ルートラインコンダクター穂乃花⑧
翔が強引に翼から司会の仕事を奪うと、太井が書き記した退学届けを会場の人たちに見せた。
「ここに書いてある事と水没社会は同じようなものです。地球が近い将来水没することが避けられない運命であるならそれには逆らえないかもしれません。しかし、この世の中は今、心の中が水没してしまっている人が多い。自分もその1人でした。でも、俺は変わろうと思う。いや、変わります。どんな環境にいようと、自分が望む自分であれ!この言葉を胸に本日ただ今から赤堀翔は生まれ変わります」
「司会者を押しのけて、自ら個人情報を垂れ流している人間が外見とは不釣合いな発言をしています。ですが、この演説めいた少し恥ずかしいような気もする赤堀翔生まれ変わり宣言が心に響いた方は立ち上がって、拍手をお願いします」
司会の座を奪われた翼の言葉に会場からは笑いも起きたがすぐに全員が立ち上がり、盛大な拍手の音が翔の為だけに響いてる。
途中から意識を取り戻した東上も太井と一緒に弱弱しくも微笑みながら拍手をしていた。
「ところでメインである神崎穂乃花さんの姿が見えないんですが宮前区長、どこに居られるか分かりますか?」
不思議そうな顔で翼はそう言いながら会場内に穂乃花の姿を探している。
「未来での約束を思い出したと先ほど帰られました」
宮前は咄嗟の判断で翼の言葉にそう切り返したが穂乃花は変わらず宮前の横に座っていた。
「藤野さんの姿もなくなりましたが」
「政府関係者の晩餐会に間に合わなくなるということでそちらに向われました」
藤野も変わらずに宮前の横に座っていた。
「講演すると言って俺たちを呼び出しておいて、途中であんなことにはなったけど、結局、途中からは自分では何もせずに未来に帰っちゃったのかよ」
「そういえば、穂乃花殿が翼殿の事をおじいちゃんと言っていたのを聞いたでござる」
「俺も聞いたぞ、その言葉」
翔と豪が翼の顔を嘗め回すように見た。
「なしだな」
「なしでござるな」
うんうんと納得するように頷く二人。
「何がなしなんだよ。運動音痴です!ドジっこです!みたいなあいつが未来の俺の孫だったらこっちが恥ずかしいだろ。それでもその頃、俺が生きていて、孫を持てるとしたら出来の悪い孫ほど可愛がっているのかもしれねぇけどな」
「なしだな」
「なしでござるな」
「だから何がなしだ」
「あんな可愛い子がお前の孫なんて信じたくない」
「我輩も同意でござる」
「いやいや、そこは俺を立てろよ。この先の日本を背負う逸材だぞ、多分」
「多分じゃ立てれねぇな」
「以下同文」
「ついにござるまで省略かよ。その前に以下同文って会話が成立してないだろ。年上だからって年下をからかって虐めて楽しいか」
「渡邊翼。お前には代々伝わるうちの家訓を授ける」
「いや、それ知ってるし」
「いや、それ、まだ伝えてないだろ」
「いや、普通に分かるだろ」
「でも、俺もお前の家訓知ってるんだな、これが」
「人に裏切られても裏切るな!でござるな」
「何でお前らその言葉を知ってるんだ」
「まじか」
「本当でござったか」
「まあ一般的にある言葉だしな、俺の身体から零れたのかもしれないしな」
「いや、穂乃花ちゃんの言葉」
「でござる」
この3人が会話をしている間に穂乃花は翼のすぐ横に来ていた。
(おじいちゃん、この時代を救ってくれてありがとう。私の時代のルートラインもこれで消えることなく存続する事が出来ました。人に裏切られても裏切るな!わたしたちの住む時代で生きて会える事はなかったけど、短い時間だったけど、おじいちゃんに会う事が出来て、お母さんの言ってたおじいちゃんの凄さが分かった気がします。世界で活躍する選手になることは今日を乗り越えた事で確定したけど、これからも努力を惜しまず、リハビリにも生を出して頑張ってください)
「運動音痴でドジっ子なあなたの孫の穂乃花でした」
ルコラの気まぐれか、最後の言葉だけ翼にも聞き取れた。
「なしだな」
翼は呟いた。
「なしだな」
「なしでござる」
会場内にいた人たちがいつの間にか消えてしまっていた事にこの3人が気付いたのは区長の宮前が太井と東上の為に呼んだ救急隊員が二人を運ぶために駆けつけた時だった。
「今日って、一体何だったんだ」
「ここに家訓の書があるということは全て現実だったという証拠か」
「翔殿、メイドカフェ行くことも出来るでござるな」
「ついでに翼も強制参加させるか」
「俺は遠慮する」
「これは決定事項だ。俺たちが仲間になったことを祝う儀式のようなものだ」
「そうでござる」
「仲間になったつもりはない」
「却下」
「却下でござる」
「俺がここで成人式迎えるとき、お前ら2人同席決定だからな」
「急に話が飛びすぎだ。それにまだ何年か先だろ、お前は」
「照れ隠しでござるな」
「それと、今度飯でも食いに行こうぜ、先輩方の驕りで」
「それはそれとしてだ。お前気付いていなかったから拾ってやっておいたぞ、これ落ちてたからさ」
「あの写真でござるな」
翼はその写真に目を通しても特に感想はない様子だ。
「あいつの写真か。さすが俺が見込んだドジっ子だな。落としていたのは家族写真か」
「翼、この写真のポイントはそこじゃないんだな」
「そこではないでござるよ」
家族全員が桜満開の花見に来て映したと思われる集合写真。全員が満面の笑みを浮かべて笑っていた。
ほんわかとした温もりがこちらにまで届いてきそうな微笑ましい写真だった。
しかし、ポイントと言われてもこの写真におかしなところは見当たらなかった。
「良い写真としか」
「写真の裏側、何て書いてある?」
「翼おじいちゃんへ、家族写真を置いて帰ります。穂乃花より」
「でござるな」
「いや、でも、これ、俺、映っていないし。待てよ、このおばあちゃんが持ってる鞄って、俺が先週、誕プレで、忍に渡したものなのか」
「翼おじいちゃん」
「穂乃花ちゃんは本物の未来人だったでござるな」
「でも、何で俺に直接渡さなかったんだ。それに俺の未来の嫁が幼馴染で決定事項になっているという件について」
「うらやましいとしか良いようがねぇな」
「ラノベのタイトルのようなそのセリフ。俺の未来の嫁が幼馴染で決定事項になっている件についてとはここに来て名言発動でござるか」
「もう会う事もないということか」
「また来るんじゃねぇの。確かこの軸ラインはパラレルワールドでこの1つしか道が存在しないんだろ」
「翔殿、そのフラグはまた世界滅亡クラスの危機が訪れるという事でもあるでござるよ」
「その時はその時だ。またどうにかなるって。いや、その時までに俺が成長して勇者となり、何とかする」
「逆にあの黒い影に飲み込まれる心配をしたほうがいいでござるな」
「腹も減ってきたし、そろそろ帰るわ」
「俺もだ」
「その前にライン交換しておくでござるよ」
「おk」
「だな。それと、豪、例の件、来週末までには行こうぜ」
「ほぼ引きこもりの我輩はいつでもいいでござる」
「俺は大学辞めるつもりだったんだけど、退学届が家宝になっちまったからな、大学行きながら、その時間を使って、自分の道を見つけることにするわ」
「いつでも、お供するでござるよ」
「お前ら二人、すげぇな。今日あったばかりなのに親友みたいにみえるぞ」
「穂乃花ちゃんのおかげだ」
「でござるな」
「俺も嫁は決まってることだし、これから焦って故障するより、じっくりとリハビリに専念して、あの舞台に戻る時には日本新を絶対に出す。あの会場にいた人たちへの恩返しを倍返しする」
「お前、口から勇者体質吐き出しすぎ。俺も渡邊翼の復活の舞台は絶対に応援にいくわ」
「以下同文でござる」
「それじゃまたな」
「おう、またな」
「またでござる」
3人の姿が見えなくなったかつしかシンフォニーヒルズ。
その入り口に目立つように立っているモーツァルト像の後で穂乃花は泣きながらその会話を盗み聞きしていた。
「私のおじいちゃんって、やっぱり凄い人だったんだ。私のルートはおじいちゃんに会いたい想いがルコラに届いて、願いを叶える為だったのかもしれないなあ」
「盗み聞きですか、穂乃花さん。声を掛ければ良かったのでは?」
「穂乃花君、これで良かったのかい?」
「いいんです。今日の目的である世界の滅亡の阻止と私の未来が繋がりましたから。それにまた来る事もあると思います。ここは1本しかない重要ラインですから。それを守る為に未来のおじいちゃんは命を落としてしまいましたがこれからはルコラに頼んで、何度でも会いに来れる様、ルコの力も磨きます」
「そうだったのですか。私は今日一日で一生分の疲労感を経験した気がします。明日からも葛飾区長として住んでいる人がより快適に過ごせる街づくりに精を出して頑張ります。穂乃花さんもたまに手伝っていただくことにします」
「それはいいアイデアですね。穂乃花君、このラインの重要さは今回の件でよく理解した。君の研究成果の通り、消えてはならないルートだった。とはいえ、葛飾区のルートラインを行き来できるのはルコの中でも君だけだ。私は地元だがこのラインは何故かルコの力は半減してしまう。その辺りはルコラが関係しているのかもしれないが君にしか出来ない仕事だ。それから宮前区長のオッドアイルコラの指導教官も同時に指名する。未来での暮らしもあるので多忙になるかもしれないがルートラインコンダクターとしてこれからもよろしく頼む」
「分かりました」
「穂乃花さん、ルコラさんの指導よろしくお願いします」
「ルコラさんのことなら何でも聞いてください。でも、よく考えると分からないことだらけなんですけど」
ホノカ ホノカ イツモノヨウニ アタマナデテ アタマナデテ
「ええっ!私のルコラも喋った!でも、この声、心に直接的な響く感じですね」
「私には聞こえませんでしたが」
「穂乃花君の空耳ではないんですか」
「なるほど、人類未踏の地に足を踏み入れた気持ちが分かりました」
「ルコラじゃなくて、別のものの声だったりして」
「藤野さん、オカルト系が苦手な分野だと分かっていて、まあいいです。未来に帰ったら虐められなくてすむし。あと、全然関係ないんですけど、藤野さん、日本ではルートラインを使えないんだと言われてましたがどうしてなんですか?」
「ああ、その話。ルコに目覚めたのが出張先のパリのホテルで朝目覚めたらこの子がシーツの上に乗っててね」
「想像どおりの展開ありがとうございました。私も気になってはいたんですがこれで他のルコの子にも話せます。でも、ということは未来の私達の世界に来るのに毎回パリまで来てるんですか?」
「そういうことだね」
「ルコラ会議がヨーロッパであるのもそういう理由か」
「ルコ協会本部とルコ協会理事が私というのもあるけど、海抜以下の国も多いヨーロッパなのに何故か一番領土が残っているからだよ、穂乃花君」
「そうだと思ってました」
「そろそろ、私もこの世界での本来の自分に戻らなくては。休暇といっても政府主催の晩餐会に出席するように呼ばれているのでね」
「さっきの話は本当だったんですか藤野さん」
「ええ。何故宮前さんが私の予定を知っているのかあの時は驚いていたんです」
「そういう風には見えませんでしたが私もそろそろお腹が空きました」
「私もおばあちゃんのご飯が待っているのです」
「それでは穂乃花君また近いうちに」
「お二人ともまた近いうちに」
「宮前区長さん、藤野長官、ルコラさんたち、お邪魔しました。葛飾区限定ルートラインコンダクター神崎穂乃花、未来に帰ります。いずれは世界のルートを使える」
ようになるぞと独り言の途中まで宮前と藤野には聞こえていた。
穂乃花と穂乃花のルコラに導かれるようにかつしかシンフォニーヒルズに集まった会場内の人々が経験したこの長い長い一日はこの先も続く世界滅亡を懸けた葛飾区防衛戦の幕開けだった。
(終)
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終わりというより、色々な謎も一杯残したままですね(笑)
最後に幕開けだったと書いて終わる小説、グッジョブ!ですよね?(違)
最後までお読み頂き、ありがとうございました♪