帰宅
これが空気を読むって事なんですよ。わかりますか? なずなさん。
「お、お兄ちゃん! 買うの? ーー流石よもぎのお兄ちゃん! 目の付け所がシャープなの!」
息を吹き返したか……でもこれでよかったのか? なんかうざいんだけど……これは買うけどね気になるから。
「褒めてもなんも出ねーぞ!」
「何もいらない。お兄ちゃんさえいればいいの」
あざとすぎんだよ! そんなんじゃ俺の心には響かねぇな。
「はい、はい。ーーじゃあ、買ってくるわ」
「待って。私も買う」
なずなもライトノベルを手に取った。
「ーーやっぱり! なずなも気になってたのん。仲間なのん。仲間」
何がやっぱりなんだよ。絶対思ってなかったろ。さっきまで意気消沈だったくせによ。それにしてもすごい嬉しそうだ。
「どうしたんだよ。お前こんなの読まないだろ」
なずなさんどうしちゃったの? 空気読めとか言ったからかな? 心の声聞かれてた? いやいやそれはないな。だとしたら普通に面白そうだったからとか、そんな感じかもしれないな。
「ーー別に、読むよ。このくらい」ぎんを見る。
「なずなは読むよ。このくらい」よもぎはなずなに続いた。
あのちっさいの誰なんだよ。なんでわかるんだよ。親友なの? いつからだ? なー、いつからなんだ? お兄ちゃんに教えなさい。
「そっかあ、読むんだ。てかよもぎ、お前が何を知ってんだよ」
「全てなのん!」
頼む。その親指をしまってくれ。じゃないとぶん殴ってしまいそうだ。
「そんじゃ買う前に他ももう少し見ようぜ」
なずなに投げかけた。
「そうね」頷く。
二人は歩きだした。
「スルーするとかお兄ちゃん。鬼畜ーーー!」
よもぎは顔をしかめながら付いて来た。
一通り回り終えた。昔とはえらく変わっていたがなかなか面白かった。終始なずなは「ふーん」「へー」みたいな感じだったけど、つまらなそうではなかったと思いたい。
よもぎは終始ハイテンションでうろちょろしまくっていた。各々会計を済ませたのはいいが、よもぎがアホみたいに買うもんだから待たされるハメになって帰りがかなり大変だった。
そんな事よりどんだけ金持ってんだよ。なら奢らせるなよ。とマジで思った。俺は今月大ピンチ!
家に着くなりよもぎは自分の部屋に篭った。飯はいいのかよって聞いたら「いらなーい」とか言ってきた。てか何聞いてんだよ俺。これじゃあいつが本当の妹みたいじゃねーか……。昨日の今日で普通にあいつと接してる。自分がなんだか嫌いになりそうだ。今日はすぐ寝よう。
× × ×
よもぎは部屋で今日買った物を広げ、その中央でラノベを読んでいた。
「いっひひひ」笑いながらチラッと時計を見た。
「もう一時……」
楽しい事をしていると時が流れるのが早いのじゃ。それにしても今日は危なかった。まさかあんな伏兵が居たなんて気付かなかったのじゃ。なんとか洗脳が間に合ってよかったのじゃ。今後は気を付けないと。それにしても、ぎんに洗脳が効かないのは何故なのか……これはこれで面白いからいいのじゃ。
妹なんだからもうそろそろぎんを構ってやるのじゃ。いざ夜這いに! じゃなくて、いざ出陣じゃ!
ゆっくり扉を開けこそこそとぎんの部屋の前まで行くと、電気は消されており音もしない。寝ているのだろう。
「やっちゃうぞー。いひ」
小悪魔のような笑みを浮かべるとゆっくりと扉を開けた。ぎんは寝ているようだ。気付かれないようにひたひたと歩み寄り、布団の上にダイブした。
「ガオーーーーーーッ」
「ぶはっ! なっ、なんだ!」
ドッキリ大成功じゃ! このまま夜這いじゃ!
「ガオーーーーーーッ」
どこかにロンギヌスの槍があるはずなのじゃが。
「いって! なになに! なんなの?」
ぎんは何が起きたのかまだ理解してないようだ。かなり動揺している。
「みっけたー!」
ベットで激しい攻防戦が繰り広げられる。
「その声はよもぎだな! お、おい! どこ触ってんだ。ちょ、よもぎてめぇー!」
ぎんは命からがらなんとかよもぎから逃げると電気をつけた。
よもぎは「ちっ」と舌打ちをする。
「おい! 急に何しやがる。死ぬかと思ったじゃねーか! てかどこ触ってんだこら」
ぎんは眩しいのか目のあたりを抑えている。何故かあそこも抑えている。
「いやー、イベントだよ。イベント! 妹ならあるよね。そういうの」
後ちょっとでぎんを昇天させられたのに。残念なのじゃ。
「いや、ねーから。そんなの絶対ねーから。妹いない俺でもそのくらいわかるわ」
「妹はここにいるのん!」
「はいはい。わかったから、もう自分の部屋に戻れ」呆れた顔で言った。
「ーー次。同じ事したら吊るすぞ」よもぎを睨みつけた。
吊るすなんてぎんはそっちの趣味があったとは意外だったのじゃ。だけど妹だからそのくらいは我慢するのじゃ。
「お兄ちゃん。早く吊るして」
照れながら上目遣いであざとく言った。
「うるせーよ。馬鹿! 頭沸いてんのか? ーーああ、何も言うな。知ってた」
ぎんは頭を抱えてため息をついた。
あれー? 可笑しいのじゃ。アニメや漫画やラノベで研究したはずなのに……わかったのじゃ。グイグイ行き過ぎたんじゃ。もっと俺妹みたいにツンツン行くのじゃ。
「なに言ってんの? マジでうざいんですけど? 死んでくんない? てか死ね!」
よもぎが汚物を見るような目で吐き捨てた。
急に別人になった。よもぎを見てぎんはたじろぐ。
「えっ? 急にどうしたのかな? よもぎちゃん?」
「は? 勝手に名前とか呼ぶなっつーの。マジきもいですけど。死んでくんない」
これは効果絶大な気がするのじゃ! ぎんはドMだったんじゃな。そう考えたら俄然乗ってきたのじゃ。
「あっ。……なんかごめん。ーーでも死ねとかは流石に酷くない?」
よもぎの目付きや態度に、ぎんはかなり腰が低くなっている。
「何謝ってんの? そんなんで許すわけないじゃん! マジできもい。全然酷くないし、本当の事言ってるだけだし、許して欲しかったら足ぐらい舐めなさいよ!」
我ながら迫真の演技なのじゃ。妹最高なのじゃ。
「別に許してもらいたい訳じゃないと言うか……そもそも俺は悪くないと、思ったりもして……」
ぎんはよもぎから目をそらしながらブツブツと言った。
「聞こえてるんだけど! 何? 私が悪いって言うの?」
ぎんを睨みつける。
「いやー。そんな事もあるような、ないような」
「うじうじしてて、マジできもい」
冷たい目で、さらに睨みつける。
「てめぇー、いい加減にしろよ。下手に出てりゃいい気になりやがって!」
我慢の限界なのかぎんは一歩踏み出す。眉根に皺を寄せて強い口調で言い放つ。
「は? 逆ギレ? マジできもすぎ、死ねば!」
これって着地地点がわからない……どうしたらいいのじゃ……閃いた! これならいける気がするのじゃ。
「別にキレてねーよ。理不尽すぎんだろ。勝手に起こしたのはそっちだろ」
「ーーご、ごめんねお兄ちゃん。よもぎはただ……お兄ちゃんに構って欲しかっただけなの……」
よもぎは身体を震わせ潤んだ瞳で上目遣いをした。
これがよもぎの必殺技! 泣き落としなのじゃ!
「お、おい急にどうした。泣くなって、別に怒ってないしな、遊びたいなら今日じゃなくて、明日な? それでいいだろ」
なんだこいつ、みたいな顔をしながらも慰めてくれた。
「う、うん、わかった」目をこすった後、ぎんに向かって満面の笑みで言った。
「お兄ちゃん。大好き」
「お、おう。そんじゃ今日はもう寝ろ」
恥ずかしかったのかそっぽを向いていた。
ぎんにはこれが一番効く事がわかったのじゃ、これからも重宝するのじゃ。
「わかったのん。お兄ちゃん。おやすみなさい」
ぎんの部屋を後にした。
にひひ、ちょろすぎなのじゃ。このよもぎちゃんに掛かればなんでも思いのまま。それにしてもやっぱり妹は楽しいのじゃ。そういえば、明日遊んでくれるとか言ってたのじゃ。やりたい事がありすぎて悩む。うーーーん。今日は、オールナイトでパリィーしながら考える事に決めたのじゃ。