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1-1 夏休みの忘れ物 (平岡)

初投稿になります。書ききることを目標に頑張ります。

 朝の陽射しによる室内の温度上昇と、家の中にまで響く蝉の重奏により半ば強制的に意識が覚醒した。

 時計を見てもまだ朝の七時。しかし、暑いのとうるさいのとで二度寝する気にはなれない。

 高校生最初の夏休み。だけど私にとっては嬉しいことは何一つなく、こんな長い休みがあと2セットも控えてるのかと、あくびと溜め息を同時に吐き出した。

 今日はまだ夏休み三日目。規則正しく起きたものの退屈だ。とりあえず身体を起こしゲーム機の電源に手を伸ばす。

 夏休みの予定は特にない。学校に行く予定もなければ家の用事もお盆くらいで、友人と遊ぶ予定もなかい。そもそも友人なんていなかった。

 ゲームはやりたい放題出来るのだけど、長時間やってると途端に飽きてしょうがなくなる。それに特に執着してるわけでもないので、休みだからと徹夜でするようなこともない。あくまで暇な時間を埋める為の要素でしかなかった。

 夏休みどころか、高校生活も早く終わらないかなぁ、とよく考えを巡らせる。私には必要な時間じゃないと常々思っていたし、人付き合いにも意味を見出だせなくなっていて、この先の人生もとてもつまらないものになるんじゃないかと予感していた。暇だしバイトでも始めようかとも思うが、なかなか踏ん切りも付かないでいる。


 「あー、今日は調子悪いなあ」


 一時間くらいプレイしていたオンライン対戦のFPSゲームで負け越した。部屋の蒸し暑さも加勢してか、少し苛立ちを覚えながらゲーム機の電源を落とす。

 負ける日は負けるさ、と自分に言い聞かせてうっすらかいた額の汗を拭う。

 エアコンは運悪く故障中であり、部屋は軽く蒸し風呂状態だ。太陽が高く昇る昼にもなると更に温度が上昇し、とても長居できるような場所ではなくなる。

 ゲームを終えた私は、ふと部屋の隅に置かれた学校用鞄を覗いた。触るのは三日ぶりだ。

 夏休みの宿題は朝の早い時間にすると良いって、いつか誰かが言ってたことを思いだし、宿題を取り出してみる。各教科出ていたはずで、目に付いたものから確認してみた。

 うん、毎日少しづつやってれば終わりそうだ。けど、あれ……? 足りない。


 「ないな……忘れたかな?」


 数学の宿題(確かプリント十枚くらいの問題集)が見当たらなかった。一番危惧していた科目だけに目を瞑る事はできない。

 学校、ねぇ……。立ち上がって頭を掻く。私服じゃ怒られるよなさすがに、と仕方なく壁のハンガーに掛かる制服に袖を通して準備をする。

 部屋から出ると洗面台へ直行し、顔を洗い素早く身だしなみを整える。


 「ちょっと学校行ってくる」


 玄関に向かう前に居間にいる母親に声を投げ掛ける。


 「夏休みでしょ? それにご飯は?」

 「あー、食べる。一応」


 そういえばお腹空いてるなと、通り過ぎかけたところをターンして居間に戻る。

 テーブルの皿には、ベーコンエッグの乗ったパンが用意されていた。冷めていたが気にせず食す。

 あまり家族といる時間は好きではなかった。よく学校の事を聞いてくるからだ。親としては当たり前の言動なのはわかる。けど、聞いて楽しくなる話なんてできないので話題に挙げて欲しくない。話したら話したで質問攻めにされるのもウザったいのだ。

 故に食事時間での会話は減ったし、気まずい中ゆっくり食べようとも自然思わなくなっていた。ただ、食事する場所だけは昔からそうしてるように合わせた。


 「ごちそうさま」


 素早く皿を洗い、居間を出る。学校の話題に触れるからか母親は学校に行く事に関して追及してこない。

 玄関に近づくにつれ熱気が増す。思いきってドアを開けると、蝉の合唱が十倍にもうるさく感じられて少し怯んだ。あまり歩きたくない。


 「お母さん、自転車借りていい!?」


 傍にあるママチャリを横目に玄関先から尋ねる。蝉の声に負けて聞こえているかいないか判断しかねたが「いいよ」という返事がもらえたのでストッパーを上げて外に持ち出す。

 玄関の先から道路に引かれた光と影の境界線。まるで水中に潜るかのように深く息を吸い込んで、影から光へとペダルを踏み込んだ。



 学校に着く頃には煩わしいくらいに汗が滴っていた。自転車なので風の恩恵を受けて涼しいかと思ったのだが、意外とそんなことはなく早く日影に入りたかった。

 校舎横の自転車置き場にて車輪をロックする。夏休みなので駐められてる自転車は少い。

 耳を澄ますと部活生らしき掛け声が遠くに聞こえる。体育館や部室からだろうか? どっちでもいいけど。

 教室前まで歩いてみたが誰とも出くわさなかった。私服でもよかったかな? と考えながら教室の戸を引くと鍵は掛かってない。中を覗くと適度に窓が開いており風通りがよく涼しい。誰も見当たらないが誰かが来て開けたのは明白だった。


 「やっぱり忘れてた」


 教室奥の自分の机にて、目的のプリントは見つかった。これを持って帰ればミッションは達成となる。けれど、ふと周囲を見渡して思った。

 室内を吹き抜ける心地いい風、蝉の声や余計な雑音から離れた静けさ。独特だが清らかな空間が形成されていた。何かに集中するのには最適な環境だろう。その何かとは言うまでもなく勉学なのだが……。さすがは学校だ、うん。

 家に戻ればきっと、暑さと疲れに負けて宿題どころではなくなる可能性が高い。

 せっかくだからと椅子を引いて座ってみた。気まぐれが続いているうちに鞄に所持していた筆記用具を取り出しプリントの問題に目を通す。

 家で見た時はほぼ問題なく終えれそうだった宿題たち。しかし目の前の数学は、あまり自信がなく案の定すぐに壁にぶち当たった。公式は解っても、どう使えばいいのかが謎だった。なんだこの記号は……。ペンをくるくる回し頭を捻る。


 わからなくなるのも当然で、私は数学の授業をさぼる節があった。理由は面倒くさいから。数学が嫌いとかいう訳ではない。授業の担当教師が風変わりな授業をするのが原因だ。

 数学の知識をみんなで深める為、という名目で前後左右の席同士で問題を作って出し合ったり、グループを作って意見を出し合って難問を解く、等コミュニケーションを必要とする体制が多々取られていた。少しでも数学を好きになって欲しいという狙いもあるらしく、なるほど確かに黙々と机に向かい眠気と戦うような授業よりは賑やかですごいなと思った。

 けど、私には合わなかった。和気あいあいとした空気は苦手で。そういうのが一人いると空気が乱れ、場の雰囲気が悪くなる。なら最初からいない方がお互いの為だと思い欠席した。

 ちなみに体育等の授業もそういった理由で休みがちだ。そのせいか私はクラスで不良と噂されてるらしいが、嫌煙される状況を意図せず作れてありがたく思った。これなら不用意に話し掛けてくる者もいないだろう。

 しかし、授業はサボるものじゃないと感じることも当然ながらにある。夏休み前には体育の補習が放課後に連日あったし、数学に関しては今頭を悩ませている。

 職員室に都合よく数学の教師はいないだろうか? このままだと宿題が終らない。いや最悪、答えを間違えてても全問解答して提出すれば評価はもらえるだろうか? と、そんなことを真面目に考えていた時だ。


 「あっ……!」


 間の抜けた声が教室の隅から聴こえた。見ると、教室に一歩踏み込んで固まる制服姿の女子が一人。

 誰だろうと思ったが、百七十はありそうなスラッとした背丈と気弱そうな雰囲気から、学級委員長だと思い出す。

 名前は忘れたけど意識の片隅にその存在は記憶されていた。私は逆に背が低い方なので、敵視に似た印象を持っていたのかもしれない。それによくホームルームで何かもごもご喋っているのを見てる気がする。


 「ひ、平岡……さん? だよね」


 名前を呼ばれ少し肩が跳ねる。覚えられていたことが意外で驚いた。

 「そうだけど」と特に感情は出さずに答えると、委員長は珍しい物を見るようにこちらの様子を窺っている。まあ私、端から見れば不良らしいし仕方ないか。気にせず解けない数学に臨む。


 「えっと、委員会の仕事で今日は来てて」

 「……そうなんだ」


 夏休みにも駆り出されるのか。私には絶対無理だ。それに興味ない。


 「ひ、平岡さんは?」


 私がいる理由を聞く為に自分の事から話したらしかった。にしてもおどおどしすぎな気がする。そんなに怖いかな私。


 「私は宿題忘れてて、取りに来ただけだよ」


 その宿題を今やってる説明は省いた。衝動的にやってしまっただけで理由らしい理由は特にない気まぐれだったから。それに私がいる理由なんてどうでもいいと思ってるだろう。社交辞令的なやつ? で聞いただけだろうし。

 少しの応答だったが気が散り、委員長に意識を向けると足音が近づいているのが分かる。顔を上げると目が合う。一瞬びくっと反応されるが目は逸らさない。何か言いたいことがあるのだろう。あぁ、もしかすると教室にいる私が邪魔だったのかもしれない。


 「わ、わからないところとか、あるんじゃないかなぁ……とか、思うんだけど」

 「えっ……?」


 予想と違った発言に思わず目を剥く。なんでわかるの? と目で訴えられたかのように委員長は口を開いた。


 「ほら、よく平岡さん授業休むし特に数学と体育、だからというかクラスの委員長としてはっ、気になりますっ!」


 早口で、それも息継ぎせずに言い切った長い言葉。軽く息切れしていて、そんなに緊張する程かと思ってしまう。

 それにしても、なるほど、納得した。学級委員長ってことだけはあり、クラスメイトのことはよく見てるらしい。


 「お、教えてあげても、いいよ……?」


 少し控えめだが勝ち誇るような笑みを浮かべる委員長。だが無理をしてるようで、そのひきつった顔が面白いと感じた。面白い……? 他人にそんな感情を抱いたのはいつ以来だろう。


 「じゃあ、ちょっと頼んでもいい?」

 「う、うん、もちろん」


 お手上げ状態だったしせっかくなので頼むことにした。委員長が私の前の席から椅子を借り、向かい合うように座る。やはり背丈の差は歴然で、つい見上げる。授業で後ろの席になったら困りそうだ。


 「どこがわからないの?」


 そう聞いてくる声色からは先程のおどおどした様子は感じられない。勉強となると強いのかも。


 「えっと、ここ」

 「公式の使い方がわからなかったの、かな?」

 「そうかも」

 「この式は別の式で割り出した後に使うから、まずは――」


 一通り問題の解き方を教わる。委員長の教え方はぎこちないながらも、すんなり頭に入ってきて教師よりも教えるの上手いんじゃないか、と素直に思った。

 時々、嫌になってないかなと委員長の顔を覗き見る。戸惑いは若干あるようだったが、一生懸命教えてくれてる。

それに近くで向かい合ってみると、長い髪は緩くウェーブしていて、薄く赤みがかっているのが分かる。綺麗かも。目元は垂れ気味でもぱっちりしていて全体から優しそうな雰囲気が漂い、大人っぽい……というか。総合すると割りと、可愛い? 人から好かれそうなイメージがある。そんな誰かに対する感想も久しい気がした。


 「な、なにかな……?」


 意識してないうちにまじまじと見ていたらしい。委員長の目がぐるぐる泳いでいる。


 「なんでもない。ごめん」

 「うん……」


 そんなこんなで数十分が経過していた。私は大分助かったが、委員長は自分の仕事は手付かずでいいのだろうか? 頼んでおいてなんだが、私に構ってばかりもいられないだろう、と思う。


 「あのさ」

 「な、なに?」

 「委員会の仕事とやらはしなくて平気なの?」

 「今日は会議の準備だけだし、他に誰もいないから平気、全然っ」

 「そっか」

 「うん」


 真面目だなあ、と話す度に感じる。そして沈黙。話が広げきれないのは、私の会話の引き出しが少ないせいもあるだろうが、委員長も警戒してるからだと思う。まず話したの初めてだし。

 気持ちを切り替えようと、引き続き問題に意識を向けるも雑念が払えない。委員長は今どんな表情をしていて、どんな気持ちで座っているんだろう。気になるがまたさっきみたになるのも……と意識すると顔が上がらない。もう自分で解けるのにな。言った方がいいのかな?


 「………………………………」


 このシンとした空気が気まずく何かにすがりたい気持ちでいると、助け船を出すように聴き慣れた鐘の音が響く。黒板上の時計を見るとちょうどお昼の時間だった。夏休みでも鐘は鳴るんだなぁと感心する。


 「今日はこれぐらいにしておこうかな」


 タイミングは今、とばかりに鞄を取り出し片付けに入る。後は家でも出来そうだし、集中力はとっくに切れてる。


 「よ、よくできました」

 「ぷっ、なにそれ」


 先生のような発言に不覚にもちょっと笑ってしまって恥ずかしい。


 「助かったよ。あ、ありがと」

 「ううん、役に立てて良かった」


 鞄に詰め終えて帰宅の準備が整う。昼ご飯はどうしようかと腰をあげたところで。


 「ひっ平岡さんは、夏休みは予定とか、あるの?」

 「……特にないけど」


 強いて言うなら宿題とお盆くらいだ。どれも予定って程でもなく華がない。怠惰に過ごす予定なので夏休みなんて早く終わって欲しい、とは口には出さなかった。けど何でそんな質問をしたのだろう。


 「委員長は夏休み、何してるの?」


 聞いていいのか迷ったが質問を返す。知らなくてもいいけど、まあ聞かれたから。そう、社交辞令的なアレだ。恐らく学校行事に貢献したり、友達と遊んだりと充実しているんだろうなと勝手に予想する。


 「委員会の仕事とか宿題、かな? 私も特にないかも。はは……」


 渇いた笑みだった。無理な愛想笑いになんだか心苦しいものを感じた。


 「友達と遊ばないの?」

 「そんなに親しい人、いないし、だから……」


 先刻の愛想笑いよりも上手くできておらず、その瞳は潤んでいてもう少しで涙が零れそうだった。まるで私が虐めてるみたいに錯覚しそうになるが、それは誤解だ。

 それにその答えは意外だった。私から見ると、人の輪の中にいるような人間だと思っていたから。人は見かけによらない、とはこのことなのだろうか? なんだか釈然としない。


 「あっ、呼び止めてごめんね、私もそろそろ帰るから」


 自分の見せる表情に気付いたのか、そそくさと背を向け戸締まりに取り掛かる委員長。それを見て後味の悪さを感じた。聞かない方がよかった類いの話題なのは間違いない。

 学級委員長と不良。自分とは真逆な立場にいながら、置かれた状況は同じ一人ぼっち。委員長が何を成し、どういう経緯でそこに辿り着いたかは知らない。けれど、望んだ結果でないことだけは今の泣き出しそうな表情が物語っていた。

 自分の事じゃないのに、心がもやもやする。同情や哀れみ、それに混じり様々な感情が自分の中で渦巻いて得体の知れないモノになる。それがなんなのかを解く為の公式は、今の私の中には無いような気がした。

 ただ。このままだと私は今日、委員長に数学を教えてもらって委員長を泣かせるような質問をした、というレッテルを自分で貼りそうな気がする。人付き合いは嫌いだけど、自分だけが得をする利用するだけの関係はもっと嫌だった。

 数学の恩返しになりそうで、委員長の為にもなる、私に出来ること。ろくに人付き合いの経験の無い脳から案を絞り出す。すると柄にもない発言が飛び出して自分でも驚いた。


 「あの、さ――」言うか言うまいか曖昧になりながら続ける。


 「暇だったら、これから遊びに行く?」

 「…………えっ」


 カーテンを閉める委員長の手が止まり、振り返った。その姿は一時停止したビデオのようにしばらく動かない。逆の立場なら私もそうなる自信がある。


 「今、家帰ってもエアコン壊れてて暑いし、ちょうど暇、だし……」


 恩返しが遊ぶ事なのも変な話だと思ったが、委員長が誰かと遊んで少しでも楽しめるなら、それで良いのかなという安易な思いつきだった。委員長がどう思うかはまた別だけど。


 「数学のお礼的なものだけど……どうかな?」

 「いっ、いいの?」


 聞き返す委員長の少し上擦った声。心なしか、光が灯るようにその瞳に眩しさを感じた。少なくともさっきの泣き出しそうな色は消えている。


 「私なんかでよければ」

 「お、お願いします!」


 変にお辞儀をして髪を振り乱す委員長。この提案は正解だったようで、態度や表情から喜びが感じられる。わかりやすい性格なのかな、と思うと私も少し気楽になれた。

 しかし、友達のいない私が友達の様に振る舞う事は出来るのか……? 自信はなかったが、委員長の緩んだ表情を目にすると緊張も少なかった。


 変化は無いと思っていた停滞した夏休み。それは忘れ物の宿題というきっかけの風を受け、静かに揺れ始めていた。

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