忙しい」

「じゃあ、1人で頑張る」


こいつ、とスキロは眉間に皺を寄せ、覚悟を決めた。

ニッコリと可愛らしく微笑まれて、ほだされたとも言う。


「……おじさんとおばさんにちゃんと言ってから来いよ」

「うん、わかった!」

「あまり夜更かししたらダメだからな。暫くやってダメなら諦めるんだ」

「はいはい」

「真面目に返事をしろ」


はーい、と返事をして、元気にアナリシアは帰っていった。

夕飯後にまた来ると言い残して、陽気に手を振りながら隣家の玄関ドアの中に吸い込まれていく。

幼なじみの思い付きは昨日今日始まったものではないのだが、時々危機感の足りなさや、幼い弟達への悪影響が心配されることをしかねない時もあった。

それだけが、スキロから幼なじみへの不満であった。



夕食の席でスキロは母に夜の外出について了承をとり、アナリシアの残していったなんだかよく解らないものを食べた。

頭の中では、アナリシアの言うようにフワフワにするためにはどうしたら良いかとか、味をもう少し良くするための改善点が幾つか思い浮かんでいる。

不味くはないが、素材の味を活かしすぎていた。

今度一緒に作り直してやらなければならないと、少ないおかずにも手を伸ばしつつ思案する。


「なんだかもちもちしてるなー」

「ぜんぜんふわふわじゃないー」


全く不満もなさそうに、楽しそうに笑っているスタックとナミフィリアを目を細めて眺めていると、同じように微笑んでいた母がおっとりと呟いた。


「シアちゃんは本当に楽しい子ねぇ」

「変な奴だよ」

「ふふ、でも可愛いわ。将来が楽しみねぇ」


くすんだ金髪に緑の瞳、村人とは思えない薄幸の美貌の持ち主である母は、話し方もこの村の人々とは相容れなかった。

どこか高貴な雰囲気を漂わせる物腰も、その認識に拍車をかける。

スキロは村から見た母の異質さには気づいていたが、特にそれを指摘したことはなかった。

本人はすっかり馴染んでいるつもりなのだ。敢えて指摘しては可哀想というものだ。


「ねぇねぇ、おかあさん。シアねぇちゃん、ずっとおとなりさんだよね?」

「そんちょうさんの いえに、いったりしないよね?」


アナリシアの話題になったと察したのか、ナミフィリアとスタックが話しに加わってきた。

2人の表情は見るからに不安でいっぱいと書いてあり、アナリシアのことを心配しているのが伺えた。


「あら、どうしてそう思うの?」

「だってきょう、デリンズがきて シアねぇちゃんに いってた」

「まりょくがあるから、しょうらい よめに もらってやるって」

「シアねぇちゃんはちょっとへんだけど、がまんしてやるから ありがたくおもえって」


弟達の報告に思わず顔をしかめて、スキロは魔力の高い幼なじみが自分と同じ目にあっていることを悟った。

デリンズというのは村長の息子で、スキロやアナリシアより2歳年上のガキ大将のような存在だった。

スキロが村一番の魔力量と判明した日、同時にアナリシアは村で二番目に高い魔力量であると結果が出ていた。

この村から2人も学園への招集確実な者が出たとあって、その日は村中が大騒ぎとなった。

学園というのは国が運営している、魔法具や宝具、魔力についてを学ぶ場所で、主に貴族が16歳から通っている。魔力が高いと判断された平民もその歳に強制連行されるので、その平民は学費免除で授業を受けられるのである。

スキロとアナリシアは貴族並の魔力量と言われていた。このまま魔力の変動がなければ、2人で仲良くその学園に3年間在籍することとなるだろう。

それはつまり、将来の道が普通の平民より開けているということであり、言うなれば厚待遇、高収入の仕事に就ける可能性が増しているということなのだ。辺鄙な農村にいる平民ではまず一生縁のない話である。

そんな可能性溢れる子供の争奪戦を、本人の気持ちを無視して周りは始めているということだ。

不快感も(あらわ)に眉を跳ね上げ、スキロは話の先を促した。


「シアは、何て言ってた?」

「おことわりだってさ」

「でもね みらいの そんちょうに さからうなんて なまいきだって」

「このむらにいるかぎり さからうなんて ゆるさないって」

「ねぇ、シアねぇちゃん、むりやりつれていかれないよね?」

「だいじょうぶだよね?」


まぁ、と困ったように眉尻を下げる母にすがり、ナミフィリアとスタックが目を潤ませて確認する。

幼い2人にとっては村長というのはとても偉い、逆らってはいけない相手なのだろう。

しかし次の村長が、息子だからといってそのままデリンズが継げるとは限らない(・・・・・・・・・)。継がせないようにしたらよいだけだ。

どす黒い感情が沸き上がってくるのを自覚しながら、スキロはうっすらと笑った。

良い度胸だ。自分達家族からアナリシアを取り上げようだなんて。許すわけにはいかない。

物騒なことを兄が考えているなどと露知らず、子供達は母から知恵を授けられていた。


「大丈夫よ、シアちゃんは一人っ子だもの。ヨシュアさん達が家から出すはずがないわ。お婿さんに来れる人だけしか、認めてもらえないわよ」

「そうなの?だったら、ぼくがシアねぇちゃんの おむこさんになる!」

「わぁー、それ、すっごくいい!あたしもー」

「あらあら、フィーちゃん、お婿さんは男の子しかなれないのよ」

「え、そうなの?うーん、じゃあ、タッくんにまかせたからね!ぜったい シアねぇちゃんをまもるんだよ!」

「うん、まかせろ!」

「あらあら、シアちゃんが良いですよって言ってくれないとムリなのよ」

「ぜったい だいじょうぶだよ!」

「シアねぇちゃん、ぼくらのこと すきって いってくれたよ! 」


自信満々な弟達を見ながら微笑ましさを覚えるが、なんだかモヤモヤしたものを胸の中に感じてスキロは首をひねった。

幼子(おさなご)達の他愛ないやりとりなのだ。だから胸に支えたような、苛立ちのようなこの気持ちが湧いてくる理由など思い当たらない。

アナリシアが誰かを婿に貰うなんて、考えたくもない。

ふいにそう思って、スキロは強く瞬きを繰り返した。おかしい、この気持ちはなんだろう。

無意識に胸を(さす)りながら、スキロは考えに沈む。

何故だか幼なじみの少女のことを考えると、自分でも驚くほど感情を揺さぶられるのだ。

この気持ちは、どんな言葉が当てはまるのだろう。

スッキリしないままに夕食を終えて、スキロは食器の片付けと弟達の寝かしつけといういつもの習慣をこなしたが、頭の片隅では芽生え始めた疑問がずっと(くすぶ)り続けていたのだった。




「あー!なんで上手くいかないのー」

「あまり大声を出すな。スタックとナミフィリアが起きるだろうが」

「だってだって、魔法チートが上手くいかないなんて、じゃあ、あたしは何チートなの?って思っちゃうじゃん!せっかくファンタジー世界に転生してるのにー」

「お前の話は相変わらず意味がわからん」

「よし、も一回!」

「聞けよ」


あまり遅くない時間に訪ねてきた幼なじみは、予告通りにスキロと共に庭に出ると、魔力をどのように操って魔法を起こそうと考えているのか熱く語り(しかし内容はフワッとしていた)、早速実践という名の開発訓練を始めた。

ともかく想像力により、魔力を操って変質させるらしい。

彼女自身は「呪文は大事だよ!」と言いながら「ライトニング!」「シャイニング!」「光よー!」と、ともかく色々な掛け声を試しながら手を頭上に掲げたりしていた。

見守りに撤しているスキロからしても、大分滑稽である。

何度失敗してもめげないアナリシアに、尊敬に近い念を抱きながらもスキロは思考する。

くるくると忙しく変わる表情は見ていて飽きないし、本人には憤慨されるが、ついつい笑いを誘われて我慢出来なくなってしまうほどだ。決してバカにしているわけではなく、微笑ましさから来るものなのだが、アナリシアは自分の真剣な取り組みを笑われている気がして不名誉に思っているらしかった。

アナリシアは同年代の少女達とは何もかも違っていた。

最初からスキロ達家族に普通に接してくれていたし、魔力測定後も態度が変わらなかった。

距離感だって近すぎず遠すぎず程よいし、一緒にいて居心地よいとさえ感じてしまう。前世だとかチートだとか言いながら、発明次第では人生楽が出来ると語りながら、わざわざ無いものを生み出そうとして苦労しているように思う。

しかし誰もやったことのないことをしようと情熱を傾ける姿、誰にも真似できない発想力と行動力は、目をみはるものがある。

ついつい手を貸したくなったり、自然と彼女の姿から目が離せなくなったり、この無意識の行動の理由は何だろう?

妹みたいなものだろうか。いや、本当の妹であるナミフィリア相手とも、何か違う。

ぼうっとアナリシアの姿を見つめていると、気付いた彼女がスキロを振り返り、腰に手をあてて怒り顔をした。


「もう!スキロ、ちょっとは真面目にやってよね。何のために此処に居るの?あたしには、スキロの助けが必要なんだから、ちゃんとしてくれないと困るよー」

「困るのか?」

「当たり前でしょ。あたしはスキロみたく器用じゃないんだから、あたしの足りないとこ、スキロに何とかしてほしいの。アドバイスとかないの?」


少し悔しそうに少女が頬を膨らませるのを目にして、この距離では手が届かないので触ることが出来ない、とスキロは惜しく思う。


「シア、ちょっと休憩しないか。こっち来て座れよ」

「え、もう?」

「魔力暴走とか、どうして起こるのか俺ら平民はよく解らないんだから、こまめに休んだ方が良いだろ」


幼なじみを側に寄せたくて言った方便だったが、彼女はあっさりと納得して、なるほどとスキロの隣に座った。

思ったより上手くいかない魔法発明に少し落ち込んでいるのか、滅多に見ない憂い顔を俯けてアナリシアは小さく溜め息をつく。

窓から漏れる蝋燭のかすかな光に照らされ、少し大人びて見える横顔にドキリとしながら、スキロは話題を探す。


「なんで魔法なんて作りたいんだ?」

「だって、皆の生活が便利になるかもしれないんだよ?それにいつかは、ナナおばさんの体を治せるような魔法を生み出せたら、とっても良いでしょ?」

「そんなこと考えてたのか」


ナナおばさんとは、スキロの母親のことだ。

アナリシアは自分の為ではなく、いつも誰かの為に一生懸命なのだ。

ケーキを作ろうとしたのも、幼い弟達を喜ばせる為。

生活を楽にしたいのも、家族を幸せにしたいから。

その努力が例え空回りはしていても、いつも誰かの為にばかり頑張っているから、その頑張りは決して不快ではない。

そんなアナリシアだから────。

そこまで考えて、スキロははたと思い至った。

そうか、自分はアナリシアが好きなのだと。

気付いてしまうと無性に恥ずかしくて、なんだかソワソワして落ち着かなくなった。

先ほどまでのようにアナリシアを注視するのも気恥ずかしく、思わず空を仰ぎ見れば数多(あまた)の星が瞬き、そしてその中の幾つかが流れた。

あ、と吐息のような、感嘆の声が自然と漏れた。

満点の星空の中に、光の尾を引いて飛び交う星々の煌めきを見つめていると、建国神話の一節が頭に思い浮かぶ。

初代皇帝がトヴァヒコル神の娘である女神ナタースヒリアと結婚の誓いを交わした時、空には星が降り2人を祝福したのだ。

星降りの夜。

今日この日に、自分の思いを自覚したこの時に、それに当たるなんて。

運命だと思った。


「シア」


傍らの幼なじみに呼び掛け、空を見るように促した。

彼女は素直に見上げると、わぁ、と両目を大きく見開いて驚き、次いで嬉しそうな声を上げた。


「流星群だ!綺麗ー、初めて見た!」

「りゅうせいぐん?」

「うん、星が流れてるでしょ?それがたくさんあるから、前世ではそう言われてたんだよ!綺麗ねー」


年相応にはしゃぐアナリシアが、どうしようもなく可愛らしくて愛しく感じてしまう。

触れたい。

ずっと側に居たい。

求められる限り、助けてやりたい。

独占欲のようにドロドロした感情と、想いを自覚したばかりで高揚しフワフワとした思考が、単純に浮上してくる欲望のままに言葉を頭の中にこだまさせる。


「シアは、俺が居ないと困るって言ったよな」

「うん、そうね」

「俺の助けが必要?」

「むぅ、いきなり何よー。知ってるでしょ、スキロ。あたしは考えついても思った通りの結果に持っていけないの!スキロが軌道修正してくれて、なんとかなってたりするんだから。悔しいけど、スキロほど頼りになる奴は他に居ないの」


ちょっと怒ったように、半目になりながらの遠回しな肯定はきっと照れ隠しで、「助けてくれるんでしょ?」と当然のようにスキロの行動を見越して頼ってくる少女は、本当に何の下心も打算もなくて。

スキロはそんなアナリシアからのお願いが、自分の満足感を強烈に刺激しているのが解った。

好きな子に頼られるというのは、どうしてこんなにも気持ちを前向きにさせ、自分を強くさせるのだろう。


「じゃあ、お前の考えたものはずっと俺が作り続けるから、これからも一緒にいてくれるか?」


心臓が暴れている。

興奮なのか、緊張なのか。ともかく、胸の内側から強く何度も何度も叩いてくるそれの音が、妙に耳について、うるさくて。

自分の発した問いに、きっと返ってくるのは肯定だと信じて、それでも答えを聞くのは怖くて。

永遠とも思える時間、祈るように、信じて、不安なんか顔には出しもせず、アナリシアの答えを待った。


「うん、わかった。お願いね、スキロ」


存外あっさりと、その返事はきた。

さほど時間は要さなかった。

無邪気に笑いながら即答に近い早さで、彼女はスキロの期待した言葉をくれた。


「これは永遠の誓いだ。絶対に、大切にする」


途端に、緊張が切れた。

自分でも笑み崩れていると解る、しまりのない笑顔をさらして、スキロは喜びを露にする。

全身を支配する幸福感に打ち震えながら、スキロは大切なものを噛み締めるように、ゆっくりと誓った。

神話になぞらえての求婚は、正式な婚約と同義だ。

まさかそれが、本当に建国神話通りに星降りの夜に交わせるなんて。

アナリシアはもう、スキロのものだ。

誰にも取られる心配もない。

絶対に、誰にも譲らない。

大切にして、ずっと2人は一緒にいて、家族皆で幸せに暮らすのだ。

この騒がしくも優しい、ちょっと風変わりだけど純粋な善意しかないような幼なじみと、退屈する暇もない特別な毎日が送れる。


翌日、スキロは星降りの夜の話を互いの親に説明し、両家からの正式な了解を得た。

アナリシアの両親からは、「スキロくんしか居ないと思ってた!ちょっと変わった子だけど、どうかよろしくね!」と力強くお願いをされ、外堀も完璧に埋まった。

これでもう、村の誰からも異論は言わせない。なにせ両家の親のお墨付きなのだ。誰も入り込める余地はない。

上機嫌でアナリシアを独占していることを内外に浸透させ、月が変わる頃にはすっかり周辺を牽制し終えたスキロだったが、しかし彼は知らなかった。

誰もが一般常識として備えている建国神話の知識が、幼なじみには完全に欠如しているということを。

そのせいで学園に通うようになってから、無駄にアナリシアに気を回され、自身の恋心を踏みにじられるような真似をされることになるなど、全く想像だに出来なかったのであった。



─過去編・完─

閲覧、ブクマ、評価、ありがとうございます。

気づけばブクマして下さった方が三桁となっておりました。嬉しい限りです。

感謝を込めて、過去編投下します。

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