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負けた代償


 授業が全て終わると、『今日も一日乗り切った』と、心の底から叫びたくなる。平和に一日を乗り切る事。これは毎日平然とやっていることだ。だけど、それは何かをきっかけに崩れ去る。そのきっかけを昨日作ってしまった俺には打つ手がない。こんなにも授業が終わるなと、願ったことはないだろう。俺の一日はここから始まると言っても過言ではない。今までのは軽いアップだ。これから、ハードかつ地獄のような時間が始まる。



 午後五時。複合施設を部員四人で歩いていた。一人欠けているのは、黒田が「我には使命がある」と言う言葉を残し闇の中へと消えたからだ。まぁ、ただ昨日買った最新ゲームをプレイすると言うだけのことだろう。居なくていい時はいるくせに、全く使えない堕天使だ。


 ぎんは前を歩く女性陣に泣き言を言う。


「もう、持てましぇん」


 大量の荷物を両手と首からぶら下げて歩く。

 なぜ、妖怪紙袋人間になっているのかというと、昨日ジェンガで負けた時の罰ゲームみたいなものだ。一回戦目惜しくも敗北した俺はそれを挽回しようと、新たなルールを付け替えた。二回戦目は、『ビリは明日一日下僕になる』(如何わしい事は無し)だった。如何わしい事は無しとか付け加えるまでもないのに、みんな用心深い。こんな紳士がナニをすると言うのか! まぁ、ビリだったからどうでもいい事だ。ぐっそおおおお!


 ここまで、全てビリの俺はどうしても今まで以上のモノを賭けて勝つ必要があった。負けっ放しは男じゃねぇ! 


 そんな訳で三回戦目のルールに、『一位が一回だけビリになんでも命令できる』(疚しい事は無し)というとてつもないモノを付け加えた。次は疚しいことが無しか、まぁ、みんなが言いたい事はわかる。紳士と言っても一応男だ。一時の気の迷いで狼になる可能性だってあるしな。ガオー!

 ただ、唯一腑に落ちないのが、こんなルールなのに異議を申し立てる人が一人もいなかった事だ。この好機を逃すわけにはいかない。きっと最後のチャンスだと、自分に喝を入れる。


 全身を奮い立たせジェンガに挑んだ。


 ーー普通にビリだった。


 一位はよもぎなので、いつ命令されるのか怖くて夜も眠れない。この目の下にくっきりと出来たクマを見てくれ。


 そんな訳で、今の俺は下僕だ。現在は三人の買い物に無理矢理付き合わされている。下僕に拒否権などはないので、三人が買った荷物を持たされているという状況だ。

 しかも、女子三人の買い物に付き合うともなると、買う量がすごいのなんのって、少しは遠慮してほしいものだ。

 妖怪紙袋人間になった俺に周りからの視線が集中する。一躍有名人だ。こんな形で有名にはなりたくなかった。


 この地獄はいつまで続くのだろうと考えていると、なずなが声をかけてきた。


「はい。歩く」


「いちに、いちに、いちにのさーん」


 今日も元気満点。天真爛漫よもぎじるしのよもぎちゃんは、アホみたいな事を言っている。それじゃあ、飛んでしまうよ。


「頑張ってください」


 優しく声をかけてくれる瀧崎さん。前髪が長く、表情が分かりづらい。やはり、見た目は地味だ。だけどいい。俺は本当の姿を知っている。それに、何より性格がいい。


 カッコ悪いところは見せられないと、無理に笑顔を作る。


「全然、余裕だよ」


「そうなんだ。ならまだまだいけるわね」


 見た目は美しい女王様は邪悪な笑みを浮かべる。Sなのだろう。見るからにSだもの。サドの国から生まれた女王様だもの。

 女王に嘘はいけない。嘘なんかついたら極刑まである。まだ、命が惜しいぎんは本音を打ち明ける。


「ごめん無理」


「行けるって。まだまだやれるって。どうして諦めるんだ。そこで。熱くなれよ。お前は富士山だ」


「急にうるせぇわ」


 俺は世界遺産じゃねーわ! いきなり、世界一熱い元テニスプレイヤーになるんじゃねーよ!


 よもぎはスプレー片手に、「しゅー、ぞう!」と言う。


 せっかくオブラートに言ったのに、自己紹介するんじゃねーよ。後、そのスプレーどこから持ってきた?


「タブルスで、疲れさせるとか鬼畜だな」


「お兄ちゃん。わかってるぅ!」


 ぎんの渾身の返しで、よもぎはうざいぐらいにご機嫌になる。

 精神と肉体どちらも疲れ果てたぎんは俯く、その姿を見ていた瀧崎さんが可愛らしい動きで顔を覗き込む。


「少し持ちましょうか?」


「っーー」


 急に覗き込まれ互いの瞳が交差した。瀧崎さんの瞳の美しさに声を詰まらせていると、なずなが力強く言う。


「だめよ。それじゃあ意味がないから。負けた奴はこうなる運命なのよ」


「でも、これじゃあイジメてるみたいです……」


 ありがとう。その気持ちだけでごはん三杯は食べられるよ。


 俯き気味で弱気の瀧崎さんをなずなは鼻で笑う。


「ーーばかね。こいつは美女に囲まれて喜んでるのよ。むしろご褒美なの」


 なんか、今日のなずなさん生き生きしてますね。やっぱり。サドの国から生まれたんですね。


「そうだったんですね。気付きませんでした」


 なずなの言葉を真っ直ぐに信じる瀧崎さんに、ぎんは残りわずかな体力を使い必死に言う。


「違うから! 誤解だから!」


「お兄ちゃん。見苦しいの」


「やれやれみたいな雰囲気を出すな。腹立つ」


「ほう。これはもっと罰が必要なの。なずな、ことねちゃん。ドMのお兄ちゃんの為に、更に買いまくるのん」


 悪代官並みの下卑た表情で二人の士気を上げる。


「俄然、燃える展開ね」


「ご褒美になるなら、私も頑張らせてもらいます」


「助けてくれぇぇぇぇえ」


 二人の目は炎のように燃え上がっていた。こんなにやる気を出させるなんて、流石は修造と言ったところか、勘弁してくれ。

 こんなにも、黒田に居てほしいと思ったのはこれが初めてだ。ーーカムバック。カルストファァァァアッ!


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