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2-4 繋ぐきっかけ (委員長)

 今度会ったら自分から何かしらのお誘いをする――。


 昨日の別れ際に自分で決めた事だったが、突然の出会いや熱中症の事もありすっかり忘れていた。別れる前に思い出せたのは幸運だったが、しかし私達は既に校舎から遠ざかっていて、すぐにでも話を切り出さないとその幸運は無駄に終わる事となる。

 校舎を離れたのは単に家へ帰るためだ。平岡さんの体調が回復して異常もなさそうなのでお開きにしようという流れになっていた。

 熱は無事治まっていて、お弁当も残さず食べてくれたので体調はもう大丈夫だろう。

 それと、予想はしてたがお弁当のお代は真っ先に払ってくれた。金額については少々疑われたが。お店やコンビニよりも安いことが引っ掛かったらしい。

 売り出しに来る弁当屋さんは、学生の為に割引きをしてくれるので人気がある。そのことを教えるとやっぱり知らなかったようで、「今度行ってみようかな」と呟いていた。

 夏休み中は週一でしか売りに来ないらしいが、授業のある平日は毎日売りに来てくれている。

 いつもは一人で列に並び退屈に感じているが、平岡さんと一緒に並ぶのは新鮮で良いなと妄想した。


 校門に着くまでがあっという間で、案の定私は平岡さんを何にどう誘うかの考えがまとまらず、焦る気持ちばかりが先行して、つまり……まともに思考できる状態になかった。今を逃すと次に会える日は夏休み明けの再開になる可能性が高いにも関わらずだ。


 「じゃあね。今日も、その、助かった」

 「うん、いいよ全然。無理しないでね」


 お互いの帰る道は正門から反対方向なので、ここで別れ道になる。しかし私は平岡さんと同じ方面に歩を進めていた。次に会う口実も結べてないし、まだ病み上がりで心配だったので自然と、家まで送りたいという衝動が働いたのだ。

 少し後ろを歩いていると、黒い日傘を差した平岡さんが振り返る。日傘の黒と白い素肌のコントラストが際立ち、なんだか浮世離れして見えた。美人はなんでも絵になるんもんだなぁ。


 「委員長……? どこかに用事?」

 「う、うんっ、ちょっとね。途中まで一緒かも」


 そうか、離れに用事って理由なら平岡さんの家をたまたま通りかかったように装うことが出来るかもしれない。素直に「家まで送る」なんて言うと、厚かましく思われたり遠慮されたりまた“借り”がどうこう言いだすかもしれない。自然な流れでさりげなく送りたかった。それに“借り”といえばさっきの件の返事もまだ出せていない。


 「どこに用事?」

 「えっ、と……本屋、だよ!」

 「本屋ならそこにもあるよ。大きいのが」


 指差されたのは道路をはさんで向かいに構える大型書店。目視できる距離にあり、ここいらでは品揃えも一番良いと有名だ。私もよく利用してる。


 「こ、ここには置いてない本が、あってね……」


 ああ、言い訳や嘘が下手だなあ、と自分が不甲斐なくなる。逆に上手でも困る気もするけど。

 平岡さんの何でも見透せそうな眼差しを前にすると、ついたじろいでしまう。もうその時点で見破ってくださいと言ってるようなものだ。


 「いいよ、変な嘘つかなくて」

 「じゃあ、えっと、まだ心配だし送らせてほしいな……って」


 もう素直に開き直るしか道はなかった。


 「昨日私も送ったし、いいよ……そうしたかったら」


 予想してた返事と違い、平岡さんは拍子抜けするくらいあっさり認めてくれた。けど、そう言った平岡さんの顔はほんのり赤くなってる気がする。もしかして再び熱が出たから実は送って欲しかった、とか……? なんにせよ了承をもらえたので助かる。それにこの症状を見たからにはほっとくわけにもいかない。日傘があるとはいえ、日差しもまだ強いので油断ならない。


 「借りとかは、なし?」

 「べつに……って、えっ? もしかしてそれが目的?」

 「い、いやっ、そんなわけないっ! ただ、平岡さんなら言い出すかなと思って」

 「私はそんなに恩着せがましくない」

 「そうかなあ?」

 「絶対、そう」


 心外だ、と言うように肯定を貫く平岡さんは少し拗ねてるようでツンとしてしまった。相変わらず判断基準がわからなかったけど、私の方がずれてるのかもしれない。もっと長く付き合えってみれば、それもはっきりしてくるのかな?


 「あ、あの、気を悪くしたらごめんね。私ってバカだからまだ平岡さんのこと、あまり分かってない、から、その……」

 「自分のこと、そんな風に言わないでよ。冗談、だから」

 「えっ…………」

 「今の。ほんとに怒ったわけじゃない、から」

 「そう、なんだ。よかったぁ」


 どうやら本当に機嫌を損ねたわけではなく、冗談だったらしい。ホッとすると同時に、平岡さんもそんな態度をとるのだなと親近感が沸いた。

 それから十五分くらい歩いただろうか。普段は立ち入らない隣町の住宅地を歩いていて、なんだか落ち着かない。しかし前を歩く平岡さんが先導してくれてるので心強く感じられて、昨日のゲームセンターでの状況と重なって見えた。平岡さんは知らない場所とか怖かったりするのかな? それとも私がびくびくしすぎなだけなのかな……?

 いろいろ憶測が飛び交うが、結論は出ないので先程から考えている“借り”の“お返し”について集中することにした、のだが――。


 「家、ここだから」

 「えっ、もう着いたの……?」

 「着いてほしくなかった?」


 こちらの焦りなど露知らず、不思議そうに眉を潜める平岡さん。足を止めたのは二階建ての一軒家の前。表札には“平岡”と刻まれていて結構大きな家だなあと感じたが、そんなことを悠々と確認してる場合ではない。玄関の門に手を掛けるところで、私はなんとか言葉を吐き出す。


 「あのっ! ちょっと待って、ほしい」

 「う、うん……なに?」

 「今日のあの、借りのお返し? 考えてて」

 「ああ、そういえば。けどあんまり難しいのは、よしてほしい」


 そう言うと門を背にして待ってくれた。その姿勢に安堵し素早く案をまとめる。

 まずは、また遊びに行く案。これは考えうる限りで一番無難なものではないだろうか? 前回よりも打ち解けてるはずなのでそんなに緊張することもなく、上手くいけば仲が深まったり、そのまま友達になれてたりするかもしれない。でもそんなに上手くいくだろうか? もう少し別の方面からも繋がれるようなアプローチも必要な気もする。

 いっそもう友達になってもらう? でもそれは最終目標であり、まだ関係も浅い私達には早いだろう。それに何かと引き換えに友達になってもらうのは違う気がした。


 「今決めなくてもいんじゃない?」


 平岡さんはこちらを向き、困ったように首を傾げる。家の前でじっと考え事をされたらこうもなるだろう。私は頭を振って否定して、なるべく意識を集中させた。

 ふと、昨日も今日も私達を巡り合わせたのは学校の教室だったことを思い出す。少なくともお互い、あの教室に惹かれるものがあるのには違いない。今日は残念ながらそこで何をするでもなく終わっている。それなら、また近いうち教室に訪れる機会はあるのではないか?


 「平岡さん、また教室に来る気ある!?」

 「え? なんの話……?」

 「その、夏休みの宿題。しにくるかなぁ、って」

 「えー、うん。気が向いたら」

 「よかったら……一緒にやらない?」

 「えっ」


 平岡さんが少し驚いた表情で目をぱちくりする。時たましか見られないのでまだ新鮮に感じる。


 「一人だと、退屈するかもしれないし。わからないところとかあったら、困る……でしょ?」

 「ん、うん……」


 平岡さんは、気が進まないのか言葉があまり出てこない。失敗したかもしれないと考えてしまうが、断られてもまだダメージは少ない提案なだけに少し積極的になれた。


 「でも、お互いいつ来るかわからないよ?」

 「あ、そっか。でも――」


 それならば連絡先を交換すればいい! と珍しく思考に機転が利いた。けど、そう簡単に交換してくれるだろうか? いや、もう引いてる場合ではない。それに何分も立ち往生して、家の人に怪しいと思われかねないという事も拍車を掛けていた。


 「えっと、連絡先の交換しませんか!」

 「えぇっ!?」


 平岡さんが珍しく上擦った声を上げ、少し後ずさる。いきなりはやっぱり嫌……かなぁ。でもメリットを説明すればなんとか、なるのかな……? もう半ばやけだった。


 「えっと、交換すればほら、一緒に宿題する日も決めれるし、もし今日みたいなことがあっても対応出きるし……そう! 一石二鳥だよ……ね? お返しの方もそれでいいし」

 「……確かに、それならいい、かも」


 しどろもどろだが、平岡さんも少しその気になってくれたようで助かる。けど、その表情は硬いような気がして。やっぱり気が進まないのだろうか?


 「嫌なら断ってくれていい、から。言ってみただけだから」


 そう告げると、平岡さんは首を左右にぶんぶん振って鞄の中をガサゴソとし始める。なにかなと思って見てると、取り出されたのはピンクのケースのスマートフォンだった。そして、それはそのまま私に差し出された。えっ……と?


 「こ、交換、いいよ」

 「あ、ありがと。でも、なんで私に渡すの……?」

 「私、ネットしか触らないから、どうやるかわからない」


 その手は何故か震えていて、きっと私と同じく慣れないことに戸惑ってるんだなと読み取る。そう思うと共感できてなんだか安心できた。


 「私もわからないから、一緒に探してみようか」

 「う、うんっ」


 二人で慣れないスマホをいじりあって、どうにか赤外線通信を使っての交換に成功した。

 連絡先の名前欄には“平岡千奈”の文字が表示されてる。選択すると、メールアドレスと電話番号まで載っていて、連絡手段には困らなそうだ。最近はラインとかいうのが学校で流行ってるらしいけど、私も平岡さんもそのアプリはやっていなかった。


 「あ、ありがとう! 今度、連絡するね」

 「うん」


 初めて登録された同級生のアドレス。意識すると正直、飛び上がりそうなくらい気分が高揚して落ち着かない。スマホで連絡なんていかにも“友達”って感じがして妙な充実感もあった。

 その後、家の奥から平岡さんの母親らしき人が出てきた。これ以上いるといろいろ迷惑な気がしたので、挨拶と会釈を済ませてそそくさと退散した。

 帰りの途中、少し道に迷った覚えがあるようなないような。気付いたら家にたどり着いていて、まるで道中の記憶が抜け落ちた心地だった。それだけ自分の心が浮わついているのだなと少し反省して、勉強会の日はいつがいいかを考えた。


 その日の夜、お風呂上がりに部屋で髪を乾かしているとガタガタと振動音が響き、心臓が跳ねあがってドライヤーを落としそうになる。音源は机に置いてたスマホからであり、普段は鳴ることのない時間帯なのでその不意打ちに驚いた。

 おそるおそる画面を見ると、新着メール一件の表示。昼間ならば契約会社からのメールがたまにあるけれど、今の時間となると……。誰からかはおおよそ検討が付いて、タップして確かめるとやっぱり平岡さんだった。すぐにメールを開く。


 『今日はありがとう』


 短い文だが、らしいなと思った。

 それから“平岡さんからのメール”ということを意識すると途端に頬の辺りがむず痒くなり、衝動的に布団にダイブし思いっきり顔を埋めた。なんだろう? この感じ。

 言葉で言い表せない喜びの波が押し寄せ、どうしていいやら分からない。同時に、返信をするべきか迷う。

 けど、今は少し落ち着こう。頭を冷やさないと、おかしな行動に走りそうだから。

 興奮が収まるまで、火でも揉み消すかの如くベッドの上を転がった。

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