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部活②



 よもぎは待ってましたと言わんばかりに喋り始める。


「やっとよもぎの出番が来たようなの。話せば長くなるの。ーーあれは確かテストが終わった日の放課後のことなの。早く帰って新発売の『モンゴリアン先生に恋しよう』第二巻を買いに行こうと教室を飛び出そうとしたの。けどやることがあったからそれを先に終わらそうと、ことねちゃんに声をかけたの」


 今のモンゴリアン先生のくだりいる?


「ことねちゃんは少し驚いた顔で、「何かご用ですか?」と聞いてきたの。その時よもぎは、これはモンゴ、一巻十六ページ。カンティーナの言葉と一致して感動のあまりーー」


 熱弁するよもぎの声を遮りぎんは声を上げる。


「いや。待て。お前はさっきからなんの話しをしてんだよ。モンゴリアン先生しか入って来ねーよ。しかもモンゴって略すんじゃねーよ。せめてモンゴリにしろよ」


「お兄ちゃんさっきからうるさいの。黙ってほしいの」


 喋るのを妨げられたよもぎは少し不機嫌なのたが、お構い無しにぎんは言う。


「お前がちょいちょいモンゴリ挟むからだろうが」


「ぎん! 進まないから黙ってて」


 なずなに一喝されぎんは小声で、「はい」と一言。瀧崎さんと黒田もその迫力に背筋が伸びる。


 よもぎは、「それじゃあ、続けるの」と言い、


「ーーよもぎは感動のあまり部活に入ってほしいと声をかけたの。そしたらことねちゃんが、「えっ。いきなりどうして?」って言ったの。今思い出しても意味がわからなかったの」


 意味がわからないのはきっと世界に君だけだと思うよ。

 せーかいにひーとつだーけーのばーかーぁ。


「そしてよもぎは説明したの。あーー」


「待って!」


 またもよもぎの言葉は遮られた。今回はぎんではなく、まさかの瀧崎さんだった。よもぎは驚きを隠せない様子。他三人も同じだ。あの慌てて止める姿は何かを隠そうとしているかのよう。

 瀧崎さんはよもぎの手を引き隅へと連れて行った。そして小声で話し始めた。


「よもぎちゃん。あれは内緒って約束でしょ」


「あっ、そうだったの。ごめんなの」


「わかってくれたならいいよ」


「うん。あれは言わないの」


「それならいいんだけど……」


 紛う方なき表情のよもぎに比べ浮かない表情の瀧崎さん。

 二人の後姿に声をかけるぎん。


「おいよもぎ。続き早くしてくれよな」


「うん、わかったのー」


「よもぎちゃん。絶対だよ」


「嘘はつかないの」


 よもぎはこちらを向いて話出そうとする前にもう一度後ろを振り向き、頷いた。


「それじゃあ、気を取り直して」とよもぎは続ける。


「ーーよもぎは、「あれが欲しければ部員になるの」そう言ったの。そしてことねちゃんは、「そう言うことなら入らせてもらおうかな」と言ったのだった。めでたしめでたし」


 パンパンと手を払うよもぎに納得がいかないとぎんは言う。


「なんか最後雑すぎないか? そもそもあれってなんだよ」


「それは私も気になるかも」


「我も気になるかも」


 なずなと黒田も便乗してきた。黒田は完全に素になっていた。


「あれとは、ーーフランスパンなの」


「「「フランスパン?」」」


 みんなで首を傾げた。


 そら、傾げるよね。神様すら傾げたんじゃないかな。いきなりフランスパンって。いやまぁーね、俺は好きだよフランスパン。あの硬くて口の中の水分を全て持って行く感じ、噛めば噛むほど口に甘みが広がる。いろんなおかずとも合うし、例えば目玉焼きとかソーセージとかな。そう考えると、フランスパンが好きというのも頷けるな。


「そうなの。ことねちゃんは無類のフランスパン好きなの」


「ちょっと。よもぎちゃん」


 よもぎは斜め上を見ながら言う。今にも口笛を吹きそうだ。瀧崎さんは「なんてこと言うのよ」と言いたげな顔をしている。そんな疲労の色が伺える彼女に、なずなは言った。


「瀧崎さん。そうなの?」


「そそそそうなんだ。わたちフランスパンには目がなくって」


 あの物静かなイメージの瀧崎さんが動揺しまくりで、目も泳いでしまっている。


 わたちって可愛いな。そんなにフランスパン好きなのか。今度あげようかな。


 明らかにさっきとは別人の瀧崎さんを心配するかのようになずなは言う。


「瀧崎さん大丈夫?」


「大丈夫、大丈夫。急にフランスパンとか言われて、食べたくなっただけだから」


 このままではやばいと思ったのか白い悪魔が舞い降りた。


「そうそう。琴音はフランスパンがないと生きていけないの。ーーね、そうだよね?」


 今までどうにか気づいてないふりをして突っ込まないで我慢していたけど、言わせてもらうぞ。

 どんな身体だよ! お前が加わったせいで状況が悪化の一途を辿ってんぞ!


 瀧崎さんは苦笑いを浮かべながらなんとか話を合わせようとする。


「そ、そうなんだ。私フランスパン依存症なんです」


「そうなんだー。珍しいね」


 あのなずなが気を使っているだと。

 そもそもフランスパン依存症って、十六年間生きてきて初めて聞いたわ。よもぎのせいで瀧崎さんがとんでもない設定背負っちまったよ。どうしてくれんだよ。


「そうかもしれない。はははは」


 壊れかけた瀧崎さんは涙目で空笑いをしていた。その姿を見ていたたまれなくなったのか、よもぎは上手いこと話題を変える。


「そんなことよりカルっちの紹介するのん」


「カルっちって誰だよ」


 ぎんがよもぎへと答えを求めると、さっきまで空気扱いされていた男が代わりに口を開く。


「カルっちとは、我のことだ」


「お前誰だよ」


「笑えない魔界ジョークはよしてくれ」


「そんなジョークをかました覚えはない」


「やっとだ。やっと会話ができたな。我が同士よ」


 会話が成立した事に感激のあまり黒田は瞼の上に手を置き、天井を見上げる。その事など気にもせず三人の女子が質問してきた。


「同士なの?」


「同士なんですか?」


「どうしようもないくらいによもぎのこと好き?」


「同士じゃないから! しかも一人全く関係ない事を聞いてる奴がいるなー!」


 ぎんは全力で否定した。その答えを聞き黒田とよもぎがやれやれと口を開く。


「まったく。恥ずかしがり屋だな。我が同士は」


「まったくなの。それでもおちんちんついてるのん」


「恥ずかしがり屋は百歩譲って許すが、おちんちんはやめろ!」


 瀧崎さんが「ーーっ」と恥ずかしそうに顔を隠している。


「おちんちんおちんちんって、女の子がいる前でうるさい。殴るわよ」


「ごめんなさい。もう言いません」


 目力の強さについ謝ってしまったが、おちんちんって一番言ってるのはなずなだけどな。


「我が同士ながら情けない」


「ほんとなの。それでもおちんちんついてるのん」


 瀧崎さんは耳まで赤くなり頭からは湯気が出ている。

 このままじゃ瀧崎さんが危ないので、黒田とよもぎを本気で止めに入る。


「やめろおおおおおおおおおおおおっ。ループ入ってんだろ。このままじゃ抜け出せねぇんだよ!」


「おお。ついに正体を現したか、凄い気迫だ」


 黒田は片目を抑えると邪悪な笑みを浮かべる。よもぎは満足気に言う。


「やっと、立派なモノがついたみたいなの」


 なずなとぎんはため息を吐く。ぎんはもうこの茶番を終わりにしたいのか、黒田を紹介する。


「ーーもういい疲れた。まぁ、黒田はこんな奴だが一応先輩だ」


「我は歳など気にしない。気軽にカルストファーと呼んでくれ」


「カルストファーってなに?」


 無駄に堂々とした振る舞いをする黒田になずなは質問をする。瀧崎さんはまだ、「ふー、ふー」と息を整えていた。

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