博士とダイナマイトと神
昔、昔、ダイナマイトが大好きな博士がいました。
ダイナマイトは最高だ。
ダイナマイトは素晴らしい。
ダイナマイトは素敵だ。
ダイナマイトは宇宙だ。
ダイナマイトは神だ。
そんな感じで、博士の頭の中はダイナマイトのことで一杯でした。
博士にとってダイナマイトは家族以上にとても身近な存在でした。
「そろそろお昼にしようかな。それじゃあ一発」
博士はポケットに入れていたスイッチを押しました。
ドカーーーーン!
庭にセットしておいたダイナマイトが爆発しました。
「さてと、夜も更けてきたし寝ようかな。それっ」
枕元に置いてあるスイッチを押しました。
ドカーーーーン!
庭でダイナマイトが爆発しました。
「おっといけない。寝る前にお祈りしないと。むにゃむにゃ、神様、今日も一日ありがとうございました。それではおやすみなさい。ポチっとな」
ポチっと押しました。
ドカーーーーン!
庭でダイナマイトが爆発しました。
こんな感じで博士にとってダイナマイトはとても身近な存在でした。
そんなある日の事。
いつものように博士が素敵なダイナマイトの妄想でハアハアしていると、突然に覆面の男たちが博士の家へと乱入してきたのです。
「うわ! 貴方たちは誰です! ここは私の家ですよ」
驚く博士に、リーダーらしき男が一歩前に出て名乗りました。
「ふふふ。騒がないでくれ博士、我々は悪の秘密結社『死ね死ね団』だ」
『死ね死ね団』
それは最近この界隈を騒がせている悪の秘密結社。銀行強盗やハイジャック、要人誘拐といった様々な悪事を行っているとても困った集団なのです。
秘密結社なのに結構有名なので、引き込もり気味の博士でもその名前は知っていました。
死ね死ね団の名前に、博士は怖くて怖くて仕方ありません。
足がガタガタと震え、逃げ出してしまいたい気分になりました。
しかし逃げ出すわけにはいかないのです。この家には博士の大切なダイナマイトが沢山あるのです。それらを見捨てて逃げるわけにはいかないのです。
精一杯の勇気を振り絞って博士は言いました。
「こ、ここは私の家です。貴方たちを入れるわけにはいきません。いますぐ出て行ってください」
そんな博士を見て、死ね死ね団のリーダーらしき男が言いました。
「ふふふ。すまない博士。驚かせてしまったようだね。実は貴方を世界最高のダイナマイト博士として頼みたいことがあって参ったのだ」
「ええ! 私が世界最高のダイナマイト博士ですって!」
「その通り。我々の調査に抜かりはない。貴方のダイナマイト能力は調査済みだ」
わ、私がダイナマイト博士ですって! それも世界最高の!
男の言葉に博士はトリップしました。
ダイナマイトを世界中の誰よりも愛する博士にとってそれは最高の褒め言葉だったのです。
男の言葉は博士の魂を揺さぶりました。
なにしろ博士は罵倒されこそすれ、褒められたことなど一度もない人間だったのです。
博士は猛烈に嬉しくなってきました。飛び上がって踊りだしたい気分になってきました。おしっこを漏らしてしまいそうなほど嬉しくなってきました。死ね死ね団の名前を聞いた時の恐怖心等、一瞬で吹き飛びました。
そして、自分を世界最高のダイナマイト博士と呼んでくれる目の前の男が急に好きになってきたのです。
名前の知らない男でもいいです。
覆面をしてる怪人物でも構いません。
悪の秘密結社の人間など、最早どうでもいいです。
この人は誰よりも私を高く評価してくれる。この人は誰よりも私を理解してくれる。
そう考えたら目の前の男が好きで好きでたまらなくなったのです。
そんなこんなで……
よし、やろう。ならばやろう。
この人が私になにか頼みがあるというのならやろう。なんだってやろう。この人のためならなんだってやろう。
いや、この人の頼みならなんだろうとやらなくてはいけない。
可愛そうな性格と救いがたい思考を持った博士はそう思えてきたのです。
「いったい私にどのような頼みがあってきたのですか。なんでもしますよ。どんなことでも。貴方のためならやりとげます。命をかけてやってみせます!」
博士は男の手を取り身を乗り出して言いました。
「さあ言ってください! どんな頼みが私にあるのです。なんでもしますよ! どんなことでも! さあいますぐ言ってください! 必ずやりとげます! 死んでも構いません!」
男の両手を力強く握り締め、博士は燃える瞳で男を見つめて吠えるように言いました。
突然すぎる博士の豹変。
さすがにリーダーらしき男は引きました。男だけでなく、周囲の男の部下たちも引きました。
な、なんだこいつ。どうしたんだ?
判らん。我々、死ね死ね団の名前に、恐怖でおかしくなったのか。
いや、そうではないようだが……とりあえず引き受けてくれるならOK……かな?
OK……なのか? 本当に……
相当の変人だとは聞いてたが、本当に大丈夫なのかこいつ?
そんな空気が団員たちの間に流れました。
しかしトリップ中の博士はそんな空気など一切読むことなく、熱を持った声を張り上げました。
「さあ皆さん遠慮なく言ってください! 私はやりますよ! 必ずやりますよ! どんなことでも! 必ず! ぜったいに! さあ言ってください! どんな無茶でもやりまよ!」
「……い、いや。その……説明もなしにそんなあっさり……」
「なにを言うのです、説明なんて不要です! 貴方たちは私に何をしろと言えばいいだけなのです! さあ言ってください。必ずやりとげますよ!」
「……そ、そう」
「そうです。さあ言ってください! 私に皆さんの頼みを言ってください!」
異様なほど熱くなる博士。
「…………………………」
対照的にドン引きな団員達。
団員たちの間に不穏な空気が流れました。
本当にこんな奴に頼んでいいのだろうか、こんな基地っぽい奴に頼んでいいのだろうか、と、全員が思えてきたのです。
実際その考えは間違っていません。
博士は紛れもなく基地だったのですから。それも救いがたいほどの。
しかし基地だからと言って帰る訳にはいかないのです。
これから死ね死ね団が行おうとしている作戦には博士の力が必要なのです。
それを踏まえて、短いリーダーの男は考えました。そして覚悟を決めたのです。
「……判りました博士。博士がそこまでやる気があるのでしたらぜひお願いしたいことがあるのです」
リーダーの言葉に周囲の団員たちは驚きました。
ホントにこんな奴に頼むのかよ、と、全員が思ったのです。
しかしながら覚悟を決めたリーダーの男は、その空気を黙殺しました。
なにしろ今の死ね死ね団は、度重なる七色男との戦いでボロボロなのです。
そのうえ、資金難で組織的な運営もままならぬ状況なのです。
今回の作戦を成功させなくては死ね死ね団は壊滅の危機に陥るのです。多少のリスクは覚悟を決めなくてはいけないのです。
男は覚悟を決めて、博士に仕事を依頼することにしたのです。
「実は我々死ね死ね団は、原子力発電所爆破計画を次の作戦で立案しているところなのだ」
「なるほど。私に原子力発電所を爆破してほしいのですね。お任せください。今すぐ原子力発電所を爆破してきましょう」
言うなり博士は自慢のダイナマイトを取りに走り出しました。
そんな博士を男は慌てて呼び止めます。
「い、いや、いきなり爆破させるのではない。あくまでも政府を脅迫して金を奪い取る計画なのだ。あくまでも爆破は政府が応じなかった時の最終手段だ」
「なるほど。その後に日本中の原子力発電所を爆破させるのですね。お任せください。すぐに日本中の原子力発電所を爆発させるダイナマイトを用意しましょう」
そう言うと、再び博士はダイナマイトの用意をしようと走り出しました。
そんな博士を男は再び慌てて呼び止めます。
「い、いや。日本中の原子力発電所を爆破させるのではない! あくまでも脅しとして使うダイナマイトを作って欲しいのだ。原子力発電所の外壁は厚いので並みのダイナマイトでは歯が立たないのだ」
「なるほど。確かに原子力発電所の外壁は厚いです。ですがお任せください。原子力発電所の外壁などに私のダイナマイトは負けません。必ず世界中の原子力発電所を爆発させるダイナマイトを作りましょう」
「だ、だから世界中って、あんた……」
異様なほどアグレッシブな博士。
ですがその異常なほどのやる気に男はドン引きです。男の部下たちもドン引きです。
そもそも博士は話を聞いているようで聞いてません。
なあ……今からでも遅くないから帰らないか。
そうだな。こいつダメだ。
明らかに基地だこいつ。
そんな最も空気が部下たちの間で流れました。
ですが、それでもリーダーの男は博士に仕事を依頼する覚悟でした。自分がどれ程愚かなことをしているかに気付きながらも、立場上、今更引くわけにはいかないのです。
「……とにかく、我々の作戦の為に原子力発電所の外壁をも壊せるダイナマイトを作ってくれるのだね」
「お任せください。外壁と言わず、日本をまるごと吹き飛ばすダイナマイトを作りましょう」
「……だからそこまで威力は………………………………まあいいか」
そんなダイナマイト作れるわけないだろ、と、男は思ったのです。
言動や行動はあれだが、とりあえず威力のあるダイナマイトを作ってくれるのならもうそれでいいや、と、男は考えたのです。
ですが、男は後に地獄で後悔することになるのです。この考えが甘かったことを。
博士は男が思っている以上の基地だったのです。間違いなく宇宙一のダイナマイト基地だったのです。
自分の仕事がはっきりしてやる気を満々の博士。なんだかノリノリです。
一方で死ね死ね団の面々はなんだか諦めムードです。
……ホントにこれに頼むんですか。
もういいか。これで。
正直関わりたくないけど、隊長がそう判断するなら仕方ないか。
例によってそんな空気が団員の間で流れました。
そして例によってリーダーの男はその空気を黙殺しました。
「そ、それでは博士。ダイナマイト完成の期日は十日後ぐらいでいいかね」
「十日後? それでは長すぎる。一週間……、いえ三日で必ず作りましょう。貴方の為、私の命をかけて全知全能を尽くして作ります!」
「……そ、そう。な、なんでそこまで……、いや早いのはいいんだけど……」
今更ながら男は猛烈に不安になってきました。
自分がとてつもなく馬鹿な選択をしたように思えたのです。
実際馬鹿な選択をしてるのだろうと確証をもって思えました。
今ならまだ引き返せるぞ、と男の中の理性が必死に叫んでいます。
周囲の団員たちの間からもそんな空気が流れてきます。
ですが、男は覚悟したのです。もうなにも考えないと。
「……そ、それでは頼んだよ。博士」
「お任せください。必ずや世界中を、いえ、地球を爆発させる威力のダイナマイトを作り上げてみせます」
「……そ、そう。まあ頑張ってね」
「では早速、制作に取り掛かろうと思います!」
「いや、本当に外壁を壊せるぐらいの威力で構わないだ」
「イイイイイイイイヤッホホホホホホホホホォォォォォォぉォォォォ! 燃えてきたぞ!」
テンションマックスの博士が嬌声を上げました。
その博士に小声で男は言いました。
「…………頼むよ。博士。それじゃ帰るね」
「やるぞぉぉぉぉぉおおおおおおっ! やってみせるぞおおおおおおおぉぉぉぉぉォぉぉぉっ!」
「……………………」
男の言葉は既に博士に届きません。声の届かない所に博士の精神は行ってしまっているのです。
こうして男は色々諦めたのです。
ちなみに、男は博士に払う報酬の交渉等もするつもりでしたが、今となってはもうどうでもいい話です。
「三日後に完成品を取りに来るから……、まあ無理のないように頑張ってくれ」
むしろ三日後に完成していないほうがこの場合はいいのかもしれない。
と、団員たちは考えながら博士の家を出ました。
一方、家に一人残った博士はノリノリです。
こんなにハイテンションになったのは生まれて初めてです。
なにしろ今まで自分のダイナマイト愛を理解してくる人間などは一人もいなかったのです。
誰もが博士のことを馬鹿にしました。
変人だ、変態だ、刑務所に入れ、精神病院に入れ、等々、極めて真っ当な酷いことを言われてきたのです。
ですが、彼ら死ね死ね団は自分を世界最高のダイナマイト博士と認めてくれたのです。
博士は心底嬉しかったのです。彼らの為ならなんでもする覚悟でした。
「よしやるぞ! 私は彼らの為に、地球どころか太陽を爆発させるダイナマイトを作ってみせるぞ!」
そう叫ぶと博士は家中の全てのダイナマイトのスイッチを集めました。
「さあ前祝にいっちょいくぞおおおおおおぉぉぉっ!」
一人になった家の中、異様すぎるテンションの博士の声が響きました。
……その頃です。
博士の家の庭先を、先ほどの死ね死ね団の面々は、とぼとぼと歩いていたのです。
本当に自分たちは正しかったのか。あんな基地に頼ってよかったのか。今からでも遅くはない、依頼を取り消すべきではないか。そんな思いで胸がいっぱいだったのです。
その思いに耐えられなくなった団員の一人がリーダーの男に言いました。
「……あの隊長。私などが言うべきことではないと分かっていますが、先ほどのあの男、とてもまともな人間には見えなかったのですが……」
その団員の顔を見ずにリーダーの男は言いました。
「……判ってる。実際その通りだ。だが、それでも我々はあの基地に頼るしかないのだ。そうしなくては我々死ね死ね団に明日はないのだ。判ってくれ」
「……………………」
そう言われてしまうと、団員たちはなにも言えません。実際彼らも現在の死ね死ね団の状況は理解していたのです。最早手段を選んでいる場合ではないのです。多少のリスクは覚悟しなくてはいけないのです。
リーダーの男が続けて言います。
「このままでは死ね死ね団は資金難で活動そのものが出来なくなる。そうなってしまえば我々の給料すら払えなくなる。それはお前たちにとっても………………ん?」
「…………?」
「………………?」
「……………………?」
その時です。突然に地面が揺れだすような気配を男たちは感じたのは。
そして……
ドカーーーーーン!
当然の轟音があたりに響き渡ったのです。
「そんじゃ、いっちょいくぜええええぇぇぇぇっ!」
テンションマックスの博士が、用意したダイナマイトスイッチを次々と押します。
ドカーーーーン! ドカーーーーン! ドカーーーーン! ドカーーーーン! ドカーーーーン!
博士がスイッチを押すたびに、庭にセットしておいたダイナマイトたちが次々と爆発していきます。
「もいっちょ! それ! それ! それ! それ! それ!」
ドカーーーーン! ドカーーーーン! ドカーーーーン! ドカーーーーン! ドカーーーーン!
さらに景気よくダイナマイトが爆発していきます。
博士の行動に、なんの意味があるのかは誰にも判りません。おそらく博士自身も判っていないでしょう。ですが博士はダイナマイトのスイッチを押し続けます。
「さらにいくぞ! それ!×10」
ドカーーーーン! ×10
「とどめだ! それ!×100」
ドカーーーーン!×100
テンションが行くとこまで行ってしまった博士は、全てのスイッチを押しました。
全てのスイッチを押し終わった時には全身は爽やかな汗に包まれていました。
「よし! それじゃ、仕事に取り掛かるぞ! 太陽系を爆発させる威力のダイナマイトを作るぞ!」
晴れ晴れとした表情となった博士はダイナマイト作りに取り掛かりました。
一方、
ドカーーーーン! ドカーーーーン! ドカーーーーン! ドカーーーーン! ドカーーーーン!
「な、なんだ! うぎゃあああああああぁぁぁぁ!」
「なんだ! まさか七色男が! ぎゃあああぁぁぁ!」
「ど、どこから攻撃があああああぁぁぁぁ!」
ドカーーーーン! ドカーーーーン! ドカーーーーン! ドカーーーーン! ドカーーーーン!
「「「「「「「うぎゃああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァぁぁぁぁっ!」」」」」」」
不幸にも、まだ博士の家の近くにいた死ね死ね団の面々が、なんと博士の起こした爆発に巻き込まれてしまったのです。
あまりの突然の事態。
彼らはなにが起きたのかも判らないまま、吹き飛び、飛び散り、人間であった形を失って飛散してしまったのです。
……それから三日過ぎました。
約束通り、博士は新型のダイナマイトを完成させました。
「ふふふ。銀河を爆発させる威力のダイナマイトを作ったぞ。これなら彼らも喜ぶだろう」
博士は朝からウキウキした気分で彼ら死ね死ね団を待っていました。
自分の仕事は完璧だ。これなら彼らも喜ぶだろう。彼らの喜ぶ顔を見たい。
そんな気持ちでいっぱいだったのです。
ところが、いつまで待っても死ね死ね団の面々は来ません。
お昼はとうに回ってます。太陽がゆっくりと西へと下っていきます」
「遅いな。いったい彼らはいつ来るのだろうか」
博士はだんだん不安になってきました。
「なあに。少し遅れてるだけだ」
自分を納得させるように、そう呟いて博士は死ね死ね団を待ちます。
しかし何時まで経っても死ね死ね団は来ません。
太陽は西の彼方へと沈み、月が空に輝き始めました。
それでも博士は待ち続けました。
そして……、とうとう翌日の朝日が空に輝き始めました。
そうです。死ね死ね団の面々は結局来なかったのです。
博士はとても悲しくなってきました。
博士の両目から大粒の涙がポロポロと落ちてきます。
悲しみの中、博士は全てを悟ってしまったのです。
「……そ、そうか。私は彼らに騙されたのか。彼らは私をからかって遊んだんだ。彼らは私を裏切って、一生懸命働く私を陰で見ながら笑っていたんだ」
……当然ですが、違います。
実際は博士のダイナマイトで全員吹き飛んで死んでしまったのです。それで誰も博士の元に来ないのです。来れないのです。博士が皆殺しにしたから来れないのです。
ですが基地の博士はそんなこと微塵にも考えません。
「ううう、せっかく作ったのに。このダイナマイトは素晴らしいのに。なんで誰も判ってくれないんだ」
そう呟くと、涙目の博士は三日間かけて作ったダイナマイトのスイッチを押しました。
その瞬間、
光が
光が
光が
全ての光が
溢れだしたのです。
光の奔流は地球を飲み込み、月を、火星を、太陽を、太陽系を、銀河を飲み込みました。
光の奔流は止まりません。
光はどこまでも広がり続けました。
銀河を飛び越え、光は宇宙の果ての果てまで溢れ続けました。
そうなのです。
博士の作ったダイナマイトは銀河を飛び越え、大宇宙をも吹き飛ばしてしまったのです。
宇宙のあらゆる星が博士の作った光に飲み込まれました。
それから数億年間、宇宙の全てが光に溢れました。
その光が収まった時、宇宙のあった空間には、何も無い闇が広がり続けました。
それから更に数えきれないほどの年月が流れました。
いつの頃からか闇の中の小さな塵が集まり始めました。
集まった塵は小さな粒子となり、結晶となり、形づいた物となっていきました。
やがてそれらは新たな星々となっていったのです。
それは―――――――新しい宇宙の誕生でした。
それから……、もはや年月の概念が無くなるほどの時間が流れた時、一つの惑星に人間によく似た生命が生まれたのです。
それが偶然なのか必然なのかは判りません。ですがその生物は急速に進化を遂げました。
やがて人間に似たその生物の中に、博士によく似た個体が生まれたのです。
博士によく似たその個体は生まれたときから宇宙に強い興味を持っていました。
そして長い長い苦労の末、ついに発見したのです。
この宇宙の全てが謎の大爆発によって生まれたことを。
彼はその爆発を『ビッグバン』と名づけ、世界中に発表したのです。
人々は彼の発見に喝采を送りました。それは歴史に名を残す発見だったからです。
多くの人々が彼を一目見ようと集まりました。沢山のマスコミも集まりました。
報道陣を前に彼は言いました。
「私の発見はこの世界の成り立ちの証明です。ビッグバンが全ての始めだったのです」
一人の記者が質問しました。
「それでは、ビッグバンは何故発生したのでしょうか」
その質問に彼は首を振りました。
「残念ながら、それはまだ判りません。ですが、けっして偶然この世界は生まれたわけではありません」
「偶然ではない、それでは何故この世界は生まれたのですか」
「それは恐らく……、なんらかの大いなる意志によって生まれのでしょう」
「大いなる意志とは一体……」
「おそらくは、我々には想像することすら出来ないような、高位の存在によるもの。おそらくは……」
そこで彼は少しだけ言いよどみました。
「おそらくは……………………神の意志によるものでしょう」
そう。
こうして博士は、新たなる世界の神となったのです。