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1-3 楽しめる気遣い (平岡)

 昼食を済ませた私達は商店街をゆっくり見て回る事にした。暇を潰すにはちょうど良いだろうし、なによりじっとしている訳にもいかない。

 雑貨屋、本屋、アパレルショップ、カラオケ等々、委員長が行きたがる場所はあるだろうか? 趣味でも分かれば話が早いが……。まあさっき話した時に少しは打ち解けた感覚があったので、気軽に聞いても問題ないかもしれない。


 「委員長」

 「は、はいっ!」


 未知の土地に放り出された動物のように周囲をきょろきょろ見回してた委員長からすっとんきょうな声があがった。目が回ってないか心配になる。


 「行きたいとこ、あった?」

 「えーっ、と。今探してて……」


 目は既に回っていた。ぐるぐると慌ただしく。こういう反応の時は、混乱していて決められない状態にある事を学習してる。委員長のこういう反応はわかりやすい。


 「そうだ、なにか趣味とかはある?」

 「趣味? えーっと、うーん……」


 考え込んでしまった。そんなに深い質問はしてないはず、だよね? 自問してみた。


 「あんまり、その……。ない、とか言ったら引くよね?」

 「べつに引きはしないけど」


 無趣味って言われてもそれならそれでいいじゃないかと思うが、委員長は何処か引け目のようなものを感じたのだろうか? 申し訳なさそうにこちらを見ていて、まるで怯える仔犬の眼差しだった。こちらが悪者かなにかに思えてくる。


 「そ、そんな顔しないでよ」

 「えっ! どんな顔してるかな!?」


 自覚はなかったらしく、自分の頬をこねだす委員長。いきなり変顔を披露され、不覚にも表情筋に異常が表れたので顔を逸らして息を整える。それから無難な提案を持ち掛けることにした。


 「じゃあ、ゲーセンでも行く?」


 何がじゃあ、なのかは自分でも不明だが、話を切り替えて引っ張って行かないと日が暮れるまで立ち往生してる予感があった。


 「げーせん……ゲームセンターだね!」


 知らない世界に心踊らせるように瞳がキラキラしてるように見える。ころころ変わる表情に疲れないのか気になったが、いつまでも沈まれるよりはずっといい。


 「ゲーム、好き……なの?」

 「まあ、ね。店にはあんまり行かないけど、たまにはいいかなって」

 「へー。行ってみようか」


 私の提案に反対しない委員長は、流される事に抵抗がないように感じる。経験がなくて頭がいっぱいいっぱいなのは分かる。今はそれでいいかもしれない。けど、いつかは自分の意思表示をしっかり出来る姿を見てみたい、ような……? 想像してみて誰だこいつは、となる。極端な妄想をしてしまったようだ。


 「平岡さん? なんか、難しそうな顔してるけど、大丈夫?」

 「え……だ、大丈夫。さあ行くぞー」

 「ちょっと、まってよ~」


 ごまかすように早歩きになる私を追いかけてくる。委員長はこれくらいおどおどしてる方が良い気がする。……問題発言だろうか?


 五分くらい歩いたところで目的のゲーセンの入った雑居ビルに辿り着く。この商店街は遊ぶには事欠かないくらいお店が充実していて便利だと感じる。映画館やアスレチックは無いようだけれど、学生や若者も多く利用しているのが散見される。

 自動ドアを通り抜けると、四方八方から迫る様々なゲーム音に耳を刺激される。失念していたがゲーセンは結構うるさい場所だ。委員長のか細い声が聴こえるか怪しいボリュームで周囲が満たされている。その委員長を振り替えると、何故か私の上着の裾を握っていた。


 「どうかした?」

 「ちょっと怖くて。つかんでていい?」

 「うん……っ!?」


 私の耳元に委員長の顔があった。声が聴こえるように近付けたのだろうが、それを前にして何故か心臓が早鐘を打っていた。一瞬、周囲の雑音や自分が何をしようとしていたのかさえ忘れてそれに魅入る。

 暑さでほんのり赤くなったきめ細やかな肌、ぱっちりとした優しい目、瑞々しく少しふっくら主張する唇、その全てが神秘的だった。

 なんで……!? なに、これ?

 きっとそれを間近で見たせいだろう。心臓の動悸が治まらず、それどころかさらに早まってる気がする。心臓に悪いとはこの事だ。なるべく意識の外に追いやるように、考えないようにする為、店内を進んだ。

 普段家でやるゲームはゲーセンに置いてるゲームとは趣向が全く違う。その為、私もゲーセンにおいては知識が豊富ではない初心者と同じだ。けれど普段こういう場に来ない人でも楽しめるものがあることは知っている。私だけじゃなく、委員長も楽しめるゲーム。それを探して奥の開けた空間に出た。

 そこは格ゲー及び、ビデオゲームの類の筐体はなく体を動かして遊ぶタイプのゲームが並べられていた。幅も充分に確保されており、密集した筐体群からも離れており、耳に障るゲーム音も小さくなっていた。ここだ、と心の中で呟く。


 「ここで遊ぼうか」

 「うん、楽しそうだね」


 委員長はここなら大丈夫なのか私から離れ色々と興味深げに観察を始めた。こういうゲームはだいたい友人同士や家族、複数人で遊べるように作られている。

 委員長が興味ありそうなゲームの前に立ち止まったので、声を掛けてみた。


 「勝負、しようか?」


 委員長が足を止めていたのは、バスケットボールを実際に投げて制限時間内にどれだけシュートを決めれるか競うゲームだった。時間に応じてリングが回転したり移動するという意地悪な仕様らしい。そういう機能無しなら学校でも出来そう……、とかいう細かい疑問は今は考えない。


 「お手柔らかにお願いします」

 「それ、こっちの台詞じゃない?」


 背丈も腕の長さも違うし、委員長が有利なのは目に見えてる。しかし、普段の雰囲気から滲み出るどんくささは運動が苦手なイメージに直結していた。油断しなければ勝てるかな? けど私もバスケなんて久しくやってない。主に授業サボってるせいで。

 二人用にセッティングを終え、ゲームスタートまでのカウントが始まる。


 「私から投げるね」

 「頑張ってくださーい!」


 にこにこと委員長が応援してくれるが、正直調子が狂い気が散る。周りに誰もいなかったのが幸いで、いたらきっと恥ずかしさから逃げ出してるか、睨み付けてやめさせたことだろう。

 ゲーム開始の電子音が鳴りボールを投げるが、初球は入らず。気にせず二投三投するが意外と入らない。

 あっという間に三分のタイムリミットが過ぎ、得点板には二十の文字が表示されていた。三秒に一回くらい投げれただろうか。まあ下手な方だよね? ゴールが妨害してきたとはいえ。


 「なんか、久々にボール投げたから難しかったよ。はは……」


 頭を掻いて醜態を笑い飛ばそうとして失敗。慣れないことはするものじゃない。


 「結構いい感じだよー! 投げ方を変えたらもっと上手くなりそう」

 「へっ? そ、そう……」


 予想外の返答だった。まさかバスケ経験者だったのか、委員長。


 「今度は私がやってみるね」

 「あ、うん。が、がんばれー……」


 人を応援するなんて初めてで、声が震えて掠れていく。だけど委員長には届いたようで、返事替わりに笑顔で返してくれた。なんか、顔が熱くなった。

 そしてゲーム開始の合図。委員長が構え軽やかにシュートすると……ゴールに入った。綺麗なフォームだなと思った。やっぱり経験者なのかもしれない。初球に続くかのようにボールがゴールに吸い込まれ、終了時の得点板には四十と表示されていた。私の二倍だ。


 「やるね。バスケやってたの?」

 「体育でバスケがあって、その時教えてもらったんだよ」


 なるほど。これも授業で培った賜物なのかと感心する。少しコツを聞いてみて、試しに教えられた通りにボールを放ってみる。するっとリングに入った。ふむ。


 「平岡さんも今度、体育の授業出てみない?」

 「えー……」


 嫌だったけど何故かはっきり嫌とは言えなかった。私の微妙な変化を悟ったのか、委員長も「もし気が向いたらでいいから」とやんわり話を締めた。なので、次のゲームを探す。今度は勝てそうなのがいいな。

 周辺から厳選して私はエアホッケーを提案した。委員長はまるで子供みたいにはしゃいでいて、見てて飽きない。これは授業でやらないだろうという計らいと、小回りが利く自分の体型を考慮して選んだ。そして、ズル賢い算段が項を成したのか、勝利は見事私が収めた。

 その後、誰が選んだかレースゲームで遊んだ。委員長は細々した操作が苦手なのか、あたふたしてしばらく壁にぶつかったり、逆走したりとなかなか慣れそうもなく、今回も勝ち越してしまった。

 案外自然に遊べている事に自分でも驚いていて、気付けば時間もそれなりに過ぎていた。つい時間を忘れがちになるが、柱に掛かる時計を見るともうすぐ夕方に差し掛かろうという時間だった。私は特に門限はないけど委員長はどうだろう?


 「委員長、もうすぐ夕方みたいだけど」

 「もうそんな時間!? ほんとだ、楽しくて気付かなかったよ」

 「そろそろ、帰る?」

 「そう、だね……うん。あんまり遅くなるといけないしね」


 委員長はまだ遊び足りてないようで名残惜しそうにしてるが、今を逃すと多分夜になりそうな気がする。

 夜になると保護者や警察による補導が始まる。子供だけで遅い時間まで出歩くとダメらしい。それに学級委員長が補導されるなんて話は間抜けだし、私も少し疲れていたので部屋で休みたかった。

 不思議だったのは、その疲労が嫌なものだとは一切感じかったことだ。ならどういう疲労なのか? わからない。わからないけど気分が良かったのは事実だった。

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