今日の日も朝
雨でも学校へ…。うん、当たり前か。また1週間が始まる。
「………」iPodで自分のため息も聞こえない。
いつもと同じ時刻に、同じところを通り同じ場所へ。すぐに飽きた。だから入学して二ヶ月としないうちに、たいして多くない貯金を下ろしてiPodを買った。もう2年間使っているなかなかの頑張り屋だ。愛着もある。
今日も満員電車。
洒落たシャツ、ネクタイ、ピンそして靴。それらをすっきりとまとめる様に着こなされたスーツの男。ただ毎日この電車で見掛ける、僕にとってはそれだけの男。歳は40後半だろうか。関心などないが、だが近頃の彼は同じ着こなしがよく続く。
その男がしきりに睨むのは、音漏れのせいだろう。そんな事はあまり気にしない。しかし、タイミングが悪かった。どーもイラついてしまう。昨日の失敗のため。
――おっさーん。シャツとネクタイくらいイー加減着替えろよ。カプセルホテルでも飲み屋の女のところでも、愛人の所ならなおさら、それくらい出来るだろ う?いつもアレだけのものを着ていたんだから、金がないわけじゃない。人の音を直すよりまず自分の格好を見ろよ。あちこちに皺の入ったスーツ、とれかけた ボタンに、たるんだネクタイ。金かけてたって、かなりダサいよ。――
と、心の中で呟く。基本的に他人とは関わらない小心者だから。
電車を降りて、むっとした空気から離脱する。がこの雨だ。解放感に浸るなんてことなく、憂鬱もなにも、考えずにただ歩きだす。
ドン。なにかが後ろからぶつかり振り返る。同時に右側のイヤホンが取られ一瞬にしてざわついた音が蘇える。車の走る音、話声、足音、笑い声。それらと共に視界へ入り込む見なれた女の笑顔と声と。
「おはよう♪」
下から覗き込むように顔を傾けながら。
正直可愛い。幼馴染みでなかったら惚れるかも…。
「元気ないの?」 いつの間にか俺の傘を手にとり絵里が言う。
「なんで?」
「なんとなく。亜弓さんとなんかあったかな?」 僕の彼女…。
「………いや。つかお前なんで傘持って来てねーんだよ」
「しょーがないじゃん。家出るときは降ってなかったんだから。それよりさ」
「えーい。黙れ黙れい」今は独りになりたい気分なんだから。
「……でね!昨日さぁ…―」
あぁ、今日こいつと会ったのが間違いだった。
昨日の事。今朝のイラつきの素で元気の無い理由。
亜弓に振られた。あっけないもんだな。遂にきたんだ。よくここまでもったと考える方が良いか。
1つ上の亜弓は今短大生で、高校は俺と同じ。先輩だった。運動神系がずば抜けてよく部活ではヒーローだった。部の掛け持ちが出来る我が校では皆が彼女を自 分の部に欲しがった。結果、水泳部と弓道部とに所属。才能の塊に見えた亜弓。文化祭ではピアノを弾いた。美術教室にはいつも彼女の作品が飾られていた。よ く凝った髪型をしているキレイな彼女。憧れが恋に変わるのに時間はかからなかった。
「…―ねぇ、ちょっと聞いてる?」 また覗き込んできた絵里と目が合う。
「ん?あぁ。。あのさ」
「何?」
「俺と付き合ってみたりしない?」
なんとなく言ってみた。というより気付いたらそんなことを口走ってた。
「はい?何言ってんのよ。亜弓さんがいるくせに」
「…うむ。そりゃそーか。そーなるわな」
今はどーでも良い気分。でも、コイツなら。そう思えたから出た言葉なのか?
……。いや、考えなしなマヌケの言葉か。
「ってか、最近見ないけど亜弓さん元気にしてる?」
「さぁ…どーだかねー」
「何その答え。ま、元気ってことよね」
昨日の彼女は元気だった。明るい声で話してた。けど、今日も彼女は元気なのかな?
気にはなるし、愛着もある。
短大に通い始めてからは以前の様に会えなくなって。
気がつくと、別れ話に頷いた後だった。
今の彼女には、彼女に似た才能の塊の様な男がついている。
年上の素敵な男が現われたそうだ。