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土曜日という至福の日④


 自身に満ち溢れるぎんは先にコートに入ると、ステップを踏みながら素振りを始めた。暫くして、靴を履き終えたよもぎがコートへと入ってきた。既にぎんは準備万端なので、よもぎの準備が整ってからジャンケンをした。サーブはぎんからとなった。


 言わずもがな、今までの戦績は0対2だ。ただそんなのは関係ない。ここから、始める。一から……いいえ、ゼロから!


 0対0で試合は始まった。


 ぎんの顔は真剣そのもの。気合を入れ言い放つ。


「いくぜ!」


「いつでもいいの」


 よもぎの返事を聞き、ぎんは球をコンコンとテーブルについた後、プロを彷彿とさせる構えで、サーブを解き放つ。凄まじいサイドスピンがかかった球はよもぎのコートへと吸い込まれる。あまりのキレに、よもぎの反応は遅れる。そして、ワンピースが気になるのか、裾を抑えた。辛うじてラケットに当てたものの、球は無情にもテーブルの外へと落ちた。それを見てぎんは吠えた。


「さーっ!」


「なかなかやるみたいなの」


「ここからだぜ」


 1対0。


 同じような形で、ぎんがサーブゲームをキープする。


 2対0。


 サーブ権はよもぎへと渡る。よもぎは、ぎんとは違うフォームでサーブを解き放つ。それを丁寧にブロックするぎん。よもぎは透かさず攻めに転じる。ぎんのコートの左端にドライブ回転を強くかけた球を放つと、スカートがふわっと浮くのでよもぎは手で押さえる。ぎんはその球をまたブロック。まだ形成はよもぎの方が有利。また同じところを狙う。それも華麗に返す。よもぎはあえてまた同じところを狙った。ぎんは少し体勢を崩したが返す。

 よもぎは、不敵な笑みを浮かべる。オープンコートになった逆側を狙うと視線から察知したぎんは、右側をカバーする。だが、よもぎの球は無情にもぎんの向かった逆へとバウンドした。後ろでシュルシュルと音を立てる。ぎんが振り向くと、後ろのネットに当たった球が地面へと落ちた。


 よもぎはキリッとした目つきで言い放つ。


「まだまだだね」


「視線でフェイクを入れるなんてやるじゃねーか」


「これくらいのことは造作もないの」


「ふっ。面白くなってきやがった」


 2対1。


 二人の視線が混ざり合い火花が散る。身体からは凄まじいオーラを放つ。熱く燃える魂のぶつかり合い、これが本当の勝負。


 試合は徐々に進み。ついに、ぎんのマッチポイント。


 セット2対2。ポイント10対9。


 やっと勝てる。やはりスカートが気になり動きが悪かったか。俺の狙い通りだ。それにしても卓球でここまで追い詰められたのは、初めてだ。もし、よもぎがスポーティーな服装だったら勝負はわからなかっただろう。だが、勝負とは非情なものだ。勝たなきゃ意味がない。勝った者が王。


「ーーこれで、とどめを刺してやる」


「ーー見せてみろなの」


 激戦により、二人の息は上がっている。互いの頬を伝う汗が床へと落ちる。空気が静まり返る。時が止まってるかのような錯覚を起こす。この緊張感。意を決したぎんは球をついた後、トスを上げる。今までの中で最もキレる鋭いナイフのようなカットサーブを放った。よもぎは体制を崩すも拾う。辛うじて返した球は大きく弾んだ。浮いた球はチャンスボール。ぎんは渾身の力を込めスマッシュの体制に入ると、白いものが見えた。


「ーーっ」


 よもぎが体勢を崩した事によりスカートが強く靡いた。本来は見えないはずの白くて、逆三角形の形をした布切れ。でもこれはただの布切れじゃない。あの小さな布切れには男の夢が詰まっている。


 ーーその名は、パンツ。


 パンツと言ったもののショーツの方が響きは好きだ。まぁ、よもぎのパンツなんていつも家で見てる。あいつはいつもTシャツ一枚でうろついてるからな。ーーだけどなんだろう。この高揚感。見せようとしているパンツと、見せないようにしているパンツ。そんな些細な事でこんなにも違うものか! 


 ーーやばいこのままじゃダメだ。冷静になれ。見るのはパンツじゃない。テーブルの白帯。ただそこだけを見ろ。あそこに決まれば、俺の勝ちだ。俺は煩悩を消し去り、ラケットを振り抜いた。球は凄まじい勢いで入った。ポヨンという音と同時によもぎが艶のある声を上げる。


「ぃやん」


「……」


 起こったことを理解出来ないのか、それともしたくないのか。心ここにあらず。


 いやいや、待ってくれ。そんなことは有り得ない。なんだよポヨンって、意味がわかんねーよ! なんでよもぎの谷間にストライクしてんだよおおおおおおおっ!


 煩悩を捨てきれなかったぎんの放った球は、姿勢を戻そうと中腰になったよもぎの谷前へと突き刺さった。完全な暴投。白のブラジャーがチラリと見える中には黄色い球。よもぎは頬を染めつつ球を掴むと、照れつつ囁く。


「えっち」


「誤解だぁぁぁあああああああ!」


 ぎんは叫んだ。無実を証明するために、唯々叫んだ。


「ーーうん。知ってるの。続きはお家でするの」


「し、しねーよ。そもそも続きってなんだよ」


「わかってるくせに、キャ」


「キャ、じゃねーよ。いいから早く来いよ。続きだ」


 さー、早く終わらせるぞ!


 よもぎは恥ずかしそうに顔を隠す。それをものともしないでラケットを構えるぎん。


「うんうん。続きをやる為には早く終わらさないといけないの」


「そういう意味じゃねーよ!」


 よもぎは微笑むとサーブの構えをする。


 全く、続き続きってなんのことやら、さっぱりだ! なんか調子が狂うな。ラケットを持つ手が妙に震えるぜ!


 この後すぐに卓球対決は幕を閉じた。当たり前のことだが、俺は負けた。あの後動揺していた俺はあっさりと逆転負けをくらった。やっと、よもぎに報いることが出来たと思ったのに、なんて日だ。


 ただ一つだけ言わせてくれ。ありがとう。


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