体育の授業
五限目体育の授業。
雲一つない晴れきっと空の下、男子サッカー、女子ソフトボールをする事となった。
強い日差しが降り注ぐ中、ぎんはまさしとペアになってボール蹴りあっていた。何を思ったのか、ぎんは空を見上げながらしみじみと言う。
「なー。どうやったらボールと友達になれるんだろうな?」
「俺にもまだわからん」
「そっかぁ」
真剣に答えるまさしに対してぎんは生返事をする。
「それよりいきなりどうしたんだよ。やたらと暗いし」
「いやな、サッカーでも人生でも無力だって思ってな……」
ため息をつくぎんの表情は優れない。
「よくわからんけどサッカーで無力なのはどうでもよくないか?」
「そうだな。サッカーはどうでもいいな」
「それは言い過ぎだろ」
まさしは気に食わないといった表情。
サッカー部だからなのか、やはり馬鹿にされるのは嫌なのだろう。
まぁ、実際のところサッカーは関係ない。俺は自分が何も出来ないってことを言いたいんだ。
向こうでソフトボールをやっている女子生徒の中で異彩を放っている俺の天敵。俺とは違いあらゆる才能に恵まれている。そもそもよもぎは人間じゃないけどな。多分。あいつ天界から来たとか言ってたから、それでもどうにかしないと、俺の高校生活がこのままでは滅茶苦茶にされてしまう。
ただよもぎに勝つ算段が思い付かない。一つも勝てる要素がない。
サッカーそっちのけで考えているとホイッスルの音が聞こえる。
まさしから声が掛かる。
「もうそろそろ俺たちが試合の番だぞ」
まさしはリフティングしてからボールキャッチする。
あのへっぽこなまさでもサッカーの才能だけはあるんだよな。
「ーーそうか、それならゴールキーパーでもやろうかな。俺はボールと友達じゃないから手を使わないとボールを自由に扱えないからな」
先生の元へ二人して走りだす。
「言っておくが、そのエリア以外で手を使うなよ」
まさしがペナルティーエリアに指を向ける。
「そのぐらいわかってる。でもいざという時は手でもなんでも使ってやるぜ」
そう。俺はやる時はやる男だ。
「いやダメだから、手以外は何使ってもいいから手だけはやめろよな」
まさにしてはまともな事を言う。こいつは、サッカーに関しては真剣なんだよな。
「仕方ない。手だけは使わないでおく。その代わり相手にシュートを打たせるなよ。俺はボールは友達ではないが、お前の事は友達だと思ってるんだからな」
ぎんはいつにもなく爽やかな表情で臭い台詞を吐く。
ただ単にサッカーが苦手だから楽がしたい訳ではない。たまには、出番が少ない友達に良いところを譲ってやろうという粋な計らいだ。
「なんかいい事言ってる風で無茶振りするのやめてくれよな。流石の俺だってシュートを打たせないのは無理ってもんだ」
「そんなことはない。俺はお前を信じてる」
ぎんはビシッと親指を立てた。それを流すまさし。
「はいはい。そんじゃ行くぞ」
「おっけー」
あれ? 今日いつもと立場逆転してない?
ぎんの心のモヤモヤを置き去りにし、すぐにサッカーの試合が開始した。
ぎんは言っていた通りにキーパーになった。まさは部活ではフォワードなのだが、今日はディフェンスらしい。誰かさんがシュートを打たせるなと言ったのを間に受けたみたいだ。流石は馬鹿だと言いたいけど、これがまさのいいところだ。
俺は試合そっちのけでよもぎを観察する。
「それにしてもよもぎは運動神経抜群だよな。あんなにちっこいのに、それに比べて俺は……」
ピッチャーのよもぎは次々と打者をねじ伏せる。ここから見ても上手いか下手かくらいはわかる。あいつはかなりの手練れだろう。打者は球をバットにかすらせることすらできていないようだ。
よもぎが活躍する姿を見て更にテンションが下がる。
やはり、あいつに勝てる要素などこれっぽちも見当たらない。勝てるビジョンが見えない。このままだとずっといいように使われる。それだけは嫌だ。どうにか俺でもあいつに勝てる秘策をーー
「おい。ぎん。ボール行ったぞ!」
「えっ?」
まさしの声に反応して、振り向いたが時すでに遅し、しかも振り向いたせいで顔面にボールがクリーンヒット。顔に激痛が走る。視界がぼやけ、意識が薄れていく中声が聞こえた。
「おい! ぎん。大丈夫か。おい!」
まさしの声が頭に響く。ぎんの周りにはチームメイトと先生が集まって来た。
まさよ。だからシュートを打たせるなっていったんだ。
その思いを最後に、ガクッと死んだように力が抜ける。そのまま保健室へと運ばれるのだった。
ーーーーーーーーーー
「……ここはーー痛てて」
ぎんは引きつった顔で鼻を抑える。
眼が覚めるとそこは白いカーテンに包まれたベットの上だった。鼻に痛みが走ったことで全てを思い出した。
そうか、よそ見をしていた俺の顔面にボールがぶつかったんだ。それで倒れた俺は保健室に運ばれたってことか。
それにしてもいいボールだった。誰がシュートしたんだろうな。まさか翼君だったりして。
ーー覚えておけよ。
「うぅーーーん」
ぎんは大きく伸びをする。
よく寝た。なんかだいぶ身体が軽くなったようなーーぷにっ、そうそうこのぷにぷにした感覚。ぷにぷにした感覚?
右手を開いたり閉じたりを繰り返す。起きたばかりでまだ頭が回っていないぎんは、首を傾げ独り言を始める。
「俺にこんなぷにぷにしたもの付いてたっけ? いやいや付いてないよな。だとしたらーー」
嫌な予感がしたのかぎんの毛穴から嫌な汗が一気に吹き出る。その汗が頬を伝いシーツの上へと落ちる。
恐る恐る柔らかな感触がある右手の方へと目を向ける。そこには、制服をはだけさせた白く透き通る肌の小さな女の子が横たわっていた。
その子の背丈に合わない大きな胸を握っていたのだった。
ぎんは震えつつゆっくりと手を離そうとすると、
「ーーお兄ちゃんのえっち」
甘い言葉を囁いた少女は頬を紅潮させ、恥じらいつつ上目遣いをする。そう、ぷにぷにの正体はよもぎだったのだ。その言動にぎんは誤解を解こうと声を上げる。
「ーー違うんだ」
ぎんは動揺が隠せないのかベットから逃げるようにして落ちる。「痛たた」と尻を撫でているとよもぎが心配そうに声をかけてくる。
「柔らかかったの?」
「な、なんでそうなる! 心配が先だろ! ーーいや、先とかじゃなくて、心配だけでいいんだけど」
ぎんの声は尻すぼみなる。そんな彼を見てよもぎは小悪魔のような笑みを浮かべる。
「わかったの。お兄ちゃんはよもぎのおっぱいがあまりにもぷにぷにだったから想像してしまったの。そして今夜のおかずにーー」
弾む声で話すよもぎに一喝。
「だ、黙れ。どこに妹をおかずにする兄がいるんだよ」
ーーあ、つい妹って認めてしまった。
焦りのあまり妹と言ってしまったことを後悔した。そしてそれが現実となる。
妹と呼ばれたのが余程嬉しかったのかよもぎはベッドから勢いよくぎんへと抱きついた。
「妹って認めてくれたの。嬉しいの。ーーサービスサービスぅ!」
それ、ミサトさんだよね。お前、よもぎさんだよね。
「やめろ抱きつくな。痛い痛い」
前から羽交い締めにするよもぎに抵抗するぎん。
「嬉しいくせに、しかも痛いはずがないの。ぷにぷにだもん。ーー本当の気持ちを聞かせてほしいの」
上目遣いでおねだりをしてくるよもぎについ本音が漏れる。
「ーーごめん、嘘ついてた。痛くない寧ろ気持ちぃーーってなに言わせんだ」
ギリギリのところで我に返り突っ込むが、時既に遅し、よもぎの表情は見る見るうちにパッと一輪の花のように咲き誇る。
「正直に言ったお兄ちゃんにはサービスしちゃうわよ〜」
またミサトさん。そしてお前はよもぎさん。
すりすりと体を擦り付けてくるよもぎからシャンプーの甘い香り、そして胸の柔らかい感触。ぎんの心臓は脈打つ。沸騰したやかんの用に頭から湯気を出す。限界を超えた男子高校生は叫んだ。
「もういいから、その気持ちだけで充分だから、離してくれええええええええっ!」
よもぎは素直に離れる。
「仕方ないから離してあげるの。ぷにぷにしたい時はいつでも言ってほしいのん」
「わ、わかった。ーーだがその日は二度と来ない」
二度と来ないと言ったが、一度くらいは頼みたいと思ってしまった。男子高校生。思春期暴走中。
ぎんは煩悩を消し去るために話題を変える。
「ーーそれよりなんでよもぎがここに居るんだよ」
「それは、最近妹してないなって思ったからなの」
人差し指を口に当て、にこっと笑うとともに小首を傾げる。
あざと可愛い妹に心を奪われせそうになるのを必死に抑え、ぎんは平然と言う。
「俺は今、妹してないって言葉を初めて聞いたんだが」
「あー。つまり妹をするとはーー」
「説明せんでいいーー」
「ーー痛いのー」
よもぎの無駄な説明を遮り頭にチョップを決める。頭を摩っているよもぎに説教を始めた。
「全くお前は自由すぎるぞ! こんなんじゃお兄ちゃんは心配だ」
「やっぱり妹だって認めてくれたの」
よもぎはキラキラした瞳を向けてくるが即座に否定する。
「認めてはない。だけど、俺がどう足掻いたところで周りはお前を俺の妹だと思い込んでいる。だから表面上は妹という事にしておく」
今言った通りだからな。別によもぎが可愛いからとかでは無いぞ。後は、断じてぷにぷにも関係ないぞ。
よもぎは自信満々に言う。
「そのうち、心の底まで妹にしてあげるの」
「黙れ馬鹿。今度からはもう少し自重して行動するように。これは兄からの命令だ」
心の底まで妹を想像したら身体がぶるっちまったぜ。
「わかったの。お兄ちゃんの言うことは絶対なのん」
「本当にわかったか?」
「イエスボス!」
念のために聞いたがやっぱりわかっていなかった。
敬礼するよもぎにぎんは呆れた顔で言う。
「お前わかってないだろ」
「イエスボス!」
「そこは、イエスボスじゃねぇだろ……」
曇りなき眼差しで見つめてくるよもぎにため息しか出ない、ぎんなのだった。




