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(ルートラインコンダクター穂乃花)②


正しくは見えていないと言った方が良いのかもしれない。


「お探しの子はもうこの部屋にはいませんよ。居たとしてもあなた方には見えていないのかもしれませんね。では、私も会場に急ぎますので失礼します」


本当はその部屋に穂乃花はまだ居たが存在しないということを信じた政府関係者の行動を見て、宮前は機転を利かせた。


「さすが本物のタイムトラベラーだな。もうここから何らかの方法で移動してしまったようだ。講演会場となっているかつしかシンフォニーヒルズで急げ」


そういうと捕縛準備すら整えていたと思われるドア向こうの政府関係者と特殊部隊は急いでその場を去っていった。


「どの時代も上に立つ人たちのやろうとする事は変わらないなあ。ご招待って感じではないのは凄く分かってしまいました。講演を聞きに来る人に迷惑かからないといいなあ」


ルラコが反応した。


「その心配はしなくて良いってことかな」


ルラコの首が縦に動く。


「ルラコとの付き合いも長くなったから私ももう驚かないよ。化学でも科学でも作り出すことの出来ない世界をあなたには作り出す事が出来るんだから」


ルラコを手のひらに乗せて、穂乃花が微笑んだ。


葛飾区長はまだ数名残っている政府関係者と会話をしながら穂乃花を待っていた。


その姿を遠目で見つけると、話に切りをつけて、車に乗り込もうとするが思い出したかのようにトイレに向う。


その途中ですれ違いに小声で穂乃花に話しかけた。


「穂乃花さん、私が乗ろうとした車の前で待っていてください」


「分かりました」


穂乃花は自分の存在の見えない政府関係者の横を通り過ぎて、車のドアの前まで来ると区長の帰りを待った。


数分の後に区長は政府関係者に会釈をすると用意した車に乗り込んだ。


車のドアを開け、もう一度政府関係者に会釈した。


ドアが開いているこのタイミングで穂乃花を車に乗せた。


その後も会場までは穂乃花も葛飾区長も終止無言だった。


用意されていた車も国賓の為に国が用意したものだったからだった。


「それでは、失礼致します」


葛飾区長は自動ドアの開くのを確認すると、中に居た運転手と政府関係者に会釈をすると車から降りようとした。


「宮前区長、私達ももちろん同行させていただきますよ。そうでないと、日本国としての顔が立ちません。それに噂の少女も到着している頃なのでしょうからね」


宮前の顔色を窺って、状況の把握をしようとしているこの人物は日本国科学庁長官代理、藤野昌幸。


「あなたに私と同じ世界が見えているのならご同行ください」


意味ありげな宮前の物言いに藤野の顔は浮かないようだ。


「何をおっしゃっているのかは分かりませんが講演会場となっているかつしかシンフォニーヒルズまでの間、すぐ後を歩かせていただきますのでご心配には及びません」


藤野も譲らない、そういう構えのようだ。


「それなら構いませんがなるべく離れませんようにご注意ください」


この会話のタイミングを見計らって、穂乃花は車から降りたのを確認すると宮前もそろそろと言った仕草で車から下車した。


宮前と同じタイミングで下車すると、少し離れた位置で藤野は政府に連絡を入れているようだ。


「宮前区長、そちらでもう暫くお待ちください。今政府内でのこれからの対処について、伺いを立てているところですので」


「分かりました。お待ちします」


宮前のすぐ横には穂乃花が立っていた。


「穂乃花さん、そういうことですのでもう暫くお待ちください」


宮前は聞こえるか聞こえないかというボリュームで独り言のように何かを言っているような不思議な行動に電話中の藤野も気づいたがその後特に可笑しな様子もなく、これから先のスケジュールを思案しながら口に出した言葉だろうと勘違いしてくれたようだ。


数分の後、連絡を終えた藤野が宮前区長に駆け寄ってきた。


「私の役目はここまでのようです。本日の仕事は午後から休暇を取ることにしました」


「そうですか。ご苦労さまでした。それでは私はこれから講演の準備がありますので失礼致します」


「いえいえ、私も同行させてもらいますよ」


そのタイミングで国賓専用の車はその場から立ち去っていった。


藤野はその様子をしっかりと確認すると、穂乃花の存在が見えているようにゆっくりと近づいてきた。


「藤野さん、お久しぶりです」


「神崎君も変わらないね」


「長官殿とご一緒できるなら私もますます力が入ります」


「藤野代理、これは一体どういうことでしょうか?」


宮前は1人驚きを隠せない内心を隠しながらもなるべく冷静を装う表情のまま、言葉を口にしていた。


「宮前さん、私の肩の上に何が見えますか?」


先ほどまでは気付かなかったが宮前の目に映るものは穂乃花と同じルコラと呼ばれるもののようだ。


「あなたもルコという存在でしたか」


「はい、世界中で一番最初のルコラに選ばれた人間です」


「区長さん、藤野さんはルコの中でも伝説級の人なんですよ」


「神崎くん、話は会場の中に入ってからだ。まだ政府の見張りがいないとも限らない。ルコラが私達の傍に居る限り、盗聴その他は妨害できるがここの防犯カメラまで映像が途切れてしまっては怪しまれるのでね」


「長官、すいません」


「では、行きましょうか、藤野さん」


宮前のとっさの判断でやや遠くに設置されている防犯カメラからは藤野と二人で会話しているようにしか見えなかったようだ。


「それでは私は失礼させていただきます」


「分かりました」


お互いに会釈を交わし、宮前は会場へ、藤野は郊外へと消えていく姿が防犯カメラには映し出された。


その後藤野はルコラの力を借りて、この時代の人間には見えない姿となって、会場入りした。


先に会場入りしていた宮前もその事を穂乃花の件で理解していたようで不思議がる様子も見せなかった。


しかし、宮前には気に掛かることが一つだけ残っていた。


「穂乃花さん、一つだけよろしいかな」


「はい、私にお答えできることでしたら」


「先ほどの政府関係者には見えなくて、どうして私、じゃないな、葛飾区や会場に来られている人にはあなたの姿が見えるのか教えていただきたい」


「ここに来られている方はルコラの存在を信じることが出来る人たちなんです。呼びかけで会場に来られた人はほとんどの方が葛飾区在住の方だとは思いますがそれ以外の人や外国の方もおられますよ」


それを聞いて会場全体を見渡してみると、地元に住んでいる宮前のよく知っている顔からたまに見かけたことのある顔が大半をしめていたが中には観光客と思われる日本人や外国人の姿もちらほら見えた。


「しかし、神崎君が葛飾区でこの時代に講演をすることになるとは私も鼻が高いよ」


「私もです。人類の年号で考えると人類最初のルートラインコンダクターの初仕事になるので私も緊張しています」


「資料の方はしっかりと用意してあるようだから私は心配していないがもしもの時の心構えもしておくようにね」


少し強い口調で藤野が注意を促した。


「はい」


穂乃花の元気のいい返事に藤野から笑みが零れる。


「それで講演の方なのですがこちらから本当にお手伝いすることはないのでしょうか?」


「はい」


「神崎君の晴れ舞台になりますので区長もそろそろ席にお座りになってください」


「そういうことでしたら私も自分の席に移動させていただきます」


そう言うと宮前も穂乃花と藤野から少し離れた区長席に座った。


しばらくして、会場の照明が消され、暗闇の中で浮かび上がる1人の少女の姿に会場が歓声とざわめきに包まれた。


「本日はルコラとともに私が愛してやまない葛飾についてのお話を映像を交えながら進めて行きたいとおもいます。それから本日の講演につきましては会場外での口外は出来ません。この会場に居る皆様同士であってもルコラの能力で阻まれてしまいます。しかし、一人一人の記憶の中からは消えることはありません。これから起こる事も不思議な体験になるかもしれませんが最後までよろしくお願いします」


申し訳さなそうに話す穂乃花とは裏腹に会場内が再びざわめきだす。


「葛飾区長の宮前です。私も長い間生きていて、初めての経験です。正直いろいろと理解出来ない状態のままこの会場に来ていまして、今も頭の中は混乱しているままであります。しかし、私はこの会場に来て、改めて穂乃花さんの講演を聞きたいと思いました。その理由はまだ分かりません。ここにいる皆さんも私もルコラという存在に選ばれた人間だということが現状で分かっていることであります。不安と心配で心許ない状況ではありますがせっかく招待されたのですから本日の出来事を皆さんも私も少しでも楽しむことの出来るような講演であることを今は望んでおります。そして、今日この日この体験がアメージングな経験になるのではとも思っております。」


普段、硬いイメージのある区長の宮前から出たアメージングという言葉に会場から爆笑と拍手が聞こえてきた。


「うちの区長さん、ああいう事も言える人だったんだね」


「アメージングな経験、アメージングな経験、やばい、まだ笑いが止まらない」


「ひょっとするとここの会場にいる人間は選ばれた戦士、いや勇者なのか」


「穂乃花さん、可愛いし、許す。寧ろ、許す」


「お前、何言ってるんだ?いや、俺も許すけど」


「パパ、人がお空を飛んでるよ」


「そうだね、確かにアメージングな状況だ。パパも人が空を飛んでいるなんて光景は初めて見たよ」


「ママにも見せたかったね」


「ママも来てるはずなんだけど。あっ、あそこにいたね」


「ママ、ここだよ」


「少し席は離れてしまったけど、ここにいるわよ」


「あの、私が席を替わりましょう。あの女性の方でいいんですね」


「いえ、お手数ですから」


「いいんです。せっかく家族で来られているんですから、待っててくださいね」


年配の女性が席を立つと、暫くして、その高齢の女性に何度も頭を下げた後でこちらに真奈の母親がやってきた。


「ご迷惑でしょうと言ったんだけど、家族は一緒の方がいいと言われて。申し訳ないので何本か持ってきていたお茶を2本ほど、差し上げておきました」


「ママも揃った」


父親と母親の手を両方の手で強く握り、真奈は満面の笑みを浮かべた。


夫婦は二人揃って、遠目から年配の女性に頭を下げた。


「そういえば、珍しく今日は飲み物持参可能な講演だったような気が」


真奈の母親が渡したペットボトルのお茶を見て、その通路にいた寿人がしまったという顔をした。


その会話に会場のあちこちでその話題があふれ出した。


「座席の下にペットボトルのお茶を各席2本づつですが用意してありますのでお飲みください。余ったものはお持ち帰りいただいて結構です」


藤野の言葉が会場に響く。


「私の教え子たちに用意させていました」


「なるほど、すべて知っていて、用意してくださっていたんですね、あなたは」


穂乃花の準備が終わると、藤野も長官として区長席の横に座っていた。


「それでは、会場全体に画像を映します。ルコラお願い」


ルコラが頷くと、暗闇だった会場の上部に葛飾区内のいろいろな場面が映し出される。


それは今の時代のものだけでなく、さまざまな時代のものがあるようだ。


「あれは水元小合溜水質浄化センターじゃないか。水元かわせみの里でボランティアをしたことがあるけどあの場所はぼけーっとしてるだけで凄く気持ちが落ち着くんだよな。少しだけと昼寝しようと思ったら夕方だったこともあったな」


落ち着いた印象のスーツ姿の男性の口から出た言葉だった。


「山口誠一さん、45歳。自然をこよなく愛するロマンチストですね」


穂乃花は何かを感じ取りながら、サラリーマンの日常を読み取っているようだ。


「何故、私のことが分かるんだ」


やや照れながら山口は穂乃花に質問した。


「ルコのお仕事の一つです。しかし、この所、随分と悩まれているようですね。どちらもあなた自身の道なので悩まず、進んでください。それから水元にお出かけになったらまた自然にそっと話しかけてみてください。きっと今悩まれている道の答えを導いてくれます」


「何のことを言っているのか、分かりかねる」


誠一はさっきまでの穏やかな表情とは一変し、身構えるように言葉を発した。


「お仕事と言ったら良いのでしょうか?山口さんの思い描く生き方の方向に進んでもらえたらルコとして私も嬉しいです。でも、選ぶのは山口さんですので私からはここまでということで」


「あなたには私の事が見えているのか」


穂乃花の会話の区切り方に誠一は戸惑っている。


「見えているというよりもルコラを通して、映像が浮かんでくるんです」


「君は不思議な人だ。隠していてもしょうがないということか」


何かを納得したような表情になった誠一。


藤野の声が聞こえてきた。


「あなたはきっと何かを成し遂げる人です。人生遅い早いもありません。私も政府関係の仕事には就いていますがその前に1人の人間でしかありません。しかし、人生の選択は自分にしか出来ないと思っています」


「しかし、私の場合、独身ではない。当たり前のことだが自分の前に家族のことを考えなければならない。その事を思うとずっと踏み出せないでいる。この所、妻はそういう私に気付かれてしまったようで何かあったの?と毎日のように聞いてくるようになった。そういう顔をしていたのだと思う。今日も営業の仕事をさぼり、目的もなくこの街を彷徨ってはどこかの駅に辿り着くと次の電車に乗る気持ちにもなれずにまた彷徨っていたところでこの講演の案内の声が聞こえてきた。不思議なのは公演時間の案内もなく、最初は自分だけに聞こえる空耳かとも思ったが近くで聞こえている人も見えたので興味本位も重なり、来てしまった」


誠一はこれからの事についての確信には触れずに、気付けば、ここ最近の自分の事を話していた。


「おっさん、ぐずぐず思っているより覚悟を決めて、一度話してみるべきだろ。相談せずにそんな顔を毎日見せていたら、家族全員を心配させていると思うけどな」


言葉遣いは悪いが的を得ている発言をしたのは東京都立南葛飾高等学校に通う高校1年の渡邊翼だ。


「私にも君と同じくらいの息子が居て、再来年には大学受験を控えている。そう簡単に割り切れる話でもないんだ」


立ち止まりぐずぐずしている感じが翼には我慢できなかった。


「話を聞いているとやろうとしていることは違ってるんだろうけど、俺も同じような立場なのかと思った。家族には迷惑を掛けていると思うけど逃げようとも思わない」


「君と私では年齢も立場も違うだろう。しかも、息子が何かをやりたいと言い出したら出来る限り応援してやるのが親だと私も思っている。君はご両親に恵まれたんだね」


「そうじゃない。おっさん、最後の言葉にはどう答えるんだよ。いつまで逃げている気だよ」


翼の言葉に誠一が口を閉じて黙ったままだ。


その沈黙の間にさまざまな意見が飛び交う。


「お前みたいな若造に父親の何が分かる」


「家族を守るということは逃げているわけじゃないだろう」


「両親に好き勝手させてもらってる立場で偉そうな口を利くな」


「人の人生に何かを言える立場か」


「心配掛けていると思っているなら、とりあえず奥さんに話をしてみたら」


「家族に相談してみればいいアイデアが浮かぶかもしれないね」


その声に混じり、翼に関する声が飛んだ。


「お前、オリンピック候補の坊主じゃないのか?」


会場の誰かの言葉にざわざわとした雰囲気になり始めた。


「よく見れば確かに陸上100M日本代表候補、渡邊翼じゃないか」


「本物なのか」


「確かにあの顔はTVで見たことのある顔だ」


「今年の春の競技会で故障して今は調整中とか言っていたような」


「ただの坊主じゃなかったんだな。こりゃ、すまんすまん」


「これが未来の日本の陸上を支える人間か」


翼の素性が割れると会場の声は渡邊翼という日本代表候補の応援と声援に変わり始めた。


「もうやめてくれ!嬉しいけどその声に応えられるか自分でも分からないんだ」


翼の悲痛な叫びとも取れるその言葉に会場はまた沈黙した。


「実は春の大会での故障は選手生命に響く怪我です。家族や仲間や病院の先生に助けてもらいながら今リハビリの最中で復帰できるかどうかなんて俺が一番知りたい。復帰できたとしても、同じような記録を出せる走りを出来るかどうかなんて分からない。それでもうちの家族はそんな俺を」


そこまでいうと、翼はあふれ出てくる涙に声が言葉にならなくなった。


「すまない。渡邊翼君。私と君の事を比べるということ自体、私の逃げ言葉だったのかもしれない。こんな所でオリンピック代表候補の若者に出会えたのも偶然ではなく出会うべくして出会えた縁だと私も信じることにした。しかし、そういう考え方も駄目なのかもしれないね。悩んでいるだけじゃ一歩も踏み出せないということはここに来ている会場の方の色々な意見を聞きながら自分を振り返ってみたがよく分かった。君の今の状況に比べれば私の悩みなどほんの小さなことに過ぎないということに気付かされたよ。心配を掛けている家族に自分の今の気持ちを伝える。理解されるか、されないかじゃなく、家族とはそういう存在なんだということをようやく思い出した。本当にありがとう」


パリっとしたスーツを着た背中を真っ直ぐに伸ばし、深々と頭を下げ、ゆっくりと丁寧な礼をした。


「こちらこそ、すいません」


会場内の翼と誠一の席は離れてはいたが翼も誠一の方に頭を下げた。


会場内の人間は翼の存在に気付いてから言葉づかいがインタビューの時のような口調に変化していたがその声とはまた少し違った柔らかく暖かな気持ちのこもった言葉だと誠一には伝わった。


会場の空気の変化を穂乃花も感じていた。


そして、藤野もどこかホッとした顔をしていた。


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