ルートラインコンダクター穂乃花⑤
(ルコラとビザルが交わる時、審判の討論が始まる)
出入り口の扉を開けたのは日本国首相、太井源次郎だった。
「しまった」
そう言葉をもらしたのは藤野。
「藤野さん、まさかあの方は」
太井の登場に驚く穂乃花。
「ああ、今の内閣総理大臣、太井源次郎だ」
「この討論、回避出来ませんか?」
不安そうな穂乃花の声。
会場からどよめきが起きる。
「どうしてここに首相が」
「これもサプライズっていうやつだろ」
「しかし、何だかいつもと雰囲気が違うなぁ」
「あの後に引き連れている奴、蛇のような生き物を」
「蛇男だな、右腕から出たり入ったりしてるぞ」
「今日は凄いところへ来てしまったんじゃないのか、俺たち」
「ママ、あの人たち、怖いよ」
「見ちゃだめ。こっちに来て隠れていなさい」
「あの蛇は海蛇だな。しかもあの海蛇、どこかで見覚えがあるような。確か出雲の神使いになっている蛇じゃなかったか」
「首相が連れてきているいうことは悪者じゃないということだよな」
「いや、首相、顔色悪いから。操られていたりして」
「怖いこと言わないで。さっきから鳥肌立ってるんだから」
「そう言われても、あんな物が見えてしまうとはなぁ」
そう会場が騒いでいる間に太井と田中は壇上に上がっていた。
「皆様、日本国、内閣総理大臣の太井源次郎であります。本日は世界の滅亡を懸けた審判の討論の場にお越しくださり、誠にありがとうございます」
太井の発言に会場が沈黙した。
「ここにお座りになっている皆様方は私を選ぶか、そちらのお嬢さんを選ぶかで世界の状況が刻々と変化していきます。どちらの世界を選択なさるのかは個々それぞれでお決めいただきますがその心の動きが審判の評価となります。そして、人間本来の姿が映し出される鏡をこちらで用意させていただきました。まずは自分の本当の姿を自分自身でご覧ください」
「いきなり先制攻撃できたか」
藤野が悔しそうに呟いた。
「パパとママがいなくなった。どこに行ったの、真奈はここだよ」
「真奈には俺の姿が見えなくなったか。こんなに薄い影じゃ、しょうがないよな」
「あなた、真奈、どこにいるの。こういう冗談はいいから早く元に戻しなさい。あんたそれでも日本国の首相なの。いい加減にして」
真奈の母親である久美子がその言葉を言ったとたんに真実の鏡は砕け散り、会場内の人間の姿は元に戻った。
「久美、お前、凄いこと言ってたな」
「母親ですから当然です。お偉いさんが真奈を守ってくれるわけじゃないの。私とあなたが真奈を守ってるんだから」
「ママいた」
久美子の姿に気付き、抱きつく真奈。
「パパも帰ってきた」
3人の幸せそうな表情に穂乃花も満足そうだ。
「穂乃花君、まだ始まったばかりだ。それに何を企んでいるのか分からないぞ」
「そうですね。この国で一番頭の切れる人材を選んでくるとは思いましたがまさか首相を連れてくるとは」
「審判の討論は私にも手出し出来ない。君のルコの力と会場に来た人たちの心にかかっている」
「はい」
二人が会話をしている間に太井はさらに次の議題を投げかけた。
「この世界が滅んでしまえば良いとおもった事がある人間は今この瞬間から石化することになる」
太井の右腕から顔を出したビザルの目が見開くと、会場内の全員が石化してしまった。
「あの男、前半から飛ばしてるな。ここでは2人必要か」
「最終的には会場全体90人+太井首相を合わせた91人の力ですね」
「確率論では100%不可能だ、この審判の討論においては」
「分かっています。その為に今日までルコの力を磨いてきました」
2人が会話をしている間に宮前が会話に入ってきた。
「しかし、皆さん、石化とは映画のようですね」
「宮前さん、あなた石化は」
「ええーっ」
穂乃花は気付いてしまった。
「そうなんですよ、どうやら私にもルコラが乗ってくれてるようで」
思わず、藤野と穂乃花は自分のルコラを確認した。
「僕のはいるね」
「私もいます。ということは、宮前さんのルコラ」
「そういうことになりますか。私がついている!と言われたんですが」
「ルコラが喋ったんですか、翼がさっきは笑ったと言ってたし」
「今日は不思議なことばかりですね穂乃花君」
苦笑いを浮かべているが藤野も驚きを隠せない様だ。
「2020年、このルートラインがなくなるということはどの世界も繋がらなくなるということになるんですよね、長官」
「ああ、ルコラもそれを分かっていて奇跡を起こし続けてくれているのかもしれない」
「どういうことですか、藤野さん。このルートがなくなると世界は繋がらなくなるということは」
「地球の滅亡、いやこの宇宙の存在が消滅してしまうのかもしれません」
「多くのルートや世界中に存在すると言われていましたよね?」
「実はこの日本のルート以外、この時代のルートだけはことごとく消滅してしまいました」
「それで穂乃花さんはああいう発言をなされたのですね」
「ええ、そういうことです」
「しかし、日本だけではなく、未来にいると言われていた世界中のルコさんたちが存在していれば大丈夫なのでは」
「そうなんですがこの時代のルートで残っているのはもうこの1本限りなんです。良くも悪くも平和ボケしている日本だからこそ、この審判の討論に打ち勝てる可能性があるのは皮肉なのかもしれませんが」
「本当の神様は審判を下そうとしているあの生き物なのかもしれませんね」
「しかし、石化が解ける動きがありませんね」
「私は世界が滅ぶ前に自分の生活で手一杯な人生を歩んできました。あそこにいる方は全員がそう思われたことがあるということなんでしょうか?」
「ええ、そうですね。そういう人間をルコラが選んでいますから」
「でも、それだけじゃないんですよ。ルコラが選ぶ人は大きな輝きを秘めた人が多いんです」
その頃石化していた翼は別のことを考えていた。
(さっきの感じだと俺が叫べばこのトラップは解けそうだけど、それじゃ駄目な気がする。誰かがあの人たちのように気付いてくれればいいんだけど)
(さっきからお前の独り言、筒抜けだぞ)
(しかしあれだな、さっきのような幼い子でも世界の滅亡を考えたことがあるんだな)
(あるよ。パパとママのいない世界なら消えてなくなれって)
(なるほど、そういうことか。でも、そろそろこの悪夢から覚めるとするか、皆さん)
(ちがいねぇ、ここは俺に任せておけ、日本代表)
(俺はまだ)
(期待してるんだよ、ここにいるみんなが)
(あ、ありがとうございます)
石化はしているがお互いの心の声は伝わるらしいことに気付いた会場の誰かが心の声を叫んだ。
「世界が滅ぶなんて絶対にないと思ってるから、自暴自棄になったときに世界のせいにして何が悪い。他人を羨んだり、憎んだりするよりはまだマシだろ」
「思っただけで罪になるならそれを発言した人間に一番の罪があるんじゃないのかい」
誰かが言ったその発言で田中は急に苦しみだした。
それと同時に会場内全員の石化が解けた。
「甘っちょろい時代の人間どもがこの私に対してふざけた発言をしてくれたな」
会場内を睨み返す田中。
ビザルはいつの間にか田中の右腕の隠れてしまった。
「誰かを憎んだことがあるものはわが下僕となり生きていくのだ」
「誰が好き好んで下僕になるかよ。自分の人生で手一杯だ。人間は憎みもするが後悔もするんだ。いちいちそんなことで喚くな」
素早い切り替えしだった。
それに賛同する人の力でこの問いによる呪いのような力は瞬時に消えた。
「誰かのものを盗んだことのあるもの、嘘をついたことのあるものはその場で舌を切られ、喋れなくなる」
会場内で多くの人が舌を切られたが悲鳴を出すものは居なかった。
「これも試練なんだな。舌が切られた人間は血を流していない。しかし、舌を切られなかった人間にはこの試練をのり越える権利もないって所か」
「そういうことだろうな、今までの流れだと」
「出だしがぶっ飛んでたから、逆に理解しやすくなった」
「そういうことだな」
「俺は勇者になろうとしてる」
「俺もだ、穂乃花ちゃんの為にも頑張ろう」
「だな」
「若いもんはそれでいい、それでいい」
他愛のない会話をしている間に気付くと、会場内の空気は変化していた。
「無事に乗り越えたようですね」
藤野の言葉に穂乃花が頷く。
「果たして、太井さんはどうするでしょうね?」
「最後の切り札、いえ、13番目まで辿り着けていない私達にはまだ裏の切り札さえ知りません」
「そうでした。まだ越えられない12番目の試練、そして13番目の試練」
「それに手札は13種類だけではありません」
「その人の力によるオリジナルの手札。14番目の最恐手札かもしれません。でも、このルートを失くすことになれば、私の未来の世界も存在しなくなります」
(穂乃花、自分を信じて)
「お母さん?いや、ルコラ?」
「穂乃花君、どうしたんだい」
「今名前を呼ばれた気がして。気のせいなのかもしれませんが」
「お母さんということでいいんじゃないか。今日は最後になるか、未来を切り開くかの運命の日だからね」
「いえ、ルコラということにしておきます。未来に帰ってお母さんの墓参りに行く予定なので」
「予定じゃなくて、行くんだ。予定は未定ともいうが大事な予定ならなおさら成し遂げよう、穂乃花さん」
「藤野さん、こんな状況でよく落ち着いていられますね」
「宮前さん、私の足元、見ていただけますか?」
宮前が藤野の足に目をやると両手で足の震えを必死で押さえていた。
「藤野さん、大丈夫ですか?」
「もう何度も世界の滅亡する姿をこの目で見てきました。精神的にもおかしくなっているかもしれません。でも、その度にルコラがその精神バランスを調整してくれました。しかし、審判の討論の場ではその光景が浮かび上がってくるのです。最初のルコに選ばれ、世界を救えていない報いなのかもしれません。だからこそ、この場にいたいんです。最後まで逃げない。これが僕のルコとしての判断です」
「最後ではないですよ。今日をクリアしてもまた何処かで同じような瞬間が来るのかもしれないです。その日は今日じゃないと私は信じます。こんな私にルコラが来てくれた日ですからね」
「そのルコラは希少なルコラだと思います。今まで20歳以上でルコに目覚めた人は確認されていません」
「区長さんは私の無茶ぶりの自己紹介にも物怖じすることなく、淡々と話を聞いてくれた初めての人だからルコラも凄い力を秘めていると思います」
そう言いながら自分のルコラと宮前のルコラの違いを比べようとする穂乃花。
「この子、両目の色が違う」
「オッドアイのルコラさんですか、不思議なタイミングですね」
「両目の色が違うことをオッドアイというんですね」
「それから穂乃花君、会場内の人たちを見てごらん」
「ルコラを乗せている人がちらほら見えます」
「あれはルコラじゃない。ルコラにもなりきれていないルコ、ルコは私か」
「その様ですね。でも、この試練を乗り越えてゆくたびにルコラが生まれ、ルコの覚醒が予測できることになりました」
「ルコラって本当に不思議だなぁ」
ルコである穂乃花の仕事は自然と科学と人間の生活バランスを保つことも一つにある。
でも、それが真実かどうか本当の所は分かっていない。
ルコラ自身が何者であるのか人類にはいまだ解明出来ていない存在であるからだ。
それでもルコラに選ばれた人たちはルコラの心を感じることによって、それも仕事の一つであると感じるようになった。
ただし、ルートラインを繋いでいるものとしか、その交わりは果たすことは出来ない。
ましてやこの記憶はお互いに共有できるものではなく、奇跡や記憶を共有して崇められたり、祭り奉られる神仏両方を含む神の力とも異なるのだ。
しかもルコの力は個々にしか働きを見せないが同時に何人もの悩みを聞き、瞬時に解決できる能力も持ち合わせていることも穂乃花の住む世界でもようやく分かってきたところだった。
「ここにきて会場内でルコラの誕生とルコへの覚醒が起こるとは予想していなかった。残り9の議題を残したまま、今日は止めて置くべきか。私も少し考え違いをしていたようだ。この時代に生きている人間だからこその解答がビザルに通用するとはな」
「田中さん、次へ進めてもいいかね」
「太井首相、少しお待ちください。こうも順調な流れで進まれると私としても考える必要が出てきました」
「一日本人として、私も感動している」
その言葉どおり、太井からビザルの存在は消え、ルコラが肩に乗っていたことにようやく気付いた田中。
「これは一体どういうことだ。いつの間に」
「体中が軽くなったようだ、君は逃げる選択肢しか残されていないようだが、それとも降参するかね」
正気に戻った太井は国会でも見せる身体をのぞかせる姿勢で田中に迫った。
「あの人、操られていたのか」
「清廉潔白の人がいつまでもあの役を続けるのは無理があるしな」
「これ、やっぱり何かのイベントなのかしら」
「イベントにしては石化とはリアルすぎるだろう」
「未来のアトラクションを限定公開してくれていたとか」
「でも、まだ試練の続きがあるんだろう。世界の滅亡が掛かっていたんじゃなかったか?」
「ラスボスなしで終わりでござるか。秋葉のメイドのアイリスさんと付き合うほうが困難を極めるでござるな」
普段は引きこもり真っ只中の河上豪が手ごたえがなさすぎだと言わんばかりに口を滑らせて閉まった。