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1-4 あまいおわかれ (委員長)

 アーケード商店街は屋根で覆われてる部分が多い為、外の様子はわからないが周囲の様子から夕方が迫っていることを感じ取れた。

 人通りは来た時よりもずっと多くなっていて、夕飯の食材を買いに来たであろう主婦達や、部活や仕事の帰りであろう人々でごった返している。

 私達はそんな人混みから抜け出そうとゆっくり移動中だ。昼間は横に並んで歩いても問題なかったが、今は縦にならないと邪魔になる。

 平岡さんの小さな背中を先頭に進みながら、私は今日あったことを思い返していた。

 とても楽しかったし充実していた気がする。初めこそ緊張してたが、ゲームセンターで遊ぶ頃には気兼ねなく自然体でいれたように思う。

 平岡さんも楽しかったのかな? 気になるけど聞くのは野暮な気がしてやめた。

 時々、平岡さんはこちらを振り返る。はぐれてないか気にしてくれてるのか、何か言いたいことがあるのか。私が笑んで返すと慌てるように視線は前へ戻る。なんだか小動物的な可愛さがあった。

 商店街を抜けると日が傾いていて、空や景色に赤みが滲み始めていた。


 「途中まで一緒、だよね?」

 「そうなのかな? 平岡さんは何市から来てるの?」


 自転車で来てるから遠いのかと思ったけど、聞いてみると自転車はたまたま今日だけ乗ってたらしく、普段は歩きらしい。意外と近くの町に住んでいたが、細かい住所は離れていて登校ルートは交わりそうになかった。


 「送るけど……?」

 「大変じゃない?」

 「べつに。私、自転車だし。委員長の方が、歩くの大変」


 確かに言われてみれば私の家に帰るには、また学校の方面まで戻って家を目指す必要があった。徒歩だと四十分は掛かるだろうか。結構遠くまで来たものだなと感心する。


 「お願いしても、いいのかな?」


 乗せてもらってばかりで申し訳なくなるが、平岡さんは平静を装っていて相変わらず心が読めない。


 「いいよ、気にしないで」

 「ありがとう」

 「うん……」


 本日二度目の二人乗り。鞄を預けて後ろに座り、小さな肩に手を乗せる。進み始めた自転車は、昼に乗った時よりも安定感が増していて、コツをつかんだのかなと思った。

 高架線下をくぐり抜け、土手を川沿いに走る。夕日が視界に入り眩しいけど、光を反射した川は綺麗だった。

 途中、ふと気付く。家に着いたらもうこの時間はおしまいなんだと。考えないようにしていたが、平岡さんと私は友達ではない。平岡さんは、数学の勉強を教えたお返しに遊んでくれてるに過ぎない。

 私も初めは友達が出来た場合のシミュレーションのつもりだった。けど、気付いてみれば平岡さんのことをもっと知りたくなっていて、むしろ友達にすらなりたいと考えるようになっていた。

 また遊びたい、って言ったら迷惑かな……。

 平岡さんが人付き合いを避ける理由がわからず安易に誘う事は躊躇われる。なら、理由がわかれば納得出来るのか? 少なくとも友達になれそうか、なれなそうかの判断基準にはなる。けど聞いて拒絶されたら……。たった半日遊んだだけで、打ち解けたと思っているのが私だけだったら……きっと落ち込む。

 舞い上がった勢いで自爆するリスクを負う覚悟が私にはない。「今日は楽しい思い出ができた」、それだけで充分な一日だった。


 「……ちょ――。委員長? 寝てるの?」


 しばらく瞑想に耽っていて、自転車が止まってるのに気付けなかった。もしかしなくても何度か呼びかけていたらしく、平岡さんが少し心配そうにこちらを見ていた。


 「あっ……ごめんね、心地よくて寝てたかも」

 「えっ、そう、なんだ。器用というか危ないよそれは」

 「そうだね、ごめん……」

 「で、どっちに行けばいい?」


 住宅地に入って一つ目の別れ道に差し掛かっていた。そういえば大まかな場所だけ教えて、任せていた事を思い出す。


 「右、だけど……ちょっと時間いいかな?」

 「うん? かまわないけど」


 右に曲がってすぐ横の一軒家。そこは一階がパン屋さんになっていて、ここいらでは有名だった。私もよく通っている。そこに平岡さんを誘導して一緒に降りる。いつも夕方過ぎには閉まる為、まだ開いてて良かった。


 「お腹すいたの……?」

 「ここ、とっても美味しいシュークリームが置いてあるんだよ」

 「へぇ、そうなんだ」

 「甘いもの平気?」

 「うん。よく食べるけど」

 「じゃあ、食べてみない? おごるから」

 「いいよ、自分で買うし。それに変な気使ったら罰金って言った」

 「うっ……そうだった」


 単純に今日のお礼にと思い付いての言動だったのだが甘かった。罰金の話など忘れていた。けど、それなら平岡さんはかなり気を使ってるはずなわけで……。指摘したら何を言われるかわからないので、そこには触れずに店内への扉を潜る。


 「シュークリーム、まだありますか?」


 目的の物は奥の冷蔵庫に閉まってあって、在庫確認は店員さんに尋ねないといけない。


 「残り一つしかありませんが、いかがなさいますか?」


 私と平岡さんを交互に見て店員さんは申し訳なさそうにする。でも私は迷わず「ください」と頼み会計を済ませた。今回は他に買う予定はなかったので、平岡さんが何か買わないかを確認して店を出た。そして平岡さんに手に入れたシュークリームを差し出す。


 「こ、これ。一個しかなかったし私よく食べてるから、その。受け取って……!」

 「なら、お金払う――」


 財布を取り出そうとする平岡さん。その手をつい制しようと掴んでしまって、ビクッと驚くような反応を返され我に返る。


 「あっ、ごめんなさい。えと……」


 しばらく、時間が止まったように静かだった。平岡さんは俯いて顔を上げない。耳が少し赤いような。怒らせたかもしれない。触られるのが嫌いな人もいるよね……。謝ったけど、ダメかもしれない。

 私はどうしたらいいのかパニック寸前だった。


 「……ん、ぶ……こ」


 えっ……? 平岡さんが小さく何かを呟いた。


 「は、はんぶんこなら……もらっても、いい……」


 一瞬、何を言ってるかわからなかった。面を上げたその表情には予想してた怒りを感じさせるものはなく、替わりに少し照れてるような表情が覗いていた。怒ってないことを理解して、言葉の意味を復唱して理解する。


 「はんぶん、こ……?」


 聞き返すと、こくりと頷かれた。丸々一個なら気が引けるってことなのだろうか。確かに一個しかないし、逆の立場で考えると気を使われ過ぎてるような気もする。でも半分ならオッケー、なのかな……? そこは平岡さんなりの線引きがある、ということで納得する。罰金の要求も、拒絶されてないことにも安心し、私に元気が戻った。


 「じゃあ、早速食べようか!」


 開封すると、包装紙の切れ端を空いてる手に持ちシュークリームをちぎる。予想はしてたがそんなに綺麗に分けることはできなかった。元の包装紙にある分を平岡さんに差し出す。これで「ちゃんと半分に」などと言われたらお手上げだが、すんなり受け取ってくれた。口に運ぶまで見届ける。


 「どう、かな?」

 「あまい。おいしい」


 喜んでくれたようで、私も釣られて嬉しくなった。こういうのを共有するのも友達っぽくて素敵だと実感する。まだ友達ではないけど。


 「さっきは、ごめんね。いきなり掴んだりして」

 「う、べつに気にしてない。少し驚いただけ」


 ぺろっと食べ終えると、平岡さんが自転車を持ち出した。乗ってとばかりに私の横で待機している。


 「もうここで大丈夫だよ。この通路入ってすぐ左だから」


 指を差しても目視は出来ないが、歩いて三分くらいの距離だ。道が開けてるここで別れるのがちょうどいいだろう。「そう」と言って平岡さんは軽やかに方向転換した。


 「じゃあ、またね。今日は楽しかったよ、ありがとう」


 なるべく明るく振舞おうと私は笑顔を作る。本心半分、嘘半分といったところでちゃんと笑えているだろうか? 気が進まなくてもお別れはしないといけない。どんな時間にも終わりは来る。けれどもう会えなくなる訳じゃない。だから「またね」と言った。本当は「また遊ぼうね」と言いたかったが言えなかった。


 「うん、また」


 控え目に手を振って平岡さんはペダルを踏み込んだ。少しずつ離れる影を私は見送る。ノリで返してくれただけかもしれないが「また」って言ってくれたことに希望を持つ。

 今度会った時は、きっと、私から遊びに誘う。例え断られるとしても、今日みたいに楽しい時間が過ごせる可能性は自分から動かないと得られないはずだから。

 平岡さんが見えなくなるまで、私は手を振り続けていた。

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