土曜日という至福の日②
晴々とした空の下、駅前に佇む一人の女の子は白く美しい。まるで妖精のよう。ホワホワとした白の肩出しワンピースを身に纏っている。膝上丈のワンピースが揺れるたび、艶のある白い腿が見え隠れする。それはまさにメトロノームのよう。一定のリズムで、太ももが見えたり、隠れたり、見えたり、隠れたりと、永遠に続く連鎖。白のヒールを履いているので背丈が伸び、いつもより大人の雰囲気を醸し出していた。バッグは薄水色の小さなショルダーバッグ。それがワンポイントとなり、幼さを引き立たせ、絶妙なバランスと言わざるを得ない。
まさかあそこまで気合を入れてくるとは、きっとあの服はこの前買っていた服だな。この日を見越して用意してたとでも言うのか。だとしたら俺は不甲斐ない。だって、俺の服装はTシャツにジーパンと全くお洒落ではないし、釣り合わない。声を掛けるの恥ずかしい……。
怖気付いたぎんは一言。
「ーー帰ろう」
踵を返し自宅に戻ろうとするが肩が重い。
「どこ行くの?」
「ーーちょっとそこまで」
ぎんが振り向くとにっこりと微笑むよもぎの姿がそこにはあった。肩をがっちりと掴まれ、逃げようにも逃げられない。その小さな身体のどこにこんな力が秘められているのか。
冷静に答えたが、取り乱すところだった。だってよもぎが居た所からここまで距離は二百メートルはあったはず。それを俺が振り返るまでに、ここまで距離を詰めるなんてことがあり得るわけがない。ただこいつは例外だったと、自分を納得させた。
よもぎは肩から手を下ろすと愛らしい表情で、
「よもぎも付いてくの」
「お、おう。なら行くか」
「うん。それより言うことないの?」
よもぎが物欲しそうな瞳で上目遣いをしてくるものだから、正直に言おう。
「遅れてすまん」
「違う。もっと大事な事」
「そんなん言われなくたってわかってるよ」
「はい。どうぞ」
よもぎは小さな手を前に出して催促する。
こんなの流石にチェリーボーイの俺にだってわかる。ここはいっちょ気の利いた言葉でも言ってやるか。
こほんと咳払いをした後に、引き攣った表情で口を開く。
「か、か、かわ、河合さん元気かな?」
「ーーそんな人知らないの」
よもぎは、ぷーっとほっぺを膨らまし視線を背ける。白々しい態度のぎんは後頭部を掻きながら、あははと空笑いをする。
「そうか、よもぎは知らないんだっけかーー」
「早く」
白い悪魔に睨まれたので、言わないとやられる。恥ずかしがってる場合じゃない。
ぎんは意を決して声を上げる。
「か、か、かわ、可愛いな。ーーあのワンちゃん」
ぎんはとぼけた表情でおばさんと共に道を歩く柴犬を見つめる。
「もういいの。お兄ちゃんが照れ屋さんなの知ってるから」
よもぎの呆れたと言った雰囲気がひしひしと伝わってくる。ぎんは深々と頭を下げる。
「すまん」
「うん。いいの」
「ーーそれじゃあ気を取り直して行くか。俺に付いて来い」
「期待してるの。お兄ちゃん」
ぎんが歩き出すと、よもぎが小走りで横に並ぶ。二人して駅に向かった。
俺がスマートフォンを片手に練りに練った最強プラン見せてやるぜ。
「付いたぞ。ここだ!」
「普通なの」
今ドヤ顔のぎんと、つまらなそうにしているよもぎが居る場所は、映画館の入り口。
普段は余り乗らない電車に乗り、二駅先のデパートに来たわけだが、よもぎの顔は優れない。
ぎんはやれやれと言った表情から、キリッとした表情へと切り替えた。そして、ビシッと指を差す。
「お前は、何もわかってない!」
「な、なんだって!」
推理モノの脇役みたいな反応をされてしまったので、恥ずかしくなったぎんは切実に言う。
「そんなに気を使わないでくれるか。普通に驚いてくれよ」
「悪かったの。ついいつもの癖で」
ぺこりと素直に謝るよもぎ。ぎんは咳をして仕切り直すと、意味深な雰囲気で話を始めた。
「ーーなんと、ここの映画館はよもぎが好きなアニメの映画が上映されているのだ」
「そんなの知ってるの」
「知ってんのかーい」
まさかの答えが返ってきたので、芸人みたいにずっこけるところだった。
ぎんは息を吐き冷静に落ち着いてから尋ねる。
「でも見てはないだろ」
「見たの」
「見てんのかーい」
流石に我慢できずにコケた。よもぎの実にフラットな表情。全く興味がないというのが伝わってくる。だが俺は引き下がらない。
ぎんは直ぐに立ち上がると、まだ策があるのか自信に溢れた表情で口を開く。
「ーーだが、今見ると初回特典が五種類も付いてくるんだ」
「全部持ってるの」
「持ってんのかよ……」
ポツリと呟きつつ両膝をついた。暗い霧に包まれ、どんよりとした重い空気の中、ぎんはしんみりと言う。
「ーー完敗だ。もう立ち直れない……」
「気にする事はないの。好きなモノは何度見ても面白いの」
よもぎの温もりを感じる微笑み。そして、炎に包まれているかのような暖かさを感じる優しい声。今のよもぎは天使にしか見えない。
ーーくっそぉ。目頭が熱くなってきた。
「よもぎ、俺の事を慰めるために」
「でも、今日は見なくていいの」
まんまとよもぎに踊らされたぎんは、「見ないんかーい」と叫びながらバナナの皮を踏んだのかと思うくらいに、華麗にコケた。それを見て楽しそうに笑うよもぎ。まぁ、笑ってもらえただけいいかと、心に言い聞かせた。
立ち上がったぎんは、服についた埃を払い落とすと口を開いた。
「ーーまぁいい、次の店にいくぞ。俺はこのくらいで挫けたりはしない」
そう言ったぎんの瞳の奥にはまだ希望という名の光が満ち溢れていた。それに気づいたのか、よもぎは弾む声で言う。
「流石はよもぎのお兄ちゃん。その意気なの!」




