顧問
部室にて二日目の部活が始まろうとしていた。
今日はなずなと瀧崎さんの姿は見当たらない。なずなは家の用事。瀧崎さんはバイト。瀧崎さんがバイトって事はまたあのメイド喫茶にいるのではないか、だとしたらまたあの瀧崎さんメイドバージョンが見れるのではないかと、想像するだけで興奮する。
今日はメイド喫茶に行くぞ! と決意するが行くのを辞めた。
まぁ、辞めたではなく、辞めざるを得なかったが正しい。保健室で寝ていたぎんはよもぎに連行され、この部室へと監禁されたのだ。
あの常識人二人が欠けたのはでかい。なぜならこの部室に残っているのが、なんでもできる自由を絵に描いたような馬鹿と、自称堕天使、厨二病全開の馬鹿と、なんにもできない突っ込み担当の馬鹿しかいないからだ。
この三人しかいない。ーーもう帰りてぇ。突っ込みが俺一人じゃ保たない。この後の展開が手に取るようにわかってしまう。
どうにかして、あそこでこの世の者とは思えない会話をしてる奴らから逃げ出さないと。
馬鹿二人は、異様なオーラを放ちながら窓の外を見て話し合っていた。
「まったく持って愉快愉快。虫どもがうじゃうじゃとおるわ」
本当に愉快な黒田。
虫とは下校中の生徒です。
「ははは、誠だな。これは笑いが止まらぬ。いっそのこと全てをチリにするというのもまた一興」
言葉からは、この子が美少女だとは読み取れない程の喋り方をしているよもぎ。
「流石はミカエル。お主の考えは目覚ましいな。なれば我とどちらが多くチリに変えられるか、勝負と行こう」
チリに変えようとしているのは下校中の生徒です。
「カルストファー。それはいい提案だ。だが我と勝負になるかな」
「抜かせ」
「うぜぇえええええあああああああああああああっ!」
ぎんはあまりのウザさに我慢の限界を超えて叫ぶ。
「シルバ。急にどうした」
「まさか、敵襲!」
二人して警戒態勢をとる。その言動にぎんは顔を顰める。
「よーしっ。わかった。お前らまとめて表に出ろっ!」
「やはり敵襲だったか! 我の右腕が血を求めておる」
黒田は袖を捲と、包帯が巻かれていた腕が露わになる。指をポキポキと鳴らしつつ不敵な笑みを浮かべる。
「我に刃向かうとは、全てを無に帰すとしよう」
よもぎは目を見開き首をポキポキと鳴らし、不敵に微笑む。
「たすけてぇえええ。誰かー、たすけてぇえええ」
この空間から一刻も早く逃げ出したいぎんは叫ぶ。心の底からの叫びが届いたのかある男が部屋へと入って来た。
「お前ら、ちゃんとやってるかー」
そうハスキーな声を上げる男。遊部の顧問、松原先生だ。見かけは強面で、身体つきはリアルにひと狩り行ける程のマッチョ。
部活が始まった初日に顔を出さないという少し適当な先生だ。
松原先生に一番最初に返事をしたのはよもぎだった。
「先生こんばんは! ちゃんとやりまくってるの」
「そうかそうか、それならいいんだ。一応顧問だからな。真面目に活動してるかチェックしないとな。わっははは」
「わっははは」
松原先生につられたのかよもぎも笑う。
何がそんなに面白いのか是非教えて欲しい。
「おー。黒田じゃねーか。いつもより元気だな」
「当たり前だ。いつもの我は、我ではない」
いつもの我がきっと本当の我だと思うぞ。
「なー黒田。一応先生なんだ。タメ口は良くないよな」
黒田の肩をポンポンと叩いた後にニカッと微笑む。その異様な迫力に黒田はビビりつつ頭を下げる。
「ひゃい。すみませんでした」
「そんな畏まるなって、今のはジョークだよ。俺はタメ口とか気にするような小っちゃな男じゃないからな。ははは」
「ーーなんだ。驚いたではないか、ははは」
誤解が解けたのか二人で笑い始める。
「ほんと先生はジョークが好きっすね」
ぎんは少し皮肉っぽく言う。
「ーーなんだいたのか、ーーきん」
「あんたわざとだろ! 会う度に間違えてんじゃねーか」
何度教えても間違える松原先生に対してぎんは取り乱す。
「すまんすまん。いつもの癖でな」
悪気はなかったという表情で謝罪をする松原先生に対し、ぎんはため息を吐いた。
「ーーまぁいいですけど」
松原先生はここからが本題と言わんばかりの真面目な顔をする。ぎん達は固唾を飲む。
「ーーそんじゃ本題に入りたいんだが、ここって何する部なんだ?」
「あんた顧問だろおっ!」
ぎんは漫才師顔負けの突っ込みをする。
「まぁ、そうなんだけどな。いまいちわからなくてな」
「それはわからないでもないですけど……」
この部活は誰だって意味がわからないと思う。それより顧問になる前に気にならなかったのか?
「そんで部長。どうなんだ」
「それはーー」
松原先生の質問に答える。
よもぎはこの前ぎん達に話したことを松原先生へと話した。
全てを聞き終えた松原先生は顎を撫でつつ、
「ほほー。要するにお前を愛でればいいのか。そりゃ楽しそうだ。わっははは」
キリッとしていた目元が和らぐとまた笑い始めた。
大の大人がこんな馬鹿げた部活を認めるなんて馬鹿げてる。
「松原先生。本気で言ってるんですか?」
「ああ。一風変わった感じがいいじゃねぇか」
「一風どころじゃねぇよ。三風ぐらい変わっちゃってる
よ」
もうこれは部活ではないと俺は思っている。認めん。断じて認めんぞ!
取り乱すぎんを松原先生は落ち着かせようとする。
「さっきから、きんはカリカリしてるな」
「だからきんじゃねぇよ! ぎんだよ!」
「そうだったな。すまんすまん。まぁそんなカリカリするな。折角できた部活なんだから楽しめよ。な?」
「そんな事言われたって……」
松原先生は優しい声をかけてくれた。そのお陰で冷静になれたのか額を抑えて考える。
「まぁ、悩んだらいい。若いんだからいっぱい悩んで悩んで、そして答えを出したらいい」
「ーーその答えが出ない時は」
ぎんが真剣な眼差しで尋ねると、「知らん」と即答。その仕返しとばかりに嫌味たらしく、
「あんた先生じゃないのかよ」
「先生も人間だ。わからんことはわからん」
「そんな堂々と言われても」
松原先生のさっぱりとした表情に気が削がれる。
「せっかく仲間がいるんだ。その仲間達と答えを見つければいいだろ」
仲間とか現実で言う人中々いないぞ。やっぱりこの人もどこかネジ外れてるんだろうな。
仲間と言う言葉に世界一敏感な二人が声を上げる。
「そうだぞ。シルバ」
「よもぎが付いてるの」
「いい話じゃねーか。先生こういうのに弱いんだ」
良い笑顔を見せる黒田とよもぎ。その光景を見て目頭を抑える松原先生。
その三人を見てぎんは呆れ果てる。
「ーーあんたらどうなってんだよ……」
松原先生という人物を、少しは理解できた気がしたのだった。




