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RLC

「初めまして、私の名前は神崎穂乃花かみのざきほのかと言います」


葛飾区長である宮前の前に突然現れたのはこの辺りでは見慣れない学生服に身を包んだ女子高生だった。


「どうやってこの場所へ入り込んだのかな、お嬢さん」


穂乃花の突然の登場と自己紹介にも動じず、質問を投げかけているのは葛飾区長の宮前耕太郎。


優しい笑みを浮かべながら不思議な雰囲気のある少女に問いかけた。


「日本国東京都葛飾区内でルートラインコンダクターという役職についています」


しかし、その少女は宮前の問いかけには答えず、淡々と話そうとしている。


自己紹介の続きがまだ終わっていないようだ。


「ルートラインコンダクター、聞いた事のないお仕事だね」


やまなくこの状況を冷静に分析しようという事も考えて宮前は穂乃花の自己紹介を最後まで聞くことにした。


「実を言いますと1世紀よりももっと過去の世界ではもっと驚かれたんですが、この時代のお偉いさんは驚かれないんですね。さすがルコラが初めて登場した時代です」


穂乃花は関心しながらうんうんと独り言を呪文のように繰り返し、納得しているようだが宮前には穂乃花が何を言っているのか全く理解出来ない様子だ。


「お嬢さん、すまないがルートラインコンダクターとはどんなお仕事なのかな」


怪しい人物ではなさそうで、襲われる心配もないという状況であると判断した上で宮前は謎の少女の話を聞くことにしようと改めて思った。


「ルートラインコンダクターは通称ルコというのですが私達の世界では地球上に100人しか現在までにその存在が確認されていない稀な能力の持ち主のことを言います。私が生きている時代は2117年です。この時代から100年後の東京都葛飾区から来ました。東京都葛飾区生まれの生粋の江戸っ子、神崎穂乃花、17歳です。小学2年生の時、突然ルコの能力に目覚めました。目覚めたというよりも朝起きたらこの子が傍にいたのですが」


穂乃花は肩に乗っているふんわりとした熊と猫を合わせたぬいぐるみのような生き物の頭を撫でながら説明している。


「それはAI機能のある未来のぬいぐみのような物なのかな?」


話している内容を聞けば聞くほど、宮前の中で多くの疑問が生まれ始めていた。


「私にも分かりません。世界中でこの子の研究が進んでいるところなんですが私達の時代でも全てが謎に包まれているままなんです。でも、ぬいぐるみではなくて、生きています。神様のような存在ではないかということで私達の時代の学者さんの間では意見が落ち着いているみたいです」


ルコラの機嫌を取りながら穂乃花が答えた。


「君のいる時代は私の生きている時代の100年先にあたると言ったね。そう考えると科学も医学もかなりの進歩をしていると思うのだが全く解明されていないということはどう理解すればいいのかな?」


宮前の言うことに穂乃花は少し悲しい顔を見せた。


「私は今、葛飾区青戸にある普通科高校に通いながら葛飾区の地域文化歴史課にも所属しています。ルートラインコンダクターとは自分のイメージの中に見える歴史のルートラインに沿って、タイムスリップのような体験を出来る能力を持つ人間を私達の世界ではそう呼ぶのですがルコの方が言いやすいし、覚えやすいと思います。特異稀な能力なので歴史で勉強したこの時代だといろいろな組織や人間、はたまた政府の秘密特務機関とか、あと宇宙人にもさらわれる可能性や命を狙われたりするかもしれないのでは?と思われるかもしれませんが私達の時代には世界の陸地のほぼ2/3が水没しています。自然災害を受けた後の世界で生き残っているといった方が正しいかもしれません。領土の残されなかった国は近隣国に国籍を移し、領土の残された国も近海の埋め立てを進めながら陸地を増やして元の領土に戻そうと頑張っているのが現状です。私の両親も兄弟もその災害の最中、私が小学1年の時に洪水被害に巻き込まれて死んでしまいました」


穂乃花は自分の生い立ちまでを宮前に説明した。


「お嬢さんの生い立ちと家族の不幸の身の上話まで聞いてしまった後で申し訳ないと思うんだが今のこの状況とお嬢さんの未来の話をまだ信じられない。正直に言ってしまえば信じられないというよりは自分自身の身に起きているこの状況にも頭が追いついていないと言った表現の方が正しいのかもしれんな」


宮前も今感じている素直な気持ちを正確に穂乃花に伝えた。


「その気持ちも分かります。ただこちらの方も時間制限と事情がありまして、長々と滞在出来ないので人として大事なコミュニケーションに時間を割けないので毎回こういう登場と自己紹介になってしまってます。自分でも駄目だなとは思っているんですけど。今の所この方法以外に良い方法を思いつかないので失礼に当たるとは思いましたがそういう状況に陥るのは当然のことだと思います」


穂乃花も精一杯の自分の気持ちを宮前に話した。


「でも、今私が話した未来の世界を変えるために今日私がここを訪れたわけではありません。自然災害は人間では防ぎきれない事なので」


重要な点だよねと穂乃花は付け加えた。


「先ほどまでの話を聞いただけでも十分すぎるほど驚いているのだが未来を変えるわけでもないと聞くとなおさらお嬢さんがこの時代に来て、私達の前で講演する理由を聞かねばならない」


宮前は真っ直ぐな強い視線を穂乃花に向けた。


「そうですよね。そう思いますよね」


そういうと会話の間を少し空ける。


ふぅーと大きな深呼吸をした後で穂乃花は再び話し始めた。


「私は私の中に刻まれている歴史のルートラインに沿って、私が住んでいるこの時代の葛飾区の人たちに会いに来ました。もう区長さんもお気づきなのかもしれませんがすべての人に私の存在が見えているわけではありません。見えていないということはすべての人とお話することも不可能です。その秘密は今はお話しできませんが講演が終わる頃には分かります。それから私の肩に乗っているのはルコの力を与えてくれる存在のルコラといいます。この子がいないと、私はルコの力を使うことが出来ません。そして、ルートラインコンダクターの前にこの子がルコラと呼ばれたために私達はその能力に選ばれた人間ということでルコと省略されました。不思議なことにルコラにはさまざまな表情と感情があり、意志を表現する為に首を縦と横に動かしたりすることはあります。しかし、この外見から考えると、吼えたり、声を出したりしそうな感じもするのですが、言葉を喋ったり、鳴いたり、吼えたりするなどの行動はまだどのルコラからも確認されていません。私はこのルコラに導かれて、今日ここに来ました」


穂乃花は学生なりに精一杯の説明をしてはみたがちゃんと伝わったかな?という顔をしている。


「何となくだがルコラ君に導かれて来たということだね。しかし、講演が終わるまでは仕事の詳細は明かせないとはどういうことだろう。君みたいな年齢の子がまさかとは思うが洗脳などの力を持っているとは思えん。この時代の日本国葛飾区に何か変化を与えようとしている感じもしないが私はどう判断するべきなのか、まだ悩んでいる」


宮前なりに状況を把握して出した答えがこの質問だ。


「先ほども言いましたがこの子の存在自身が神様のようなものなのでそういう力があれば逆にこの時代にもっと長く滞在出来るとも思うんですがそれも出来ません。もし私にそういう力があるんだったら区長さんじゃなくて、世界中のお偉いさん方を洗脳していきますよ、私利私欲に塗れたい裏ラスボスになりそうですが」


ムッとした顔をするわけでもなく、ルコラの頭を撫でながら、冷静とした口調で穂乃花は答えた。


ルコラの表情も特に変わりなく、宮前には無表情に見えた。


「その件に関しては言われて見ればお嬢さんの言うとおりだ」


宮前は苦笑いを浮かべた。


「それから私のことは穂乃花でいいです。お嬢さんというのはどうもしっくりこなくて。穂乃花でお願いします」


穂乃花は少し照れた表情を見せた。


「これはこれは申し訳ないことをした。自己紹介でお名前を聞いておいて、いつまでもお嬢さんお嬢さんと言われるのも嫌だったようだね。これからは穂乃花さんと呼ばせていただこう。それからこのマイクで呼びかけると葛飾区すべてに声の呼びかけが聞こえるようになっている。普段は緊急災害用に区長室にもおいてあるのだが穂乃花さんの力だと講演を聞きに来る人間はそれほどは多くないようだし、穂乃花さんのこえをが聞こえる人間も選ばれた人だけのようだからこれを使いなさい」


そういうと宮前は災害連絡用のマイクの使い方と自分の席を穂乃花に座らせた。


しかし、穂乃花は立ち上がると、まっすぐに背中を伸ばして、宮前に一礼し、再び着席した。


「ありがとうございます。それでは使わせていただきます」


そういうと穂乃花はマイクにスイッチをONにした。


マイクの音量を上げる前にちょっと待っててねと言うと、ルコラの頭をそっと撫でた。


「この声が聞こえておられる皆様、おはようございます。神崎穂乃花といいます。本日は私が体験してきた葛飾区の歴史ルートラインについて私の言葉でお話したいと思いますのでご興味のある方はぜひかつしかシンフォニーヒルズにお越しください。なお、本日限りの講演になりますのでよろしくお願いします。私についてのご質問時間も設けさせていただいていますのでお話できる範囲のことにはすべてのことにお答えさせていただきます。ルコラと一緒に楽しみにお待ちしております」


詳しい説明もなく淡々と講演の内容のみを話したようだ。


「穂乃花さん、公演時間も詳しい詳細も案内していないようだが本当にそれだけでいいのかい」


宮前はこの状況に少し慣れてきたようだ。


「はい、これで大丈夫です。それから区長さん、日本の政府にも連絡されてしまったようですが心配する必要はありません。なるようになりますから安心してください」


一仕事終えた後のように穂乃花は両方の腕をクルクルと前後に回して、身体を解した。


宮前は穂乃花のその行動を自然と見守っていた。


「区長という役職は区民の生活と安全を守ることが第一だと私は思っている。その他にも多くの選択と責任をおわなければ行けない立場の仕事だ。しかし、未来では高校生の君が学業だけでなく、国の仕事にも従事している。未来はどんな光景なのか、穂乃花さんを見ていると一度行って見たい気持ちになってきた」


宮前の緊張感もなくなってきているようだ。


「大人の人達は領土復興に勤しんでます。男性の方は工事等に女性の方は雑務等に忙しくしています」


「詳しく聞いてはいけない話のようだね」


「そういうわけではないですけどそういう状況なのでお話できることはあまりないといった方が正しいかもしれません」


「穂乃花さんの顔から受け取れたのはそういう事情だったんだね」


「はい」


宮前は区長室に置かれている大きな掛け時計の時間に目をやった。


「そろそろ会場に向う時間が近づいてきてるね」


時間指定のない講演時間のはずが自分で発した言葉の違和感を不思議に思っていない宮前。


「それでは改めて、宮前耕太郎区長さん、今日はよろしくお願いします」


「こちらこそ、神崎穂乃花さん、今日はよろしくお願いします」


お互いに礼を交わすと、宮前の方から両手を差し出して、握手も交わした。


区長室の外では腕時計の針に何度も目をやりながら、片手に持つハンカチで何度も額の汗を拭っている男性がいる。


「神崎さん、そろそろ会場へ向われる準備をお願いします」


姿は見えないがドア向こうのノックの音と一緒に穂乃花を呼ぶ声が聞こえた。


「分かりました」


はっきりとした口調で穂乃花がその声に返事をした。


「しかし、本当によろしいのですか?日本の首相自らの招待をお断りして、わたしたちの為に講演をされるとは」


少し戸惑い気味な表情をしているのは葛飾区長としての宮前だった。


「はい、私もこの時代の首相にお会いしてみたいんですがルコにイメージできないラインなので葛飾区以外では私は存在しないのと同じです。それに私を見える人が何人いるのかも分かりません」


残念そうな顔で穂乃花が言った。


「では、首相自ら来て頂くというのはどうでしょうか?」


首相を何とか葛飾区に招き、話題づくりにしようと、穂乃花に聞きかえす区長としての宮前。


「すいません。それからもう一つ。私はこの時代の映像機器にも存在しない扱いなので記録なども一切とれませんのでご注意ください」


申し訳なさそうな顔を見せる穂乃花。


「タイムマシーンに乗ってやってくる未来人のイメージとは違い、制限が多いんだね」


「そうなんですよ。それにどうして私がルコとルコラに選ばれたのかもまだ分かっていないので制限や能力についてもまだまだ不明な点が多いんです」


「しかし、この時代から100年後と考えると科学的技術の進歩は凄いのかな?」


「それが人口の減少と海水面の上昇でそれどころではないんです。私達の時代には環境改善の研究が重要な分野の大半を占めています」

「この時代でも海水面の上昇は刻一刻と迫ってきているというようなニュースは話題になっているのだが結局未来もそういう風になってしまうんだね」


「そうとも限りません。でも、私が生まれて、私が住んでいる世界ではそうなってしまいましたが区長さんの存在しているこの世界が同じような未来を迎えてしまうのかは私には分かりません」

「私はもう歳だが、孫やひ孫の世代にそうならないことを願うしかない。人同士、国同士の争いも出来れば起きてほしくはないが自然災害の力には逃げることは出来ても、それ以上の対処は出来ないということを身に染みて経験したからね」


近年の自然災害は葛飾区内でも多くの被害をもたらしていることを宮前も痛感していた。


「私もそう思います」


穂乃花は何かを話そうとしたがハッと気付いた顔をすると多くを語らずと言った目をして区長に視線をやった。


「それではそろそろ行きましょうか、穂乃花さん」


今度は自身の腕時計で時間を確認すると宮前は区長室のドアの施錠に手をやった。


「はい。本日限定ですがお世話になります、葛飾区長さん」


「こちらこそ、今日はどんなお話が聞けるのか、楽しみにしてますよ」


待っていたかのように鍵の開錠とともにドアを開ける政府関係者。


しかし、そこには宮前葛飾区長の姿しかなかった。


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