背中
「ねえ…背中押してくれない?」
校舎の屋上を囲うフェンスの向こう側に立ち外を見ていた少女が少年に言う。
屋上に入ってきたばかりの少年は声の主を見つけて目を見開いた。
「あ、危ないよ!落ちたら死んじゃうよ!?」
「わかってる。そのためにここに立ってるんだから」
少女は下――7m先のコンクリートを見たまま、落ち着いた声音で言う。
「と、とりあえず早くこっち側に――」
「私ね、自殺しようと思ってるの」
少年の言葉を遮った少女は、こちらに背を向けたままフェンスをしっかりと掴み言葉を続けた。
「私が中学三年生になってすぐ、父さんが死んだんだ。うちは母さんが専業主婦だったから収入がなくなって、それで母さんが働き始めたんだけど給料は少なくて。母さんは何も言わなかったけど、明らかにお金が足りなかった」
なら、私が死ねばいい。少女は前を向く。
「でも後一歩がなかなか踏み出せなくて、だから背中を押してくれない?」
少女は頼むが、しかし少年は受け入れない。
「そんな…死ぬなんてダメだよ!」
「なんで?」
少女の返す言葉は冷めきっていた。少年は無感情な少女の声に臆しつつも声を張り上げる。
「それは…今は苦しいかもしれないけど、でも生きてればいつかは――」
「私が生きてても、母さんが苦しむだけ。それとも何?ずーっと母さんを苦しませながら生きていけとでも言うの?」
「で、でも――」
「それにいつか貯金が尽きる。どのみち私は生きれない。私が死ねば使うお金も減って今よりかは生活が楽になるはず。だから私は死んだほうがいい」
もう死ぬしかない、少女はため息を吐いた。
少年はそんな少女を見て拳を握りしめる。
「お母さんは…悲しむはずだ」
「…!」
少女の体がピクッと動いた。それを見て、少年は言葉を続ける。
「君が死んだら、君のために働いてる君のお母さんはとっても悲しむはずだ。君のやろうとしていることは良いことなんかじゃない。それは――」
「うるさい!!」
少女は叫んだ。フェンスを持っていた手で、自分の顔を覆う。
「うるさいうるさいうるさい!!お前に私の…私達の何がわかるって言うの!?それとも何なの?あなたが私達を養ってくれるとでも言うの!?」
「そ、それは…」
少女は顔を手で覆ったまましゃがんだ。それから自分を落ち着けるように大きく息を吐く。
「私にできることはもうこれしかない…建前だけの道徳じゃあ世の中に通用しない。だからお願い、背中を押して…」
お願い、少女の言葉が少年の頭の中でこだまする。
少年は少女の姿を見て悩んだ。
少年は長い葛藤の末に、起き上がろうとする少女に近づき背中に手を伸ばす。
その時、
「きゃっ――!!」
少女が足を滑らし転倒し、屋上から落ちる。
少女は咄嗟に手を伸ばした。それを少年は間一髪掴む。
「僕の手を両手で掴んで!!」
少年は少女を助けようと必死に叫んだ。
「ほら!早く!!」
少年は少女の身体を持ち上げようとする。
少女も少年の手に反対の手を伸ばして――止まった。
少女は顔を上げた。少女は少年の顔を始めて見た。
「ありがと――ゴメンね」
少女は少年に微笑みかける。その顔は涙を流していた。
少女が少年の手を振り払う。
少女の身体が重力によって落下していき、やがて少女はコンクリートの地面に激突した。
少年は言葉を失った。ただ呆然と、7m先に見えるさっきまで自分の目の前で涙を流していた少女の死体を見ていた。
やがて騒ぎになり、誰かが通報したのか救急車がきた。
少女の死体が運ばれていく。少年は警察が屋上にくるまで、ただ遠くに見える救急車を見ていた。
今日は少女の三周忌だった。
少年は当時のことを思いだし、どうか少女が安らかに眠れるようにと少年はずっと祈っていた。
はい、読んでいただきありがとうございました。ハイボールと唐揚げというものです。ちなみに紳士です。
この物語は自分が書いた少年と少女の話になるのですけれども…どうでした?なんか、自分で書いててうーんパッとしないなー。とか、ここもうちょっと上手く書きたいー!!とかもどかしさを感じていたのですが、まあ面白いと感じて頂けたのなら幸いです。
これからもこんなSSを書くかもしれません。見かけたら読んでやってください。