一一六 さらなる独裁
~~~魏 寿春~~~
「しし司馬師めめめ!! ゆゆ許さでおくべきかかか!!」
「だ、だから声を潜めろよ! 鼓膜が破れちまう!」
「父上、そんな時には耳の穴に指を入れるといいですよ」
「ここ皇帝を自分の都合で廃位するとははは!!
もももはや堪忍袋の緒が切れたわわわ!!」
「耳の穴を塞いだくらいじゃ変わんねえよ!」
「おお俺は司馬師を討つつつ!! ぶぶ文欽んん!!
きき貴様にも手伝ってもらうぞぞぞ!!」
「やっぱりそう来やがったか……」
「かか勝手な私刑ややや!!
わわ賄賂の横行に住民からの搾取ゅゅ!!
ここ断れば全て白日のもとにさらすすす!!」
「俺を脅迫する気か?」
「父上、断れば悪事をばらされる前に毌丘倹に殺されますよ」
「んなこたぁわかってる。俺だって司馬師は気に食わねえ。
戦果の水増しなんて誰でもやってんのに、
俺に限って厳密に実際の数字の通りに処理しやがって……」
「父上、それは逆恨みと言うのですよ」
「お前はいつも当たり前のことしか言わねえな!
……断れば殺され、逃げ出してもいずれは処罰される。
だったらやることは一つだぜ」
「よよよくぞ言ったたた!!
ととともに逆賊司馬師を討つぞぞぞ!!」
~~~呉 遠征軍 孫峻の陣幕~~~
「うおおおっ!?」
「な、なんだってんだいこんな夜中に!」
「はあ、はあ……クソ、またこの夢か……」
「夢? こいつはお笑い草だね。
ガキでもあるまいし悪夢を見て飛び起きたってのかい」
「うるせェ。……ここんとこ毎日見やがるんだよ。
諸葛恪だのなんだの、殺してやった連中がオレを襲いやがる夢をな」
「諸葛恪が? あははっ!
あんな青瓢箪に殴られたからって何が怖いのさ」
「別に怖かねェよ! ……だが、あいつは叔父の諸葛亮を信奉してただろ。
諸葛亮から何か呪術を教わってた可能性も……」
「フン。呉を牛耳る孫峻様がそんな神経の細い男とは思わなかったね」
「だから別に怖くねェつってんだろ!
気分が悪ィ。ちょっと散歩してくらァ」
「陣中とはいえ敵の目の前だよ。護衛くらい連れてきな」
「うるせェ!」
~~~呉 遠征軍~~~
「ヒャッハー! これは孫峻の兄ィ。
こんな夜中に見回りですかい?」
「散歩だ。てめェこそ何してやがんだ」
「満月の夜はどうも血が騒いで眠れなくてね……。
ヒャアたまらねえ! 誰でもいいからキルしたいぜえ!」
(我が従弟ながらあいかわらず気持ち悪ィ野郎だ……)
「孫峻殿に孫綝殿。いかがなされた」
「なんでもねェよ。……いや、ちょうどいい。
ちょっと相談がある。ツラ貸せや」
「おや? オレ様には聞かせられない相談ですかい?」
「お前には関係ない話だ。見回りを続けてろ」
~~~呉 遠征軍~~~
「して、相談とは?」
「いや、孫綝の野郎が気持ち悪ィから離れたかっただけだ。
何も話はねェよ」
「左様か。しかし身内を次々と粛清され、今や孫綝殿は数少ない御親族。
不和では何かと不便であろう」
「余計なお世話だ。
……だがお前くらいだな。俺に遠慮なくそんなことを言えるヤツは」
「信頼できる腹心を作ればよかろう」
「有能なヤツはいるが、信頼できるヤツはいねェよ。
呉もすっかり人材不足になっちまった。大きな戦も長いこと無くってよ。
若いヤツが育たねェんだろうな」
「………………」
「今回の戦にしたってそうだ。せっかく毌丘倹とやらが反乱した好機なのに、
全軍を率いて魏と戦えるヤツがいねェから、わざわざ俺が指揮を取ってる始末だ」
「丁奉殿や留賛殿では不足か?」
「戦は上手くても大局が見えてねェ。策略を立てられるヤツもいねェな。
よっぽど荊州方面を任せてる陸遜のガキを呼ぼうかと思ったぜ。
あいつが一番マシだからな」
「確か諸葛瑾殿の推挙を受けた若者がいたはずだが」
「張悌だろ? まだ若すぎる。
それに諸葛恪の馬鹿がやらかしたせいで、イメージも悪ィな。
将兵や民の支持を受けられねェよ」
「……世間の人々はあなたを暴君と呼ぶが、よく時勢が見えている」
「フン。せっかく権力を奪ったんだ。
みすみす自分のせいで失いたくねェだけだよ。
……ああ、クソ。諸葛恪の話なんか持ち出すから思い出しちまった」
「大丈夫か。顔色が悪い」
「なんでもねェ。ちょっと気分が……。
クソったれ。なんだってこんな時に……。やべえ……」
「これはいかん! 誰か、誰か医者を呼んで参れ!」
~~~魏 諸葛誕軍~~~
「呉軍が混乱している様子だと?」
「ああ、指揮系統に何かあったようだ。目に見えて動揺してやがる。
今こそ攻める好機だぜ」
「しかし我々を誘う罠という可能性も……」
「その可能性は捨てられない。だが俺らも後方に不安を抱えている。
早めに勝負をつけたいところだ」
「反旗を翻した毌丘倹と文欽か……」
「奴等と対峙してる王基らがもし敗れれば、呉軍とともに挟撃されちまう。
罠か、それとも好機か。五分五分だとしても賭ける価値はあるぜ」
(どうせ私は一度左遷された身だ。
部下にもう一度、夢を見させるためにもここは賭けに出るべきか……)
「さっさと号令を掛けろ。やらねえなら俺だけでも奇襲を掛ける」
「……わかった。全軍出撃だ! 狼煙を上げろ!」
「承知した」
~~~呉 留賛軍~~~
「ぎ、魏軍の襲撃だ! お、俺達の動揺に勘付きやがったか!」
「♪浮き足立つな~クソガキども~」
「じ、ジジイも歌ってる暇があったらさっさと逃げた方がいいぜ!
ん? な、なんだよこの印綬は?」
「♪前軍指揮官の印綬だぞ~~」
「これはお前の持ち物だろ? お、俺に譲るってのか?」
「♪時間を稼いでやるから~~さっさと部下を連れて逃げろ~~」
「かっこつけてんじゃねえぞジジイ! 死に損ないを残して逃げるほど――」
「黙れこわっぱ!!!」
「!?」
「…………あーあーあー。
♪俺は病で明日をも知れぬ~死に場所見つけた今ここに~~」
「ジジイ…………」
「♪邪魔をするなら~お前も殺す~だから今すぐ逃げやがれ~。
男~留賛ここにあり~魏軍を~道連れ~。
冥土の土産に聴くがいい~俺の歌~~」
「わかった。恩に着るぜジジイ。アンタの勇姿は忘れねえからな!」
「なんだってんだこの音痴な歌は。呉は陣中でガマガエルでも飼ってんのか?」
「誰がガマガエルじゃあっ!!
…………あーあーあー。
儂の歌を聴けええええいっ!!」
~~~呉 遠征軍~~~
「留賛の奮戦のおかげで被害は最小限に留まったな」
「ああ、立派な最期だった……。
ジジイが魏軍を足止めしてくれたおかげで、戦線を下げるだけで済んだ」
「だが問題はこれからだぜ。
急死した孫峻の代わりに誰が指揮をとるんだ?」
「呂拠、お前は孫峻の死に居合わせたんだろ。
何か聞いていないのか?」
「……後継者は孫綝だ」
「ぐっ……やっぱりあいつになるのか」
「孫峻殿にとっても苦渋の決断だった様子だ。消去法だろう」
「しかし孫綝は真っ先に都へ逃げ帰っちまったんだろ?
あんなヤツより孫魯班の方がまだマシなんじゃねえか?」
「俺もそう思う。
だが我々はともかくも他の将兵は彼女を孫峻の愛人程度にしか思っていまい。
指示には従わないだろう」
「次々と一族の対抗馬を粛清したのが裏目に出たな。
よりによって孫綝しか残ってねえなんてよ……」
「おい、一大事だぜ!」
「うわああっ!! な、なんだ于詮か……。
魏軍の甲冑なんか着てるから敵襲かと思ったぜ」
「退却戦のどさくさで甲冑が壊れたから魏軍のを奪ったんだよ。
――そんなことはどうでもいい。孫綝の野郎が全軍撤退を指示したぞ!」
「なんだと!?」
「戦勝に湧く魏軍を目の前に、全軍撤退など容易ではないぞ。
孫綝は我々に死ねというのか……」
「………………」
~~~呉 滕胤の邸宅~~~
「そこのカウチでもソファーでも好きなところに掛けてくれ。
でも残念だがワイフがちょっと外出してるから、紅茶くらいしか出せないんだ。
彼女がいたら最高のミートパイをご馳走できたんだがね。
もちろん冷凍じゃない手作りのアッツアツのヤツさ」
「結構だ」
「赤いからってそこにポストみたいに立ってるつもりかい?
悪いけど私は座らせてもらうよ。
……紅茶くらいは飲んでくれよ。毒なら入ってない。
あいにく先週使い切ってしまったんだ」
「いただこう」
「君とはあまり話したことがないから楽しいね。
左遷の知らせなんて持って来なかったらもっと楽しめたんだが……。
ああ、いや、君に文句を言ったんじゃない。
君の上司に……いや、神様にちょっと言ってみただけさ。君のせいじゃない」
「……正直に言おう。
俺も孫綝の命令には納得していない」
「奇遇だね。私も同じさ」
「今の呉を政治面で支えているのはあなただ。
あなたを失えば呉は立ち行かない。
それなのに、あなたを最前線に左遷するなど……」
「オーケー。そこまでにしておきたまえ。
君がここに来たのはビジネスのためだとわかってるよ。
私にワイフがいるように君にも家族がいる。
上司の命令に従うのは当然さ。
たとえそれがハリケーンのように厄介な上司でもね」
「呂拠殿らはあなたを丞相に推薦したと聞く。
だがいずれは呂拠殿にも謀反人として討伐の手が差し向けられるだろう。
孫綝が権力を握っている限り、誰も逆らえはしない」
「権力は甘い蜜さ。私も孫権陛下が亡くなられた時には色々と暗躍したよ。
あの蜜を一度味わったら、もう虜になってしまうのさ。
蜜の争奪戦に今回は負けた。それだけのことだ」
「………………」
「ワイフは魏にいる彼女の兄のもとに逃がした。
子供を授かれなかったのはずっと残念だったけど、
今となっては心残りが無くて良かったと思うよ。
さあ、この紅茶を飲み干したら行こうか」
「……すまない」
「そんな顔をするな。
最前線にも何か良いことが待ってるかもしれないよ。
明日が今日と同じ悪い日とは限らない。そうだろう?」
~~~呉 遠征軍~~~
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「……俺達にお前を斬るつもりはない。
魏でも蜀でも好きな方へ亡命するがいい。
俺達は何も見なかった。そうだな?」
「あ、ああ」
「み、見ていない!
呂拠殿への討伐命令も、呂拠殿が逃げるところも!」
「……貴官らに迷惑は掛けられぬ。俺は自害しよう」
「そ、それはいかんぞ!
お前が立つと言えば俺は孫綝と一戦交える覚悟も――」
「やめよ。すでに滕胤殿も最前線に左遷され戦死したと聞く。
このうえ貴官らも失えば、誰が呉を守るのだ?」
「………………」
「孫亮陛下もまだ幼く、呉の先行きは見えぬ。
孫峻が急死したように、非道な行いには必ず報いがある。
孫綝にそれが訪れるまで、貴官らは呉を支えよ」
「ちきしょう……。だからってなんでアンタだけ……」
「俺は諸将の中で孫峻に一番近かった。運が悪かっただけだ」
「り、呂拠殿……」
「孫綝に殺されるのではない。
俺は仲間を守り、国を守るために死ぬのだ。
武士に生まれた身にとって最高の最期ではないか。
……父は怒るかも知れんがな」
「いつか必ず、お前の仇は取る。必ずだ。
あの世で見ていてくれ」
「ああ、楽しみにしている。……さらばだ」
~~~毌丘倹軍~~~
「ごご呉軍が撤退しただととと!?」
「指揮官で独裁者の孫峻が陣中で急死して、
泡を食って逃げ出したそうだ。やべえ……これはやべえぞ……」
「なるほど、これはわかりましたよ。
僕らは孤立したんですね!」
「いい言われなくてもわかっておるるる!!
……ごご呉軍がいなくとも関係ないいい!!
たた単独で魏軍を蹴散らせば良いだけだだだ!!」
「それなら僕に良い考えがありますよ。
魏軍には司馬師本人が合流したそうです。
つまり司馬師を討ち取るチャンスがあるということです」
「また当たり前のことを言うけどよ、そんな簡単に――」
「よよよくぞ言ったたた!!
やや夜襲を掛けるぞぞぞ!!
おお俺が前ええ!! ぶぶ文欽が後ろから攻めめめ!!
しし司馬師の首を獲るるる!!」
「それはすごい! いわゆる挟み撃ちですね!」
(毌丘倹も文鴦も簡単に言いやがって……。
これ以上この単純馬鹿どもに付き合うのも考えものだぜ……)
~~~魏 討伐軍~~~
「毌丘倹は西から夜襲を掛けるつもりだな」
「ほう、わかるのか。さては貴様も吾輩と同じ邪眼を――」
「邪眼ではない。敵兵の動きを見ていればわかる。
文欽は東からだ。フン、挟撃をするつもりか」
「わかっていればどうとでも対処できる。つまらぬ戦だ」
「おや? これは……なるほど。
どうやら文欽は逃げるつもりのようだ。
やれやれ、挟撃すらできないとはな」
「ますますつまらぬことだ。夜襲に備えさせ、さっさと引き上げるぞ」
~~~毌丘倹軍~~~
「ぶぶ文欽はどうしたたた!?
なななぜ現れぬぬぬ!!」
「夜襲に加えて挟撃なんて汚い真似をしようとするからさ!
きっと文欽も真っ昼間に正面攻撃だったら来てくれたよ。そうに違いない!」
「あああいつがそんな健全な男なものかかか!!
おお臆病風に吹かれたな文欽めめめ!!」
「人の悪口を言っちゃいけないよ。
ひょっとしたら文欽は困ったお年寄りを
助けるために遅れているのかも知れないじゃないか」
「おお俺を馬鹿にしているのかかか!?
きき貴様のたわ言には付き合わぬぬぬ!!」
「私は人を馬鹿にしたことなんて無い!
そんなことを言う人は許さないぞ! いざ尋常に勝負だ!」
「だだ黙れ偽善者めめめ!!
しし死ねえええいいい!!」
~~~文欽軍~~~
「やれやれ……なんとか逃げ延びられたな」
「お前から呉へ亡命したいと連絡があった時には驚いたぞ。
だが一緒に決起した毌丘倹を見捨てて良かったのか?
うちは大歓迎だったんだがな」
「あんな単細胞と亡命先でまで一緒なんて御免だぜ!
単細胞の馬鹿はこの息子だけで十分だってんだ」
「この息子? 姿が見えないが文鴦も来てるのか?」
「へ?
………………あ、あの馬鹿息子!
ま、また話を聞いてなかったな!!」
~~文鴦軍~~~~
「……おかしいな。
毌丘倹から挟撃の合図が出たのに、父上の姿がどこにもないぞ。
迷子にでもなったのだろうか?」
「……こいつは驚いた。文欽の息子がなぜまだここにいる?
お前の親父はとっとと呉に亡命しちまったぞ」
「あ、州泰さんお久しぶりです!
そうなんですよ、一緒に夜襲を仕掛ける予定だったのに父上がまだ来なくて……」
「人の話を聞け。お前の父は呉に亡命した。
残っているのはお前の手勢だけだ。
……見逃してやるからさっさと行け」
「え? 父上が毌丘倹を見捨てて亡命?
そんなことを言っても騙されませんよ!
今は州泰さんとは敵同士。僕を騙そうとしてもそうは行きません!」
「あいかわらず話の通じないガキだ……。
歯向かうってんなら容赦しねえぞ。恨むなよ文欽」
「あ、でも今は州泰さんと戦ってる場合じゃなかった。
僕は司馬師を討たなきゃいけないんです。それじゃあまた」
「な!? く、クソ!
このガキの行動だけは昔っから読めやしねえ。待ちやがれ!」
~~~魏 討伐軍~~~
「西の陣形が乱れている。
文欽は逃げたと思ったが、残っている兵もいたのか?」
「いずれにしろ小勢だろう。何を手こずっている。
さっさと片付け――」
「見つけたぞ司馬師!!」
「何ィッ!?」
「これを見ろ! これは矢だ! 当たると痛いんだぞ!」
「おっと危ねえ! 大丈夫か司馬師様!」
「も、問題ない。吾輩の邪眼が結界を張っている。
それより賈充はどうした?」
「賈充の旦那なら一足先に逃げましたぜ」
「……あ、あの戦嫌いめ。さすがの逃げ足だな」
「教えてやる! 矢が顔に当たると死ぬってことを!」
「ええい! たった一騎とはいえなぜここまで接近を許した!?
早く始末しろ!」
「おかしいな……。矢が見えない壁に弾かれるぞ。
こうなったら槍で直接突き刺してやる!
槍は矢よりも長くて大きいんだ!」
「ま、まずい! 広域結界では矢は弾けても槍は――ぎゃあああ!!」
「司馬師様!!」
~~~毌丘倹軍~~~
「喰らえッ! ジャアアスティス!!」
「ぐぐぐはあああっっっ!!」
「見たか! 正義は勝つんだ!」
「なななぜだだだ……?
なななぜ貴様のような正義感ある男ががが……。
しし司馬師に従うのだだだ……」
「……確かに君の言う通り、司馬師は正義感にあふれる男ではない。
だが、人は変わることができる。
彼もいつか自身の非を認め、素晴らしい人間に生まれ変わるかもしれない」
「ええ絵空事ををを……」
「理想論だけではない。一刻も早くこの乱世を終わらせ、
天下万民を安寧に導くことが、私にとっての正義だ。
それに一番近いのが司馬師であるなら、私は協力を惜しまない」
「なななるほどどど……。
おお俺の正義ははは……。
きき貴様ほど大きくはなかった…………」
「……国を憂い立ち上がった君も確かに正義だった。
その正義は、必ず私が受け継ぐと誓うよ」
~~~魏 洛陽の都~~~
「兄上が死んだ?」
「ああ。邪眼を槍で貫かれ、
即死こそしなかったが撤退中に息を引き取ったと、
東から急報が届いた」
「そうか……やはりあの邪眼(笑)は紛い物だったのだな」
「仇の文鴦は残念ながら取り逃がし、東の果て呉へ亡命したと――」
「そんなことはどうでもいい。
兄上が倒れたなら、今度は私が矢面に立たねばならん。
司馬昭が跡を継いだと各地に喧伝せよ」
「その手はずはすでに整っている。任せよ」
「勝ち戦で命を落とすとは兄上も情けないものだ。
だがいずれにしろ我が一族の天下は揺るぎない。
不肖の弟に任せて、兄上はゆっくりしておられよ……」
~~~~~~
かくして呉も魏も相次いで柱石を失った。
三国統一への流れは加速し、両国では内乱が続く。
だが棚ぼたで権力を得た男の栄華は長くは続かなかった。
次回 一一七 龍と虎と狗