一一四 魔王の影
~~~魏 合肥新城~~~
「ええ援軍は5千ぽっちだととと!?
しし司馬師は何を考えているのだだだ!!!」
「せっかく来てやったのにつれねえなあ」
「これでも援軍に来てやれただけマシなんだ。少しは感謝しろ」
「フフフンンン!!!
しし司馬師の心はよくわかったたた!!!
ごご呉軍を蹴散らしたら目にもの見せてくれるるる!!!」
「……聞かなかったことにしてやるから、さっさと兵を再編成しろ。
愚痴はいつでも言える」
「これが満寵サンが改修した合肥新城か。
旧城とは内部の造りからして違うんだな」
「呉軍に合肥城の攻略法を確立されかかっていると感じた満寵将軍が、
自ら設計に携わり築いた城だと聞く。
これなら俺たちのような小勢でも十分に戦えるだろう」
「フフフンンン!!!
だだだからお前らの助けなど必要ないいい!!!
ひひ昼寝でもしていろろろ!!!」
「うるせえなあ! 毌丘倹の声がよく響くようにも造ってあんのか?」
「防戦に努めていればそのうち司馬孚の援軍が来る。
そうすれば我々の勝ちだ。
戦いが終わったら司馬師から莫大な恩賞をせしめてやれ。
魏国始まって以来の困難でした、とか上奏してな」
~~~呉 遠征軍~~~
「小勢とはいえみすみす援軍の入城を許すとは、使えない連中だ」
「小勢だからこそ電撃的に我々の包囲を突破できたという見方もある。
それに5千ぽっち増えようがどうということはない」
「言い訳はそれだけか? 歴戦の丁奉将軍の名が泣くな」
「………………」
「諸葛恪丞相、唐咨が内通者から防備の薄いところの情報を得た」
「裏切り者が裏切り者とつるんでいるのか。まさに厚顔無恥だな」
「昔はどうあれ唐咨は今は我が軍の将だ。献策も妥当と考える」
「ほう。一将ごときが丞相の私に口答えするのか?
目障りだ。下がっていろ」
「かしこまった」
(遠征軍を破り丞相に昇進して以来、諸葛恪の増長ぶりは目に余る。
そもそも我々の力だけで勝利したというのに、何を勘違いしているのやら)
「裏切り者どもの浅知恵を借りるまでもない。
私の千の計略でじっくりと合肥新城を料理してやる」
(小勢しか寄越されないとは魏軍も苦労しているようだ。
上の横暴によるしわ寄せはいつも前線の我々に回ってくる。
呉も魏も先が思いやられるな……)
~~~魏 回想~~~
(このまま司馬氏の専横が続けば魏は滅びる。
そうは思わんかねチミ?)
(王凌の言う通りであーる)
(……だが、曹爽一派が殺されたのは自業自得だ。
専横してたのは奴らも同じなんだからな。
奴らを退治した司馬懿が権力を握るのは当然じゃないか)
(ならばチミは祖国が滅びるのを指をくわえて見ているというのか?)
(王凌の言う通りであーる)
(そんなことは言ってない!
ただ、お前らの計画は性急すぎるし、無謀だと言ってるんだ。
司馬氏を打倒するなんて、そんな簡単なことじゃない)
(これは偉大なる夏侯淵将軍の子息の言葉とは思えんなチミィ)
(王凌の言う通りであーる)
(……もういい、とにかく俺はアンタらの反乱には加わらない。
やりたければ勝手にやれ)
(司馬懿に密告したらどうなるかわかってるだろうねえチミ?)
(王凌の――)
(そんなことするものか! 俺を見くびるな!)
(――い、言う通りであーる)
~~~蜀 成都~~~
「……王凌の計画は予想通り失敗して殺されちまったが、
今振り返れば、俺も参加すれば良かったと思うんだ。
こんな生き恥をさらすくらいなら、祖国のために殉じるべきだったってな」
「……僕は君が蜀に亡命してきた理由を聞いたはずだが?」
「話が長くなってすまねえ。
要は魏で居場所を失っちまった。死に場所も見つからねえ。
だから雇ってくれないかってだけの話だ」
「あなたの父の夏侯淵といえば、曹操の弟にも等しい人物。
その子にまで見放されるとは、魏も長くはなさそうですね」
「今の陛下もそのうち、くだらねえ理由をつけて廃位されちまうだろう。
司馬氏に牛耳られた魏なんて、もう曹操陛下が建てた国とはなんの関係もねえよ」
「ホホホ。しかしいいのですか?
我々の国はその昔、定軍山の戦いであなたの父を殺したのですよ」
「……昔の話だ。その頃の連中なんてほとんど生きてねえだろ。
俺はそんなこと気にしてねえよ」
「祖国を追われ、父の仇の国を頼る他ない……。
その複雑な胸中を思うと涙が出てくるよなあ!」
「ほらほら、ちょっとどきなさいよ。顔が見えないじゃないのよ」
「こ、これは皇后様。さっさと道を空けろお前ら!」
「あ、あなたは……」
「アンタが夏侯淵おじさんの息子?
ふーん。アタイのママにはあんまり似てないかな」
「星彩皇后様ですね。
あなたの母上様とは、幼い頃にお会いしたことがあります。
よく似ておいでだ……」
「アタイのママは夏侯淵おじさんの姪なんだってね。
アタイはずっと蜀で育ったから、ママの親戚と会うのは初めてだよ。
夏侯覇だっけ? 歓迎するよ!」
「もったいないお言葉です……」
「あれ? たしが夏侯覇の亡命を受け入れるがどうがって
話してんじゃながっだっけが?」
「皇后様が望まれるなら否も応もない。歓迎しよう、夏侯覇」
~~~蜀 成都 宮廷~~~
「ぶわはははははははは!!」
「………………」
「へ、陛下。そのように笑われては彼に失れ…ぶふぉっ!
ぶはははははははは!!」
「うっひゃっひゃっ! お前も笑ってるじゃないか!」
「だ、だって、事もあろうにあの……ひゃっひゃっひゃっ!!」
「………………」
「なあ。も、もう一回教えてくれよ。
お、お前の父さんは誰だって?」
「ですから、諸葛亮です」
「じ、じゃあ、か、母さんは?」
「黄月英です」
「あっひゃっひゃっひゃっひゃ!!!」
「うひゃひゃひゃひゃひゃ!!
く、苦しい……あっはっはっ…し、死ぬ…!!」
「喝! これでは話が進まぬ。
それでどうするのだ陛下。この者を取り立てるのか」
「うん、採用。文句なし。だって面白いじゃん」
「こ、このような素性も知れない怪しい者を登用するのですか」
「素性なら何回も自分で言ってるじゃんか。
し、諸葛亮とげ、げ、月英ちゃんの……あっはっはっはっ!!」
「ひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」
「尹黙殿までこれでは話が進まぬ。
とにかく……諸葛瞻殿と言ったか。
陛下のお許しは得られた。明日から出仕するがよい」
「はッ! 父と母の名を辱めぬようがんばります!
それでは失礼致します」
「もう~ずるいよあいつ。あんなの笑うに決まってるじゃん」
「事もあろうに丞相と黄月英殿とは……。
ぶふぉふぉっ! い、いや。私がこれではいかん。
気を引き締め直さんと」
「よく費禕はあんな鉄板ネタ聞いて笑わずにいられるね」
「拙僧は悟りを開いた身。心をかき乱されることはない」
「酒も飲むし博打もやるのに変なところで堅物だなあ。
まあ蔣琬も董允も死んで、次はお前が丞相やるんだから、
そのくらいでちょうどいいのかな」
「南無。では丞相らしいことをさせていただく。
姜維が北伐を願い出ておりますが、いかがなさるか」
「おっ! 久々にキタね北伐。
いいよ、行ってきなよ」
「また簡単に決められて……」
「この前は夏侯覇が亡命してきて、今度は諸葛瞻だろ。
戦力が増えてていい感じじゃん。
今度は勝てるといいね。良い知らせを待ってるよ」
~~~呉 建業の都~~~
「あんぎゃあああああ!!!」
「余の暗殺を企むとはこの不届き者が!
地獄でその罪を償うがいい!」
(……とうとう余とか言い出したぜこいつ)
(叔父の諸葛亮の真似をしているのだろう)
(真似すんなら同じくらいの実力を身につけて欲しいもんだよなあ。
合肥新城の戦いはずるずると包囲を続けて被害を増やしただけで、
結局は疫病が大流行して撤退だろ? 無能の極みだぜあいつ)
(しかも司馬孚の偽兵に驚いて撤退命令というていたらくだ。
……だが口が過ぎるぞ弟よ。今の諸葛恪は気分一つでお前の首など簡単に奪う)
(だったら奪われる前に兄貴が奪っちまえばいいんじゃねえの)
(そこまでだ)
(り、呂拠さん。あ、その。今のは世間話っつーかなんつーか)
(……貴君らに話がある。ついてきてくれ)
~~~呉 建業の都 回廊~~~
「彼奴らがとっとと合肥新城を落としておれば、
司馬孚の援軍など間に合わなかったのだ!
どいつもこいつも全くもって使えやしない。そのくせ口ばかり一人前だ。
だが構わぬ。呉は余がいれば安泰なのだ。
クックックッ。余に逆らう者は根絶やしにしてくれる……」
「よう、久しぶりだな」
「皇族だからと余になんという口の利き方だ! とっととそこをどけ」
「どかねえよ」
「なんだと?
役立たずのでくのぼうは、ビッチの孫魯班とでもいちゃついておれ!」
「ほう。偉くなったな小僧。陛下にそんな口を利くたぁな」
「は?」
「し、し、諸葛恪!」
「……孫亮のガキをおぶっていたのか。おい、なんのつもりだ」
「ち、ち、朕はおまえのち、ち、誅殺を命じるぞ!」
「な、なにィ!? わ、私を、いや余を誅殺だと!?」
「天命は下った。死ね」
「な――ぎゃあああああああっ!!」
「……一刀両断。見事な太刀筋だ」
「俺らが手伝うまでもなかったな」
「フン。暇ならその死体を丘にでも投げ捨てて片付けろ。
オレはこれから諸葛恪の代わりに、この国を切り回さなければならんからな」
「……孫峻殿。一つ言っておく。
俺は諸葛恪が国のためにならぬと思ったから手を貸したまで。
貴殿を支持しているわけではない」
「俺ら兄弟も同意見だ。
お前が諸葛恪よりもマシなことを願うぜ」
「結構だ。オレが国を滅ぼすと思ったら斬ればいい」
「ううう…………」
「よくがんばったわね孫亮。
さあ、お姉ちゃんとあっちで遊びましょ」
「会見とパーティーの準備は整ってる。
シャンパンが冷めないうちに、諸葛恪の誅殺をみんなに発表してくれ。
暴君が死んで、新たな暴君が立ったってね」
~~~~~~~~~
かくして魔王になり切れず諸葛恪は誅殺された。
蜀では魔王の子を名乗る男が仕官し、
夏侯覇を得た姜維は魔王の影を追い再びの北伐に乗り出す。
次回 一一五 姜維の戦い