一一七 龍と虎と狗
~~~蜀 漢中~~~
「魏では司馬師が死に、毌丘倹に続き諸葛誕が反乱した。
今こそ北伐に打って出る好機ではないか」
「……蜀方面に影響はない。
陳泰、鄧艾が国境を固め、隙は見えない」
「何を弱気なことを!
蜀の国力は魏の十分の一、呉と比べても三分の一に過ぎない。
一か八かの賭けに勝たなければ、死を待つ他ないのだぞ!」
「……ならば、君が兵を率いればいい」
「馬鹿なことをぬかすな。
いくら皇后の親族とはいえ、降将の俺に従う者など少ない。
費禕が降将に暗殺されて以来、風当たりも厳しいしな」
「僕も元をたどれば降将だ。
都は諸葛瞻や宦官の黄皓が牛耳り、
僕には権力も名声もない」
「……それが諸葛亮の一番弟子とうたわれた男のセリフか。
一度や二度の敗北で自信を失ったのか?
いや、前回の戦では陳泰に一泡吹かせたではないか」
「小さな勝利に過ぎない」
「軍師スタイルをやめて元のアイコンに戻したのも弱気になったからか?」
「あれは不評だっただけだ」
「……もういい。こんなことなら呉に亡命していればよかった。
見損なったぞ姜維! 俺は俺で魏と戦う道を探る。
もうお前には頼まぬ」
「………………」
~~~魏 寿春~~~
「悪く思わないでくれ……。
私が再び更迭されれば、多くの部下が路頭に迷ってしまう。
一か八かの賭けに出るしか無かったのだ」
「言い訳は不要だ。謀反人ならば謀反人らしく振る舞うがいい」
「……刺史のお前を殺し、揚州の兵を奪う。
しかる後に籠城し呉の救援を待つ。
それしか魏に対抗する術はないのだ」
「言い訳は不要だと言ったはずだ。来い、裏切り者よ」
「報いはあの世で受けるつもりだ。
すまぬ! 死んでくれ楽綝!!」
~~~魏 洛陽の都~~~
「毌丘倹の次は諸葛誕が反乱か。
まったく魏の世も末だな。国に求心力がないからこうも乱れるのだ」
「とにかく討伐軍を差し向けねばならぬ。
毌丘倹の時のように、あなたが直接出向くのは遠慮してもらいたい」
「どこかの馬鹿兄貴はほいほい前線に出向いて行って死んだんだったな。
私は馬鹿の轍は踏まんよ。討伐軍は王基と石苞に、副将は鍾会に任せる」
「ああ、正義の槍で反乱をたちどころに鎮めて見せるよ!」
「ん~~おらが出陣? しかたないなあ」
「任せよ」
「呉が諸葛誕に救援の兵を差し向けるに違いない。
その対処は州泰と胡烈に任せよう」
「おうよ」
「とうばつに むかいますか?」
→はい
いいえ
~~~呉 建業の都~~~
「ヒャッハー! 諸葛誕の反乱に乗じて魏軍をキルしまくるぜ!
遠征軍はオレサマが自ら率いてやる。
副将は文欽と唐咨だ。他の連中は留守番してな」
「なに? 魏軍と戦い慣れている俺や弟を連れていかないだと」
「キサマらは信用ならないからな。
その点、文欽や唐咨は魏軍に寝返る心配がない」
「ま、まあ……。それはそうですな。
我々は魏から呉へ寝返った身ですし。今さら魏へは帰れません」
「父上、だからといって信頼されているわけではないですよ」
「言われなくてもわかってんだよ!」
「文欽は一足先に寿春の城に入り、諸葛誕との連絡係を務めろ」
「あいつとは昔っから馬が合わないんだけどな……。まあ、しかたねえ」
「そもそも父上と馬が合う人はこの世に2人くらいですよ」
「お前は黙ってろ!」
~~~魏 討伐軍~~~
「ようこそ ここは ジュシュン の しろだよ」
「早速、呉軍が出張ってきてやがんな。
一部の兵はもう城にも入ってるらしい。どうするよ胡烈?」
「ごぐんが あらわれた!
コマンド?」
→たたかう じゅもん
にげる どうぐ
「軍を率いてるのは孫綝に唐咨……。
フン、警戒するほどのこともないか。
よし、俺が右から、お前は左から攻めるぞ」
「これつ のこうげき! かいしんのいちげき!」
~~~寿春 諸葛誕軍~~~
「呉軍があっさり撃破されただと!?
な、なにをやっているのだ!」
「まあ指揮してるのが孫綝や唐咨じゃな……」
「呉軍は頼りにならん。
諸葛誕将軍、ここは俺や焦彝が城外に布陣し、
内外で連携を取るのが得策だと思うが?」
「蒋班の言う通りだ!」
「むう……。し、しかし配下に収めたばかりの揚州の兵の動向も不安だ。
あまり兵を分けたくはないのだが」
「でしたら僕や父上が城外に出ましょう」
「……よもやとは思うが、お前たちは魏軍に寝返ったりしないだろうな」
「おいおい、俺らまで疑ったら世話ないぜ!
そういう心配されねえように俺らが来てんだろうが!」
「でも一度寝返ったら二度も三度も同じという考え方もありますよ。
呂布っていう有名な裏切り者が昔いたって本で読みましたし」
「頼むからお前は黙っててくれよ!」
「………………」
(もともと猜疑心の強い男だったが、ここに来てさらに疑心暗鬼にかられているようだ。
これではまともに戦えるかも怪しいものだ……)
~~~魏 討伐軍~~~
「ふあ~あ。退屈だなあ」
「諸葛誕め、ろくに反撃もして来なくなったな。
城の中に亀のように閉じこもっている」
「きっと自分の非道な行いを反省して、謝罪の手紙を推敲しているんだろう」
「またお前は世迷い言を……。
だが動かないなら好都合だ。この隙に外堀を埋めるとしよう」
「わかったぞ。諸葛誕に書道の教科書や、例文集を贈ってやるんだな?」
「馬鹿か。……いま降伏すれば過去の罪は問わないと、
城内にいる配下や文欽を煽り内部分裂を誘うのだ」
「なるほど。彼らも元をたどれば共に戦った熱き正義の心を持つ同志だ。
呼びかければ目を覚ましてくれるかもしれないな!」
「……そういうことでいい。とにかく密使を送るぞ。
それでいいな石苞?」
「王基と鍾会がそう思うなら好きにすればいいよ。
君たちがあれこれ考えてくれるから楽でいいなあ」
~~~呉 救援軍~~~
「これつ は ベギラマの じゅもんを となえた!」
「ク、クソ! 今度は火攻めか!」
「我々では州泰や胡烈の用兵に対抗できません!
ここは引き上げましょう!」
「ぬう……。よ、よし。オレサマは引き上げるから、キサマらは戦いを続けろ!」
「は?」
「呉の柱石たるオレサマの身になにかあったら一大事だ。
今後はキサマらが諸葛誕の援護を続けるがいい」
「そ、そんな……」
「兵は置いていってやる! いいか、必ず魏軍を倒すんだぞ。
逃げ帰ってきたらキルしてやるからな!!」
「な、なんということを……」
「あのクソヤローが」
「うわあああっ!! て、て、敵襲が……ってまたお前か!
なんでまた魏軍の甲冑を着てんだよ!?」
「魏軍の装備の方が軽いし頑丈だからな」
「そ、そんなことよりこれからどうすれば良いのだ?
無能とはいえ指揮官を失って戦いを続けられるわけがない!」
「こういう時のために、魏へ出戻れないアンタや文欽を連れてきたんだろう。
まあ、運が悪かったと諦めな。俺も付き合ってやるからよ」
~~~寿春 諸葛誕軍~~~
「そ、孫綝が撤退しただと……?
こ、これはどういうことだ! 我々を見捨てたのか!?」
「き、きっといったん都に戻って体勢を立て直すつもりなんだよ。
丁奉兄弟とか、陸抗とかを連れてくるためだ!」
「丁奉さんはともかく陸抗さんは荊州方面を守ってるから来ませんよ。
普通に考えれば見捨てられたんでしょうね」
「黙っててくれ……黙っててくれよ……」
「残ったのはお前や唐咨ら魏からの寝返り組ばかり……。
やはり魏と密かに連絡を取り合い、私を陥れるつもりだったのだな!」
「ま、待てよ。話せばわかる。だから俺の話を――」
「父上、話してもわからなそうですよ」
「蒋班! 焦彝!
命令だ! 文欽を斬れ!」
「……少し頭を冷やされよ。仲間割れをしては魏軍の思うツボですぞ」
「お前らが魏軍と内通しているのも知っているのだぞ!
昨日も密使と会っていたな!」
「この状況では内通を誘うのは当たり前ですよ。
ちなみに父上は一昨日に密使と会っていました」
「……こうなりゃやられる前にやってやろうか」
「やめろ。疑われていても我々は諸葛誕将軍の配下だ。
剣を抜けばあなたとも戦わざるをえない」
「……俺はともかく、この馬鹿強い息子に敵うとでも?」
「正直、三人がかりでも負ける気はしませんね」
「文欽殿も焦彝も落ち着け!
……こうして顔を合わせていては何が起きてもおかしくない。
いったん引き取るとしよう」
「ああ、さっさとここを出て行け!
魏軍でも呉軍でも好きな方へ寝返るがいい!!」
~~~寿春 諸葛誕軍~~~
「俺はもう御免だぜ。将軍は変わっちまった。これ以上は従えない。
魏に降ろうと思う。……止めるか?」
「止めはしない。俺も迷っている。
だが残していく他の将兵を思うとな……」
「失礼します。単刀直入に聞きます。
父を殺したのはあなた方ですか?」
「は?」
「厠に行ったきり帰って来ないので様子を見に行ったら斬られていました。
やったのはあなた方か諸葛誕さんでしょう」
「俺達はずっと二人で相談していた。無実だ」
「じゃあ諸葛誕さんですね。わかりました。
今から殺してきますが、あなた方はそれを阻止しますか?
でしたら今ここで戦えば手間が無くていいんですけど」
「後先考えずに文欽殿を殺すまで追い詰められていたか……。
我々も将軍を見限ろうか相談していたところだ。阻止しようとは思えない。
だが……昔のあの方は、部下思いの素晴らしい方だった」
「ああ。何度も左遷されて、それでも部下のためにって頑張ってよ。
ちょっと気を病んじまっただけだ」
「内通を疑われても恨んではいないのですね」
「今でも恨んではいない。……だから勘弁してやってはくれないか。
文欽殿のことは申し訳なく思うが」
「勘弁してやってくれれば、俺らからもアンタが魏へ戻れるよう口添えする」
「嫌だと言ったら?」
「……やはり、諸葛誕将軍のために死ぬ奴が二人くらいいてもいいかな。
なあ、焦彝」
「ケッ、お人好しが。……これっきりにしてくれよ」
「………………」
~~~呉 救援軍~~~
「諸葛誕が仲間割れから文欽を殺し、
息子の文鴦や腹心の蒋班、焦彝が魏に亡命したそうだ……。
お、終わった……」
「孫綝の馬鹿も無謀な突撃を命じておいて、負けた将を処刑していたな。
お互い様だぜ」
「こ、こ、こうなったら俺は一か八か魏に降伏するぞ。
戦ったら死ぬ。帰ったら殺される。もうそれしか道は無いんだからな!」
「そうか。まあ元気でやれよ。達者でな」
「へ? お、お前は降伏しないのか?
お前は初めてだから魏軍も確実に受け入れてくれると思うぞ」
「それで今度は魏軍のために働けってか? そんなの御免だぜ。
考えてもみろ。ここは武人の死に場所にはうってつけじゃねえか」
「おお そんちん
にげだしてしまうとは なさけない!」
「そこにいんのは唐咨じゃねえか。
お前も降伏するか? 口利きくらいならしてやるぞ」
「ぎ、魏軍が来た! お、俺は降伏するぞ。
も、もう知らないからな! 州泰! 助けてくれーッ!!」
「ああ。幸運を祈る」
「唐咨と話してたお前は呉軍か? まぎらわしい格好しやがって。
お前は降伏しねえのか?」
「余計なお世話だ。死出の道連れにされたくばかかってこい」
「ほう……。呉にも気骨のある奴が残ってるみてえだな。
面白え。行くぜ!」
「ふたたび はむかわぬよう
そなたらの はらわたを くらいつくしてくれるわっ!」
~~~寿春 諸葛誕軍~~~
「……部下のためと思い立ち上がった私が、
いつの間にか猜疑心に苛まれ、道を見失っていたようだ」
「おとなしく降伏するんだ諸葛誕!
君の胸の中でまだ燃えている正義の心を呼び起こすんだ!」
「部下のため、他人のためと言いながらその心を疑い、
私の方が裏切り続けた。なんと滑稽なことだ……」
「南門で白旗が揚がっているぞ。
内部から城門を開けさせろ!」
「許せよ蒋班、焦彝、文鴦。
今から行くから、あの世で詫びさせてくれ、文欽」
「もう絶対に勝ち目ないからさあ、早く開城してよ~」
「蜀を支えて国に殉じた諸葛亮が龍。
呉の柱石として全てに長じた諸葛瑾が虎。
魏に仕えた私は、一族の恥の狗だと、笑われるだろうな……」
~~~~~~~~~
かくして諸葛誕は疑心暗鬼から墓穴を掘った。
魏も呉も蜀も国力を衰えさせ、独裁者の暗躍は続く。
そして一人の時代に終焉が近づいていた。
次回 一一八 因果応報