3-1 少しずつの一歩 (委員長)
私は幼少期から人見知りだったような覚えがある。幼稚園児の頃はいつもおどおど誰かの影に付いて回っていた。
独りが心細くて何かのなりゆきで一緒になった子と仲良くなろうと、気を引くために相手のやりたい遊びに付き合った。
自分の望まない砂遊びや、ままごと、かけっこでもなんでも快く引き受けた。そうして頑張って遊んでいたのだが、長続きはしなかった。
仲良くなりたかった子達には、私よりも後に遊びに加わった子が優先されるようになっていて、私は後回しにされるようになり徐々に距離が生じた。
そうなってくると、私はいてもいなくても変わらない存在なのかもしれないと幼いながらに虚無感を味わった。それでもその頃は孤立する事がとにかく怖くて、意地になって友達の獲得に奔走したのを覚えている。しかし結局は同じ結末を辿るだけだった。
後で分かった事は、私は自分がしたい何かを示さないことがつまらなかったらしい。それは今でも理解していない。
小学校に上がってからは周りを意識し人見知りがより強くなった私は、友達作りなんて上手くいくはずがなかった。
女の子達の中にはこの頃からグループの形成が目立ち始め、私もいずれかに入ろうとすり寄ったりした。そして、運良く入れたグループは少し不良気味……というかやんちゃな子が多く、私にそこは合わないような予感があった。それでもやっと入れた念願の友達の輪であり、私はその中で認められようと努力した。
しかし努力は間違った方向へと働き、いじめの加勢や万引き等を任された事があった。初めのうちは戯れの一環だと諭されて信じていたが、さすがに数ヶ月も経つとおかしいと気付き始めた。
勇気を振り絞りグループを仕切ってる子を問い詰めると、私がそういう行為をするのを見て楽しんでいただけで、利用された挙句グループ内の見せ物にされていた事が判明した。背が高く目立つという理由で目を付けられたらしい。
すぐに私はそのグループを抜けるも、今度はいじめを受ける側になっていた。
ささやかな抵抗として、嫌なことをされても笑顔でいると決めた。幸い、いじめっ子達には気味悪がられてやがて相手にされなくなっていった。
学年が変わっても、ありもしない噂が流れたり、他のグループの絆が強固なものになっていた事もあるせいか私がそこ入り込める余地はなく卒業まで孤立して過ごした。
中学になると過ごす校舎が変わって生徒も入れ替わり変な噂も消えていたが、私はいじめの件が尾を引いて誰とも仲良くする気が起きなかった。
周りが友好関係を築いたり部活動に勤しみ青春を謳歌する中、私は授業が終わればまっすぐ家へ向かう帰宅部となり小学校の時と代わり映えしない毎日を送る。
他人に関わらない分、嫌な気分にも嬉しい気分にもならない。楽ではあったけど退屈だった。
退屈な時はよく寝て過ごした。そうして気付いたのが、眠ることが好き、ということだった。つまらない現実から逃避できて、気分もリフレシュされるので一石二鳥な気分になる。
そうして地味に三年間を過ごし高校生になった時、やっぱり友達が欲しいと私は願っていた。これから先、大人になっても友達がいないというのはやっぱり寂しくて、今のうちに作りたかった。
目立てば友達ができる環境になるかも、という安直な考えから勇気を振り絞り学級委員長に立候補し、その役割を与えられた。けれど思った程の効果はなかった。
クラス内で話し掛けられはするが、友達は出来るまでには至らない。何が足りないのだろう? そんなことを考えてるうちに一学期は終わっていた。
そして夏休み。思いがけない出逢いが訪れて、私の心は弾んでいるのだった。
「――委員長、大丈夫?」
「へっ!? な、なにがだろう?」
「なんか、ぼーっとしてたから」
「そっ、そんなことないよっ! うん、集中してたから!」
「嘘。全然進んでるように見えなかったし……それにこれ、やっぱりぼーっとしてた」
平岡さんが、私の広げてるノートを目で指摘する。英単語を何回も書いて覚える最中だったはずだが途中から小さな子供がらくがきでもしたかのように、ぐねぐねした線があらぬ方向に脱線していた。早くも言い逃れ出来ない状況だった。
「実はちょっと考え事してて……」
「そう。何でごまかしたのかは……まぁ、いいけど手伝わないよ?」
「うん、大丈夫」
私達は今、学校の教室で夏休みの宿題を消化している。一緒にやろうと約束したのだ。ち
何回やるとは決めてないが、多分どっちかが終わるまでは続くと思う。こうして待ち合わせる事も早いもので四回を数え、ちゃんと来てくれる平岡さんはやっぱり律儀で優しいと感じた。
教室には他の生徒の姿はなく貸切状態なのだが、それでも私達は机二つ分しか使う必要がないので、風通しの良い窓際こぢんまりと固まっている。
相手の声はよく聴こえ、騒がしい雑音もほとんどない。時折撫でる涼やかな風と、部活性の掛け声や声援。それらがどこか心地よく、もしかすると自分の部屋よりもリラックス出来てるかもしれなかった。
「もうけっこう片付いてきたね」
何気ない平岡さんの言葉に意識するものがある。
「そう、だね。もう少しかな……」
自分でも口にして分かるのは、一緒に勉強するこの時間もあと少しで終わる、と実感する事だ。こうなってくると毎度のことだが気持ちに焦りが生じる。次に会う為のきっかけを探さなくてはならない。
会う回数を重ねるうちに私の心には余裕が生まれ、平岡さんとの会話の幅は広がってきた……つもりだ。なので、次のきっかけも案外見つけやすくなってはいないだろうか? ……なってない気がした。
私達二人しかいないこの空間で、私達しか知らない会話を交わす。それだけで妙な優越感が私を満たす。他の同級生は平岡さんの内面などほとんど知らないはずだから。
「今度はにやにやしてどうしたの? ちょっと危ない人みたい……」
「えっ!? そんなに? いつも真面目なつもりなのに」
「いや、説得力ないよその顔。なに、思い出し笑い?」
「お、思い出し笑い……かなー?」
「ふーん、変なのー」
軽口を交えつつ、このまま順調に行けばあと一、ニ回勉強会を行えば終わりそうな量だと推察した。
終われば当然、平岡さんが学校に来る理由はなくなるだろうし私との関係も切れてしまうのだろう。
そうなっても平岡さんはなんとも思わないのか? 知りたいけど知るのは怖い、そんな心境だ。
友達になってしまえばそんな悩みも吹き飛びそうだが簡単な事ではない。私にとっては。けど――。例え難しくても。平岡さんとは友達になりたい。
心の中心ではいつもその想いが渦巻きだんだんと大きくなっている。欲しいものを買ってもらえず、どうにか手に入れようと商品の前で座り込む子供にも似た境遇だ。私はおかしくなったのだろうか?
けど何もしないで後悔はしたくないし、後悔するくらいなら当たって砕ける精神で挑んでみたい。砕けるのは少し怖いけれど、それくらいの努力が要りそうな予感があった。
ふと、お昼の時間を告げる鐘が鳴る。
「今日はここまでにしようか。委員長はさっきのとこ直した?」
「う、うん、直したよ。けどもうお昼かぁ。早いね」
「そうだね。集・中、してたからね」
「もう! そこはいじんないでよ」
お昼の鐘が鳴ると「切りが良いから」と平岡さんは帰る準備を始めてしまう。勉強会を始めてからは毎回こんな感じで、私も残る理由がないとそのまま帰宅する事にしていた。
校門までは一緒なのだが、こうして二人して歩いているとあの日の事を思い出して心が弾む。
また、遊びに行きませんか――?
喉まで出かかるその台詞は、いつもあと一押しが足りずに喉の奥底に引き返す。私にその誘い方はハードルが高いのかもしれない。「ご飯でも一緒にどうですか?」くらいの方がいいだろうか?
「じゃ、委員長。また」
「えっ、うん、またね。気をつけて……」
逡巡してる間に校門に着いていて、やっぱり距離が異様に短いと感じた。
平岡さんが私とは反対の方角へ去って行く。物足りなくて寂しさが滲み出るが、その小さな後ろ姿を見えなくなるまで見送る。
もしかしたら平岡さんが引き返してきてまた遊びに誘ってくれるかもしれない、という淡い期待を込めるがもちろんそんな都合の良いことはあるわけない。
自分から行動しなければ、何かを得ることなんて出来ない。
分かってはいても、いざ実行するとなると途端に気が重くなり、あるはずのない希望にすがりそうになる。妄想にすがれば現実がぼやけ、思考が矛盾に翻弄されてたまに訳がわからなくなった。
けど、それも少しずつ乗り越えて行かないとダメなのだ。
妄想を首を振る動作と共に払い、重たい一歩を踏み出す決意をして私も帰路に着いた。
きっと大丈夫だ。なんだかんだで連絡先の交換もできたではないか。今回もきっと、なんとかなる。
前向きに考えることで、逃げない努力をした。
・
その日の夜。湯船に浸かった私は、顔を両手で叩いて自分を鼓舞した。風呂場に軽快な音が響き、気が引き締まる。
ちょっと痛かったが、気合いを入れなくてはならない。これは新たな一歩を踏み出す為の儀式だ、と言い聞かせお風呂から上がった。
部屋に戻ると、ベッドの上に正座する。目の前にはスマホ。平岡さんの番号を画面に表示させ、深呼吸。スマホを握り、祈るように通話を試みた。
『もしもし』
「あ、あの! 栄枝ですけどっ」
『うん、知ってるよ。いきなりどうしたの?』
「あ、あにょっ! じゃなくって、あろっ――えとっ……」
『あのさ、ちょっとストップ! とりあえず深呼吸しよう、深呼吸』
深呼吸? とりあえず言われた通りに、息を吸って吐く。2セットやっといた。もう大丈夫かな? さっきもやったのに……。
『落ち着いた?』
「かな……? うん。ありがとう」
『それで?』
「あの、よかったら勉強会で宿題全部、終わったらパーティ……というか、打ち上げというか、そのっ、しませんか?」
『…………うん。悪くないかも』
少し間はあったものの嫌そうな感じはなかった。これならあと一押しで、いける? のかもしれない。
「じゃ、じゃあ、やろうよ」
『ん、うん。けど、私は何すればいいの?』
「えっ……と。わ、私が考えるから……いろいろ?」
『なんで疑問系?』
少し呆れられてる感じも否めないが、平岡さんとの打ち合わせが進んだ。私の家を場として提供し、平岡さんはお菓子を少し持ち寄る、という形になった。
二人だけなので、パーティや打ち上げなどと言うと大袈裟に聞こえる。精々、お茶会がいいところだが、そこは気分の問題だと私は思う。楽しめれば良いのだ。
そしてその後は自然に友達になってるか、友達になってくれるかを頼むのだ。これが本当の狙いだった。
「三日後は、どう……かな?」
『いいよ。それより何やるの?』
「えっ、と…………考えておくよ」
『そっか……うん。分かった』
私が何をしたいか、について考える。
なにか催し物的なものがないと、本当にただお茶してるだけだ。平岡さんがそれだけで楽しんでくれるかが分からない。
けど私は趣味らしい趣味は持っていないし。あえて言うなら眠ることだし――。
「一緒に眠りませんか?」なんて誘ったらおかしな人に思われるだろう。
自分で三日後、と追い込んでおいて悶える様が今から見えて、なんともまぬけに思えた。
そして真の目的も忘れてはいけない。
“友達になってくれるかを頼む”。…………ちゃんと言えるだろうか? 電話をするだけでもこんなにドキドキしてるのに。いや、もうやるしかない。
いつまでも葛藤を続けてしまう私の三日間はあっという間だった。