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2-5 なれないメール (平岡)

 お母さんに怒られたのは久々だった。

 委員長が帰った後、私が誰かと一緒に帰って来たことを不思議に思われ、勘が働いたのかいろいろ問い詰められた。

 うざがっても珍しく食い下がってきたので、仕方なく熱中症になりかかった事を漏らすと案の定怒られた。追加で、私がお風呂に入ってる間に部屋を冷やそうとしてエアコンの故障にも気付いたらしく、二重に怒られたのでなんだか踏んだり蹴ったりだ。

 熱中症の原因は部屋にもあると母は言い、委員長も確か「室内でも気は抜けない」と言っていたので、案外常識的な考えなのかもしれないと思った。

 そして、「子供が変な意地を張らなくていい」としばらく説教を受ける羽目になる。

 エアコンの修理はすぐに手配されたが一週間の待ちがあるらしくその間、昼間の暑い時間帯に自室で過ごすことを禁止された。

 今は夜なので自室にいるが、窓を開けて風を入れないとやや暑い。扇風機を回しているがその風は涼しく感じなかった。

 窓辺で涼みながら、そういえば委員長と連絡先を交換したなと思い出す。スマホを鞄から取り出し、数少ない連絡先を確認する。

 “栄枝胡桃”、そう表示されてる。さかえ、こ……もも?

 読めないので検索してみると“くるみ”と読むらしい。ふむ。

 今日学校に出向いた目的は委員長の名前を知るためだったので、これで達成されたことになる。しかし、一緒に宿題をする約束を新たにしてしまったので、まだ委員長との関係は続きそうだ。

 関係が続く――。終わらせるつもりでいたのに続くんだと意識すると不思議と安心感のようなものが沸いた。けどそれも宿題が終わるまでの期間だ。それだけ……それだけの関係。それで終わり。

 心の中で反復して呟き、自分に言い聞かせた。

 スマホを見つめてると、今日のお礼をちゃんと言えてなかったことを思い出す。正確には言ったつもりだったが、舌がもつれたり口が開かなかったりで伝わっていたか怪しい。

 せっかくなので使ってみようかとスマホを操作する。電話はいきなりだと迷惑だろうからメールにしよう。にしても、なんて送ろう? メールなんて、お母さんくらいとしかやりとりがないしどこか気恥ずかしい。

 まずは『平岡です』……と打って消した。お互い連絡先は赤外線で交換したのだ。名前は恐らく送られてきた時点でわかる、はず。

 『こんばんは』……また消す。なんか違う。挨拶いる?

 延々と悩み続けるのもらしくないのでネットを頼ろうと「メール」「送り方」「友達」のワードで検索するが、男女の駆け引きに関する相談内容が多く参考にならない。というか、お礼を伝えるだけで何をこんなに悩む必要があるのか。

 開き直り、さっさと文字を打ち送信を押す。


 『今日はありがとう』


 送った直後に内容を見返すと、猛烈に恥ずかしくなってスマホの電源を切ってしまった。



 あれから二日経つ。なのに、委員長からは一向に連絡が来なかった。

 なんでだろう。連絡するって言ってたよね?

 別に期待していた訳ではないが、宣言通りに連絡が来てないとなると気になってしょうがない。

 現時刻は昼の一時。昼食を食べ終えた私は、リビングのソファにだらしなく全身を預けている。手にはスマホを握り連絡がいつ来てもいいようにしているが、ネットで適当にゲームの情報も見たりしている。

 しかしそれにも飽きていてテレビに視線を移すが、芸能人のスキャンダルやら政治家の汚職事件だのでいつもと代わり映えせずどうでもよかった。

 メール……してもいいのかな?

 ふと、そう思い付いた。二日前にもしたし、というか返信はなかったのでもしかしたら何かしらの理由で届いてなかったり読まれてない可能性だってある。気になる。少し。


 『あの』


 素早くメールの画面に切り替えて、この二文字だけで送信を試みた。文章を作るとなると、また頭の中でいらない葛藤を繰り広げる可能性があったからこれでいい。


 『はい。栄枝です』


 返事は意外とすぐにきた。名前は打たなくても分かるのに、そうするところが委員長らしいというか。というかなんで名字? 電話じゃあるまいし。

 すぐにこちらも返事を送ろうとしたが、なんだかじれったい感じがしたので電話に切り替えたかった。


 『電話していい? てかするから』

 『ちょにきさ』


 ん……? 僅か数秒で返ってきた内容は意味不明だったが、恐らく慌てた拍子に誤字って送信したのだろう。その様子を容易に想像出来て笑ってしまった。

 とりあえず一分待ってから電話のコールを鳴らすと、すぐに繋がった。


 『は、はいっ、こちら栄枝ですっ!』

 「えっと、なんか家の電話みたいな出方だね」

 『あ、そう、かな? つい……』


 それからしばらくの沈黙。

 言いたいことはあるはずなのに、何から言えばいいのか脳が吟味していて次の言葉が遅い。


 「げ、元気だった?」

 『うん……平岡さんは?』

 「まあ、こっちも元気だけど。……てか、忙しかった?」

 『ううん、いきなり電話する、ってちょっと驚いちゃったけど、大丈夫』


 思うように話せない。こんなことを話す為に電話をしたわけじゃない……けど、こういう導入も会話には大事、なのかもしれない。後でそういうのも勉強しようと思いつつ本題を切り出す。


 「それで、あのっ、学校で勉強するんじゃなかったの?」

 『う、うん。その予定だよ』

 「何も連絡ないから……」

 『えっと、まだ安静にしてた方が良いかと思って』

 「もうとっくに大丈夫だし。それに連絡するくらい、安静にしながらでもできる」

 『あ、その……ごめんなさい……』


 電話の向こうで弱々しくなった声にハッとする。なんでか苛立ってしまったようで口調が強めになっていたようだ。

 委員長に悪い点はない。ただ、私の身体を心配してくれてただけだ。それなのに私は……。


 「あ、謝ってほしいわけじゃ、なくて。……その、学校行く日決めよう!」


 なんとか要点を絞り出して伝える。謝ろうかとも思ったが勢いで言えなかったので、心の中で謝る。


 『そう、だねっ。いつにしようか』

 「いつがいい? 私はいつでも暇だし」

 『えへへ、私もだよ。だいたい毎日暇かも』

 「じゃあ、さ。とりあえず明日にする?」

 『うん、平岡さんがよければ』

 「じゃあ、そうしようか」


 こうして、明日から勉強会は再開される事となった。待ち合わせ時間は午前十時に決まる。

あとは特に用事はない。通話を切れば終わる、のだが……。どうやって終えればいいのかわからない。「じゃあ、また」って感じで普通に切っていいのか? 経験がないとこういう弊害が多くて困る。


 『電話してくれて、ありがとうね』

 「へっ……!?」


 突然のお礼に、脈が早くなるのを感じる。考えてた事も今ので吹っ飛び頭の中が真っ白になった。挙げ句、更なる沈黙を決め込んでしまう。


 『わ、わ私なに言ってるんだろうね!? じゃ、じゃあおやすみなさい! また明日っ!』


 通話はそのまま切れてしまったが、私はしばらくスマホから耳が離せなかった。

 治まらない胸の高鳴りと、熱くなった耳の原因を追求していてそれどころではなかったのだ。

 落ち着いて先程の委員長の言葉を振り返ると、おやすみなさいにはまだ早い時間だった。まだ昼だし。昼寝するってことなのだろうか?

 明日の準備といっても鞄と制服、といつもと変わらないものなのでそれらを終えてもまだまだ時間はたくさんあった。宿題も今やるわけにはいかないし、なんだか落ち着かない。

 その後お母さんが買い物から帰って来て、そわそわしてると指摘されたが「そんなことない」と少しむきになったりした。

 そして翌日から二人の勉強会は静かに再開されたのだった。

2話終了になります。


新作はじめました。よければよろしくお願いします!

【欠けた月と寄り添う私】http://ncode.syosetu.com/n7978dx/

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