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松原先生


 そんなこんなですぐ着いた。物理室は三階にある。俺は物理室が好きだ。あの独特な雰囲気、何故かワクワクする。男子なら少しは理解してくれそうだが周りは女子なので口に出すのはやめておく事にした。


 ノックした後「失礼します」の声とともにスッとドアを開けた。中に入ると少し散らかっている。

 奥の方でダンボール箱の中をガサゴソとしている先生がいるので、近づくもまったく気付かないので声をかけた。


「まっ」


「おおお! びっくりした」


 ぎんの声を遮り想像以上のリアクションをとるこの白衣を着た人が、物理学担当の松原まつばら先生だ。黒髪で短髪。身体はアメフトでもやってたんですか? というほどマッチョ。

 一ヵ月前に思ったのが、この人リアルにひと狩り行けんじゃねーの? だったぐらいだからな。顔は強面なんだがイケメン。ちょいワルって感じだ。


「ーーいや先生こっちのセリフですよ」


 マジで驚いたからね、心臓出るかと思ったもん。後ろに居た二人はそこまで驚いてないみたいだ。


「わりーわりー」と言いながら立ち上がった。

「ーーリアルに驚いたから、ついでかい声がな。ーーお前は確か……一年三組の……浅井……きんだろ!」


 どうだ。当たっただろ。みたいな顔されても困るんですけど、外れてるし。このまま覚えられるのは嫌なので先生には悪いがオブラートに訂正することにした。


「惜しいっす! 濁点が抜けてます」


「ああ。ぎんだぎん。惜しかったなー。あと一歩。届かずかー」


 どんだけ悔しそうなんだよ。マジで顔に似合わず愉快な先生だな。


「そんな事よりなんか用か? そんな二人もガールフレンド連れて」


 そんな訳ねーだろ。見てわかんだろ。愉快通り越して少しうざいわ。


「ち、違いますけど!」


「ガールフレンドもいいかもだけど、妹なの」


 俺が訂正しようとしたのに光の速さで否定された。勘違いされたのがそんなに嫌だったのかよ。別にあいつらは正しい事を言っただけだし、いいけどね。でもちょっぴり傷ついた。特によもぎのフォローが。


「冗談だって。そんでなんだ? 言ってみ」


 あんたの冗談で人が傷つくって事を知ってもらいたい。


 気を取り直して大きく息を吐くと言った。なんで俺が言うんだよ。少しだけ思った。


「部活の顧問になってもらえないでしょうか」


「その心は?」真剣な表情で聞いてきた。


 その心はって笑点のイメージしかないんだけど、どうすんだっけ? あれだあれ。理由みたいなやつ言えばいいんだろ。理由とかないんだが……。


「えっと……なんだろー」


「っははははは、嘘嘘。冗談だって」


 真剣に考えてるぎんを見て笑いながら手を叩く。

 なんかやたら楽しそうだ。それを見てムカつくってよりも、冗談でよかった。ほっと胸をなで下ろした。


「なんだ。よかった」


「よくないでしょ。松原先生。なってくれるんですか? どうなんですか?」


 先生に対してもその冷ややかな視線は健在なんですね。


「相変わらずツンツンしちゃって、いつまでツンツンする気なのかねぇ」


「えっ?」


 耳を疑った。でも言ったよな。まさかの知り合い発言。でもこれはこれでいいんじゃないか。知り合いって事は無下にも出来ないだろうし。こりゃ、勝ち戦だわ。

 勝たなくてもいい戦なんてないと、そう思ってました。でも例外があるようです。


「なになに? 先生となずな知り合いなの?」


 よもぎは目を見開いてなずなと松原先生を交互に見る。


「まぁ、父とこの人がね」


 別に私には関係ないけどみたいなの漏れてますよ。表情から。


「私は関係ないみたいなの先生傷つくな。てのは冗談として。なんの部活なのか教えてもらおうか」

 

 また冗談かよ! 以下略。


「遊部なの!」


 セットのやつ好きな。ドリンクはやっぱり付いてないようで。セットのやつとは笑顔で親指を立てるという技である。


「ほー。遊部か」顎を触っている。

「……面白そうだから顧問になってやる。特に何もしなくてもよさそうだしな」


 初めて遊部に対して質問しなかった。あんたに一つだけ聞きたい事がある。頭大丈夫?


「やったー!」


 よもぎは余程うれしかったのか、ぴょんぴょんといつもの倍は跳ねてるような気がする。


「よかったね」


 俺はあの目を知っている。あの暖かな。いや、温もりのある視線。あれはまさに子供を見守る母親の目だ。


 俺は真人間代表として先生に問う必要があった。真人間、みんなの疑問を消し去る為に。


「先生。俺が言うのもなんですが、そんなあっさりと決めていいんですか?」


「いいのいいの。直感ってやつだな。そんで部員は何人だ」


「三人」


 よもぎの小さな手のスリーピースは、なんだか懐かしかった。


「そんじゃ。同好会って事になるけどいいのか、後生徒会や職員会議で弾かれる可能性もあるからそこらへんは覚悟しとけよ」


「抜かりはない」


 やっと先生が真面目な顔で先生っぽい事を言ったかと思えば、今度はこの馬鹿かっ。どこの殺し屋なんだよ。


「そうか、ならいいけどな。それじゃあ紙もらっていいか? 俺が出しとくからよ」


「ボス、どうぞ」


 クッシャクッシャの紙をポケットから出してボスに渡した。じゃねーよ! ボスなんてどこにもいねーんだよ。もうどこにもな……。つい乗っちまったじゃねーか。


「お、おう」流石のボスも怯んだ様子だった。


「その紙なんだよ。俺、名前とか書いてないぞ」


「私も」


「抜かりはない」


「書いてあんぞ、お前らの名前」


 うん。もう驚かない。っていうか俺はもう入るの確定してたからさ。でもなずなも書いてあったのはお兄ちゃん少しだけ驚いちゃったな。


「へー、ならいいけど」


「もういいかな」


 なずなは額を押さえた。疲れたのか考えるのをやめたらしい。


「そんじゃ、出しとくな。ーーお前らきーつけて帰れよ。なずなは親父さんによろしく伝えといてくれ」


 そう言った松原先生は、今日イチ先生っぽかった。


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