部活
テストは無事に終わり、平穏な日常が帰ってくると思っていた。だがしかし、そうはならなかった。当たり前の事だ。あんな奴がいる時点で平穏なんてこない。ほら、そこのやたら白くてちっこい奴だ。
「そんなに見つめられると恥ずかしいの! チラっチラっ」
よもぎは照れたのか手で顔を隠した。手に隙間を作りガラス玉のような瞳でこちらをチラチラと見ている。
ぎんは強めの口調で、
「見つめてねーよ。その後ろの壁を見てたんだよ」
「もー。照れ屋さんなのん」
「ちっげーし」
この前掃除したばかりの教室で二人してしょうもないやり取りをしていた。それを目の当たりにし、嫌気がさしたのかなずなが呆れた表情で口を挟んできた。
「はいはい。イチャイチャするのはその辺にしてもらえる?」
「してねーし」
「わかった。今はそう言うことにしておくから、それよりよもぎちゃん? 私達をここに呼んだ理由をそろそろ聞きたいんだけど」
「なずな氏。それはですね。なんと、なななななんとーー」
よもぎは人指し呼びを立て目を見開く。ぎんは喉を鳴らし食らいついた。
「ーーなんと」
「ーーなんと!」
やたらと溜めるよもぎに対し、なずなは艶のある黒髮をかきあげると冷たく言う。
「帰ってもいい?」
「だめー。だめなの。もう言うの。だからダメなの」
「わ、わかったから、早く言ってもらえる」
涙目でぐいぐい近寄るよもぎに、なずなはたじろぐ。
よもぎは仕切りなおすようにこほんと咳をすると笑顔で口を開いた。
「ーー部活が受理されました!!!」
「えっ、マジで?」
「えっ? 本当なの?」
その言葉を聞き驚くぎんとなずなは疑問形で返さざるを得ない。
「まじもおおまじ。大卍谷」
よもぎの渾身のギャグで周りは静まり返り、その少しの間に冷静さを取り戻した二人が口を開く。
「ーーその意味不明なギャグのおかげで冷静になったんだが、部活っておかしくないか?」
「私もそう思う」
「二人して、なんでなの? もっと純粋に喜んでほしいの」
不服な表情で見つめてくるよもぎにぎんは後頭部を掻きながら答える。
「なんでって言われてもな。そもそも部員が足りないのに、部活になるわけないだろ」
「そうそう。せめて同好会とか」
うんうんと頷くなずなは同じ意見のようだ。
よもぎは、はぁ……と溜め息を吐きつつ首を横に振る。
「君たちは何もわかっていないの。よもぎは孔明よりも知略に長けているの」
孔明ってあの孔明だよな。こいつはやっぱり、ぶぅぁか! なんだな。
「そのアホ面でよく言えたな!」
「そこのお兄ちゃんうるさいの! いいから聞くの」
「わかった。一応聞いてやる」
「私も聞きたい」
仕方ないから聞いてやろう。じゃないと話が進まないしな。
「ーーさっき、部員がいないからとか言ったの?」
「ああ、言ったな」
「言ったね」
「いるの」
「へっ?」「えっ?」
よもぎからの意外な言葉に二人は間抜けな声を上げる。
「だーかーら。い、る、の!」
「部員が? どこに?」
「いつの間に……」
むすっとした顔で一語一句丁寧に言うよもぎに、ぎんは間の抜けた返事をする。なずなは神妙な面持ちだった。
「ふっふっふっふっ。だから言ったの。よもぎは孔明よりも上なの」
地味に孔明を抜くな!
「孔明はまったく関係ないが、それが事実ならすごいな」
「確かに、すごいかも」
テスト期間からのテストだった訳だからあまり余裕はなかったはずなのに、部員を確保するなんて珍しく感心してしまった。まぁ、どんな手を使ったのか怪しいものだけどな。今は考えないでおこう。
「テスト期間中に独自に動いていたの。そして二人部員を確保したの。それじゃあこれから呼ぶのーー」
よもぎは鼻が天狗並みに伸びてるのかと錯覚するぐらいに偉そうだ。ドアに向かって手招きをしながら、「入って来いよ野郎ども!」と呼びかけた。
すると、勢いよく扉が開いた。そこに立つのは男女一名ずつ。その二人が部屋に入るが早いか、ぎんは声を上げた。
「黒田と瀧崎さん!」
呼び方がヤンキーみたいなのに突っ込んでいないのは、新入部員に驚いてしまっているからだ。まさか俺が知ってる二人だったなんて。
「黒田じゃない。カルストファーだっ」
そう言って前に大きく踏み出した奴は、やっぱり知らない。
「ーーよろしくお願いします。浅井くん」
控えめに挨拶してくれた地味目な彼女は同じクラスの女子。実はめっちゃ可愛い。
「ああ。こちらこそよろしく」
ぎんは少し緊張気味で返事をする。なずなは首を傾げつつも、ぎんに投げかけた。
「誰? この二人。ぎん知り合いなの?」
「えっとな。この人は瀧崎琴音さん。同じクラスメイト。そんでこっちが、ーー知らん」
瀧崎さんは丁寧に紹介したが、黒田は見て見ぬ振りをする。そんなぎんの対応に黒田は邪悪な笑みを浮かべ、
「ーーふっ、ふははははははははは。戯れをって」
「そうなんだ。私は吉水薺。よろしく」
「これはご丁寧に、こちらこそよろしくお願いします」
「まぁ、女同士仲良くやってくれよ」
瀧崎さんとなずなはお互いに自己紹介を終える。するとまた何処からともなく笑い声が聞こえる。
「わっははははははははははははははははは」
なんか、笑い声のようなものが聞こえるけどきっと気のせいだな。
「ぎんに言われなくてもそうする」
「さようですか」
「お二人は仲がいいのですね」
「そうね。一応幼馴染だからね」
「そうそう。一応な」
順調に会話が進む中、疑心暗鬼の黒田は言う。
「あれ? 聞こえてる? 我のこと見えてる?」
黒田の存在を認識してないのか、みんなは無いものとして扱っている。瀧崎さんまでもあいつをスルーするとは思わなかったけどな。かなり空気が読めるらしい。そんな彼女がしみじみと言う。
「そうなんですね。なんか羨ましいです」
「別にそんないいものじゃないけど」
「おい。地味に傷ついたぞ」
「そうなの?」
「いや、別に」
幼馴染っていいもんだろ。違うのか? いや待てよ。思い返すと、殴られたり。奢らされたり。無駄に絡まれたり。家に突然きたり。思ったより、いいことなかったわ。そんな事より、あいつに聞きたいことがあるんだよ。
「ーーそう言えばよもぎ。なんで瀧崎さんが部活入ってるんだ?」




