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独りきりな彼女



 昼休みになると、皆何かに吸い寄せられるようにして、青春という名のグループに分かれる。教室中に複数の部屋があるみたいに、それぞれのグループに見えない壁ができる。

 別にこれが悪いと言いたい訳ではない。いつもは俺もまさと二人きりの部屋の中にいるのだから。


 まぁ、その中には独りきりの人もいるわけで、その彼女は大体教室からいなくなるんだけど、それを見ていると気になる。どこで食べてるのか、何を食べてるのか、なんで独りで食べてるのか、好んで独りで食べてるのか、いじめられてるんじゃないのか、俺のクラスにはないと思う。いや、思いたいだけなのかもしれない。


 兎に角俺は、クラスで独りきりの彼女が気になっていた。だけど声をかけたことはない。何も用がないのに声をかけるなんて気まずいし、何かきっかけがあれば話せる気はするんだけど、てか同性なら気軽に声ぐらいかけられたのに、とか思っていた。



       ×     ×     ×



「こ、これ……」


 声の方を振り返ると、クラスに一人はいそうな地味目な女子高生がいた。

 スカートは長めで、制服は校則どおりに着ていて、肩くらいまである黒髪はウネウネしている。多分お洒落パーマではなく天パ、前髪は長めで目が見えない。身体は細いというか細すぎる、しかも肌が純白のように白い為、病弱に見える。そんな印象を誰もが持つであろう彼女が、実は可愛い事を俺は知っている。


 そう、彼女は同じクラスのいつも独りでいる。瀧崎琴音(たきさきことね)だった。


 何かの手違いなのか俺の目の前にいる。てか喋りかけてきている。こんな展開、誰が予想できたであろうか。この誰も予想できなかった展開に行きついた。その経緯(いきさつ)はこうだった。


 四限が終わり。古典の吉沢(よしざわ)先生が「日直はこのノートを職員室に持ってくるように」と言って教室を出て行った。

 今日、奇跡的に日直だった俺は、授業中に集めたノートを持って行くはめになった。

 まぁ、この程度の事は朝飯前だ。いや、昼飯前なのだが、とかいらない記憶までがよみがえってしまったのは置いとくとして。


 やる事を速やかに終わらすのがモットーな俺は、ただちにノートを運び始めた。早く終わらせて、めしだめしと浮かれていたのだろう。階段を踏み外してしコケはしなかったもののノートを盛大にぶちまけた。

 そのノートを恥ずかしさのあまり大急ぎで拾っていると、後ろから「こ、これ……」の声とともにノートが差し出された。


 俺の階段踏み外しが、思わぬきっかけとやらを生み出し、今に至る。

 これはチャンスだ今なら自然に会話できるはずだ。まず、礼を言わないと……緊張するな落ち着け。俺は強い子。俺ならできる。


「あ、ありがとう」


 う、うわずってしまったー。落ち着け冷静に慣れ。深呼吸だ深呼吸。次こそは上手く返事をするんだ。


「いえ、気にしないで下さい」


 そう言い更にノートを拾ってくれる瀧崎さんが近いせいか、唾を飲んだ。更に深呼吸をしてぎんは平静を装い言った。


「ほんと、助かるよ」


 今のは上手く言えた。だが、一刻も早く全てを拾わねば、我、死ぬぞ。とか緊張のあまり思考回路がショート寸前。とか思ったり、思わなかったり、よくわからなかったり。


 返事はないがそれでいい。出来るだけ相手を見ないように素早く拾う。

 落ちているのはもうないのかと見回していると、瀧崎さんと目が合った。

 彼女は目を反らすと「は、はい」と俯き気味でノートを差し出す。ぎんはノートを受け取り、出来るだけ爽やかにお礼を言う。


「ありがとう。助かったよ」


「それでは、失礼します」


 食い気味にそう言いお辞儀をすると、足早に階段を下りようとした彼女の手を反射的に掴んでしまう。


「えっ!」


 驚いたような声を上げ、勢いよく振り返った彼女の前髪が靡く、隠れていた大きな瞳が少しだけ見えた。


「あっ!」慌てて手を離すと、誤解を解くべく弁明する。

「ごめん。つい、あの……。話したい事があって、たいしたことじゃないんだけど」


 ぎんの必死さが伝わったのか、短く息を吐いた後に口を開いた。


「少し驚いただけなので、いいんですけど。話ってなんですか」


 つい掴んじまった。弁当箱が目に入っちまったんだよ。それでなんとなくどこで食べるのか気になって。 ほんとはそんな事が聞きたいんじゃないんだけど、急に聞けるような話でもないしな。でも、今更なんでもないとか言える程に肝が据わってる訳でもないんだよな。


「いや……」


「お兄ちゃーーーん」


 俺の声をかき消す程の大声。聞き覚えがある。というか、俺の事をこう呼ぶ奴は一人しかいないんだけど。 恐る恐る後ろを振り返ると、やっぱりと言うべきかよもぎが仁王立ちしていた。


「とーう!」


 そう言って階段を鮮やかに飛び降りると、満面の笑みで微笑んだ。


「見っけた」


 近くに下りて来たよもぎにビビりながら言う。


「あっぶねーだろ!」


「そんな事はないの」


 その姿を見ていた瀧崎さんは呆然と立ちつくしていた。


「なんでお前が決めんだよ。てか、どうした?」


 実際のところ助かった。もう少しで「部活入らない?」とか聞くところだった。まだできてないのに。


「別に、なんにもないの」


「なんだよそれ、自由人かよ……」


 俺を無視して瀧崎さんの方を向いた。こいつ自由人の極みだな。


「ーーあっ、ことねさんだ。こんにちわわ」


「……あ、浅井さん。こんにちは」


 俯き気味で小さな声だった。当然だろう。あんなコミュニケーション王国から来た住人と普通に話すなんて俺でもきつい。


「それよかなんで知ってんだよ。言っちゃ悪いけど瀧崎さんは影薄いぞ」そんな事は言える訳もなく。心にしまうしかなさそうだ。


 そんな事を考えてる中、よもぎのペースで会話は進む。


「同じクラスなんだから、よもぎでいいの」


 その笑顔が眩しいのか更に俯いてしまう。


「そ、そうだけど。話したこともないから……」


「今話したからおっけーなの」


「……確かにそうだけど」


「なら、もう友達なの。ことねちゃん。よろしく!」


 瀧崎さんに近づき手を握る。その行為に戸惑いながらも口を開いた。


「う、うん。こちらこそ、よろしくね」


「そんじゃ、まったねー」


 そう言い残して、風のように去っていった。あいつは自分勝手に現れて嵐のように去っていく。ほんと、自由っていいなー。


 よもぎが見えなくなると、二人共しみじみと言った。


「台風みたいだったな」


「ほんと、すごかった」


 なんか自然と喋れた。しかも共感までしてくれた。感無量とはこのことか。余韻に浸っていると、彼女が言いにくそうに口を開いた。


「……そういえば、話したい事があるとか」


 覚えてたー。そりゃ覚えてるよな。これはもう、誤魔化すしか。


「あ、あれ。よもぎのせいで忘れちまった。ごめん。思い出したらまた声かけるよ」


「そ、そうなんですね」


 腑に落ちない顔をしている。あんまり見えないけど、なんとなくそんな気がする。


「それじゃ。俺も行くわ」


「私も手伝いますよ」


 そう自然に言ってくれた彼女とは少しだけ打ち解けられた気がした。これはよもぎのお蔭かもしれない。礼は言わんが。


「いや、いいよ。軽いし、ありがとう。また教室で」


 返事を待たずして職員室に向かって階段を降りた。


 これ以上手伝ってもらうのは悪いしな。てかまた教室で、とか今思うとかなり気持ち悪いな。我ながら卑屈だ。

 今日はもう話しかけないようにしよう。


 話してみると昔と変わってなくて少し安心したわ。雰囲気とか別人だけど、もう少し仲良くなれたらいいな。


 布石も打ったし、今度こそは普通に声をかける。


「頑張れ、俺」


 漏れた声とガッツポーズに反応したのか、何人か振り向いた。


 ほんと、卑屈だ。



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