負けた代償②
自衛隊の訓練でも受けているのだろうか、ぎんの表情はとても苦しそうだ。その前を歩く女性陣の会話は弾んでいる。
ご主人様と下僕との間にはマリアナ海溝並みに埋められない溝がある。まさに天と地。この状況じゃなければ、三人の美女に囲まれるのは悪くない。なずなは美人だし、瀧崎さんは可愛いし、よもぎはマスコットだし、でも、今はただの下僕。なぜ、こうも人生は上手くいかないのだろう。
本音を言うと、マジで疲れてきた。更に買うとか、少しは手加減してくれ。俺は運動部でもないし、マッチョでもない。見ろ、この上腕二頭筋を! 膨らんだのかもわからないだろ? ーーやばい、腕がちぎれそうだ。袋の持ち手が手に食い込む。これってどうにかならないのか? いつもスーパーの帰りとかに考えていたけど、何かいい道具ないのかな?
ぎんが特許を取ろうと考えていると、目的地に着いたみたいだ。そこは、お洒落な服屋だった。しかも、女物しか売っていないみたいだ。という事は、男子高校生が足を踏み入れてはならぬ領域。入ったら最後、マグマに入ったタミネーターのように、溶けて蒸発してしまうだろう。それを想像しただけで悪寒がした。
当然のように中には入らず、外で待つ体制をとると、瀧崎さんが尋ねてきた。
「どうしたんですか? 入らないんですか?」
一番断りづらい人に声を掛けられてしまった。わかった。これはあれだろ。神様が関与してるやつだわ。何しても入る事になるやつね。はいはい、わかったよ。入ればいいんだろ、入れば。
「いや、ちょっとお腹が痛くて」
神に屈するとでも思ったか!
お腹を摩るぎんに対して、チンッという音が響く。
「嘘はいけないと思うの。お兄ちゃん」
「なんでわかるんだよ」
よもぎの手の平には、コンパクトなコールベルが乗っていた。お店で定員さんを呼ぶ時に、チンッて鳴るやつだ。
そんなチンッ別に怖くないわ!
「これは、嘘発見器なの。だから全てお見通しなの。ふふふ」
なんでもありか! 神ってもしかしてあなた?
不気味に笑うよもぎに、瀧崎さんは瞳を輝かせて質問する。
「よもぎちゃん。そんな物どこで手に入れたの?」
「企業秘密なの」
「そっかぁ。残念」
そんなに落ち込むなんて、何に使うつもりだったのか、是非知りたいものだ。
「それよりお兄ちゃん。なんで嘘つくの。酷いの。よもぎは哀しい。しくしく」
「嘘泣きするんじゃない。つきたくてついた訳じゃない。ただ、こんな場所俺には無理だ」
ぎんの言い分に瀧崎さんは小首を傾げる。
「そうなんですか? 男の人も結構居ますし、気にすることはないと思います」
「その通りなの。意識してる方がエロいの」
よもぎの言葉に動揺を隠せないまま否定する。
「し、してないからね。意識とかしてないから、荷物が多いから邪魔にならないようにここにいようと思っただけだから」
黙って聞いていたはずのなずなが微笑む。
「そう。ならその荷物が無ければ入るのね」
「ああ、そうだな」
「なら、そこにコインロッカーがあるから荷物を入れてこれるね」
指を差した方向を見て唖然とするぎんを横目に、よもぎが褒めちぎる。
「流石なずな。策士なの。太公望もびっくりなの」
「ありがとう。ーーぎん。早く行って来て」
呆然と立ち尽くすぎんは、なずなの言葉で我に返ると小さな声で、「行ってくる」と一言。
呆れて、突っ込む気すら失せたわ。コインロッカーあるなら、もっと早くに言えよな。マジで覚えておけよ。いくら幼馴染だって許さんぞ! 下僕の本気見せてやるぜ。ふっふははははは。
荷物を全部預け、店へとアイルビーバッグ。みんなはもう中に入ったみたいだ。少しくらい待っててくれよ。これ、一人で入らないといけないじゃねーか。この店に一歩踏み出すには、勇気が必要だ。
俺は勇気を振り絞り店の中へ、ーー入った瞬間、いい香りが鼻腔を刺激する。女性用の服が所狭しと並べられており、どうも落ち着かない。
ただ、しばらくすると慣れてきた。敷居が高いだけだったか。お洒落な美容院に入る時に似てるな。入るまではとてつもなく緊張する。一歩踏み出せば、別の世界に迷い込んだかのような感覚に襲われるが、少し経てばどうということもない。一回その壁を破ってしまえば、そこからは自由だ。18禁のカーテンを潜る時にも似てるな。ーーこれ以上はやめておこう。




