犬猿の仲
「そんで、何部作るの?」
まさしが唐突に投げかける。
やっと話が前に進んだぜ! って思いながらも無言で歩く。
「うんとね、遊部!」
はい! よもぎちゃん。いつもより元気に言えましたねー。
「遊部って、何部だ?」
首をかしげた。お前の反応は正しい。やっぱりお前はこっち側の人間だ。
「そのまんまなの。遊ぶ部活略して、遊部」
親指とその笑顔はセットなんですかね。ドリンクは付かないんですね。わかりました。それでいいです。
「ほー。なんか最高の部活だな!」
「でしょ!」
「まさ! 諦めんなよ! 可笑しいと思ったんならそう言えって!」
我慢できずに声を荒げてしまった。だってまさまでも取り込まれてしまいそうだったから……。
「急にどうした? 情緒不安定か」
「お兄ちゃん。大丈夫?」
気遣ってくれた二人に「なに俺の心配なんかしてんだよ。おめーらのがよっぽど心配だってんだよ」なんて口が裂けても言えない。
「大丈夫。ーー続けてくれ」
「そんじゃー。部員とかって、後何人集めるの?」
「……三人なの」
「三人か、案外楽勝かもな! ーーなぁ、ぎん!」
そんな笑顔で言われても、それにしてもノリノリだな。
「そうなのか? 案外難しい気がするんだけど。ーーそもそもよもぎ。部室とか顧問とかは見つけたのかよ」
「部室は見つけたの。今は物置と化してる部屋を、掃除する代わりに使っていいって」
よもぎは即答した。仕事早いのなと、感心した。ズルをしてなければの話だが。
「そうか、じゃあ後は部員と顧問か。てか、遊部事態はオッケー出たのかよ」
何もしてないのに、偉そうに連続で聞きまくる俺。ーーどうなの?
……いや気にするな。俺は巻き込まれただけだし、本当はやりたくもないし、俺は悪くない。悪くない。
「抜かりはありません」
眼鏡かけてないのにクイッとすな! ブリッジをクイッとすな! どこの秘書なんだよ。全然似合ってないし。
「誰なんだよ!」
「流石よもぎちゃん。仕事が早い」
まさ。提案なのだが、少しはツッコんだらどうだ。届け僕の思い!!!
「恐縮です」
そのキャラがいつまで続くか見ものですよ。
「だから誰なんだよ! まぁいい、部員探すってまずどうすんだよ」
「うーん」
よもぎは頭を抱え悩んでいると、良いアイデアが閃いたのかまさしが提案する。
「チラシ作って配るか」
「それもありか、ポスター張るとかは?」
「それもありだな」
いや待てよ。そもそもそんな勝手な事していいのか? 正式な部活でもないし、ましてや同好会ですらないのに。
「これって勝手にやって平気か?」
「わかったの! まず顧問を見つけて同好会を作っちゃうの」
よもぎめっ! 俺の心を読んだのか? まさかな。
「それだ!」
まさしが親指を突き立て、白い歯を見せた。
「それで行こう。そんじゃ先生探すか」
異論はない。今最善の手がこれだろう。ああ、めんどい。そんな事を考えてたら、後ろから足音が聞こえた気がしたので無意識に振り返ると、五メートル程後ろに、艶のある長い黒髪を揺らしている彼女と目が合う。
「……お、おお」軽く手を挙げた。
「……あ、うん」吊られて軽く手を挙げる。
びっくりして少し沈黙したら、地味に気まずい感じに……まさか俺が振り向いたせいか? 振り向いてさえいなければ、あちらから普通に「今帰り?」みたいな感じで声かけやすかったんじゃない? 起きた事を悔いても仕方ない。ここはフレンドリーに、
「おーー」
「なずなだ! ついに見つけたのん!」
ぎんのふり絞って出した声は、よもぎの声にいとも容易くかき消された。
俺の勇気を返せ! そもそも気まずくなってたのが、可笑しな話だよな。でも稀にあるよなこういう事。仲良くても、なんか沈黙しちゃうみたいなやつ。何言えばいいの?みたいなやつ。あるなー、あるある。
「えっ⁉ 何?」
全く心当たりがないという表情。よもぎは砂漠でやっとオアシス見つけた旅人の如く、急に駆け寄って行った。
「部活なの! ぶ、か、つ」
なずなにくっ付きそうなほど近付くと、上目使いで言う。その行為を嫌がってはないが、全く意味がわからないと、言いたげな顔をしている。
「え⁉ 言ってる意味がわからないんだけど……」
言いたげというか、言いましたね。
「普通、わかんだろ」
怖いもの知らずなのかまさしが言った。
「何? 居たの? 動物園から逃げ出したお猿さんなのかと勘違いしていたわ」
これ以上ないくらいに見下している態度、表情だった。その姿を見たまさしも、ここぞと言わんばかりに言い返す。
「誰がお猿さんなんだよ。お前の目は節穴か、怪力ゴリラ女!」
「だ、誰が、ゴリラ女。ーーなのかな⁉」
歯を食いしばる表情は鬼のそれ。強くこぶしを握りしめる。
学年一の美人と言われている面影はもうそこにはなかった。
「いやいや、言ってないから。俺が言ったのは、怪力! ゴリラ女だから」
取り乱すまさしの肩を思いっきり掴んだ。
「おい、まさ! 死ぬ気か!」
本心がつい出てしまった。いやこれでいい、このままだとまさはもう……。
「離せ! 今こそ、あの魔王に一矢報いるんだ」
「無茶だよせ! 死に行くようなもんだ。行かせるわけにはいかない」
俺はまさを必死で抑える。そしてよもぎ。お前はなんでそんなに楽しそうなんだ。
「もう茶番は、いい?」氷の女王より冷たい目でギロッと睨まれる。
「かかって来い!」手招きをする。
ぎんは小さな声で「いけ」とまさしの背中を押した。振り向かないし返事もなかった。
背中を見ればわかる。こいつは本気だ。
今まで数え切れない程の屈辱を受けてきた。同じ漢だ。わかるぜ。このまんまじゃいられないよな。毎日。毎日。なずな様の機嫌を伺いながら奴隷のように生きるなんてよう。そんなの願い下げだよな。万が一許せたとしても、漢のハート。そう! ソウルまでは許してくれないよな。いけよまさ。今だ。今しかない。今なんだ。お前の全力ぶつけて来いよ!
来世でまた会おうな。
「いけいけー、二人とも頑張れー」
よもぎはぴょんぴょん飛び跳ねて声援を送る。それと同時に二人は動き出した。勝負は一瞬だった。
「ふっ」と、なずなが鼻で笑うと吐き捨てた。「サルが」後ろを振り向きながら髪をかき上げる仕草はまさに女王。
俺は目撃者となった。そう、あの一瞬まさが右のストレートと見せかけての左アッパー。それが上手くいったかに見えた。その時だった。なずなは読んでいたのかあっさり避けると、左のリバーが炸裂した。まさはくの字に曲がると泡を吹きながら倒れこんだ。
で部活は? と思わなくもない。
「おい! 大丈夫か! おい! ーーダメか」揺するが意識はない。そんなまさをおぶると言った。
「ーー保健室に連れていくから。後の事は頼んだぞ、よもぎ!」
「わかった! 任せて!」
ぎんは小さく頷くと、保健室に向かって駆けて行った。




