二人で登校
朝起きて、顔を洗い、朝食の食パンをもぐもぐ食べていると妙な感じがする。
そう、俺の前で同じように食パンを食べてる奴がいるからだ。
俺の家は基本的に親が共働きな事もあり、二人とも早くに家を出ていく。なので俺は一人で朝食を取ることがほとんどなのだが、四日前から二人で食べるようになった。
やはり違和感がすごいし、なんか落ち着かない。落ち着かない理由の一つが、前にいる馬鹿がTシャツ一枚というみだらな恰好をしているからなのだが、馬鹿は死ななきゃ治らないって言葉があるように、俺程度が注意を促したところで馬鹿には全く通じないのも当然なのである。
まぁ時間が経てば、なし崩し的に慣れるものだろうと自分を納得させると、一気に食パンを平らげた。そのせいで喉に詰まりかけた食パンを牛乳で一気に流し込む。
それにしても食パンってパンの中で断トツで口の水分とられるよね。とか思っていると、馬鹿が口を開いた。
「お兄ちゃん。大丈夫?」
そう首をかしげるこいつが最近俺に出来た妹だ。とかみんなが知ってる事を言ってしまったのを許してほしい。一度だけやってみたかった、それだけなんだ。
「大丈夫、大丈夫、オールグリーン」
起きたばかりで変なテンションなのはご了承下さい。
「発進するの?」
良い返しだとか思ってしまった。
「学校に向かって発進する予定ではある」
つい乗ってしまった。俺の悪い癖だ。そんな癖は生まれてこの方一切ないのは、言うまでもあるだろう。
よもぎは机から身を乗り出すと、透き通った瞳で言った。
「よもぎも一緒に乗せてほしいの」
乗せてとか絶対ガ〇ダムだと思ってんだろ。
「嫌だ」
「ふーん。そうなんだ。嫌なんだ。邪魔なんだ。うざいんだ。一緒に居たくないんだ。消えてほしいんだ。ーーならいっそのこと……」
「のすます!」
そう言った彼女の目があれだったものだからつい、変な返事をしてしまった。
「やったのん! 着替えてくるから、ちょっと待っててなのん」
笑顔でそう言い残し、階段を駆けて行った。その姿を見てぎんはあっけにとられた。
「いや、俺もまだ着替えてないんだけど」
独り言みたいになっちまったよ。行くのどんだけ速いんだよ。お前はミハエル・シューマッハかよ。
心の中の攻防を一通り終え、自分の部屋に向かって着替えと身支度をすまし、部屋を出たらよもぎと鉢合わせた。
「あっ、お兄ちゃん。丁度良かったの」
「そうだな」
本当に丁度いいな。グットタイミングならぬバットタイミングだけどな。置いて行こうと思ったのに。
「それじゃあ、しゅっぱーつ!」
「ガ〇ダムじゃないからな」
「そんなの知ってるの」
「……」
よもぎの引き気味の顔を見て、言わなければよかったと心の底から思った。
二人で家を出るとそこはなんの変哲もない住宅地。
俺の家から学校までは歩いて十五分。学校を選んだ一つの理由がこれだ。
「置いてくぞ」
俺はわざと足を速めた。
「待ってー」
「待つ訳がない」
このまま置いていくのもありだが、俺はそれほど鬼畜じゃない。足を緩めると体当たりされた。
「酷すぎなの。お兄ちゃん!」
「やめろって、恥ずかしだろ」
マジでじゃれ合ってるみたいで恥ずかしい。周りに人が少ないのが唯一の救いだ。
「何が恥ずかしいのー?」
不敵な笑みを浮かべながらやたらまとわりついてくる。こいつはやたらと懐いてる子犬のようだ。いやほんと、犬ならよかったのに。あっ、俺。猫派だ。
「だからやめろって」
「照れちゃって、かわいいのー」
「黙んないと、埋めるぞ」
誰か手を貸してもらえませんか?
「そんな激しいプレイ耐えられるかな?」
頬を染め上目使いで目をぱちぱちさせた。そんな目で俺を見るんじゃない。
こんな容姿なのに頭ん中おっさんみたいなんだけど、これが人間の皮を被った悪魔ならぬ美少女の皮を被ったおっさんなのか、うまい事言っちまったぜ、とご機嫌な俺だがここはスルーする事にした。
「はいはい。そんな事より、部活どうなったんだろうな」
「まだ昨日の今日なの。何も決まらないと思うの」
よもぎは表情を一切変えず淡々と口にした。
「よもぎにしては、正論だな。はらたつ」
俺としたことが、最後の方は心の声が少しだけ漏れてしまった。
「最後の方が聞き取れなかった気がするの?」
「気のせいだろ」
聞かれてないなら改めて言う程の事でもないし。別にビビってる訳じゃないんだからね。
「そうなの?」
「そうそう」
小首をかしげた。よもぎのぎもんをかき消す勢いで大きく頷く。
私事で恐縮ですが『よもぎのぎもん』なんとなく韻を踏んでみたのですがどうでしょう。
「お兄ちゃん。ソシャゲ何やってるのん?」
「急だな。ーーそうだな……パズマニとかアニストとかだな」
「うげー。人気のやつばっかりなの」
そんな嫌そうな顔されるとお兄ちゃん傷つくぞ。
「別にいいだろう。俺は時代の流れに便乗するタイプなんだよ。新しい物をやって失敗するのはごめんだしな」
「うげー。……なんかおじさんくさい。若者のくせに失敗なんて恐れてたら何もできないぞ」
「おじさんで結構。てかどこの熱血教師だよ」
「今からよもぎ先生と呼びなさい」
両手を腰に当て胸を張る姿はどことなく体育の先生に見えた。それにしてもちっさ。
「馬鹿な事言ってないでキビキビ歩くぞ」
「よし! 歩くのん」
うちの妹は素直でかわいいんだぞ! と自慢したくなっちまった。いや妹じゃないんだけどね。
そんな事よりよもぎと戯れてたせいで遅刻しそうなんですけど。こいつと登校するのはこれが最初で最後だと心に決め、キビキビと歩いた。
しばらくすると、俺たちが通う『神奈川県立神北高等学校』が見えてきた。
校舎に特徴があるわけでもなく、特別な何科とか何クラスとかもない。普通の県立高校なのだが文句はない。普通が一番! ノーマル最高!
適当に学校を褒めたところでチャイムが鳴った。
「やっべ」
「うわあ」
俺はよもぎを置き去りにして走った。
……つもりだったのにあいつは俺を軽々と追い抜く。
その姿を見て声が漏れた。
「うそ~ん」




