ルートラインコンダクター穂乃花⑥
「オタクも混じってんのかよ。困難と遠回りした言葉を使わずに、素直に無理と言えよ、無理と」
リアル充実、いわゆるリア充のような口調で喋っているが大学に通いながらもいつのまにか仲間外れにされ、自主退学を真剣に悩み始めている赤堀翔が豪の独特の話し方に口を挟んだ。
「どなたが存じませぬが困難ではあります。しかし、この世の中に絶対というものはないでござるよ」
「そうかよ。それならこの状況を説明してみろよ」
「それはまた話が別でござる。それにまだ終わりとは限らんでござろう」
「だな。それとさ、俺もメイドカフェには前から興味があったんだ。これが終わったらお前が俺をメイドカフェに連れて行くことを許す」
「ここに来て、ツンデレ男子でござるか。分かり申した。これが終わったらわが最愛のアイリスさんを紹介するでござる」
「あっ、言い忘れてた。その前にまず亀有香取神社が先な。勝負運と縁結びの力を授かって行かなきゃもったいねぇし。葛飾に住んでいる人間なら通常イベントだろ」
「お主、なかなか通でござるな」
「何、この会話、ウケル。そんな神社あるんだ」
「そちらの女子は何を言っておられるのか。亀有香取神社は有名な神社でござろう。女子には縁結びだけでなく、足腰健康美脚守りも人気の神社でござる」
「そんな神社あるんだ。美脚守り、良さそうね。これが終わったら行ってみようかしら」
観光で訪れていた日吉藍子が会話に入ってきた。
「藍子が行くなら、私も行くよ」
同じく一緒に旅行に来ていた吉田麻衣が反応した。
「私だけ美脚になろうと思ったのに」
「抜け駆けをしようとしたのですか、藍子さん。口に出している時点でアウトです」
「冗談に決まってるじゃん」
「そうでしょう、そうでしょう。私を置いていくということは私が許しません」
「麻衣、恥ずかしいからこの辺で」
田中が何か案を捻りだそうとしている間、会場内では普段出合うことのない人たちがいつの間にか親しくなっていた。
その時に大きな衝撃音と共に会場の扉が開いた。
「太井首相、チェックメイトです。その男と共に私はあなたを捕まえなければなりません」
「東上君、済まなかった。私の方の洗脳?は解けたようだ。今、この男の判断を待っていた所だ」
「そうでしたか。安心しました。しかし、この男に判断させていてはいつ、また洗脳されるものが現れるとも限りません。ここは私が処理しますので首相は直ちにここから離脱してください」
「今入ってきたばかりの君にこういう話をしても信じてもらえないかもしれないがこの世界はこの男が判断しない限り、入ることは出来ても出ることが不可能なのだ。どうしてなのかは分からん」
「そうでしたか。それならこの男に消えてもらえばいいんですね」
そういうと東上は警護用の拳銃をホルスターから抜き出すと威嚇とばかりに自分の頭上に向け、合図も鳴く、いきなり銃を撃ち放った。
「東上君、会場にいる皆さんの不安を煽ることをするのは止めるんだ」
「しかし、この状況をなるべく早く打開しなくてはここにいる方たちの命も危ういのではないでしょうか?」
「いや、この会場で決められているんだ、世界の滅亡か存続かが」
「その冗談に付き合っている時ではありませんので田中を連行させてもらいます」
席の数に対して、会場内の人数は少数ということもあって、豪と翔は隣同士になり、話をしていた。
「翔殿、どうやら東上という方からラスボス感が出ているでござる」
「首相を助けに来たんだろ。どう考えても正義のヒーロー感しか出てねぇよ」
「これだから、リア充の方はモブキャラにしかなれないでござる」
「モブキャラでも登場してるだけ、オタクよりマシだろ」
「そういう見解もあるでござるな」
「いや、現実的なことを言っただけだ。まあ俺も引きこもりになるかもしれないけどな」
「そうなられた折には色々と指導するでござるよ」
「でも、拳銃ぶっ放すなんて精神吹っ飛んでるなあの人」
「そこがラスボス要素なのでござる」
「討論が銃撃戦に変化したら、世界は救えても、俺らに死亡フラグ立つじゃん」
「それは避けなければならないでござる」
「そうだな。それとさぁ、お前、外見もそこそこだし、もっと自信持てばいいじゃねぇの」
「敵を欺くにはまず味方からとは言ったものでござるが、ここで褒められても、RPGで例えるなら、しかし、何も起こらなかったというメッセージが表示されるだけでござるよ」
「いや、そういうことじゃなくてな」
「いや、しかし、翔殿の真意は分かり申した。無意味に思える事でも行動あるのみということですな」
「まぁ、そういうことにしておくでござるわ」
「もしもの時の為に翔殿もこれを持っておくでござる」
「痴漢撃退用の催涙スプレーか」
「素人でも簡単に扱えるものといえば、これでござる」
「防御力高いな、お前」
「お前ではなく、豪、河上豪でござる」
「俺はって、さっきから名前で呼ばれてたのは何でだ」
「これが落ちていたのでござる」
「ああ、退学届けか」
「人生色々でござるな。しかし、翔殿が後悔なされぬよう祈っているでござる」
「おぅ」
そういうと翔は豪から渡された退学届けをぐちゃぐちゃに丸めて、急いで、自分のポケットに隠した。
「あれでは敵の思う壺になるかもしれないでござる」
天井に銃を打ったあと、東上の向った先は田中その人だった。
「私を拘束したいそうですね。どうぞお好きなように」
「そうさせてもらう」
「両手を後に回してもらおうか」
何も言わず、田中は両手を後に回すと、東上は持ってきていた手錠を田中に嵌めた。
「これでよしと」
「こんなものだけでいいのですか?」
「これで十分だろ。それは普通の手錠の一〇倍の強度で作られた特別製だからな」
「そういうことではなく」
「どういうことだ」
「今あなたの中にビザルを仕込ませてもらいました」
「ああ、そういうことか。どういうわけだか、俺にもこういうものが肩に乗っていてね」
「ルコラ、この男にも覚醒が」
「どちらが勝つでしょうね。あなたの場合はアラブ内戦地での経験もおありのようだ。平和ボケした今のこの国と、この腑抜けな首相とは違うと踏んでいるのですがね」
「どういうことか、理解不能だが、この場を敏速に片付けなければならないのでそろそろ終わってもらえないか」
「審判の討論の最中に回答者側からの理不尽な我侭は受付ておりません」
田中はまだか、まだかと不適な笑みを浮かべている。
「豪、あいつ、今、笑ったように見えたぞ」
「嫌な予感しかしないでござる」
「俺もラスボス意見に変更だ。行ってくる」
「どこへ行こうとしているでござるか。様子を見るでござる」
「様子を見ている間に首相のようになったらどうするんだよ。戦地に赴いた人間の議題なんて、日本でされたらやばくねぇか」
「翔殿は頭の回転も早い人なのでござるな。言われてみれば、何も起きないうちに対処したほうがいいかもしれないでござる」
「他の人間は雑談とか始めちゃってるし」
「緊張感の切れた後は何かが起こると混乱を招きかねないから何とかしなくては」
「ござる消滅」
「引きこもりながら勇者になるこの時を待っていたのだ」
「ござるからの急な勇者キャラきたー」
「翔どの、突っ込みをしている場合ではなく、敵地に突っ込むでござるよ」
「ござる復活早っ」
「行くでござるよ」
「豪、ちょい待ち。時、既に遅しだ」
翔に止められた豪に見えたものはどす黒い影に包まれている東上の姿だった。
「この国を滅ぼす。俺は捨てたこの国を消し去る。この世界を壊す」
「東上君、君は何を言っているんだ。そんなことは日本国首相である私が許さん」
「あなたに何が出来ますか、太井首相。ただ守られて生きてきただけの2世議員のあなたに。私なら瞬時のその首を絞め上げ、あなたを殺すことも容易に出来ますよ」
太井は臆することなく、東上に視線を向けたままだ。
「君の使命は何だ!」
しかし、その瞬間、東上は持参していた銃で太井の左足を撃ちぬいた。
その銃の弾道は一寸のブレもなく、東上の今の状況を物語っているようだった。
「これでもそう言えますか?今度は右足を打ち抜きますよ」
左足の痛みを堪えながら、太井はそれでも立ち上がったままだ。
「どこでも狙うが良い。ただし、君には人を殺すことは出来ん。陸上自衛隊は国民と国を守るのが本分だ。君にもその心が刻み込まれていると私は信じている」
会場内は静まりかえっていた。
東上の発砲の後、会場内の人間は座席を盾にするようにしゃがみこみながら太井と東上の様子を窺っていた。
「どうすべきでしょうか、藤野さん」
「どうしましょうか、宮前区長」
「こんな展開は予想していませんでした」
穂乃花はいつの間にか自分のルコラを強く抱きしめていた。
「翼君といいましたか。あの子、何かをしようとしているみたいですすね」
「うちのおじいちゃ、いや、あの馬鹿、どうして1人だけまだ席に座ったままでいるの、何にも変わらないじゃない」
「穂乃花君の肝の据わっている所も翼君そっくりですね」
「違います。私はあんな無鉄砲な行動はしません」
「どういうことでしょうか。穂乃花さん」
「今はまだ高校生ですが未来では私の祖父です。私が生まれたときにはもう亡くなっていましたが」
「それもまた運命ということですか」
「翼君はまだ気付いていないようですがばれてしまっても構いませんしね」
「はい、ルコですから」
「どういうことですか、穂乃花さん」
「それについては内緒です」
「その前のさっきの二人が何か行動を起こしそうです」
「ルコラも見えないようですが大丈夫でしょうか?」
「あの二人にはルコラは見えませんがこの空間にルコラは存在していますから何とかなればいいですが」
「えええっ、藤野長官からそんな言葉が出るなんて、今の状況はやっぱり良くないんですね」
「東上さんと言いましたか。あの方が来なければ、めでたしめでたしでこの会話もなく、片付いていたはずだったのですがまさかの逆転判決に大きく風向きが動いた。今はそんな状況です。奇跡が起きればいいのですが」
「そんな」
翔と豪はタイミングを計っていた。
「俺があの拳銃をどうにか横取りする」
「翔殿、拳銃を奪えたとして、その後、翔殿はあの方と同じような症状を起こしてしまったらどうするでござるか」
「首相のおっさんの例を考えると拳銃を持っていたからああいう風になることはない。それから翔でいいから相棒」
「よろしく頼むでござる」