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2-1 朦朧の日 (平岡)

 「ちーちゃーん!」


 知ってる声に呼ばれて、嬉しくなって振り返る。思った通りの人物に、幼い頃の私は同じく名前を呼び返していた。

 それが夢だと理解したのは、意識のある自分がその光景を主観で眺めていたからだ。

 場所は昔よく遊び場にしていた近所の公園だった。不安や不満など何一つなさそうに無邪気で楽しげにはしゃぐ二人。この頃の私は、友達っていいものだなと心の底から思っていたはずだ。


 けど、今は――違う。


 昔の夢なんて見ても心が痛くなるだけで、忘れたいのに……。

 早く消えてほしくて、幼い二人の笑顔を睨み付ける。すると、テレビのチャンネルが切り替わるように場所は以前通っていた小学校の廊下に飛んでいた。やはり夢なんだなと有り得ない現象に納得する。

 廊下をしばらく歩き人の気配を探す。


 「ちかちゃーん」


 また名前を呼ばれた。さっきのような明るい声ではなく、含みのある蔑むような声だった。

 ああ、さっきの子は小学校に上がる前に引っ越したんだっけ? 手紙を何通も書いたが返事が来ることはなかったような覚えがある。離れてもずっと友達、って言い合った仲だったはずのに……。

 そんなことを考えながら、呼ばれた声の方向へ急ぐとそこは女子トイレだった。閉じられた個室を囲うように三人、女子達がクスクス笑い合っている。

 こんな事もあったなと思い出す。三人の中に私がいないのは、個室に籠っているのが私だからだ。

 簡単に言うといじめである。

 その後の結末は確か……嫌な予感がした。目を背けるためにトイレから急ぎ足で離れると、直ぐに誰かの悲鳴が上がった。それは私のではない。

 確かあの時、上から水を掛けられて激昂してしまった私はいじめっ子達を……。

 あんな解決方法は今なら「ないな」と思えるけど今更どうしようもない。

 とにかく過去にはろくな思い出がないので、早く覚めてくれと念じつつ小学校を抜け出す。すると外は町になってるわけではなく、薄暗い砂漠のような世界だった。周囲には何も見えず何処とも知れない地をしばらくさ迷った。

 戻ろうにも背後にあるはずの小学校は既に消えていて、前に進むしかなかった。

 やがて、視界の先にぼやけた建造物が現れたのでそれを目指した。順番的に中学校かなと思いきや、瞬きする間に私は今通ってる高校の廊下に立っていた。妙に現実味があるのはつい最近ここを訪れていたからだろうか? 制服も高校のものを着ていて、なんだか本格的だ。

 誰もいないようで、自分のクラスがすぐ手前にあった。

 中を覗いてみると、中央の席に一人だけ座っている生徒がいる。黒板側を向いていて私からは後ろ姿しか見えない。それなのに私にはそれが委員長だと確信できた。

 その途端、私は何故か呼吸が早まると同時に委員長へと歩を進めていた。そして衝動的に手を伸ばす。「やめてくれ」と声にならない叫びをあげるが、身体は意に反して動きを止めない。

 やがて肩に触れると委員長が振り返る。

 でも、私は反射的に目をきゅっと閉じてしまった――。



 「ん、うー……?」


 目覚まし時計が頭の上で騒ぎ立てている。久しぶりに目覚ましで起きたなあと、ぼーっとしながらベルを止めると朝八時を指していた。

 最近は暑さと蝉の発する騒音で、ベルが鳴るよりも早く起きることが茶飯事だ。

 少しずつ覚醒する頭で、何か夢を見てたようなと思考するが思い出せない。代わりに何故か、委員長の笑顔が脳裏にちらついて眩しい。

 夢に出てきた……のかな? そういえば昨日、遊んだっけ。あれは夢、じゃないんだよね?

 遊びに誘った事を含め、夢なんじゃないかと思うくらいに昨日の自分は変だった。

 本来ならあり得ない行動。でも嫌じゃなかったなと一緒にいた時間を思い返すが、気分がうずうずしてきたので怖くなって思考停止した。

 何でそうなるのか理解が及ばないし、そもそもなんで委員長の事を考える必要があるのか。あの関係は昨日限りのものだし、次に会っても普段通りに干渉なんてし合わないはずだ。

 だから、だから、夢と同じ扱いでいいんだ……。

 そう思わないと整理がつかなそうな気がした。


 部屋の空気を入れ替えた私は、昨日と同じく早朝からゲームに耽っていた。プレイするのは久々にRPGだ。気を紛らわせる為には、こういったシナリオ重視のゲームで今の気分を上書きしてやれば良いと考えての選択だった。

 しかし、赤髪の女剣士のパーティ加入によってその選択も裏目に出る事となる。

 なんか、委員長に似てるなあ……。

 キャラを見てみると、平凡な体型の主人公よりも長身だが気弱そうで、剣なんか振り回すイメージには見えない。ギャップ萌えを狙ったのだろうか?

 そういえば委員長も勉強教えてるときは頼もしく感じたっけ――。

 次にパラメータをいろいろ見ていくと名前欄から名前を変えることが出来た。初期の名前を消して、なんとなく「いいんちょ」まで入力してみてハッとする。

 そういえば委員長の名前を知らないような……?

 向こうはちゃんと覚えててくれたのに、私は知らないなんて失礼な話ではないか? あれ……?

 考えないようにしてたのにいつの間にか委員長の事を考えてる。なんで……?


 本当は私は人付き合いに餓えてるのか? ……違う。

 名前が気になっただけ? ……そう、それだ。


 関わった人の名前を知りたいと思うくらい何でもないはずだ、と決めつけゲームを辞める。

 何かのお便りに名前が書いてあったような、と過去にもらった印刷物を漁る。しかし、こんな時に限って探し物は見つからないもので替わりに生徒一人一人の名前が席順に書かれた用紙が見つかった。委員長の席を覚えてなかったので意味がない。

 そういえば夏休みも学校に用があるっぽいし運が良ければ学校行けば会える、かな?

 ここまで考えて、名前を聞く為だけに学校に行くのかと馬鹿馬鹿しくなるが、同時に昨日の教室の風景が頭に浮かぶ。

 そうか、宿題をやるついでなら問題ないんだ。委員長に名前を聞くのはあくまでついでだ。それなら変にあれこれ考える必要はない。

 そう決定付けると行動は早かった。


 「今日も学校?」


 リビングにて遅い朝食を頬張る最中、母親に訊ねられる。私が制服姿なのを見て察したのだろう。


 「うん。ちょっと、宿題してて」

 「へぇ、偉いじゃない」

 「べつに。やらないと成績に響くし」

 「家ではやらないの?」

 「家だと……やる気でないから」

 「そう」


 「部屋が熱くて」とは言えなかった。エアコンが故障してる事を家族にはまだ知らせていない。うちは貧乏って程貧しい家庭ではないので、エアコンの修理等は言えばすぐ業者を手配してくれるだろう。

 けれど、いつもは会話を避けたがるくせにこんな時だけ親を頼るのはどうかと思った。プライドがある、訳じゃないけどなんとなく気が引けたのだ。


 「じゃあ、学校行くから」


 食器を洗い、そそくさとリビングから離れる。自分の家なのによそよそしくなってしまうのがなんとも辛い。


 「今日は自転車使うからねー」


 母親の声を背中で受けながら、玄関を出る。今日もまた一段と熱い日射しが照りつけていた。

 誰も見てないだろうし日傘くらいは挿すかと傘立てから普段は使わない一本を取りだし家を後にした。

 しばらく歩を進めてると、やはりというか出歩いてる人は少ない。すれ違うにしても老若男女合わせて一桁台だった。

 高校生は一般的に夏休みをどう過ごすのが定番なんだ……と嘆息するが、恐らく都会に出たり海に行ったりしてるんだろうなと偏見気味な想像を膨らませた。

 公園のそばを通る際に数名の利用者が目に入った。木陰では子供連れの母親達が談笑していて、小学生くらいの男女も近辺でひっそりと遊んでいた。日射しの中で元気に遊ぶ人の姿はどこにもく、熱中症が流行ってるらしいので利口だなと思った。


 何事もなく学校には到着した。

 昨日より疲労感があるのは多分、自転車じゃない事と日が高く昇ってるせいだろう。だが、日傘のお陰でだいぶ涼やかな気分だと自己暗示する。そんなに簡単に涼しくなるはずもないが、気の持ちようは大事なはずだ。

 校舎に入ると蒸し暑い空気に歓迎されて顔をしかめる。熱気に抗いながら進み、昨日はこんなんじゃなかったと違和感を覚える。

 教室付近まで進んで気付いた点は、開いてる窓が一つもない事だった。そのせいで熱気が校内に押し留められているのだろう。

 昨日は委員長が窓を開けたから涼しかったんだ。今更ながらに気付き窓に手を掛けるも、離して先に教室の戸を引いてみた。開かない。やっぱり教室も委員長が開けたんだなと認識する。

 戸締まりは警備の人が夜の見回りで行うらしいが、開ける場合は職員室に鍵を借りに行かないといけないだろう。

 スマホで時間を確認すると十一時前。昨日より約一時間遅い到着だった。

 今日は、来ないのかな……。

 自分の中に、がっかりしてるような感情を見付けて慌てて否定する。

 鍵を借りに行くのが面倒なだけだし……。

 第一、委員長とは約束をしてた訳でもないし、来る日を聞いた訳でもないので会える確率の方が低いのだろう。

 確率、か……。何を考えてるんだか。

 頭の中がもやもやして苛立ちにも似た感情が積もっていく。身勝手な、何に対してのものかも分からぬその感情に自己嫌悪しそうになる。


 今日は、帰ろう……。


 一連の思考を放棄して、踵を返し帰路へと向かう。

 なんだか頭がぼーっとしていた。今いる空間の蒸し暑さのせいだろうが、他の要因もあるような気がした。

 身体は重くまるで泥沼でも進むかのような感覚を、今の私は異常だと認識できなかった。

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